拍子抜けしちゃった

 はい皆様おはこんばんちわー。前世おとこからご覧の方はお付合いありがとうございますー。

 私の名前は下山翠しもやますい。どこにでもはいないけどどこにでもいてほしい、安心感系JKという題目で活動させて頂いておりますー。


 ……え? 上野進うえのすすむ? 誰でしょうかねそんな人? ワタクシシリマセンワー。

 

 まあ。そんなどうでも良いことはさておくとしまして。

 そんな私が道端で声を掛けた女性──シルラさんといるのは、とあるアパートの一室です。

 

 何とここはあのイルカさんが準備してくれていた、下山翠しもやますいにとっての唯一の住居。何故か使う予定の私の名前まで知っていたかのように、わざわざ下山しもやまのネームプレートまで付けられた、正真正銘私のお家です。こぢんまりとしていて良いですね。

 ああ、ちなみに両親はいません。古来から伝わる流儀に従い、両方とも海外出張ということになっています。いないと言うよりは良心的ですね。

 

「どうぞ。粗茶ですが」

「……ありがとうございます」


 ことりと音を立て、正座しているシルラさんの前へと湯飲みとおにぎりを置く。

 湯気の漂うお茶を三度ほどふーふーし、それから喉へと流し込んでいくシルラさん。……今更ですうが、正座って異世界にもある風習なんですね。意外です。


「……美味しいです。こちらに来てからニホンチャというものに触れましたが、とても落ち着く味わいです」

「お口に合って何よりです。宜しければ、そちらのおにぎりもどうぞ」


 先ほど作ったおにぎりを勧めてみると、シルラさんは軽く頷いてから躊躇うことなく食べ始める。

 よほど体が欲しているのかえらく急いでいるはが、それでも決して品を損なわない食し方。

 

 ……文化圏の違いかは知らんからかもしれないどさ。

 作っておいてあれなんだけど、正直よく知らない他人の握ったおにぎりって食べにくいよね。今回はビニール手袋付けて握ったから、その辺の心配に関してもノープロなんだけどさ。


「ごちそうさまでした。大変美味しかったです」

「そうですか。それは良かったです。ふふっ」


 完食し、笑顔で美味しいと言ってもらえたので、なんだかちょっと照れくさく頬を掻いてしまう。

 何気に部活以外で料理作ったのは初めてなんだよね。だから、例え振る舞った相手が憎むべき敵でもちょっと嬉しくなっちゃうよ。


 ……おっといけない。若干上野うえの味が滲み出ちゃってる。修正しなくちゃね。


「改めて自己紹介させて頂きます。私の名はシルラ。今は身分なき放浪者です」

「ご丁寧にどうも。私は下山翠しもやますいです。一応学生をやっています。どうぞ気軽にすーちゃんとと呼んでください」


 空いた湯飲みにお茶を注ぎながら、私も考えていた自己紹介を返す。

 友達の少ないサボり気味のJKで、両親は共に海外出張。ぶっちゃけ現実にいたらネグレクト一歩手前みたいだと総ツッコミを受けそうなラノベ設定。それが心優しきすーちゃんの基礎設定だ。


「……ではすーちゃんさん。この度は本当にありがとうございます。誇張なしで生き返りました」

「すーちゃんで結構です。……そう言ってもらえると嬉しいです。お節介だったかなと、少しばかり不安に思っていましたので」


 いらぬ世話だったかと不安がれば、シルラさんは慌てて否定してくる。

 

「この地へ辿り着いてから二週間ほど。家すら借りることは出来ず、目的のために邁進するも碌な成果も得られず。気付けばああして路上に転がる他、生きる道はありませんでした」

