謝ってばかりだね
ってなわけで。無事に男に戻って帰宅し、ちゃちゃっと朝食食べて登校した俺ですが。
目下眠気なんぞより深刻な問題に晒されてしまっている。何かというと、隣が気になって碌に集中できないって単純にして解決策のない情けないお悩みなのですが。
まあともあれ。あいつの助言通り、ボロを出さない頑張ろうと試みたわけですよ。
「あの、
「ごめん雉打ち!」
あるときは巧みな理由で躱し。
「上野くん?」
「ごめん勉強! 補習だけは避けたいから!」
あるときは仕方なしの事情でどうにか誤魔化し。
「上野──」
「
昼が過ぎ、本日最後の短い休憩では学級委員である
そしてようやく迎えた放課後。
隣の空の視線だの割と真面目にあのイルカの言葉の意味を考えたりで、授業に欠片の集中も出来ず。それでもどうにか、かろうじてだが成し遂げたであろう小テストの結果へ不安を抱きながら、さっさと帰路につこうと思った矢先のことである。
「
「あ、はい」
私怒ってますと言わんばかりに語気の強い、
「どしたん高嶺さん? ちょっと顔に皺出来ちゃってるよ。ほらっ、スマイルスマイルー」
「怒りますよ?」
「はい」
頬に指を当てて笑顔を促してみれば、返ってきたのは絶対零度で射貫いてくる視線のみ。
それはもう身も心も凍っちゃいそうなほど。そんなのを前にしちゃ、流石の俺も黙ることしか出来なくなっちゃうね。きゃ☆
「で、どしたん? これからちょい用事があるんだけど」
「そうなんですか。それは残念です。少し手伝ってもらいたいものがあったのですが……」
俺の返答に、視線の矢を引っ込めしゅんとしてしまう
その逸らされた目に、思わず心がざわついてしまう。
……あーもう
「……ま、六時くらいまでなら大丈夫だよ。部長に顔出せとかそういうのは残業ありそうだから却下だけど」
「っ! 本当ですか!? なら頼んでも良いですか? 文化祭の買い出しを頼まれてしまいまして、付き添いがほしかったんです」
表情を一転させ、いつもよりちょっと嬉しそうに俺に頼んでくる
この人こんなにころころ顔色変える人だっけ? ……ま、可愛いからいっか。
おっけーだと首を縦に振ると、
まったく、なんかあの人雰囲気変わったよなぁ。前より棘がなくなったっていうかさ。
「おい
「んー? あ、
「いらねーよ。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
待ちぼうけの最中、突如俺に話しかけてきた
正直そこまで仲良くない、ぶっちゃけ他人と同レベルの関係性なんだけど果たして何用かな?
「昨日のこと、少し聞きたいんだけどさ? な、なんで上から降ってきたんだ?」
……あっ、やっべ。そういえばそんなことしたっけな。
「あーあれ。ちょっとあの木で昼寝しててさー。起きて降りたら君たちが青春やってたって感じだよ。……お邪魔でした?」
「まあすっごく。結局あの後、一旦保留にされちまったんだぜ? ちょっとばかり不満ぶつけたくもなるよな」
ちょっと憎らしそうに声を平らにしてくる
ご、ごめん。まじでごめん。アイス一個くらいなら奢るから何卒お許しを……!!
「ま、代わりに今度二人で遊ぶ約束取り付けられたから実質プラスだけどな」
「ふ、ふーん。良かったねぇ。うん、本当に良かった」
言葉通り本当に良かったと思う。それはそれとして、アイス一個分の謝罪を返してほしいとも思ってしまう。いけない心だぜ。
「……ところでさ。お前、
「まあそこそこに。……なあにお前、早速目移り? いっけないんだー」
からかうように尋ね返してみれば、わたわたと言い訳するように慌て始める
普通の反応が微笑ましく思える。最近はちょっと一般から外れた人との交流が多かったからかな。
「ち、ちげーしぃ!? 俺は
「ふーん」
「……真面目な話、先輩から聞き出してこいって。ほらっ、人気だろ?
