箸を使った箸休め

「ではただ今より、わたくしプレゼンツ! 第一回、レッツ鍋囲んで親睦会の幕開けですわ~! いえーい!」

「いえーい」

「いえーいっす!」

「……いえーい」


 ついさっきまで優雅そのものであったかなでちゃん。そんな彼女は今、昨日とほとんど同じ部屋でとても深窓の令嬢とは思えないはっちゃけた声でそう宣誓する。

 少女の声に続くのは、まるで銃声のように部屋中の空気を弾く、クラッカーという爆弾の破裂音。更には付き人達がそれぞれタンバリンやら小さなラッパやら、いかにもといった盛り上げるための道具で音を鳴らしてくる。


 なんだこれ。……いや、まじでなんだこの状況?


「……ねえ何これ。きみお嬢様でしょ? 優雅でシリアスな懇親会とかしないの?」

「そんな固っ苦しいのは本邸だけで充分ですわ! 自宅でくらいはしゃいだって文句は言わせませんの!」

「ええ……」


 泡が積る黒色の液体コーラの注がれたグラスを片手に主張してくるかなでちゃんの勢いに負け、俺の心はつい呆気にとられてしまう。

 はえーすっげぇキャラ崩壊。とてもじゃないが、真面目に憂いていたあの少女とは思えねえぜ。


「元々お嬢様はこんな方です。普段は毅然と振る舞われておりますが」

「へーそうなんだ。意外すぎて口が閉じないぜ」

「それはいけません。是非一杯、口内が渇く前にどうぞ」


 別に声を掛けたわけでもないのに、隣からするりと同様の液体コーラが入ったグラスを差し出されたので受け取り、勢いに身を任せ喉に流し込む。

 

「ぷはぁ! キンッキンに冷えてやがるっ! やっぱコーラは最高だぜぇ!」

「ですわよねっ! 流石は十代のソウルドリンク! これを囲めば皆仲良しですわっ!」


 グラスの中身を一気に飲み干し、無言で二杯目を注がれるかなでちゃん。

 うーん、けどごめんねかなでちゃん。コーラは好きだけど別にソウルドリンクでもないし、そもそも食事中は緑茶派なのでそこまで馬鹿げたビックウェーブには乗り切れないかな。


「ではまずは自己紹介! さあすすむさんっ! 是非とも場を暖めて下さいな!」

「無茶振りぃ。アルコール入ってないんだよね?」


 飲み会において上司に振られたくない言葉ランキングの上位に入りそうな形式美。飲んでる液体の家緒は違えど、ぶっちゃけあの駄目な姉貴分を思い出してしまう。

 しかーしこちらはあくまでお呼ばれしてる身。何よりテーブルの上に置かれた宝石のように輝きを放つ霜降りのお肉達を目の前にあるとなっちゃあ、その要望に応えんわけにはいかねえでしょうが──!!


「えーでは皆さん改めまして。縁あってこちらに臨時就職致しました上野進うえのすすむと申します。趣味は睡眠とゲーム、嫌いな物は退屈と窮屈。そんな普通の男子高校生でございます。出会いが最悪だったのでいろいろ思うところはあるとは思いますが、それでもどうぞよろしくお願いいたします。キラッ☆」


 立ち上がって窓の側へと寄り、実にそれっぽいポーズを決めながら、これ以上ないくらい完璧な自己紹介をやってのける俺。

 いやー素晴らしい完成度。こんなの学校でやったら奇天烈な視線からの孤立一直線コースまっしぐらだぜ。


「…………」

「……おーう」

「…………」


 見たまえこの沈黙。折角暖かい鍋を囲んでいるというのに、この部屋自体が冷凍庫になっちまったみたいな冷たさじゃねえか。

 まったく、これじゃ座布団どころかお肉食べる権利すら没収されちまう。影使ってでもいいからマジカルでカラフルなやつ考えとけば良かったぜ。まあ影は黒一色だけど。


「……っ、ふふふっ。キラッ☆ って何です……。あぁ可笑しい……ふふふっ」

「え、ウケるのぉ……。えぇ……」


 気恥ずかしさからそそくさと自分の場所へ戻り、肩を窄めて着席し直す俺。

 実に気まずいこの雰囲気。しかしかなでちゃんは少しの間を置いてから、口元を手で押さえ噛み殺すかのように笑い出した。

 うっそだろおい。お付きの人達もちょっと戸惑ってるじゃないか。


「あー面白い。流石はすすむさんです。では次がこちら、貴方たちの番ですね」

「えっ」

「えじゃありません。わたくしの部下なら礼儀を持って返して当たり前。ほらっ」


 絶対に気乗りしていない部下三人を顎で急かすかなでちゃん。

 立ち上がり、顔を見合わせ頷き合う三人。さあてお手並み拝見だ。果たしてどんなのが出てくるんだろうなぁ。


「じゃあ一番手は私から! 香雲かくもっす! 一応この中では最年長! 担当は運転っす!」

なぎです。上野うえの様を除けば黒一点。担当は情報収集です」

「……つく。最年少。担当は護衛。以上だ」


 なんともまあ普通の自己紹介。ま、あくまで言っていることはだが。

 なんと三人もそれぞれポーズを取っているのである。それも戦隊もののヒーローのように、練習したことなければ出来ないであろう息の揃った連携で。

 これなら学校でも通用する。それどころかたちどころにカースト上位として君臨できる。ま、負けた……!!


