ご都合主義でも大団円を
俺達が全力を尽くして、それでもなお上をいった恐るべき
厄災という言葉に相応しい大化生の気配が跡形もなく消失したにもかかわらず、緊張が留まることはない。
理由は一つ。この上なく単純明快な強者が現れたから。そしてゆっくりと、天使が空から舞い降りるかのように俺の正面へと着地したからだ。
「……何者ですか。何故、私の弟の名を──」
「嗚呼、いいよ
一切の警戒を緩めることなく、むしろ
そんな彼女を安心させるように前に出て、まだ動いてくれる片方の腕で一旦宥めておく。
「やあ
「……やむを得ない事情故です。貴方がいなければ、わざわざ着替えたりなどしませんでした」
「なにそれ。わかんないなぁ」
いつもと違う格好を、まるで物語の勇者みたいな格好をした彼女は不満気に答えてくれる。
うん。外見が違ってもやっぱり
「それで
「バイトだよ。前言ったでしょ? ……あれ、言わなかったっけ?」
「言いましたね。普通のアルバイトだと。こんな普通からかけ離れた場所で、そんなにも傷だらけになる必要のない、ごく一般的な短期バイトだとその口で仰いましたね」
授業中に居眠りしてやろうとしたときの比じゃない圧を感じさせる声。
怒ってる。これ絶対怒ってるよね? もう怒髪天を衝くって感じの不機嫌さだよね?
確かに騙したのは悪いけどさ。別に俺達は肩を抱き合えるほどの親友ってわけでもないんだし、そんな些細事で機嫌を損ねることはないと思うんだけどなぁ。
「……まあいいです。貴方はそういう人、好奇心で動く
「
「妥当です。少しは自身を省みてください」
避ける間もなく体へ当たる白光。一瞬、とてつもない違和感が体を突き抜けたかと思えば、しんどさの塊であったはずの自分の体が信じられないほど軽くなる。
「うそぉ……。死にかけだったよね俺……?」
「馬鹿なっ、霊力すら戻ってる。これほどの治癒、
「治しました。そこの女性はついでですが、まあ幸運程度に思ってください」
治した? まじ? あんな即刻病院行かないと今後の人生が困りそうだったあれの傷達を?
……でたらめだねぇ相変わらず。実家のような安心感だよ、きみという人は。
「さて。用事は済んだので私は帰ります。
「待ってくれ!! そこの御方、どうかお待ちをッ!!」
用件は果たしたと、こちらに背を向け、この場から離れようとした
流石にそれを無視して去る非情さはなかったのか、
「……何です。これ以上は時間の無駄なのですが」
「無茶を承知で頼むっすッ!!どうかお嬢さまを、
こちらに駆け寄ってきた
「お断りします。生憎ですが、慈善で人の生死を覆す気はありません。そういうのはもう懲りましたので」
「そこをどうかッ!! お願いします、お願いしますッ!!」
にべもなく否と断じる
だがそれでも、
必死の願いも虚しく、無情にも時は流れていく。そこに情など介在せず、向けられる答えは残酷な現実のみ。
「お金ならいくらでも払いますッ! 私と
「不要です。そも、金や人権が命と釣り合うわけがない。そうでないのなら、私が今まで助けられなかった人達に顔向け出来ません」
先ほどまで俺に向けていた感情の一切を捨て去ったような宣告に、彼女に意志を曲げるつもりがないのを感じ取ってしまう。
きっと何も知らない誰かがこの場を見ていれば、ここまで頼み込んでいるのに何て非情極まりないのだとと、水を得た魚のように
俺だって
けれど同時に、友人でもある
──けれども。それでもだ。この場で俺が優先すべきは、最初から決まっている。
「……何を」
「俺からもお願い、
結局の所、俺に何か出来るわけでもないし、命という尊いものに釣り合うだけの対価を肩代わりできるわけでもない。
だからどれだけ無責任でも、俺が出来るのは情に訴えるという卑怯でしかない方法だけ。例え彼女と関係に罅を入れようとも、気まぐれを起こしてもらえるように願うことだけなのだ。
「大事な人……ですか。貴方にとってその人は、私を踏み躙ってでも助けたい人なんですか?」
「そんなことはないんだけど、まあそうなっちゃうよね。行動的にはさ」
酷く落ち込んだのがのがわかる、暗く底なしに沈んだ
彼女にとって俺がどういう存在なのかを俺は知らない。自分が思っている以上に気に掛けてくれているということだけしか察することは出来ない。
だからこそ、これは裏切りに等しい。彼女の向けてくれる好意を無碍にする、最低最悪な行為に他ならない。人を殺したことのある自分でさえ、やっちゃいけないことだと理解している。
……嗚呼、きっとこれが上手くいこうが今回限りだろうな。別に目的は変わらないが、それでも世間話もなくなっちゃうってところだけは辛いところだぜ。
「頼む。
「……ほう。何でもすると。貴方が、私に?」
「うん。約束する。死ねと言われたら腹切って死ぬし、全裸で警察署に突撃しろと言われたら喜んで突っ込ませてもらうさ。俺が約束を違えることが嫌いだってのは、君なら知っているはずだろ?」
俺が約束とはっきり破ったと言えるのは、中学二年の
しかし何故か食い付かれたので断言してみれば、ちょっと想像以上に悩み出した
うーん、まさかそこで考え始めるとは思ってなかった。この人、そんなに俺への不満溜まってたの?