「……警察とか、ご厄介にならなかったんですか?」

「ああ、あの制服の方々ですね。一度優しく声を掛けてくださったのですが、そのままぱとかー? と呼ばれる動く箱に入れられそうになったので逃げさせてもらいました」


 そのときでも思い出したのか、少しばかり困ったような顔になってしまうシルラさん。

 殺人犯を無視しないとか、警察もちゃんと仕事してたんですね。びっくり。

 まあめっちゃ目立つ外見だし、外国人の女性がホームレスなんぞやっていたら声を掛けざるを得ないわな。むしろ職務怠慢よ。


「今の私は動ける幅を狭めるわけにはいかない身。故に結界を張り、悪意ある者から身を隠しながら生きてきたのです」

「けっかい……? はあっ、それは大変でしたね」


 知らない風に、けれど知っていなくはないみたいな曖昧な態度で頷いておく。

 高々人殺し風情が、よくもまあ苦労を美談みたいに話せるもんだな。……あっ、これ言っちゃうと自分にも刃付きのブーメランじゃん。私が言えたことではないですね、てへっ。


「すいません。少し愚痴みたいになってしまいましたね。申し訳ないです」

「いえいえ。人の話を聞くのは楽しいので。どうぞ貯め込まず、ゆるりとお話しください」


 少ししゅんとしてしまうシルラさんに、大丈夫から続けてほしいと促しておく。

 嘘ではない。私にとっても俺にとっても聞きたいことばかり。自分から情報を漏らしてくれるのだから、いちいち止める理由はないのですよ。

 ……まあそれでも、少しばかり罪悪感なんてものも湧き出てしまいがち。我ながら随分と清い人格を組み上げてしまったものですね。反省はしませんが。


「では、私はこれで。あまり長居してしまうと、ご迷惑になってしま──」

「あ、はい。玄関までお見送りさせて頂きます」


 深く探る口実も、引き止められる理由もなかったのでそのまま立ち上がる。

 い、意気込んで取り組んだのにこれで終わり……? これじゃ何の進展もなかったんだけど……?


「ではこれにて。貴女の幸運を祈っています」

「シルラさんもお気を付けて。やりたいこと、出来ると良いですね」


 優しげな微笑みを返しながら、扉を開けて去っていったシルラさん。

 人の消えた沈黙の場で、ついため息が漏れてしまう。下山しもやまではなく上野うえのとして、何とかこの場を乗り切ったという安堵が。


「あーあーさっさと帰っちゃったね。そこは裾を掴んで『……今日は、一人になりたくないの』とか縋ってみるべきだったんじゃないのかな?」

「……ねえイルカさん。思ったよりすんなり終わったけど、一体全体どういうこと? まだ全然学校行ける時間じゃない?」


 部屋に戻り、テーブルの上でごろごろと転がるイルカへ声を掛ける。

 部屋に置かれた針時計によれば、現在の時刻は八時四十分。多少の遅刻はしてしまうけれど、それでも決して投稿出来ない時間ではなかった。

 そのご大層な匂わせ的に、ここから連日駆け回ることになるのを想像してたんだけど。拍子抜けしちゃいますね。


「おやおや、すっかり女の子が板に付いてきたね。その口調は直さないのかい?」

「……良いんだよ、この姿でいるうちは。何故ってそれは、私が私であると自覚できますもの」


 未だに女口調であることにツッコまれるも、肘を持って腕を組みながら答えを返す。

 この姿の間は俺ではなく私である。それは下山翠しもやますいが誕生した瞬間に定められた俺自身のルールであり、意地に近い決意みたいなものだ。

 理想の自分を演じるのなら、決して男の自分と混同しない。まあもっとも、シルラさんと接している時にボロを出さないためって理由もあったりしますけどね。


「それで説明は? そもそもこの家、どうやって用意したんです?」

「ああ。それは単純さ。僕が君から飛び出してから数週間、準備がてらに資金を稼いで部屋を借りたのさ。もちろん情報に齟齬が生まれないよう、下山という性を使ってね?」


 どこから取り出したのか知らない煎餅で遊びながら、イルカさんはあっけらかんと答えてくる。

 ……まさか、食べれるのかな? ぬいぐるみなのに?


「で、学校に行けないなんて言った理由だっけ? それは誤解というものさ? 何せ僕はただ行かないことを勧めただけで、行けないなんて一言も口にしてはいないからね。今日はまだ初日だから、熟すべきイベントがすぐに終わっちゃっただけさ」


 ……ふむ、確かに。そう言われてしまえば、早合点してしまったのは私だと認めざるを得ない。

 

「さてさて。まあさっきはあーあーとか言ったけど、実際には上々だったよ。近すぎず遠すぎず、けれど第一印象はばっちし好感触。良い滑り出しというやつだね」

「……はあ」

 

 イルカは今度は私の湯飲みにお茶を汲み、そして座布団をぽんぽんと叩いて座れと誘ってくる。

 どうやら話はすぐに終わらないらしい。仕方がないのでゆっくりと、スカートを気にしながら着席する。

 

