高嶺の勇者も所詮はJK
一般的な裕福な家庭が住んでいそうな規模の家、その中に畳五枚ほどの大きさである一室。
簡素ながら充実したその部屋に置かれたベッドの上で、少女──
「恥ずかしい……。なぜ私は彼に、あんな上から目線でものを言ってしまったのでしょう……」
あのときは気分を落とす彼へつい言葉にしてしまったが、我ながらなんて間抜けで阿呆な持論をかましてしまったと、可能ならば時すら戻してしまいたいほど羞恥塗れの心境であった。
「ああやり直したい……。ですが戻してしまえば、彼との初遊びもなくなってしまう。というかそもそも時間戻しは分単位が限界ですし、リスクと消費魔力が対価と割に合わなすぎる。ですが、嗚呼……あ゛あ゛~恥ずかじいぃ~」
出来ないと理解しつつも、それでも衝動のままに魔法を展開してしまいそうな自分を、都合の良い言葉で言い聞かせながら、なんとか気合いで抑え込む。
そうだ。私には思い出がある。恥ずかしさに勝る、一日の幸福があるのだ。
啖呵切ったくせに私に追い抜かされた彼。
海の家でのナンパを持ち前の変人さで退散させた彼。
一対一のビーチバレーで私に完封された彼など。今日という日の楽しさを思い出せば、私の羞恥など乗り越える程度でしかない……はずだ。
「しかし彼にもあんな卑屈さがあったとは。……ふふっ、案外普通なんですね」
声を掛ける前の彼の姿を思い出し、つい小さな笑みを零してしまう。
周りが夏の明るさに対抗するかのようにはしゃいでいたというのに、異物のような陰気臭さで砂浜に座っていた彼。
あんな風にしょぼくれていた彼を見るのは初めてのこと。それこそ図書室での私と彼の出会いから今日に至るまでの間、一度たりとも見せたことのない表面の奥の一端であった。
例え周りがもて囃そうとも、彼だけは出会った頃と同じ反応をしてくれる。
例え私が白を黒と言おうとも、彼はあっけらかんと否定してくれる。
そして例え周りが私に嫉妬し嫌がらせを仕掛けてこようとも、彼は態度を変えずに声を掛けてくれた。
彼がいれば私は私であれる。彼が側にいてくれれば、
だから異世界でも耐え切れた。幾多の出会いと別れを繰り返し、心を磨り減らそうとも前に進めた。蝶よ花よと育ててもらって申し訳ないけれど、両親よりもたった一人の少年を支えにした。
そしてついに帰ってきた時、疲れ果て、世界が灰色へ色褪せながらも登校した時。
やっぱり彼は変わらず挨拶してくれた。私の纏う雰囲気の違いに若干戸惑いつつも、それでも周りと違って浮き足立つことなく接してくれた。
私が、
ちょろいのは自覚している。けれど仕方ないだろう。
異世界での三年と一年における激動の日々。そして七度の死亡の一度の消滅、三回の自害ですっかりまともでなくなった私の価値観と心根。
そんな擦切れまくって弱り切っていたときに、久しぶりに会った気になっていた男の子が昔と変わらず打算ない笑顔を向けてくれたのなら、それはもう堕ちるに決まっているじゃないか。異世界にいた男共なんて、顔だけしか取り柄のない下心と人外思想ばっかりだったのだから。
……ま、結構脱線してしまったが。結局何が言いたいかというと、別に意中の男が女々しさ全開で弱音を吐きまくっていていようが、そんなことで想いが揺らいだりはしないということだ。
というか、むしろ嬉しかったりする。だってそれは彼の新たな一面を発見できたということで、嘆くのではなく喜ぶのが普通だと思うから。
……ただまあ、強いて不満を挙げるとすれば。
それを引き出せたのが私ではなく、
「……結局、
自分らしくない普通の少女みたいな葛藤に、ふと脳裏を過ぎったのは友の言葉だ。
『ねえアリス。遠き世界より招かれたもう一人のアリス。この世界における
一度目の異世界──
『……何を馬鹿な。私が恋? そんな人並み、今更あるわけないじゃないですか?』
『あるやつほどそう宣うのさ。なに、きみみたいなやつが堕ちるときは瞬きほどの一瞬さ。そこら辺はあの下に
我が師を嘲りながら、私のことを見ているようで見ないでせせら笑う三角帽を被った翡翠の美女。
あちらにて
見るものの理想の姿を映し、人を嘲笑を送りながら、その目と
……駄目だ。褒めるところは指の数ほど、けれど罵詈雑言は星の数ほど湧いてくるあれは思考の邪魔だ。とりあえず、今はその時の会話だけを思い出しておこう。
『君に想われる人は不憫だねぇ。君に愛を向けられる人間は哀れだねぇ。自覚のない重偏愛ほど、厄介なものはないだろうにねぇ』
『……知ったような口を。人の情すら知らない人もどきに、我が物顔で胸中を語られることほど不快なものはないですね』
『いやいや? これは想像じゃなくて予見だよ? この
からからと、じめじめと、そしてねっとりしながら爽やかに。
嘲るときにも、煽るときにも、褒めるときにも、哀れみを抱くときにも、賢者らしく人を導くときも。台無しにするとき以外は何一つ大差のない平等な矛盾を混ぜながら、言葉うを使って踊る人もどき。
……けれどもあいつは正直だった。度し難いくらい、嘘をつかずに人を惑わすやつだったな。
『そんな君に予言してあげよう。アリス、世界を超えて尚ひとりぼっちの花たる君よ。君は明日、
『……何を適当言ってるんだか。私はもう寝ますからね』
『ああ。どうぞ今日くらいは良い夢を。明日は決戦の日、この怠惰極まる箱庭の最後の日なんだからね』
いつものように意味ありげで欠片もない言葉遊び。
そんな妖精の囁きのような戯言を九割くらいは聞き流し、私はその日眠りについたのだが。
まさか今になって掘り返す日が来ようとは。……今の私を勇者であった頃の私が見れば、間違いなく絶対零度の視線をぶつけてくるだろう。
「……ま、いいでしょう。最早私は勇者にあらず。この世界では、彼の前では、それだけで充分なのですから」
面倒臭い悩みは枕と一緒に全部投げ捨て、
そうだ。自分は既に普通の少女。どこにでもはいないけど、世界の命運など背負わなくても良い女子高校生なのだ。
だから焦らなくても大丈夫。恋も大事だが、彼との友情も私は欲しいのだ。少しずつ、今までを取り返すように彼との仲を深めていけば良い。
どの道一歩有利なのは私だ。何せ他の奴らとは違い、彼のプライベートな水着姿だけではなく、下のあれまで見てなお恋心を滾らせているのだから。
「……とりあえず、明日浴衣買いましょうかね。花火大会、誘ってくれるって言ってましたし」
後十数日しかない夏休みと
その姿は世界を救った勇者にしては、自分を壊しながら世界を二度滅ぼした少女にしては、あまりに普通で浅ましすぎる思春期の姿であった。
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