ご都合主義でも大団円を

 俺達が全力を尽くして、それでもなお上をいった恐るべき屍鬼かばねおに

 厄災という言葉に相応しい大化生の気配が跡形もなく消失したにもかかわらず、緊張が留まることはない。

 理由は一つ。この上なく単純明快な強者が現れたから。そしてゆっくりと、天使が空から舞い降りるかのように俺の正面へと着地したからだ。


「……何者ですか。何故、私の弟の名を──」

「嗚呼、いいよ由奈姉ゆなねえ。大丈夫。普通に知り合いだから」


 一切の警戒を緩めることなく、むしろ屍鬼かばねおに以上に険しい視線を向ける由奈姉ゆなねえ

 そんな彼女を安心させるように前に出て、まだ動いてくれる片方の腕で一旦宥めておく。


「やあ高嶺たかねさん。おっどろき。それ、コスプレでも趣味にしたの?」

「……やむを得ない事情故です。貴方がいなければ、わざわざ着替えたりなどしませんでした」

「なにそれ。わかんないなぁ」


 いつもと違う格好を、まるで物語の勇者みたいな格好をした彼女は不満気に答えてくれる。

 うん。外見が違ってもやっぱり高嶺たかねさんだね。いつもの黒髪も綺麗だけど、そういう金髪も抜群に噛み合ってて好いと思うよ。


「それで上野うえのくん。貴方が何故、こんなところにいるのですか?」

「バイトだよ。前言ったでしょ? ……あれ、言わなかったっけ?」

「言いましたね。普通のアルバイトだと。こんな普通からかけ離れた場所で、そんなにも傷だらけになる必要のない、ごく一般的な短期バイトだとその口で仰いましたね」


 授業中に居眠りしてやろうとしたときの比じゃない圧を感じさせる声。

 怒ってる。これ絶対怒ってるよね? もう怒髪天を衝くって感じの不機嫌さだよね?

 確かに騙したのは悪いけどさ。別に俺達は肩を抱き合えるほどの親友ってわけでもないんだし、そんな些細事で機嫌を損ねることはないと思うんだけどなぁ。

 

「……まあいいです。貴方はそういう人、好奇心で動くけだもの同然の人です。どうせいつものように興味を惹かれる何かでも見つけ、周りなどお構いなしに突っ走っていたのでしょう?」

けだもの扱いは酷くない? 一応、人並みの理性は持ち合わせているつもりなんだけどさ?」

「妥当です。少しは自身を省みてください」


 高嶺たかねさんは淡々と言葉を吐きながらも、指先から極小の白い光を二粒出し、俺と由奈姉ゆなねえへぶつけてくる。

 避ける間もなく体へ当たる白光。一瞬、とてつもない違和感が体を突き抜けたかと思えば、しんどさの塊であったはずの自分の体が信じられないほど軽くなる。


「うそぉ……。死にかけだったよね俺……?」

「馬鹿なっ、霊力すら戻ってる。これほどの治癒、あおいさんでも至難のはず……」

「治しました。そこの女性はついでですが、まあ幸運程度に思ってください」


 治した? まじ? あんな即刻病院行かないと今後の人生が困りそうだったあれの傷達を?

 ……でたらめだねぇ相変わらず。実家のような安心感だよ、きみという人は。


「さて。用事は済んだので私は帰ります。上野うえのくん。せっかく治したんですから、明日もきちんと学校来てくだ──」

「待ってくれ!! そこの御方、どうかお待ちをッ!!」


 用件は果たしたと、こちらに背を向け、この場から離れようとした高嶺たかねさんへ掛かる悲痛な願い。

 流石にそれを無視して去る非情さはなかったのか、高嶺たかねさんも数秒固まってからゆっくりと声の方向を振り向いた。


「……何です。これ以上は時間の無駄なのですが」

「無茶を承知で頼むっすッ!!どうかお嬢さまを、かなで様を治療してもらえないでしょうか……!!」


 こちらに駆け寄ってきた香雲かくもさんは、血に染まる片目を押さえながら地面に膝を突く。

 

「お断りします。生憎ですが、慈善で人の生死を覆す気はありません。そういうのはもう懲りましたので」

「そこをどうかッ!! お願いします、お願いしますッ!!」


 にべもなく否と断じる高嶺たかねさんを前に、香雲かくもさんは必死で頭を下げて乞い続ける。

 だがそれでも、高嶺たかねさんが首を縦に振ることはなく。

 必死の願いも虚しく、無情にも時は流れていく。そこに情など介在せず、向けられる答えは残酷な現実のみ。


「お金ならいくらでも払いますッ! 私となぎの二人が全てを捧げ、貴方の手足となりますッ! 差し出せる物は金と身くらいしかありませんが、どうかそれで──」

「不要です。そも、金や人権が命と釣り合うわけがない。そうでないのなら、私が今まで助けられなかった人達に顔向け出来ません」


 先ほどまで俺に向けていた感情の一切を捨て去ったような宣告に、彼女に意志を曲げるつもりがないのを感じ取ってしまう。

 きっと何も知らない誰かがこの場を見ていれば、ここまで頼み込んでいるのに何て非情極まりないのだとと、水を得た魚のように高嶺たかねアリスを罵るのだろう。自分には何も払えないというのに、正義という名の傲慢を振りかざして。

