ヤンデレじゃないもん
奏ちゃんという不意にして弩級の超強敵から無事に逃れ、任務を達成した夜のこと。
軽く作った夕食を食べる前に、私達二人はやらなければならないことに取り組んでいた。
「おいおい二人とも。そんなラブコール染みた瞳でつめ寄るなよ? こっちまで照れくさくなっちゃうじゃないか」
「ふざけないで。ドタマかち割ったりますよ?」
「わお辛辣……いや、この場合は鬼畜かな? いずれにしても、きゃわいいJKが扱うべき言葉じゃないね」
壁に括り付け、ご丁寧に釘とロープでがっちがちに固定したイルカ。
そんな様で尚飄々と言葉を吐きやがるから、割と全力で魔力を込めた指で額を撫でてやる。
まあもっとも、こいつにこんなことが意味あるのかは定かではない。
そもそもこいつにこの程度の拘束なんて無意味だろうし、誠に遺憾だがこいつがいなければ私たちは相手の動向すら知ることが出来ない。
だからこれは私の意思表示。不当な扱いに耐えかねた労働者二人によるストライキってわけだ。
「自立魔法、貴方はあの猛々しい魔力を持つ者がいたことを知っていましたね」
「うん。だって今回はあの小娘、
……どういうこと? あいつらの狙いは小学校にいるたくさんの子供じゃないのか?
「そもそもの話、
「……何故?」
「本来彼らは百の子供を殺したという、その事実の徴集が目的だったんだ。それだけならどうでも良かったんだけど、彼らは
イルカは愉しげに語っていく。縛られながらも、自分が優位にいると確信しているかのように。
「異界の女、
……はっ? その言い方じゃシルラさんと彼らが一緒に行動していたみたいじゃないか。
「……黙りなさい。何も知らない玩具風情が、知ったような口を」
「いーや好き勝手に騒いでやるね。勘違いするなよ? 僕がお前の味方であったことなんてない。女神なんて
シルラさんは声を荒げ、イルカもまた思春期みたいに嫌み全開で言葉を返す。
その言葉は、いつも上位者ぶっているイルカにしては珍しく強い力の乗っているものだと感じた。
……なんだこの険悪な空気。なんだこの予想外のシリアス。
正直な話、軽く不満をぶつけたらそれで終わりで後は和やかな夕ご飯にするつもりだったのになぁ。
もしかして何か因縁があるとか?
確かにイルカの彼女への言及にはいつも棘があった気がしたが、それでも少なくとも、最初のお風呂場でくらいしか気持ちのこもったこと言わなかったのに。
……それにしても、私も一応関係者なのに蚊帳の外がすぎる。
いい加減、少しはまともに説明してほしいんだけど……あ、はい無理ですかそうですか。
「……おっと、失敬失敬。つい余計なことを口走ってしまったね。すーちゃんをこんな幼稚な口論で困らせるつもりはなかったんだ。僕達とっても仲良しだから、そんな不満そうなしないでおくれよ」
「……ま、貴女は良いですよ。シルラさん、大丈夫ですか?」
「……はい、申し訳ありません。少々取り乱しました」
すぐにいつも通りに戻ったイルカとは対称的に、シルラさんは食いしばるように堪えている。
その表情は認めたくない現実を直視するかのよう。ある日交通事故のニュースで知り合いの人物の名前が載っていたのを見てしまい、そんなわけないと否定しているときのよう。
私にはわからない。イルカの罵倒のどこに地雷があったのか、そもそも彼女と子供を襲うような邪悪な組織のどこが同一なのかも未だ見当もつかない。
なんだかんだ一緒にいたつもりだが、両者共に所詮はまだ出会ってから二日弱の関係。
友達作るのすら苦手な私なのだから、人の気持ちなど推し量れるわけもなく。ましてや相手は私なんかとは比較にならない人生を歩んだもののことなど、理解者ぶれる気さえしない。
「はい。じゃあ今日はここで切り上げてご飯にしますよ。イルカ、配膳を手伝え」
「はーい」
空気を変えるように思いっきり手を叩き、当たり前のように抜け出しているイルカを掴んでキッチンへと連れ込む。
「あ、そうだ。後で話あるからいい?」