「とは言っても、話すことなんてもうほとんどないんだよ。最初に言った通り、異界の聖女の懐に入って共に行動する。これはただそのための第一段階ってだけでさ」

「第一段階? あれで充分だったのか?」

「うん。あの場の最適解は悪印象を抱かれないこと。結界を抜けられる要因が、善意ではないと思わせるための仕込みだからね。だから本番は次の邂逅ってわけさ」


 全部計算通りの上出来だと、イルカさんはパタパタと胸びれ二つで拍手してくる。

 あんなんでも順調とか、こいつにとってどこまでが掌の上なんだろうか。ちょっと頭の中を覗いてみたいもんだね。


「再会は今日の十九時十五分。場所はこっちで誘導するけど、学校行くならちとハードスケジュールになっちゃうよ。それでも大丈夫?」

「いやいや、そうはならんでしょう。十九時って夜の七時だよ? いくら登校しようがそこまで過密にはならんでしょう?」


 次の指定が予想以上に遅い時間だったので、思わずイルカにツッコミを入れてしまう。

 

「……まあ行けば分かるよ。ああ、ちなみに学校およびその敷居から百メートル以内に僕は入れないから気をつけてね。出来るとしてメールを一通送るくらいだからさ」

「なんでです? 目立つから?」

「アリスがいるからね。今はまだ君のプライバシーを優先してくれているから平気だけど、彼女が少しでも索敵範囲を広げてしまえば僕は見つかってしまうだろう。そうなれば全てが水泡に帰す大惨事、ほかほかのご飯と味噌汁の乗ったちゃぶ台をひっくり返すような台無しの事態なのさ」


 唐突に出された高嶺たかねアリスの名に、私は思わず首を傾げてしまう。

 確かにあの人に見つかれば少しばかり面倒ではあるが、そこまで警戒するほどのことだろうか。

 

「そんな顔をされてもねぇ? これでも僕、随分と君に気を遣ってあげてるんだよぉ?」

「……私に?」

「そうとも。確かにこの件が彼女に露呈すれば、間違いなく瞬間的に事件は解決するだろうよ。如何に今の彼女が自発的に渦中に飛び込まない方針でも、今回に限っては君の有無感系なしで乱入してくるのが目に見えてる。そうせざるを得ない理由が、確かに存在してしまうからね」


 ……それならそれで良いのでは? 私の気持ちはともかく、あの人が動けば解決はするわけだし。


「でもね? それじゃこの先がないんだ。せっかく二つの可能性があるのに、この件を彼女が解決してしまうと道は一つになっちゃうんだ。それはとても味気ない。確定した未来なんてものは普遍過ぎておもしろくもない」

「は、はあ……」

「これでも僕はアリスや君のことを本当に気に入っているんだぜ? この世界で言う推しカプだっけ……? 確かそんな感じの言葉がぴしゃりと重なる楽しみ方をしているんだ。だからさ、出来る事ならアリスにはこの件を一切認識させたくないの。嗅ぎつける可能性がほんの僅かに存在してしまうような真似、本当は一欠片も推奨したくないんだよ。お分かりぃ?」


 お、おう。早口すぎて言ってることの半分は理解出来なかったけど、この件に高嶺たかねさんを関わらせたくないってことだけはよく分かったよ。


「……ま、どのみち今日は行きますね。今日の化学の小テスト、受けないとまずいやつなので」

「そうかい。ならば止めないさ。それもまた選択だからね。けれど気をつけて。君の失態が巡り巡って君自身の首を絞めるのだと、そう自覚して動いてくれたまえ」


 立ち上がってこの隠れ家から出ようとした私の背に、イルカは意味深な言葉をぶつけてくる。

 

「どうぞ良い日常を。……ま、そのうち行きたくなくなるさ。君自身の意志で」

「それは予言? それとも予想なの?」

「予言さ。断言してあげよう、いつぞやの夏の始まりのように。この一件の根底に近づけば近づくほど、君自身があの哀れなアリスを巻き込むことを避け始めると」


 不敵な笑みで語りかけてくるイルカを無視し、部屋から出て玄関へと歩いていく。

 会話を切り上げても、頭の中で繰り返され続ける言葉。それはこの件から彼女を、高嶺たかねアリスを自分か遠ざけるという確信を持って告げられてしまったイルカの予言だった。

 

「あ、ちなみにここを更衣室にしないでねー! 来るときも帰るときも、男の姿じゃ駄目だからねー!」


 ……やっぱ気にしなくても良いかもな。あいつ、絶対シリアルやる気ないよな。

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