 

 俺だってかなでちゃんの命は大事だ。香雲かくもさんがここまで頼むということは重傷、或いはそれ以上に酷い容態なのだろう。

 けれど同時に、友人でもある高嶺たかねアリスを尊重したい気持ちだって当然ある。異世界帰りで世界を二回救った少女。そんな数奇な冒険を乗り越えた彼女が抱いた気持ちを、価値観を、俺の身勝手で否定したくないのも本音なのだ。


 ──けれども。それでもだ。この場で俺が優先すべきは、最初から決まっている。


「……何を」

「俺からもお願い、高嶺たかねさん。どうか助けてほしい。大事な人なんだ、俺にとっても」


 香雲かくもさんの隣に膝を突き、そのまま地面に頭を付けて頼み込む。

 結局の所、俺に何か出来るわけでもないし、命という尊いものに釣り合うだけの対価を肩代わりできるわけでもない。

 だからどれだけ無責任でも、俺が出来るのは情に訴えるという卑怯でしかない方法だけ。例え彼女と関係に罅を入れようとも、気まぐれを起こしてもらえるように願うことだけなのだ。


「大事な人……ですか。貴方にとってその人は、私を踏み躙ってでも助けたい人なんですか?」

「そんなことはないんだけど、まあそうなっちゃうよね。行動的にはさ」


 酷く落ち込んだのがのがわかる、暗く底なしに沈んだ高嶺たかねさんの声。

 彼女にとって俺がどういう存在なのかを俺は知らない。自分が思っている以上に気に掛けてくれているということだけしか察することは出来ない。

 だからこそ、これは裏切りに等しい。彼女の向けてくれる好意を無碍にする、最低最悪な行為に他ならない。人を殺したことのある自分でさえ、やっちゃいけないことだと理解している。

 

 ……嗚呼、きっとこれが上手くいこうが今回限りだろうな。別に目的は変わらないが、それでも世間話もなくなっちゃうってところだけは辛いところだぜ。


「頼む。高嶺たかねさん。安い言葉だけど、俺に出来ることなら何でもするから──」

「……ほう。何でもすると。貴方が、私に?」

「うん。約束する。死ねと言われたら腹切って死ぬし、全裸で警察署に突撃しろと言われたら喜んで突っ込ませてもらうさ。俺が約束を違えることが嫌いだってのは、君なら知っているはずだろ?」

 

 俺が約束とはっきり破ったと言えるのは、中学二年のだけだからね。

 しかし何故か食い付かれたので断言してみれば、ちょっと想像以上に悩み出した高嶺たかねさん。

 うーん、まさかそこで考え始めるとは思ってなかった。この人、そんなに俺への不満溜まってたの?


「……わかりました。ならば金銭も人権も必要ありません。上野うえのくん、貴方へのお願い二回で全力を尽くしましょう」

「え、まじ? そんなことでいいの?」

「……貴方は私が碌でもないことを強制させるとは思わないのですか?」

「だってしないでしょ? そういうこと。高嶺たかねさんはさ」


 あちらからはともかく、俺にだって高嶺たかねさんへの信頼はあるわけで。

 何せ俺が一生を賭けて殺したい憧れの人。そして小学校から一緒だった他の人よりは長い仲だからね。そこいらの凡夫よりかは理解度高いと思うよ。


「……はあっ。やはり貴方は酷い人。昔から真っ直ぐで、純粋で、だからこそたちが悪い。厄を引きつける魔性の華です。私は決して、貴方が望むほど聖人君子ではないというのに」

 

 何それ。そんな詩的な例えされたことないんだけど。

 それにどこまでいこうときみはきみだよ、高嶺たかねさん。例え世界を何度救おうと、その果てに心が擦り切れちゃっててもね。


「ほら、頭を上げて。そうと決まればとっととやりますよ。後、仮に治療不可能でも文句は受け付けませんからね」

「あり、ありがとうっす……! こっちっす!!」


 跳び上がるように立った香雲かくもさんは、高嶺たかねさんの手を引っ張りかなでちゃんのいる方へ急いで向かっていくので、俺と由奈姉ゆなねえも後ろから付いていく。

 

「勝手に決めちゃってごめんね由奈姉ゆなねえ? 蚊帳の外で退屈だったよね?」

「気にしないでください。むしろお姉ちゃん的には、すーくんが人のために頭を下げられる人になってくれたのが嬉しいです。それは私含め、多くの退魔師にはない尊ぶべき善性なので」