「……ええ。私も増えましたので、話したいこと」
てきぱきと手を動かしながら、懲りずにいつもの調子で囁いてきたイルカに返事をする。
話したいことは山積みだ。さっき話せなかった分も、そして今の会話で増えてしまった疑問についても。
けれども今は、この冷え切った空気を何とかするため夕食の支度を整えるのみ。
空中分解寸前の
気まずさの中で夕食を食べ、やっぱりまだ少し元気のないシルラさんがお風呂に入った後。
二人になった私とイルカはベランダにて、宝石よりも硬いとされたアイスキャンディーを片手に話の続きをすべく集まっていた。
「で、なんであそこまで煽ったんです? 正直、少しばかり意外だったのですが」
「意外? なんでさ?」
「貴女はもっと超然的というか、人の言葉なんぞにむきになったりしないものだと思っていたので」
私の言葉に、イルカはなるほどとばかりに頷いてからアイスに口を付ける。
今更だがこのぬいぐるみ。なんだかんだ全食共にしているけど、一体その仮初めの口でどうやって食べ、綿しか入っていないはずの腹でどうやって消化しているのだろうか。
「確かにそうだね。僕は所詮君が受け継いだ魔法にこびり付いた残滓に過ぎないよ。けどね? そんな僕でさえ地雷ってやつは当然ある。あの女や
しんみりと、どこか遠くを見つめながらそう口にしたイルカ。
意外だな。喜と哀と楽しかない生き物だと思っていたけど、中々人らしい情緒とかあったんだな。
「さて。聞きたいことは僕のことなんかじゃないだろう?」
「……貴女にも興味はありますが、まあ今はそうですね。貴女とは、いつか話せばいいことだ」
珍しく見え見えな話題の切り替えに、これ以上は話すつもりのなさそうなイルカの意を悟る。
まあ話したくないなら仕方ない。こいつの口とか梃子でも開く気しないし、どうせ知らない専門用語で説明されても私が困るだけだからね。
それよりも、今は優先して聞きたいことがそこそこある。
こいつの気が変わらないうちに少しでも理解を深めたい。今回の一件、相当に根が深そうだと何となく察してしまったからこそ少しでも噛み砕ける情報が欲しいんだ。
「では聞きます。今回の件、何故
「ああそれ? 答えは簡単だよ。今後の行動の制限が好ましくないからと、あの女というピースが欠けてしまうからさ」
あっさりとしたイルカの言葉に納得しながらも、同時に納得出来ない部分について首を傾げる。
「前提として、あの異界の女はこっちではお尋ね者なんだ。退魔師及び無関係な人の計十三人を殺した悪党。そんな人間を抱えた厄介者を、如何に知り合いだからと野放しに出来るかい?」
「それは……無理ですね」
「だろう? 当然行動はより制限され、当面の間あの小娘の側を離れることを禁じられるだろうねぇ。まあそれでも辿り着く結果に大差はないし、君が納得出来るならそれでもいいんだけどさ?」
あの固いアイスをぺろりと平らげたのか、当たりも外れも書いていない木の棒を突きつけてくる。
確かにそう言われてしまえば、私としては首を縦に振るしかない。
「……そこは『そんなことないよ!』とくらい吠えてほしかったけどね。まあ仕方ない。それで、他に質問は? なければ質問タイムは終了にしちゃうけど?」
「あ、えっと……その……そうだっ! 貴女の予言! 結構前に未来は確定しているとか言ってましたけど、それにしては結構気にして行動してるじゃないですか?」
ヒレを叩いて謎のカウントダウンをされてしまい、咄嗟に変な質問をしてしまう。
やばっ、もっと聞くことあったじゃん! シルラさんについてや異世界の話、後は今後についてとか!
「あーそれね。まあ確かに気になるよね。うーん、一言で表すなら道の違い……かな?」
「道の違い?」
「そう。例えばある目的地に向かうとして、そこに至るまでの道は自由です。ただしその間で起きたことが目的地に着いた後にまで影響するんだ。……わかる?」
ごめんさっぱり。いつも気取ったような口振りばっかりだけど、実は意外と説明下手なだけだったりする?
