【完結】高嶺の勇者を殺したい! 〜ある日ステータスを見れるようになった俺は、隣の席で異世界帰りらしい高嶺の花に脳を焼かれてしまいました〜

わさび醤油

現実離れなチュートリアル

週明けに脳が破壊されました

 さて、今日は月曜日。短すぎる休日が終わり、長すぎる平日が始まる最初の一日。

 そんな憂鬱極まりない日の寝起きなんですが、なんか変なものが見えるようになったんですよ。


 名称 上野進うえのすすむ

 レベル 1

 生命力 95/100

 肉体力 大体5

 固有 閲覧

 備考 雑魚オブ雑魚。まさに凡人そのもの。


 謎の板きれのご紹介通り、俺の名前は上野 進うえの すすむ。面倒くさがりなどこにでもいる普通の高校一年生。

 普通、凡庸、無味無臭、透明。それでいて特に影が薄いわけでもない濃いわけでもないまさしく凡人。それ以外に語る言葉は見つからないのがこの俺さ☆

 そんな俺の目の前に現われた、触れることも出来なければタッチすることも出来ないこれ。

 なんだこれ。……いや、ほんとなんだこれ。

 別に頭をぶつけたわけでもない。神様からのお告げがあったわけでも、異世界転生を果たしたわけでもない。なのにいきなり、瞬きしたらこんなものが視界に出てきてしまったのだ。


「……ゲームのステータスか? いや、それにしては適当じゃない?」


 まあ出てきてしまったものは仕方ない。どうせ寝ぼけてるか夢か頭がおかしくなったかの二択だろうし、正気に戻ればまあ消えてくれるだろう。

 それより、出てくるならもうすこし凝ったものにしてほしかったって気持ちの方が強い。どんな稚拙な創作物フィクションでも、大体とか付けるステ画面今時中々ないぞ?


「……ま、いいや。見えたからなんだって話だし」


 考えること三分。朝らしからぬ興奮も落ち着き、後に残ったのはどうでもよさだけ。

 見えたからって何だというのだ。閲覧出来たからどうだというのだ。

 所詮はパンピー一匹のステ。こんな無駄なファンタジーするくらいなら、近所の猫ちゃんでも眺めている方がずっと楽しいからな。

 というか視界の邪魔だわこれ。勝手に出てくるなら消し方も教えてほしいんだが。ネットの広告かよ。


「……スイッチオフ! 消えろ! デリート! ……お、消えた」


 せっかくだしと、少年心のままに格好付けながら試すこと数回。あんなに存在感のあったステは驚く程ふわっと消失する。

 こめかみをとんとんしたら消えてくれた。……まさかここがスイッチ?


『こらすすむー! とっとと起きて朝ご飯食べなさいー!』

「……とりまめしだな。あー学校やだ」


 再起動を試してみようと思ったちょうどその時、母のモーニングコールが部屋まで届く。

 うーんほのかに香ってる気がする味噌汁の匂い。お腹減ったし後回しにしよっと。

 面倒臭いことは放り投げ、とっとと部屋から出る。ちなみに今日はTKGたまごかけごはんの気分だぜ。






 そんなこんなで学校に到着した俺は、早速湧いた疲れを癒やすためにHRまで惰眠を貪っていた。

 

 恐るべきは満員電車。恐ろしき人の波。 

 

 正直、この電車の合間だけはいつもど田舎に嫉妬してしまう。

 まあ生憎大多数の虫が大嫌いなので、スローライフ目的で住みたいなどとはこれっぽっちも思わないけど。

 

「でさー? そんときリュウがさっとハンカチで拭いてくれてさー」

「まじー? ななのピまじでイケイケじゃないー? イケポヨ度530000なんだけどー!」


 とはいっても、そこまで本気で寝ているわけでもないし別に耳を閉じてるわけでもないので、当然聞こえてくる縁もゆかりもない近場の会話。


 ……なんか時代ちがくない? 

 今時の流行りなぞ知らんけど、今昔の若者言葉入り混じってない?


