自覚不確かなブーメラン

 さっさと前時代的チンピラを潰し、倉庫らしき場所を後にした俺達。

 実に無駄な時間を過ごしたと、裕太ゆうた高田たかだに無事の一報だけ入れてから家に帰ろうと思ったところで、パイセンが少し話したいと提案してきたので近場の公園へと訪れていた。


「ほれ、勝利の祝杯といこう。はい乾杯! お疲れー」

「……どーも」


 パイセンに奢られたペットボトルを軽く合わせ、ごくりと喉へと流し込んでいく。

 ホットなのであったかい緑茶。けれどもおきにのメーカーではないので、舌は微妙だと訴えてきてしまう。

 うーん微妙。なんか後味が違うんだよね後味が。……ま、こんな気分じゃ何飲んだって一緒かもしれないけどさ。


「いやー、それにしても運がなかったね? まかさあのゴリラ共に絡まれるなんてさ」

「……あいつら、まじでおんなじ学校なんですか?」

「意外だろ? あのゴリラ、あれで成績は良いんだよ。逆に眼鏡はそこそこ程度。人は見かけによらないってのは意外と否定できないもんさ」


 パイセンはくすくすと笑いながら、どこからともなく取り出したポテチを開けて食べ始める。

 もう六時くらいだけど、この人夜ご飯とか気にしないのかな。それとも怪異と戦う名家の長男ともなると、やっぱりカロリー消費とかパなかったりするのかね。


「……で? 尋問は全任せでしたけど、あいつら絞ってなんかわかったんすか?」

「それが知ってそうな二人に聞いてみたんだけど、あいつら一向に口を割らなくてさー? いやーこのご時世の不良にしては中々に義理堅い奴らだよ」

「はっ?」


 うんうんと頷くパイセンに、思わず苛つきと通り越して殺意を向けてしまう。

 あの眼鏡を譲ってやったのに手がかりなしとか、どんだけ役に立たないんだよ。そんな体たらくじゃあ十三家の名が泣いてるぞ?


「ふざけてんならはっ倒しますよ? 拷問、大きな家なら得意でしょう? とっとと吐かせてくださいよ」

「いやいや、そこまでするわけにはいかないよ。彼らもまだ学生。多少は道を踏み外そうと、更正の余地は残してあげなくちゃ」

「それで見過ごしてたら困ってたの俺ですよ。少なくとも、好きににやついて介入してくるだけの先輩じゃない」


 目の前の男に対して募る苛立ちが止まらず、テーブルを叩く指が次第に強くなってしまう。

 けれどパイセンは大して動じることもなく、けれども困ったように手を頭に当てて目を逸らす。


「おお怖い。けど、落とし前はつけさせてあげただろ? 両成敗ってことで勘弁してくんない?」

「やだ。あんなカス共、学校にもいない方が生徒のためだろ。黒幕吐いて二度と社会に出れなくなるまでいたぶってやればいい。それが当然の報いってやつだ」

「妹みたいに極端なこと言うなぁ。けど、それじゃ君も彼らと同じだよ? 表連中にまで力には力を~、なんて背中を預けた戦友には思ってほしくないなぁ」


 パイセンの視線は、まるで子供を窘める教師のように生暖かく。

 ……やめろよ、そんな目で見てくるなよ。仮にも被害者はこっちだってのに、怒ってる俺が馬鹿な道化みたいになるじゃないか。


「ま、君の気持ちもわかる。被害に遭っていたのが妹であれば、俺も大人の対応が出来るとは思えないからね。……あ、でもあいつに限ってそれはないか。最近は俺より強いんじゃないかってくらい急成長しているしね」


 妹の姿でも思い出したのか、パイセンはたははと頬を緩ませながらポテチを摘まむ。

 そんな様に思わず毒気を抜かれてしまう。……確かにかなでちゃんならどんなチンピラも華麗に蹴散らすんだろうな。というか、そんな不届き者共なんてつくちゃんが通さなそうだ。