「酷いなぁ。じゃああれだ、ゲームで例えよう。爆弾の脅威から逃れるべくシェルターに引きこもるゲームがあったとするじゃん? 爆弾が落ちるって事実は変えられずとも、準備時間に拾えたものでその後の未来は変化するって感じさ」
「……ああなるほど? つまりある地点が固定されていて、その前とその後はどうとでも変化する。そして貴女が覗けるのはそのある地点のみってわけですね?」
「……なんだろう。初めて君にムカッときたよ。僕、君より頭良いはずなんだけどね?」
心なしか不満気に、イルカはくるりとそっぽを向いてしまう。
何か知らんが初勝利っぽい。想定外すぎてあんまり乗り切れていないけど、まあ喜んで良いのか……?
「つーん、つーーん」
「ごめんって。私がスーパー美少女だからってそんな落ち込まないで。ほらっ、アイスあげるから」
食べかけのアイスを差し出すと、イルカは自分の木の棒と入れ替えパクパクと食べ始める。
意外とアイス好きなのかな。今度機嫌直しのために買っておこうっと。
「はむはむ。じゃあ仕返しに一つ聞いていいかい?」
「話せることなら何でもどうぞ」
「ではお構いなく。君、彼女のことどう思ってるんだい?」
意趣返しとばかり意地悪く尋ねられた質問に、私は即答できずにその問いへ考え込んでしまう。
イルカの聞いてきた彼女というのが誰を指すか、それをわからぬほど脈絡を読めぬ人間ではない。
だからこそ悩む。悩んでしまう。答えは一つのはずなのに、即答という正解に辿り着けない。
今は協力しているとはいえ、彼女は俺の本来の敵。一度ボコされ、いつかお礼参りしてやろうと思っている仇。……それだけで、他意なんてないはずだ。
「どうって、それはやっぱり敵……」
「いーや違う。当てて見せよう。君は今、彼女に親しみを覚え始めてしまっている。そうだろう?」
そんな心の乱れを、イルカは上っ面の言葉に惑わされずにピタリと当ててくる。
逃げることは許さないと。目を逸らすことを禁じるとばかりに、確信めいた言動と視線で。
「君はすーちゃんという仮初めの人格を演じることで、
図星だった。少なくとも、それを指摘されて否定できない程度には事実であった。
「やっぱり君は、どこまでいこうと所詮凡庸だね。如何に異常者ぶろうと根本がまともすぎる。今のアリスとは真逆の性根だ」
「…………」
「加えて、君は一度近づいてしまうと途端に甘くなってしまう。気付いているかい? 君が完璧だと思っているであろう
推測ではなく確信を持って、イルカは俺に言葉の矢を撃ち続けてくる。
……ああそうだな。確かにその通りだ。
私が、その奥にいる俺にとってシルラという女は。最早ただの敵だと認識できないほどには親しみを覚えてしまっているのだと、認める他ないだろう。
「勝手気ままのようでいて、その実一度懐に入れてしまえば親愛と献身ばかりの奉仕精神溢れる気質。まるで拾った犬、或いはのめり込んでヒモにすら逃げられる重たい女みたいな心根だねぇ」
「……それはないね。だって俺重くないもん、ヤンデレじゃないもん。あくまで振り回す側だもん……」
「
へこむ私がイルカはヒレに励まされていると、部屋の中からドライヤーの音が聞こえてくる。
どうやらお風呂タイムは終了。この会話も切り上げないといけない時間らしい。
はあっ、結局振り回されただけで碌に聞けなかったな。こんなことになるなら、質問を紙に書いて纏めておくべきだったぜ。
「さて。明日は土曜日。学校も僕たちの
こんなベランダで話していたせいで蚊にも刺されたし、とっとと部屋へ戻って自分の風呂の支度でも始めようと思っていると、イルカは
何だ一体。明日は家に帰ってごろごろしようと思っていたんだけど。もしかして休日泥棒?
「あの異界の女と遊びに行ってきなよ? 外国人への観光案内ってやつさ?」
「……はあっ?」
イルカの提案に、私はあんぐりと口を開けて困惑を示してしまう。
観光ねぇ。俺そこまで金ないし、都会についてあんま詳しくないんだけど?
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