 そういえば変な数字で思い出したが、朝ステータスらしき変なものが見えた気がする。


 寝ぼけていたから定かではない。

 何なら夢だった疑惑が正しいんじゃないかって感じもある。

 けどまあ教師が来るまでおおよそ五分くらい、その間の暇潰しくらいにはなるかな。


「オープン~」


 人差し指でこめかみを触りながら、誰にも聞こえないくらいの小声で口ずさんでみる。

  

 レベル 1

 生命力 80/100

 肉体力 大体5

 固有 閲覧

 備考 雑魚オブ雑魚。まさに凡人そのもの。


 するとあら不思議。やっぱり現われるではないか、この適当すぎる謎の数値共が。


「……夢じゃなかったんだな、これ」


 何が基準かは知らないが、それでも低いことだけは確かなマイステータス。

 

 果たしてこれは非現実的か、それとも現実か。

 満員電車を経た俺が夢の続きなわけないし、残念ながら頭をぶつけた覚えもない。つまりはこれ、まごうことなき実在の品ってわけだ。


 ……それにしてもステ低いなぁ。っていうか生命力、ちょっと減ってんじゃねえか。


 セルフツッコミを入れながら、他に何か出来ないのかと、とりあえず触れる努力をしたりそれっぽい案を浮かべては試してみる。


 書き換えは不可能。次のページがあるわけではない。……お、視界の邪魔じゃなくなった。


 検証結果、残念ながら朝とほとんど変わらず。

 進展と言えば、ネットのウィンドウみたいに大きさいじれるくらいと声に出さずともオンオフが可能ってことくらい。以上。


 ……しょっぱいなぁ。直に舐めた塩粒よりもしょっぱい成果だなぁ。


 さて、大体調べ終わったので残るは一つ。

 何の変哲もない言葉の中で若干浮いてる感バリバリな、この固有とかいうちょっと心を擽られる不思議要素についてだ。


 閲覧って何なんだろうな。名前の通りであれば、何かを見ることが出来る能力ってことかな。

 閲覧閲覧……まさか自分のステが見れますよってのが特殊能力か? つまりはこれで終わりってこと?


 ……いや、まだ終わらんよ。もしかしたらびっくらポンな見逃しがあるかもしれない。

 自分のを見ることが出来るのであれば、他人のもの見られるということ。つまりはそういうことよ!


「いざお試し!」


 さっきよりは大きく、けれどもやっぱり小さな声で。

 一縷の望みを託し、画面を切り替えるようこめかみを小突きながら顔を上げてみる。


 するとそこに自分の数値はなく。

 その代わりに、視界に映る学生達の頭上にさきほどまでそこにあった画面が展開されてくれるではないか。


「えーマジヤバぁ。うちもピッピのピとランデブー洒落込みたいー」


 名称 北沢きたざわまい

 レベル 1

 生命力 50/70

 肉体力 大体3

 備考 ギャル。言うほど今の彼氏にラブではないっぽい~?


 実に言葉が適当な日焼けギャル、北沢きたざわさんの上にはこんな感じのステが。


 名称 朝霧芽久あさぎりめぐ

 レベル 1

 生命力 45/150

 肉体力 大体7

 備考 むっつり。好きな書物はくんずほぐれつな官能小説。


 更に周りに流されず、或いは流れることも出来ずに読書に勤しむ眼鏡女子。実は男子に密かな人気があるらしい朝霧あさぎりさんの上にはこんな感じのステが。


 名称 柊巡ひいらぎめぐる

 レベル3

 閲覧不可


 更に更にクラスの人気者。

 入学一ヶ月ながらも男子サッカー部でレギュラーを勝ち取ったとか噂のイケメンカースト上位陽キャ、柊くんの頭上にはこんな感じのステータスが展開されてくれる。

 

 うんうん、皆多種多様で実に結構。柊くん同様ステが見えない人もいるが、まあ概ねこんな感じだ。


 固有欄がないこと以外は、どいつもこいつもほとんど変わり映えのしないステータス。

 

 閲覧可能と不可を比較するならば、レベルが同数或いは下でなければステータスを見ることは出来ないのだろう。

 同じ現代で生きてるはずなのに、どうやってレベルとか上げてるんだろうか。全員が優秀ってわけでもないし、やはり初期値がこの数値なのかな。


 ……ふうん。ま、どうでもいいや。

 唯一味のある備考欄ですらゴシップ程度の価値しかないし、これ以上は時間の無駄っぽいね。


 早々に飽きたのでステを消し、おスマホで現在時刻を確認しようとした。その時だった。


 平凡な日常とは少しだけ違うざわざわ。

 生徒達の騒ぎ声が廊下からだというのに、この教室の端っこの耳にまで届いてしまう。


 誰かが糞でも漏らしたのだろうか。

 はたまた学校にテロリストでもやってきたのだろうか。


 ……いや違うな。

 そうならもっと悲鳴が飛び交うはず。どっちかと言えば道端で有名人に出くわしたみたいな、そんな戸惑いと驚愕の入り交じった雰囲気だ。



「おはようございます」



 面白そうだし、ちらっと注目の正体でも野次馬してやろうかと、重すぎる腰を上げようとした。

 その直後だった。思わず身が竦むほど美しく、凜とした声と共に一人の少女が教室へと入ってきたのは。

 

