至高のグルメは屍処理後に
緊張が体を駆け巡る。周囲の視線を一身に受け、己が細胞が騒ぐのを感じながら集中を研ぎ澄ます。
重要なのは火力とテンポ。それ以外は些事に等しく、全てはその出来で左右すると言っていい。
熱される鉄板の熱さ。そして中で蕩ける液をいかに損ねず、真っ黒に焦がさず踊らせるか。それこそが勝負の命運を分ける、最初にして最後の駆け引き。
額から汗が滴る。取っ手を握りしめる力が更に強くなり、今か今かと好機を窺う自分の心臓はばくばくと吠え続けている。
失敗したらどうしよう。この身を鈍らせようとしてくるのは、恐怖と躊躇いという悪魔の囁き。
──だけど。だからこそ。そんな危機感を感じるから、俺の心は更に滾り溢れさせるのだ。
「そぉーい!!」
勢いをつけ、ただ振るう。金槌よりも重く、人々に笑顔を届けるための架け橋を。
箸を添え、一滴たりとも零さぬよう。己が全身全霊をつぎ込んで、素材の輝きを引き立てるために。
結果は見事成功。それは思い描いた通りに焦げ一つない、黄金とすら思えるつやつやの肌が露わになる。
心地好い達成感に包まれながら、淀みなく出来上がったものを皿へと移し、最後に軽く赤い手心を加えてはい完成。今か今かと待ち望むお客様の元へと持ち運ぶ。
「お待たせいたしました。こちらシェフ特製、ふわふわラブラブオムレツでございます」
「……へえ。悪くないわね」
予想以上の品が出てきたのだろう。我らが
きひひっ。というわけでまあ、俺がちょこーっと本気になればこんなものですよ。何せ俺が知る限りでは最高のオムレツ職人に教わったんだから、この結果は当然なんだけどねっ!
「す、凄いね
「そうだろうどそうだろう? もっと褒めちぎってくれたまえよ
意外な出来に驚く先輩共。そして何一つ打算のない賞賛を浴びせてくれる同学年の
あー気持ちいい。こういう掛け値なしな褒め言葉が一番心に染みこむ。ほらほらぁっ、
「ま、審議は味を見てからにしましょう。では我が料理部の新部員、そして臨時ゲスト。実食を」
「はい」
「はいはーい。いただきまーす」
部長が洗練されたナイフ捌きでオムレツの半分を三等分し、それぞれが箸で口へと放り込む。
右から部長、
……あの、なんで二人ともいるの? ここ家庭科室とはいえ、今は料理部の使用時間だよ?
「くっ、
「……美味しい。美味しいです上野くん」
「うん、妹の味に似ていて食べやすいね。やっぱり料理できる人って味の好みが似通うのかな?」
反応は三者三様。若干一名悔しさを隠せず滲ませてはいるけれど、まあ概ね絶賛なのでまあ良しとしよう。
そして先輩違うんすよ。貴方の妹さんとお付きの人に習ったからそうなっただけで、普通は家ごとに違うであろうオムレツの味がそんなに近くなることはそうそうないんすよ。
そう、お付きの人。無事に意識が戻った
別にお金いらなかったし、オムレツの作り方を報酬にしたはいいんだけどさ。あの二人なんか尋常じゃない、それこそ戦闘と同程度には熱心に指導してきたんだよ。特に
『フライパン使いがなってないッ!! 貴様の金槌じゃないんだッ!! もっと手に馴染ませろッ!!』
『火が強すぎるッ!! 弱火の一分は強火の三十秒にならんぞ
『甘い甘い甘いッ!! 仮にもお嬢さまに教わってるんだッ!! 生半可な出来で周囲に披露するなど許されないからなッ!!』
ひえっ……。ほんの一部を思い出しただけで、体がちょっとだけ震えてきちゃうよ。
何か知らんが
しかし目覚めてから一日で退院して、あげくあんなに荒ぶれる元気には参ったね。人一倍頑丈ってのは本当らしい。凄いね(こなみかん)。
「どうっすか部長。どうっすか
「ぐっ、ぐぅ……。仕方ないわ。認めてあげるわよ。ぎゃふんと言ってあげるわよ。中々やるじゃない。見直したわ、
いえーい上野君大勝利ー!! 最後に何か負け惜しみが聞こえたけど知りまっせーん!!