「ええ結構。素晴らしい出来です。いつぞやに練習した甲斐がありましたわね」


 練習したのかよ。退魔師ってお笑い芸人の副業だったりするんか……?

 何とも言えない敗北感と呆れに苛まれながら、一応三人のステータスを拝見してみる。


 名称 つく 

 レベル 20

 閲覧不可


 名称 香雲かくも 

 レベル 24

 閲覧不可


 名称 なぎ 

 レベル 19

 生命力 120/180

 肉体力 大体70

 固有 音消し 

 備考 男……? 大丈夫、そう見えなくもないけどちゃんと付いてるよ。


 疑ったことねえよ、確かに中性的だけど見れば分かるよ。っていうか久しぶりにステータス覗けたなおい。

 最近実名くらいしか届けちゃくれなかったクソ板が、久しぶりに仕事したことに少し嬉しくなる。

 あれ、でも俺レベル15じゃなかったっけ。……もしやこの前の戦闘で上がってたりする?


 名称 上野進うえのすすむ

 レベル 19

 生命力 120/220

 魔力  220/220

 肉体力 大体100

 固有 閲覧 表裏一体の片思い 影収納 影生成 影操作

 称号 不可能に挑む愚者 

 備考 仕様は悪くない。悪いのはきみのレベルが低いせいなのです。


 というわけでステータスを開いてみた結果、何故か備考欄に馬鹿にされたんだが?

 突っ込むのは今更感あるけど、それでもあえて言わせてもらおう。一体これ誰が書いてんのさ?


「はい、これで互いも知り合えたということで。じゃあ食べましょうか」

「はーい待ってましたー! いただっきまーす!」


 満足気に軽く手を叩いたかなでちゃんの号令で、ようやくこのお食事会が始まってくれる。

 肉、野菜、豆腐、そして肉。そのどれもが自らを選んでほしいと輝きを放っている極上の食材達。

 最高の食材に最高の調理方法。まさにシンプルイズザベスト。そう、今日のメニューはずばりすき焼きなのだ──!!


 最早周りの目などどうでも良く。気分はすっかり夕食のみ。

 汁を吸って食べ頃な色へと育てた肉を箸で取り、解いた卵にくぐらせ口の中へと放り込む。


「あむっ、うっま!! え、なにこれ肉が溶けるんだけどっ!!」


 口の中に広がる旨み。それは肉と煮汁が混ざり、そして卵という羽衣が包んだことで生まれた無限に煌めくビックバン。

 今まで食べたすき焼きを置き去りにするようなその圧倒的な美味。その感動に胸の内まで浸りながら、すぐさま白米を掻き込んでいく。

 

「米も美味ぇ!! やべえ、なんか箸が止まんねえ!!」

「もおぅ、そそっかしいですわよ? ほらっ、お野菜や豆腐も食べてくださいな♡」


 つい他人の家だということを忘れかけていた自分にかかる、かなでちゃんの子供を嗜めるかのような優しい言葉。

 あ、危ない危ない。危うく金持ちのご飯に心も体も屈しかけていた。もしやこれが、札束と権力の暴力というやつか……!!


「いつもこんなん食ってんの? 妬けちゃうなぁ」

「まさか。いつもは普通ですわ。わたくしつくなぎで交代で作ってますの。特につくのオムレツは絶品ですのよ?」

「……ご謙遜を。お嬢様の腕には到底敵いませんよ」


 かなでちゃんに褒められたつくさんは、誤魔化すかのように少しだけ顔を逸らす。

 あらぁ~可愛いところあるじゃない。そんなデレを切れ端程度でも良いから俺にも分けてほしかったり。……それにしてもつくさんの取り皿、なんかやけに豆腐が多くない?


「そうだよ少年、つくちゃんの料理は素朴で美味しいんすよ~? ……って、つくちゃん豆腐取り過ぎじゃないっすか~? 私も食べたいっすよ~?」

「……まだあるんだし追加すればいいじゃないですか。好きなんです、豆腐が」

「味を染みてるやつを食べたいっすよ、いまぁ~! ねぇ? 少年君もそう思うっすよね~?」


 香雲かくもさんがこちらに同意を求めてくる。……よしっ。


「そうっすよねぇ。やっぱ豆腐食べたいっすよねぇ。ねえつくちゃ~ん?」

「きもい、早々に死ね」

「流石に直球すぎない!? 俺達の間柄だとしゃれにならんよそれ!?」

 

 ちょっとノってみたらこの様。欠片の冗談も含まれていない、冷たく真っ直ぐな一撃が突き刺さる。

 ちくせう。せっかく食卓を囲んだわけだし、ちょっと歩み寄ろうとしてみただけなのに……いや、いきなりこの近さは普通にきもいか。

 

「お客様の前ですよ。二人とも、少しは取り繕いなさい」

「お、許してくだせえ奉行様~。その勢いでお嬢さまにも言ってみたら~?」

「……今日は見逃しましょう。上野うえの様、飲み物お注ぎしましょうか?」

「あ~逃げた~! なぎってばお嬢さまに甘すぎぃ~」


 俺のグラスにコーラを注いでくれるなぎくん。それを頬を膨らましながら指差す香雲かくもさん。つくさんは豆腐に舌鼓を打ち、かなでちゃんは全体をにこにこと眺めている。そして俺は、そんな周りを気にせず高級肉を堪能する。

 まさに酒池……いや、酒はないからただの肉林か。騒いで食らってそれぞれが勝手に楽しむ、ただそれだけな五人ぽっちの宴会だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る