怪しく見える学び舎の方々

 空は青。冬らしい乾いて冷たい、顔を突き刺す小針のような空気の快晴。

 そんな気持ちとは裏腹な空の下を歩きながら、億劫さ全開で学校までの道のりを歩いていた。


「さむーいねむーいかえりたーい。布団に籠もって目を閉じたーい」


 知人が誰もいないのを良いことに、おっぴろげで情けないだらけの正直なこの口。

 走っていれば体も起きるかなと、電車を使わず徒歩を選んだ過去の自分が憎い。こんな寒空の朝を歩くよりも、正直多少混んだ電車に揺られている方がまだ温かくて楽で快適だったよ。

 

 欠伸が止まらない。俺が眼鏡を掛けていれば、目の前が真っ白だったことは間違いなし。

 それもこれも、全部昨日のパイセンが悪いんだ。昨日変なこと言ってくるから今日も悩んで眠れなかったんじゃないか。

 ここしばらくそこまで熟睡できてないから、この覚醒と非覚醒の狭間でぐるぐるしているこの中途半端で無性にいらいらしてならない。

 

 あーあ、もう帰ってしまおうかな。駄目だったよ……って尻尾を巻いて逃げてしまおうかな。

 ……ああ駄目、今日はお家にママ上がいるわ。仮病なんてすーぐバレるし、片道分の無駄な手間を増やすだけだわ。ちぇ。



「ふふっ、ころころと顔を変えて楽しそうだね。そこのチャーミングな後輩君?」

「……んあ?」


 

 割とマジで落ち込みながら歩いている最中、唐突にどこからかの声が耳まで届いてくる。

 反射的にちらりと横を向いてみれば、なんとそこには電柱の横で壁に背をつけて腕を組んでいる同じ制服の方が。

 すらりとした長くて綺麗な足。声は割と低い気がするが、その無駄に寒そうなスカート的に女の人……?


「えっと……俺?」

「そうとも、君だとも。謙遜なんてせず、もっと自信を持ってくれないかい?」

「はあ……?」


 流れで返事を呟きながらゆっくりと顔を上げ、寝ぼけ眼で声の主の姿を確認していく。

 艶めかしい視線は腰から胸と手。首から頭へ。

 大きな胸と足と同様に綺麗ですらりとした腕。そしてほのかに灰を思わせる黒と灰の混じった艶のある髪。惜しむべきはどこぞの高嶺さんみたいに長髪ではないことか。


 ともかくこういうの、一言で表せちゃうわ。これ、王子様系って罪作りな分類の方だわ。


「おや、朝にもかかわらずねぶるような視線。どうだい? 自慢じゃないが自信しかない、そんな僕の体は目の保養になるだろう?」

「……その王子様的容姿で僕っ娘、だとぉ?」

「そこなんだ。ま、それもまた良し。全ては僕の魅力が故の罪なのだから」

 

 気障ったらしく、けれども妙に様になった姿で髪を撫でるこの人。

 なんだこの人。なんだこの濃いキャラ。とてもではないが、朝一番のテンションじゃ処理しきれないぞ。


「えっと、それで用件は……? 上級生……ですよね……?」

「如何にも。とはいっても、今日は君の顔を見に来ただけなんだ。噂の高嶺たかねの花を堕としたってミラクルラッキーボーイをね?」


 はあそうですか。だからといって、朝からアポなしでは来ないでほしいのが人情なのですが。


「ではね少年君。再び巡り会うその刻まで。約束された僕達の再会はすぐそこさ」


 テンションを呑み込めないまま、投げキッスとウィンクを置いて去っていく謎の人。

 まったくついて行けなかった。変に個性強かったけど、周りになんか言われたりしないのかな。


「……あっ、名前聞くの忘れた。……まあいいや」


 何かもう色々面倒だし、今の出来事は寝起きの頭が見せた夢だと思うことにしようそうしよう。

 さっさと結論づけ、多少冴えてしまった頭に蓋をして再び歩き出す。

 いくら眠いといっても、こういうのは求めてないんだけどなぁ。……はあっ、厄日の前触れって感じだね。






「──ってなことがあったんだけどさ。これって夢じゃないと思う?」

「知らないですよ。私に逆ナン自慢とかしないでください」


 というわけで、学校に着いてからこんな感じで相談してみたのだが。

 返ってきたのは一刀両断。まさに瞬殺と言っていいほどの即答だけで、高嶺たかねさんはそっぽを向いて授業の準備を始めてしまう。

 

「そんな邪険にしないでよー。実際自分でも信じがたいんだよー」

「……じゃあ聞きますが、その方の特徴は?」

「王子様系。胸は大っきい。この学校も捨てたもんじゃないねっていつざ……いたっ!」

「ふんっ」


 あらま。覚えている限りの所感をそのまま伝えたのだが、どうやら外れ引いちまったっぽい。

 あっれぇ? なーんで不機嫌味が増しちゃうん? 本当そのままの話だよ?