あーなるほど、そういうこと。最近は落ち着いてきたといっても、やっぱり大人気だもんね。
「文化祭で告ろうとしてんだと。お前気をつけろよ? 最近ちょっと噂なんだ。あの高嶺の花に近づく不埒なゴミ虫がいるって感じでさ」
「ご、ゴミ虫て。同じ制服を着ている関係なのに、そこまで言うのは酷くない!?」
「お、おう……。とりあえず、そこに親近感を抱くやつはあんまいないと思うぞ。うん」
そうかにゃあ? 一緒の服着て一緒に授業受けてれば多少は連帯感が……それがあるならいじめなんてこの世にはないか。うん、残念。
「ともかく気をつけろよ。お前今、学内だと割と面倒な立場に──」
「お待たせしました……おや、どうしました
「た、
戻ってきた
あいつ、やっぱり少し目移りしてんじゃ……あっ、ごつい人とぶつかった。どんまい。
「何か話してたんですか?」
「あーうん。昨日青春を邪魔しちゃってさ。まあ続きは買い物行く途中で話すよ」
話を切り上げ、買い物へ向かうべく二人並んで玄関まで歩き始める。
道中、確かに感じてしまう視線。最近養われた感覚は
興味、羨望、嫉妬、憎悪、鬱憤、憤り。更には憐憫や失望など、おおよそ八割が悪感情。
……なるほどね。刺激のない、ただただ濁った人の業の発散。さしずめ今の俺は、スキャンダルの出た政治家みたいなものか。それでも私はやっていないってね?
「……どうしました?」
「いんや。なんというか、難儀だなぁって」
気付いているのか知らないが、欠片も動じぬ
この手のは昔から慣れている。それこそ初期の
……そのはずなんだけど、今はなぜだか無性に心がざわついてしまう。それこそ戦闘でもしているみたいに。
意識の差とはげに恐ろしきもの。きっとこうまで悩んでいるのは俺だけなのだろう。
昨日までならなんてことなかったはずなのに、それを指摘されてしまえば意識せざるを得ない。
彼女の、
そう、それだけのはず。なのに心は躍り、緊張が生まれ、そして周囲すら気にしてしまう始末。
「…………」
少し心配そうに見下ろしてくる
どうにか学内を乗り切り、近場の百均で必要な物を買い漁った俺達。
途中ちょっとだけショッピングが盛り上がってしまい、結構時間を使ってしまったが、それでも無事に学校への帰路につくことが出来ていた。
「……百円均一、初めて入りましたが存外に侮れませんね。驚きです」
「初めてなの? それはちょっと申し訳ないね。俺じゃ魅力を伝えきれなかったかも」
どうせ初めてならば、もっと上手く案内しておけば良かったな。百円を謳っているくせに大して安くもない便利ショップをもっとエスコートしたかったぜ。
「……別に、そういうのは必要ないんですけどね。貴方と回ったから楽しかっただけですし」
「あ、おう……」
俺の反応に対し、
どうしよう、すっごく照れくさくて
「……
「え、なんもぉ? 俺の日常は平穏そのものだぜ?」
「……そうですか。それならそれで良いですね」
咄嗟の質問に多少どん詰まったものの、いつも通りを反応を心がけて返事する。
それを聞いた彼女は、少し悲しそうに声を柔らかくし、それを最後に黙り込んでしまう。
やべっ、しくったかなぁ。けど喧嘩に負けたからリベンジするために女の好感度稼いでますとか、そんな情けない隠しごとなんて言いたくないしなぁ。
「困ったことがあれば、何でも言ってくださいね」
「え、何でも?」
「はい。なんでも」
そんな魔性の響きに等しい誘いを前に、一瞬で生えてきた疚しい発想を首を振ってポイ捨てする。
危ない危ない。そんな絶好の餌を俺なんぞに垂らしちゃ何されるかわかんないよ? ま、なにかしようものならレベル1000パワーで瞬時爆殺だろうけどさ。
「ま、困ったら頼らせてもらうよ。例えば授業中寝ちゃったときとかね?」
「それは例外です。あくまで勉学は己のため、ですよ?」
きっとこの痛みは隠しごとをしている罪悪感なんだろう。……うん、そうに決まっているよ。
「……ん?」
そんな雑談に花を咲かせていたときである。ポケットの中でスマホが震え出したのは。
取り出して画面を見てみれば、そこには母でも父でも非通知でもない♡の一文字が。
誰だと首を傾げつつも、とりあえず通話ボタンを押して耳元に近づけてみる。迷惑電話だったら即座に切ってしまえば良いと、ちょっとばかりの気休めのつもりで。
『もしもし~? こちらイルカさんですよ~。聞こえていますよね~? アリスには悟られないよう会話してくださいね~』
「……何のよう? っていうかなにそのうざい喋り方。時間ならまだ余裕あると思うけど」
『おっ、出たね少年。良かったー、この電話スルーされてたらと割と詰みっぽかったんだよねー』
液晶の先から聞こえてきたのは、昨日の夜から散々と耳にしている胡散臭い声。
電話に出る前にちらりと見えた時間はまだ十七時過ぎだったはず。待ち合わせの時間になってないのに急かしてくるとか、初々しいカップルのデートだったらそれだけで減点超えて失格ものなやつだぞ?