 ……ま、いいさ。そこまで言うなら貴方に免じて矛は収めてやろう。

 どうせもう興味もない。その代わり、迷惑料としてそこののり塩味のポテチを少しばかり頂くとしようか。


「それにしても、君がそこまで怒髪天なのは意外だね。よっぽど高嶺たかねさんの名前が出たのが気にくわなかったのかな。君はそういうの、軽く流せるタイプだと思っていたんだけど」

「……そうっすか? 意外とキレやすいっすよ? そこまで買い被られても困るんですけど」

「謙遜しなくて良い、俺の中での正当な評価さ。これでもゲテモノ好きなかなでと違って、真っ当な審美眼があるんだ……ってかおい、六枚同時は持ってきすぎじゃない!?」


 どや顔で自画自賛しだしたパイセンにむかついたので、影の手で更にポテチを取って口に放り込む。

 あーどんどんお腹がふくれていく。夕飯前の一口は罪深くて美味だなぁ。……あっ。


「……そういえばさ、確かパイセンも高嶺たかねさん狙ってたよね。ねえ、ポテチくらいの薄さに潰していい?」

「君、もう立派な厄介勢じゃん。……生憎だけど、あのを口説くのは早々に諦めたよ」

「なんで? 魅力ないとか言い出すの?」

「違えよ! ってか目が怖えよ! 何故ってそりゃ、俺じゃ手に余るからだよ! あの女の隣とか、死に覚えのギャルゲーみたいにおっかねえんもん!」


 ……ふむ。まあ確かにパイセンも高スペックだが、あの人の隣は役者不足だろうよ。

 あの人の隣に立てるのはもっとこう……顔も容姿も優れていて、どんな時でも彼女に寄り添えるくらい一途でいて、強さでも最低限は並び立てるくらいあって、その上で彼女から好かれるほどの真人間じゃないと。……ってか、そうじゃなきゃお父さん断固として認めませんからね!


 ……しかし今の言い方だと、高嶺たかねさんが面倒臭い女みたいに聞こえてきちゃうな。やっぱり処す? ぺちゃんこの刑を執行しちゃう? 


「そんなことより、いい加減本題戻ろうか!? 君も早く済ませて帰宅したくない!?」

「うん、したい。これ以上ここにいると、夜ご飯が胃に入らなくなりそうで怖い」


 半ば無意識に更に三枚かっさらい、ごくりと喉へ流し込みながらパイセンに頷く。

 確かにまずい。ここにいたら袋の中身を食べきってしまいそうだ。こんな買い食いで母上を怒らせたら俺の弾に拳骨が落ちてしまう。あれ痛くはないけど痛いんだよね、ふっしぎ。

 

 しかし本題かぁ。……あれ、というか何の話してたんだっけ?


「ごほんっ! ……さて、ゴリラ達の背後にいるやつについてなんだけどさ。馬鹿正直に話してくれた内容から察させられる通り、高嶺たかねさんへ近づかせたくないんだろう。特に文化祭のあの一件──ミスコンでのベストショット騒動で一部に火をつけちゃったわけだしね」

「……注目? 俺が?」

「そうとも。あの見目麗しき高嶺たかねアリスに一番近い男、ってね?」


 そんなウィンクされてもさ、まったくもって心当たりがないんだけど。

 そもそもあの日はめちゃんこ疲れていたからほとんど記憶ないんだよね。……あの朝の後味の悪さだけは、いつまでも消えてくれはしないんだけど。


「ほら、今クリスマスも近いだろ? だから爆発しちゃったんだろうよ。あいつ如きに取られるならば、高嶺の花は高嶺であり続けるべきだー! ってさ?」

「厄介勢じゃん。迷惑極まりないね」

「……まじか。君がそれ言っちゃう?」


 失敬な。そんな顔されても、俺の方には一定までなら許容出来る分別くらいあるぞ。

 しかしおかしくない? それなら十月とかにとっとと動けば良いのに。こんなクリスマス間近じゃ俺を排除したところでチャンスすら生まれないよ?

