俺の冒険はここからだ!

 あれからすぐに服などを回収し、見つからないようこっそりと帰宅した。

 流石に疲労困憊だったのか、その後のことはあまりよく覚えていない。思い出せるのは精々風呂に入って飯を食って、その後碌な思考をする間もなく布団の沼に沈んでしまったということだけだ。

 それでも結局疲労はあまり抜けず、レベルが上がろうと襲いかかる筋肉痛に苦しみながら日曜を寝転び九割で消化してしまい、課題に取り組むことすら叶わずあっという間に月曜日になってしまったのだ。


「いやー焦った焦った。しば……柴崎? 先生も許してくれてまじで助かったわー」


 三限の未だ名前が曖昧な女教師という関門を乗り越え、そんなこんなで無事に訪れた昼休み。

 相変わらず誰もいない屋上の踊り場我が別荘にて、そこまで思ってもいない安堵の息を漏らしながら、実にだらしなく寝っ転がって菓子パンを貪っていた。


「しっかしついに殺しちまったなぁ。人間」


 呟く言葉はどことなく他人事みたいに軽く、事実自分でも何か重みを感じるわけでもない。

 人を殺した。結局のところこの一言で表してしまえる、ただそれだけの重罪。

 現代社会にて、或いは人間の根本において最も忌避される行為に手を染めた感想としては、あまりに適当で他者に聞かせちゃいけない類の感傷なのだろう。


 ……いやー。まあそうはわかっててもねぇ。飯が不味くなるとかそういうのもないんだよねぇ。


 もしゃもしゃとパンを咥えながら思い返すも、やっぱりそこまで芽生えてくることもない。

 美倉みくらのり子を殺した罪悪感よりも、処理できない死体(仮)のせいで影に物を入れられない不便さを嘆きの方が圧倒的に大きいのだ。

 あくまで一方的ではなく、闘争の果てに命を奪ったのが原因だろうか。それとも元々そういうのに耐性がある異常者だったのか。

 ……ま、結果的にはどうでもいい。やっちまったもんはしょうがないし、別に後悔とかそういうのがあるわけでもないしな。


「……ステータス、オープンー」


 名称 上野進うえのすすむ

 レベル 15

 生命力 120/200

 魔力  200/200

 肉体力 大体100

 固有 閲覧 表裏一体の片思い 影収納 影生成 影操作

 称号 不可能に挑む愚者 

 備考 殺人童貞は無事卒業。喜べ少年、君の戦いはこれからが本番だ!


 何か知らない固有も増え、土曜日とは明らかな変貌を遂げたステータス。まさかレベルが倍近くまで伸びるとは思ってなかったし、昨日見たときは筋肉痛すら飛び越えて驚いてしまったくらいだ。


「しっかしレベル15ねぇ。……やっぱ人殺した方が効率いいんかなぁ」


 スライムよりも人の方がレベルが上がりやすい可能性。それは初めてレベルが上がったときから常々考えていたことではあった。

 黒スライムこと穢れだまりと美倉のり子。前者は個体事に若干変動してはいたが、それでも両者共にレベル7前後。数値的にはそこまでの差があったわけではなかったはずだ。

 うーん謎まみれ。もっと人を殺せばその辺の仕組みも確認できるのだろうが、生憎通り魔やるほど凡人メンタル辞めてるわけじゃないしなぁ。……ま、一旦保留かね。


「ま、とりま当分は御免だね。事件続きなアニメの主人公じゃあるまいしさ」

「……何が御免なんですか?」

「うおっ。……って、また来たの高嶺たかねさん」

「ええ。静かで落ち着く場所が好みなので」


 いつの間にかするっと隣に着席している美少女に、思わず体を起こしてしまう。

 まじでびっくりした。心臓がちょっと跳ねちゃったもん。

 別にそんな無音で忍び寄らずとも、もうちょっと足音立ててもいいんじゃないですかね高嶺たかねさんよぉ。


「お、今日は弁当なんだ。……美味しそうだね?」

「あげませんよ」

「ちぇ残念」


 冷めてるだろうに食欲をそそってくる、高嶺たかねアリスの煌びやかな宝石箱おべんとう

 まあそんなに親しくはないし、別に態度ほど人の昼食をかっ攫いたい気分じゃない。そもそも貰ったことなんて無いし、真に受けられないからこそ言える冗談混じりの戯言ってやつだ。


「最近はどう? 告白ラッシュは継続中?」

「いえ、落ち着きました。体の良い風よけが見つかったので」


 軽く返事をしながら、実に優雅な所作でお弁当を突いていく高嶺たかねさん。うーん絵になるねえ。


「……最近はどうですか。何か変わったことはないですか?」

「変わったこと?」

「ええ。例えば下校中に何か変な物を目にした、とか」


 ゆっくりと食事の手を止め、その碧の瞳が探るようにこちらを見つめてくる。

 変な物かぁ。……うーん、あー、なるほどねぇ。


「いんや? 精々奇声を上げる酔っ払いくらいかなぁ。あ、それで十分なやつ?」

「……いえ、何もなければいいんです。貴方にはそれが一番ですから」


 数秒見つめ合った後、高嶺たかねさんは何でも無かったかのように食事を再開する。

 あーびくった。そんな綺麗なおめめで真っ直ぐ見られちゃ、胸が高鳴って照れくさくなっちゃうぜ。


「…………」

「…………」


 割と続いた会話が見事に切れ、取っ掛かりを失った俺達の間にあるのは静寂だけ。

 静かな空間が欲しくてここに来てくれたんだし、こちらの都合で無理に会話を繋げるのもあれなので携帯を弄ることに専念する。どうせ高嶺たかねさんのステータスは覗けないしね。