「ほら、馬鹿なこと言ってないで行きますよ。もう私達以外、皆移動しちゃいましたからね」

「……? 行くって、どこに?」

「……はあーっ。一限の化学は実習ですよ。寝ぼけるのは結構ですがしっかりしてください」


 高嶺たかねさんには珍しい、呆れ全開の大ため息を吐いてから時計を指差してくる。

 八時四十五分……おやまあ、あと授業開始まで後五分じゃないか。道理で教室が静かなわけだ。

 

 待ってくれている高嶺たかねさんに軽く謝りながら諸々を引っ張りだし、二人で教室を後にする。

 やはりというべきか、流石にこの時間は廊下の人も少なくスムーズな移動が可能で心地好い。ついでに高嶺たかねさんに向かう数多の視線がないのも気楽で助かるよ。


「しかし実験面倒いねー。もう結果だけ教えてくれればいいのにねー。なんでやるんだろ?」

「机上と現実では異なるからでしょう。無駄だと思える行為でも貴重な機会ですし、やって損はないですよ」

「さっすが優等生。言葉に重みが伴ってるねぇ。ま、理屈的にはわからなくもないんだけど──」


 至極真っ当な正論。感情論で否定しているだけの俺じゃぐうの音も出ねえや。

 心あるマジレスに項垂れてしまいそうだった俺だが、横切る人に肩を当てられ言葉を止めてしまう。

 

「ああすいません。前見てなかったです」


 二人で歩いていたとはいえ、そんな人一人分の隙間もなかったわけではないと思うのだが。

 そう思いながらも、ぶつかってしまったのは事実なので軽い会釈と謝罪だけして去ろうと思ったのだが。


「……失礼。君、もしや上野進うえのすすむかな?」

「……はあ。上野進うえのすすむは俺ですけど、何のようで」

「失敬。私は二年の幕谷黒斗まくたにくろと。生徒会の副会長を担っている者だ」


 眼鏡のレンズをきらつかせ、指でくいっと調整しながら鼻につく自己紹介をし出した男の人。

 また眼鏡キャラ、それも今度は属性少なめの正統派。だがそれが逆に存在感を濃くしている。

 まったく、昨日今日といい何なんだ。そんな典型的クソアニメの一話みたいに登場キャラをわさわさと追加しないでくれ。間に合ってるんだよもうぅ。


「一つ忠告だ。身の振り方に気をつけたまえ。最近学内の風紀を乱していると、よく耳にするのでな」

「……それはどうも。では授業がありますんで失礼します」

 

 見下す本音を隠さずことなく、実に上からでむかつく感じで言ってきやがる副会長。

 いちいち噛みつくのも面倒いので、軽い会釈をして高嶺たかねさんと共に立ち去る。


「……何か生徒会に恨まれることでもしたんですか?」

「してないしてない。生憎学内で目をつけられる理由なんて思い当たらないよ。これでも俺、高校では地味なやつで終わってるからさ」


 流石に否定するも、怪訝そうにこちらを見る目を細めてくる高嶺たかねさん。

 そんな疑われてもなぁ。学内じゃあまじで目をつけられることなんてしてないからなぁ。

 案外あの人が昨日の黒幕だったりして。……まっさかぁ。流石に安直なわけないかぁ! がははっ!


「……何か隠してますね。また厄介事にでも首を突っ込んだんですか?」

「い、いや? そんなことないよー。ほんとだよー?」

「……いつも思うんですけど隠す気ないですよね。その態度」


 まあ今回はね。詳細を話す気はないけど、学内じゃどのみち隠しきれないし。

 でも一応弁解させてほしい。何故か君はすぐに見抜いてくるけど、隠しているときは本気で取り繕ってるんだよ。決して俺の演技力が皆無って訳じゃない……そのはず! なんだよ!


「……ま、いいですよ。どうせ貴方は話してくれないんでしょう? なら深くは聞きませんよ」

「そ、そんな風に言わないでよー。今回は本当に大したことじゃないからさー! 本当だよー?」

「どうだか。いまいち信用出来ませんね。たまには自分の言動を省みてください」


 不満気にそっぽを向いてしまう高嶺たかねさんに釈明するが、お気に召さなかったのか早足で先へと進んでしまう。

 

 怒らせちゃったかなー。どこが間違いだったかなー。けど本当に些事だからなー。

 

 どこが琴線に触れてしまったのかはいまいち不明だが、それでも俺の言葉が悪かったのだろう。

 流石の最強スペックと言うべきか、まったくもって追いつけない彼女の歩へ必死に歩きながら後で謝ろうと結論づける。

 何が悪いのかわからないまま謝るのは愚策中の愚策だが、それでもやらないよりはましだからね。というか、こんなしょうもないことで彼女に嫌われたくないからね。


「やべっ。チャイムじゃん」


 そんなことを考えていると、何と悲しいことに授業開始のおチャイムが鳴り響いてしまう。

 まあ化学室はもう目の前だし平気やろ。怒られたらそのときはそのときじゃん?


「遅れましたー」

「……っ、上野うえのか。早く席に着け。次遅刻したら、問答無用で補習だからな」

「へいへーい」


 何やその目つき。まるで化け物でもいたみたいに見開いちゃってさ。

 担当である鴨田かもた先生のやさぐれた中高に軽く返事をし、自分の席へと着席する。


 寝坊でもしたみたいに髪を跳ねさせ、理系の教師らしく白衣の纏う幸薄そうな痩せ男。

 実は一部の歳上好きにとても狙われているとまことしやかに囁かれていたりする、そんなエロゲに出てきそうな風貌の鴨田かもた先生。

 ただ、今日はちょっとだけ声に張りが無い気がしなくもない。というか、いつもより語気が弱い気がする。肝心のいつもをそこまで覚えてないけど。


「えーでは、今日は前回説明していた通り、簡単な実験を行います。まずは教科書を──」


 一瞬俺に向けられた若干不審めいた挙動に首を傾げたりもしてしまうが、まあ特に気にしなくても良いだろう。

 まあ確かにきょどってはいたけど、元々あんな感じの人だし今更だよね。そういうとこ、俺は案外嫌いじゃないよ。

 

 これ以上目をつけられても困るので、頬杖を突きながらも教科書を開いて話に耳を傾ける。

 ……どうでもいいけど、正直この班仲良い人いなくてつまんないんだよなぁ。はよ終わってくんないかなぁ。

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