『おうけい。じゃあ単刀直入に言うけどさ。未来がちょっぴりズレちゃったから、今から行動を開始してね! あ、もちろん女の子になってからね?』
「……はっ?」
『ちなみに文句は受け付けませーん。悪いとは思ってるからさ? 今度プリン奢ってあげるね!』
どういうことかと問いただす間すらなく、電話はぶつりと切れてしまう。
や、野郎ぉ舐めてやがる……!! スポンサーの意向に逆らえない現場みたいに扱ってきやがる……!!
まっこと許しちゃおけねえが、一度協力を仰いだ手前引き下がれない。血涙滴りそうなくらい悔しいが、それでも逆らうことは出来ないっ……!!
「ごめん
「……そうですか。ところで誰ですか今の電話。懐かしくも煩わしい気配を感じたのですが、もしかしてあの小娘……?」
「違うね。
戦利品であるビニール袋を渡し、軽く手を振って駆け出していく。
雑な別れで申し訳ないんだけど、これ以上追求されちゃうと多分ボロを出すからね。仕方ないことなんだ。
街中なので一般的な速度で走りつつ、再度スマホを取り出しあいつに連絡を取ろうとする。
行動開始とあいつは言うが、そもそもどこに向かうのかさえ俺は知らないんだ。このまま宝探しのようにランニングするなんてこと要求するなら本気で抗議してやりたいね。
「失敬だなぁ。別にさ、僕だって意地悪したいじゃないんだよ。そういう目的ならもっと君の人生粉々にしてやるわけだし」
「出たなイルカ。で、何処向かえば良い?」
「応ともっ! さあ、まずはそ次の十字路を右に曲がるところからさ!」
いつの間にか肩にくっついていたイルカにいらいらするも、囁かれる案内に従ってひたすら走る。
途中人気のないところでメタモって私に変わり、その後は屋根やらビルの屋上を利用したダッシュで目的地へ。
ああちなみに、お着替えは影で隠したので誰にも見られてない。残念ながら露出癖はまだ育ってないからね。
「もうすぐ。そらあそこ、あの通路。結界がある。
「ぼんやり! でも気配で分かりますっ!」
イルカが示した先にあるのは、昨日と同じ気配を持つ結界の張られた寂れた商店街。
間違いない。あそこにあの人が、シルラさんがいる。まさかあんな場所で、人を殺すつもり──!?
飛び降りながら結界を越え、目的地である商店街へと着地する。
人はいない。結界の中だからか、それともシャッター多めの下町の悲しい現実だからか。どちらにせよ、それならそれで都合が良い。
さああの人はどこだと首回して周囲を見ようとしたとき、特徴的な臭いが鼻へと届いてくる。
最近嗅ぐことが増えたこの鉄臭さ。それは日常であれば、そう何度も嗅ぐ機会のない不快な臭い。
すぐにその臭いの方向に顔を向ける。想像していた、嫌な光景を脳裏が想起しながら。
「──なっ!?」
だがそれは外れ。想像していた事態は同じでも、思い描いていた人物ではなかった。
血の池で倒れていたのは殺す側であったはずの女。本来であれば止めるべきであった、俺を一方的に御せるほど強かった、シルラさんの方だったのだから。
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