 俺の頭を撫で、花を愛でるかのような優しい視線を向けてくる由奈姉ゆなねえ

 まあ由奈姉ゆなねえも結構性格きついもんね。昔は俺を落とし穴に閉じ込めたりしてきたし。


 淡い少年時代の懐かしさを心に留めつつ、ようやく先行した二人に追いついた俺達。

 そこには嗚咽を零しながら、主の側で俯くなぎくん。そして干涸らびたように色をなくした少女──奏かなでちゃんが、まるで眠るかのよう安らかに横たわっていた。


「なるほど。かなりの重傷、いやこれは……」


 高嶺たかねさんは側まで寄ってから屈み、かなでちゃんに触れながら観察していく。

 呼吸はなく、満足気な彼女の顔は、まるで役目を果たした悔いはないと微笑んでいるかのよう。

 

 強化による繋がりが途切れた瞬間、どこかそんな予感はしていた。

 あの力は奇跡に近いもの。誰かの命を燃やし、その上尾なる物を使って初めて成立する文字通りの命懸け。

 だからこの強化がなくなれば、二度と奏ちゃんの笑顔は見られなくなるのだろうと。俺が走り出す直前に耳へ届いた言葉には、それだけの想いが込められていたのだと。

 

巡れ山吹染まれ漆黒千切れ。……まあこんなところでしょうか」


 刹那、高嶺たかねアリスの掌からかなでちゃんの体に注ぎ込まれる三色の光。

 輝きに目が眩む。気軽に放たれた桁違いの魔力に、思わず言葉を失ってしまう。

 数瞬程度の光が止んだ後。そこにいたかなでちゃんの姿は一変していた。なんとかなでちゃんを構成する全てが枯渇したような亡骸が、元の活力ある状態へと戻っていたのだ。


「はい終わりです。綺麗に死んだ直後だったので助かりました。運が良かったですね」

「お、おう……。ちなみに具体的には何したの?」

「魂単位のエネルギー枯渇だったのでそれを私の魔力で代替し、彼女の色で染めて拒否反応を起こさせずに適合。後は邪魔な呪いがあったので悪性のみ切除、そして一部は抑制し彼女の特性へと変換させました」


 ……ごめんさっぱりわかんない。

 由奈姉ゆなねえも呆然としちゃってるし、そもそも二人は声すら出せないご様子だわ。


「ついでなので貴女も。後天的な魔眼っぽいので能力は戻りませんが、まあ失明するよりかはましでしょう。あっ、痕は諦めてください」

「えっ、うそっ、治ってる。私の目が、うそっ……!?」


 特に疲労のひの字すらなさそうに立ち上がり、通りがかりに香雲かくもさんへ軽く触れてからこちらへ戻ってくる高嶺たかねさん。

 いやー、もう何の感想も出てこないわ。やりたい放題って言葉はこういう感じのシチュのことを指すんだろうね。


「では今度こそ帰ります。約束忘れないでくださいね」

「あ、うん」

「……あ、それと今週楽しみにしています。頑張ってくださいね」


 高嶺たかねさんは何の要領も得ない意味深なことを囁きながら、何故かウィンクしてこの場から飛び去っていく。

 ……今週なんかあったっけ? ってか、貴女ウィンクなんてあざと可愛いことするタイプじゃないでしょう。あーもう可愛いなぁ。


「う、ううん……」

「お嬢さまっ!? お嬢さまっ!!」


 瞬く間に彼女の姿が消えた空をぼんやりと見つめていると、少女のうなり声と共に意識を取り戻す。

 お付きの二人に抱きつかれ、寝起きみたいな顔で困惑するかなでちゃん。どうやら本当に命の危機からは脱したようだ。


「良かった、良かったすよ~!!」

「ちょっと何事!? って香雲かくも、貴女目が治って──」

「そんなのどうでも良いっすよ~!! う゛え゛~~ん゛~~!!」


 この中では一番の歳上だというのに、周りの目など欠片も気にせず童子のように泣きわめく香雲かくもさん。かなでちゃんに救難の視線を向けられたなぎくんもそれを止めはせず、心の底からの安堵に浸ってしまっている。

 

 ……なんか緊張の糸が切れちまった。ようやく戦いが終わったんだなって感じがするぜ。


「で、どうなの由奈姉ゆなねえ。報告書、まとめるの大変じゃない?」

「……ま、そこら辺は後でどうにかしますよ。まずは喜びましょうよ、我々の生存と勝利を」

「……そうだね。とりま俺も、そうしたいわ……」


 俺と由奈姉ゆなねえは互いに疲労を言葉に乗せたまま、力なくもやりきったと笑みを浮かべ合う。

 何かいろいろありすぎて肩すかしを食らったけど、最終的には勝ったんだしいいじゃないか。

 ま、終わりよければ全て良しってね。俺は好きだよ。こういう都合が良いだけの終わり方ってのもさ?

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