 それは美少女だった。この世のどんな絵画より、電子の海に漂う理想の具現より端麗である女だった。

 

 見るだけで吸い込まれそうな、艶のある黒の長髪。

 白磁のように穢れなき肌。

 くり抜けば宝石と見間違えそうだと、かつてそんな口説き文句が出回った碧い瞳。

 まるで人という形の黄金比だと、そう吹聴されたらそうなんだなと納得してしまえる体。そして下品なほど大きすぎず、かといって制服の上からでもわかる確かな二つ山。

 

 貶す言葉は稚拙になろうと、褒め言葉など枚挙にいとまがないくらい。

 彼女の名をこのクラス……いいや、この学校に通っていて知らないなんてことがあるだろうか。いやない。


 高嶺たかねアリス。

 文武両道に才色兼備、天は二物どころか百物を与えたであろうまさに女神。

 上から見ても下から見ても変わることのない、我が高校が誇る超絶美少女である。


「おはようございます。上野さん」

「おはようー」


 そんな彼女とどんな関係かと問われれば、何とびっくり隣の席。

 自席に腰を下ろした彼女の挨拶へ返答する仲なのだ。羨ましいだろう、はーっはっは!


 まあ最初は恥ずかしくなるほどどもった気もするが、今じゃすっかり慣れたものだ。


 まあ高嶺たかねさんが覚えているかは知らないが、俺の場合は小中高と全部一緒だからね。他の連中よりかは耐性が一ミクロンほど存在するってわけさ。


「…………」


 ゆっくりと、周りの声など気にも留めず一限の準備を進めていく高嶺さん。


 いつも通りの光景。

 何気ないの景色。

 いつもと何ら変わらない、変わり映えのない日常の一コマ。


 そのはずだ。そのはずなのだ。

 目の前にいるのは見紛う事なき高嶺たかねアリス本人のはず。

 なのに何故か、何かが根本的に違うのだと、俺の直感が囁いて仕方がない。

 

 雰囲気、美貌、その他いろいろetc。

 何が違うのかいちいち言語化出来ないが、それでも何かつい先日までの彼女とは桁が何段も違う。

 それっぽい言葉にするなら、人よりも一次元上の存在になったかのよう。そんな感じだ。


 こんな週明けビフォーアフターを見せられてしまえば、見事一月で適応してくれた俺の心臓もドキドキを抑えきれない。


 まるで叶わぬ恋でもしちゃったかのよう。

 注意してないと一挙手一投足から目が離せない。実ることがない恋心に脳みそを焼かれてしまい、理性と良識を捨てた変態ストーカーにでもなってしまいそうだ。


 さては恋でもしたのかな? 

 この土日で目眩く大大大ラブコメディでも経験しちゃったのかな?


 やばい、何か興味が尽きないんだけど。

 ステータスなんて不思議にすら発揮してしまう、実に難儀な飽き性持ちの自分にとっては随分とまあ珍しい欲求。


 掻き毟りたくなるほどむず痒く、気持ち悪いはずなのに心地好い衝動だ。


 ……そうだ、ステータス。

 せっかくだし、この完璧美少女もちょっとだけ覗いてみちゃおうかな。


 それは唐突に思いついた閃き。それは子供のように純粋で、誰かの暴言のように直接的な誘惑。

 そんな無意識の発露に導かれるまま、ゆっくりと、知らぬ間に震える人差し指をこめかみに近づける。


 さっきまでの気軽さはどこにいったのか。

 自分のこめかみだというのに、指先はまるで割れ物や爆弾でも触れるかのよう。


 興味か、興奮か、独占欲か。或いは恋心か。

 何でも良い。今はとにかく見てみたい。触れることも隣を歩くことも叶わないのであれば、せめてその中身だけでも知りたかった。柄にもなくそんな気持ちだったのだ。

 

 名称 高嶺たかねアリス

 レベル 1000

 生命力 9500/error

 肉体力 error

 魔力  error

 固有 一途昇華 勇者 聖剣召喚 劣化知らず 翻訳 七変化 虹魔法 シン 段階制御

 称号 異世界帰り 救世の勇者 成し遂げた者 精霊に愛された者 重愛 偏愛 脳を焼かれた者

 備考 恐らく現代最強。土日で二回世界を救いました。


「ふぁっ!?」


 思わず声を上げてしまったので、隣の高嶺さんは怪訝そうにこちらを睨まれてしまう。


 理解と予想の範疇を優に超越したステータス。

 箱の中身は何だろなと開いたら、魑魅魍魎の蠱毒こどくであったのだと。そんな感想を抱いてしまうほどに、高嶺たかねさんのステータスは今まで見た全ての凡庸から逸脱していた。