 

「ま、いいや。でさ、肝心なのは君達が一緒にいるのを嫌っているってところ。つまり明日からもイチャイチャカップルやってれば間違いなくアクションを起こしてくれると思うんだよね」

「……なるほど。つまり囮になれと? あぶり出すための撒き餌として、俺と高嶺たかねさんに」

「そうとも。だから……あ、待って、その目止めて。お願いだからもうちょい言葉を付け足させて!」


 俺の目線がそんなに怖かったのか、両手を伸ばして本気で焦りながら止めてくるパイセン。

 別に俺は構わないとして、何高嶺たかねさんを巻き込もうとしてんだこのくそチンピラ。

 あの人をこんなくだらないことに巻き込むなんて選択肢あるわけがねえだろ。あんまし論外な戯れ言抜かすようだったら髪の毛と金玉の両方を引き千切るぞ?


「もちろん! もちろん明日、俺の方からきちんとお話を通すから! その上で拒否されたら違う手に変えるからさ! どうかな!?」

「駄目に決まってんだろしばくぞ? 耳に入れてしまうこと自体が余裕でアウトなんだよ」

「過保護! 君そんなにモンスターだったの!?」


 失敬な(二度目)。そんなに驚かれても、俺は一ミリたりとも曲げる気はないぞ。

 

 あの人の学生生活には余計な厄介事なんて必要ない。

 ただ平穏であるだけでいい。彼女にはこれ以上、非日常感の出てしまう事件なんていらない。

 だから今回も内々で処理するべきなんだ。……そのはずなんだ。


「……ふむ。やっぱり君、少し変わったね。余裕がなくなった、とでも形容すべきかな?」

「……んなわけねえよ。ともかく、その案はなしだ。絶対に止めてくれ」

「仕方ないなー。じゃあちょっと掛かる時間と苦労が増えるけど頑張ってね? 選んだのは君なんだからさ」


 そう言い終わると用件は終わりなのか、ポテチの袋を手に取って立ち上がる。

 

「それにしても、我が妹ながら難儀だねぇ。こんだけ一途な執着だと勝ち目なんてないだろうに。……ま、そろそろあいつも敗北を知るべきか。……いや、でもあいつ略奪愛とか目覚めそうだなぁ? 怖いなぁ」

「……何の話?」

「いんや? ただそうだなぁ。……うん、その時が来たら妹のことは遠慮なく振ってくれたまえ。それだけの話さ。じゃ、また明日辺りに連絡するよ」


 パイセンはよく分からないことを言い残し、手を振りながら去っていく。

 振るって何のこと? かなでちゃんをシャカシャカする予定はないし、小学生だから恋愛事の振り振られってことじゃないだろうしなぁ。

 ……ま、いいか。ともかく話はまとまったようだし今日はもう帰ろう。早急なダッシュでお腹を減らし、家にて待機しているであろう夜ご飯に向けて調整しないとね。


「ったく。……余裕がない、か。わかってるよ、くそが」


 パイセンの言葉に軽く舌を打ち、その一切を振り払うかのように早足で帰路につく。

 わかっているよ。誰よりも自覚しているよ。言われずとも、俺が一番よく知っているんだよ。

 この胸で暴れる燻りのことも。高嶺たかねさんの名前が出る度に、妙に冷静じゃいられなくなっている自分自身のことも。


 一度考えてしまえばもう沼の中。藻掻けば藻掻くほど、足も心も沈んでしまう一方。

 もう何度目かもわからない、いつ頃からかずっと渦巻き続けるもやもやに囚われながらが、人目を忘れて家まで走り続ける。

 

 その渦から離れようと、がむしゃらに抵抗をしても無意味だと。

 そんなことは百も承知だというのに、それでも家に着くまで足は止まってくれなかった。

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