「……わかりました。ならば金銭も人権も必要ありません。
「え、まじ? そんなことでいいの?」
「……貴方は私が碌でもないことを強制させるとは思わないのですか?」
「だってしないでしょ? そういうこと。
あちらからはともかく、俺にだって
何せ俺が一生を賭けて殺したい憧れの人。そして小学校から一緒だった他の人よりは長い仲だからね。そこいらの凡夫よりかは理解度高いと思うよ。
「……はあっ。やはり貴方は酷い人。昔から真っ直ぐで、純粋で、だからこそたちが悪い。厄を引きつける魔性の華です。私は決して、貴方が望むほど聖人君子ではないというのに」
何それ。そんな詩的な例えされたことないんだけど。
それにどこまでいこうときみはきみだよ、
「ほら、頭を上げて。そうと決まればとっととやりますよ。後、仮に治療不可能でも文句は受け付けませんからね」
「あり、ありがとうっす……! こっちっす!!」
跳び上がるように立った
「勝手に決めちゃってごめんね
「気にしないでください。むしろお姉ちゃん的には、すーくんが人のために頭を下げられる人になってくれたのが嬉しいです。それは私含め、多くの退魔師にはない尊ぶべき善性なので」
俺の頭を撫で、花を愛でるかのような優しい視線を向けてくる
まあ
淡い少年時代の懐かしさを心に留めつつ、ようやく先行した二人に追いついた俺達。
そこには嗚咽を零しながら、主の側で俯く
「なるほど。かなりの重傷、いやこれは……」
呼吸はなく、満足気な彼女の顔は、まるで役目を果たした悔いはないと微笑んでいるかのよう。
強化による繋がりが途切れた瞬間、どこかそんな予感はしていた。
あの力は奇跡に近いもの。誰かの命を燃やし、その上尾なる物を使って初めて成立する文字通りの命懸け。
だからこの強化がなくなれば、二度と奏ちゃんの笑顔は見られなくなるのだろうと。俺が走り出す直前に耳へ届いた言葉には、それだけの想いが込められていたのだと。
「
刹那、
輝きに目が眩む。気軽に放たれた桁違いの魔力に、思わず言葉を失ってしまう。
数瞬程度の光が止んだ後。そこにいた
「はい終わりです。綺麗に死んだ直後だったので助かりました。運が良かったですね」
「お、おう……。ちなみに具体的には何したの?」
「魂単位のエネルギー枯渇だったのでそれを私の魔力で代替し、彼女の色で染めて拒否反応を起こさせずに適合。後は邪魔な呪いがあったので悪性のみ切除、そして一部は抑制し彼女の特性へと変換させました」
……ごめんさっぱりわかんない。
「ついでなので貴女も。後天的な魔眼っぽいので能力は戻りませんが、まあ失明するよりかはましでしょう。あっ、痕は諦めてください」
「えっ、うそっ、治ってる。私の目が、うそっ……!?」
特に疲労のひの字すらなさそうに立ち上がり、通りがかりに
いやー、もう何の感想も出てこないわ。やりたい放題って言葉はこういう感じのシチュのことを指すんだろうね。
「では今度こそ帰ります。約束忘れないでくださいね」
「あ、うん」
「……あ、それと今週楽しみにしています。頑張ってくださいね」
……今週なんかあったっけ? ってか、貴女ウィンクなんてあざと可愛いことするタイプじゃないでしょう。あーもう可愛いなぁ。
「う、ううん……」
「お嬢さまっ!? お嬢さまっ!!」
瞬く間に彼女の姿が消えた空をぼんやりと見つめていると、少女のうなり声と共に意識を取り戻す。
お付きの二人に抱きつかれ、寝起きみたいな顔で困惑する
「良かった、良かったすよ~!!」
「ちょっと何事!? って
「そんなのどうでも良いっすよ~!! う゛え゛~~ん゛~~!!」
この中では一番の歳上だというのに、周りの目など欠片も気にせず童子のように泣きわめく
……なんか緊張の糸が切れちまった。ようやく戦いが終わったんだなって感じがするぜ。
「で、どうなの
「……ま、そこら辺は後でどうにかしますよ。まずは喜びましょうよ、我々の生存と勝利を」
「……そうだね。とりま俺も、そうしたいわ……」
俺と
何かいろいろありすぎて肩すかしを食らったけど、最終的には勝ったんだしいいじゃないか。
ま、終わりよければ全て良しってね。俺は好きだよ。こういう都合が良いだけの終わり方ってのもさ?
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