「……どうかしました?」

「あ、あーいや。今日はいつもより綺麗だな~って。……化粧品変えたり?」

「……相変わらず変な人ですね。それ、咄嗟でも他の人に言わない方がいいですよ」

 

 呆れたようにため息を吐いた高嶺たかねさん。 慌てて誤魔化すと、俺のことなぞすぐに興味をくしたのか、目線を鞄から取り出した本へ向け直す。


 今ので塵ほどだった好感度は更に下がってしまったが、それでも何とか誤魔化せたことに安堵しつつ机に俯き、改めて高嶺たかねさんのステータスをチラ見していく。


 彼女の頭上に映るのは、やはり先ほどと同じ常識を超えた数値……いや、最早数値とも呼べぬerrorの数々。

 異常。形容する言葉が必要であれば、まさしくその一言で括ってしまえる特別がそこにはあった。


 まさに特別。まさに究極。この世界の主人公とは、きっと彼女のことを指すに違いない。

 彼女にとって価値あるのはこのステータスに比肩する物語や出会いのみ。

 なるほど。確かにこれなら俺のことなど、いや有象無象のほとんどが眼中にもないのだろう。


 絶対に届かない存在。同じ空気を吸う以外、例え強姦を試みようが意識されぬ遠さ。

 それが彼女と俺。高嶺アリスと上野進。主人公と端役モブに植え付けられた、世界単位の存在の差ってやつだ。


「へへっ、キヒヒ……」


 だというのに。

 それを見せつけられたというのに。


 気持ちの悪い興奮が止まらない。

 諦めるどころかむしろ余計に昂ぶって、気持ち悪い笑いが込み上げて仕方ない。

 

 完全無欠。完璧超人。天は彼女の上に人を造らず、さりとて彼女の下には人だらけ。


 そんな絶対なる美少女、高嶺たかねアリスを俺が汚すことが出来たなら。

 永久に消えることのない刺青タトゥーのように、俺だけの傷を付けることが出来たのなら。

 或いは、命という高嶺の花を散らすことが出来たのなら。

 

 ──その瞬間。

 あの高嶺たかねアリスは、目の前で俺のことなど眼中にもない彼女は、どんな顔をしてくれるのだろうか。


 それは歪んだ興味。

 人の道を外れた獣畜生の、本来外へ出してはならない欲求に他ならない。


 いいね、愉しくなってきた。俺という凡庸な種から、醜いだけの欲望の花が咲きやがった。

 平々凡々。平穏と退屈しかなかった人生に劇薬がたらし込まれてしまった。

 知ってしまったからには止まれない。なるほど、これが噂の脳が焼かれるというやつか。


 まさに端役モブ。そんな言葉が相応しい、貧弱そのもの自分のステータス。

 けれども悲観しちゃあいけない。まだ踏み出してすらいないのに、いちいち落ち込んでちゃ話にならない。


 だってそうだろ?

 どんな勇者も最初はレベル1から始まるもの。大して面白くもなかった俺の人生は、たった今から本当の意味で始まるのだから!


「はいみんな席に着けー。HR始めっぞー」


 どこぞから聞こえてくる、たいして興味もない女教師の言葉など最早どうでもいい。


 やるべきことが出来た。

 やりたいことが出来た。

 やってみたいことが出来てしまった。


 ならば歩もう。荊棘で編まれた地獄道を進んでいこうじゃないか。

 なに、その半ばで死ぬのならそれもまた一興。夢に挑んで生涯を無駄にするなんてこと、割と誰でもやっていることだろ?


 脳を、胸を、魂を焦がし。

 それでもなおふつふつと煮えたぎる情動が、俺の人生に意味と目的を与えてくれる。


 とりあえずは方針決めだ。

 なに、考える時間はいくらでもある。

 だってここは学校。ある程度の成績さえ取っていれば、なにをしても咎められることのない夢見るための学び舎モラトリアムなのだから!


 名称 上野進うえのすすむ

 レベル 1

 生命力 95/100

 肉体力 大体5

 固有 閲覧 表裏一体の片思い(new!!)

 称号 不可能に挑む愚者 

 備考 雑魚オブ雑魚 まさに凡人

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