 今日のニュースで目を引くようなものはなし。ソシャゲも学校じゃやる気にはならんし、適当に動画でも見てるのが無難な暇潰しかな。


「……何かしゃべらないのですか?」

「え、雑談求めてたの?」

「ええ。流石に無言は気まずいですし」


 あら意外。貴女そんなこと言うタイプなのね、出会ってから数年経つけどびっくり仰天だわぁ。


「うーん。あ、じゃあ土曜日に公園へ出掛けたときなんだけど──」


 お姫様は会話をご所望らしいので、少し悩んでからお昼のだらけ虫であった気分を吟遊詩人に染め上げ、毒にも薬にもならないを赤裸々に語っていく。

 正直自分でも面白いエピだとは思わないが、まあこの場くらいは適当に凌げるだろう。多分。

 傾聴している美少女はほとんど表情を変えないから、手応えなんて欠片もない。やっぱり面白くはないよなこれ。


「で、結局砂場に大コケして道行く幼女の笑顔の養分になったってわけ。……この話面白い?」

「いえまったく。ですが、ふふっ。愉快に話す貴方は見ていて楽しいですよ」


 ぴしゃりと否定してきた高嶺たかねだが、口元を押さえ小さな笑みを零してくる。

 ……ま、ちょっとよく分からないが面白いなら良いよ別に。良かった良かった。


「やはり貴方は変わりませんね。昔から、良くも悪くも」

「そう? っていうか、別に小中時代は目安になるまでの縁なかったよね?」

「そんなことありません。大事なのは量より質、ですよ」

 

 どこか自信に満ちた答えを添えて微笑んでくる高嶺たかねさん。

 そう言われてもなぁ。正直質を競えるほどの量すら会話した記憶がないんだよなぁ。

 しかしそうだな。変わり映えしないってだんざれるのも中々に悔しいな。愛しの女子に眼中にないと告げられてこんな風にへこむなんて、俺も中々に思春期の男の子ってことなんかねぇ。


「ふーん。じゃあ期待しててよ。高校に入った俺の度肝抜かれるくらいの成長をさ?」

「ええ。楽しみにしてますよ。でも危ないことはしないでくださいね?」


 こんな恥ずかしげもない気障ったらしい台詞セリフに、彼女は優しく返してくれる。

 嗚呼、やっぱり君の笑顔は心をぽかぽかどきどきさせてくる。凄いな、高嶺たかねアリスは。


「さて。そういえば──」

「やあ。こんなところにいたのかい? 高嶺たかねさん」


 和やかムードで会話を続けようとした途端、二人だけの昼休みに割り込んでくる人の影。

 人の寄りつかない俺の隠れ家へと足を踏み入れ、笑顔でこちらへ──正確に言えば高嶺たかねさんにだけ──手を振ってくる金髪のイケメン。

 何やこの女喰ってそうな爽やかチャラフェイス。ネクタイの色からして上級生、赤は確か三年生だったっけか?


「……獅子原ししはらさん。わざわざこんなところまで何の用ですか?」

「花が咲いたような可憐な微笑みが聞こえたからつい、ね? さてはお楽しみ中だったかな?」

「……いちいち貴方に教える義理はありません。用がないならすぐにでもお引き取りを」

「おー怖っ」


 基本動じぬ高嶺たかねさんには珍しい不機嫌そうな口調で言葉をぶつけるも、男はどこ吹く風と両手を上げ首を振りながらおどけるのみ。

 しかしこのヤリチン先輩(仮)、随分と肝座ってんなぁ。この迫力は隣の俺でも縮み上がっちゃうぜ。


「けど残念、生憎撤収ってわけにはいかなくてね。ま、今日はデートじゃなくて仕事の相談なんだけどさ」

「……そうですか。ならば早々に済ませましょう。では上野うえのくん、また後で」

「あ、うん」


 周囲を押し潰してしまいそうな圧を霧散させ、大きくため息を吐いてから立ち上がり、男と一緒に去っていく高嶺たかねさん。

 イケメンと美少女、果たして男と彼女はどんな関係なのか。残念ながら俺には知るよしもないことだし、二人の合間に立ち入る権利すらありはしないのだろう。

 

 名称 獅子原 司ししはら つかさ

 レベル30

 閲覧不可


 お姫様を取られて癪だったので覗き見してやったステータスを眺めながら、俺もため息を吐いてしまう。

 あの殺人鬼以上のレベル持ち。まさかこんなに近くに、それも学内にいるとはなぁ。


 まだまだ乗り越えるものは多いのだと、改めて自分が目指すべき目標の高さを思い知る。

 一昨日の死闘など所詮は子供のじゃれ合いの範疇に過ぎない。世界にはまだまだ超えるべき壁がたくさん存在し、きっとその最終地点に最強たる高嶺たかねアリスは君臨しているのだろう。


「世界は広い、広いなぁ。……きひひっ、盛り上がってきたぜ」


 高嶺たかねさんには見せられない、気色の悪い笑いが溢れて止まらない。

 世界は自分の想像を遙かに超えた何かだらけ。けれどそれは同時に、自分の可能性がまだまだ満ちていることの証明になるということだ。

 レベルはまだまだ上げ始めたばかり。固有はこっから検証し、自身を広げる手足となるだろう。


 ──嗚呼たまらない。やっぱり良いなァ、夢と希望と挑戦の詰まった人生ってのはさ。


「見せてやるさ。その澄ました美顔があっと驚く究極サプライズをね」


 聞かせるべき彼女の姿は消え、戻ってきた一人だけの居場所で小さな薄ら笑みに酔いしれる。

 ……ま、当分は影に仕舞った邪魔くさい死体の処理方法を考えなきゃね。


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