「でさ? なんで
「入部しました。そこの男に頼んで、
「いやー、まさかこんなことに報酬使われるとは思わなかったよね。ま、俺的には美味の瞬間に立ち会えたからオールオッケーだけどさ!」
はっはっはぁっ、と成金みたいに笑いながら、更にオムレツを口に放り込む
ギプス付けてるのに悲壮感零だなこのパイセン。退魔師ってこんなんばかりなのかな?
「……暇なの? 事後処理とかいろいろないの?」
「ない! そういうのは
そうかなぁ? あのおっさん結構苦労してそうな雰囲気出してたし、絶対皺増やしながら机に齧り付いていると思うよ?
「……いいんすか部長。他人の勧めで部員増やしちゃって。他人の指示は受けないとか抜かしてませんでしたっけ?」
「当然問題ないわ! この部は全て私の自由だもの。そもそも
様になった悪の女帝みたいなわるわるフェイスで高笑いを始めちゃう部長さん。
嘘つけぇ。部長に先月似たようなことを聞いたけど、興味ないの一言で片付けたじゃないかぁ。
この部活は割と男が多いんだぞぉ? そこの
「た、
違えわ。あれはもう煩悩の徒と成り果ててしまった、人の末路みたいな哀しき生き物だわ。
「……
「う、うんっ。任せてっ。夜みたいに──」
「はいストップストップ。バカップルの
そのあどけない顔でなんつーこ言い始めるんだ。今は小学生だって外で遊んで良い時間だぞ?
「……
「言うな
軽く肩を叩き、全てを悟ったかのような無の境地でこちらを慰めてくる副部長。
やっぱええ人やぁ副部長。流石はこの部活唯一の希望と称されることはあるぜ。
多分この人がいないとこの部活はとっくのとうに終わりを迎えてると思う。まあこの部活にいる以上、多分この人も何かとんでもない爆弾抱えているとは思うんだけど、是非とも隠し通して清涼剤でいてほしいところである。
「それじゃあやられっぱなしは癪だし見せてやるわ。始めるわよっ!! 第一回オムレツ選手権っ!! 新入生をいてこましたるぞ大会の開催を宣言するわっ!! やるわよ下僕共っ!!」
「お、おー?」
「声が小さいっ!!」
「おー!!」
部長の一声で謎に団結し、ハワイ行きでもかけてんのかと疑う熱意で調理に取りかかる部員共。
取り残されたのは俺と
「ねえいいの? 入るのがこんな部活でさ? もっとましなところいっぱいあるよ?」
「ここでいいのです。ここがいいのです。退屈しなさそうですし、それに貴方がいるのですから」
「……そっすか」
翡翠の瞳でどんちゃん騒ぎを眺めながら、
横から窺える彼女は珍しく楽しそうな、それこそ小中と一緒にいた俺でも中々お目にかかれなかった笑み。それほど親しくなかった俺ですらわかる、
……ま、それならそれで別に良いか。こんな部活でも、君が気に入るのなら大歓迎さ。
君が笑顔でいられるならば、きっと俺も楽しく生きていける。一生を賭して果たしたい願いってのを見失わないでいけると思う。
例え貴女が遙か彼方に咲いた一輪の華だとしても。その目も心も、脳みそだって焼かれる煌めきさえ絶えることがないのなら、俺も
「では私も参戦してきましょう。料理は得意と言えませんが、獲ってみせます一番を」
意外にも乗り気で席を立ち、あの怪しき団体の中に紛れ込む
あの後ろ姿だけじゃ異世界を救った勇者なんて到底思えない。どこにもいる……かはともかく、日常を楽しむごく普通の少女そのものだ。
「……きひひっ。ならおーれもっ! 二連覇して部長の鼻へし折っちゃりましょうかねー!」
勢い付けて椅子から跳ね上がり、彼女の背を追いかける様に飛び込んでいく。
今はまだ限りなく遠くとも。例え目指すべき場所が、永久に届かぬほど高い夢であろうとも。
今日も今日とて学生らしく、うるさくも充実した青春ライフを謳歌しながら。
人生と言う名の花であり棘でもある道をのんびり確実に進み続けることこそが、今の俺が求める愉しい日常ライフというやつなのだから。
名称
レベル 50
生命力 350/500
魔力 280/400
肉体力 大体200
固有 閲覧 表裏一体の片思い 影収納 影生成 影操作 影通過
称号 不可能に挑む愚者 死から帰った者 厄災殺し
備考 鬼退治お疲れ様! もうちょっと経ったら呼ぶから楽しみにしていてね?
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今回で二章は終了です。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
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