箸を使った箸休め
「ではただ今より、
「いえーい」
「いえーいっす!」
「……いえーい」
ついさっきまで優雅そのものであった
少女の声に続くのは、まるで銃声のように部屋中の空気を弾く、クラッカーという爆弾の破裂音。更には付き人達がそれぞれタンバリンやら小さなラッパやら、いかにもといった盛り上げるための道具で音を鳴らしてくる。
なんだこれ。……いや、まじでなんだこの状況?
「……ねえ何これ。きみお嬢様でしょ? 優雅でシリアスな懇親会とかしないの?」
「そんな固っ苦しいのは本邸だけで充分ですわ! 自宅でくらいはしゃいだって文句は言わせませんの!」
「ええ……」
はえーすっげぇキャラ崩壊。とてもじゃないが、真面目に憂いていたあの少女とは思えねえぜ。
「元々お嬢様はこんな方です。普段は毅然と振る舞われておりますが」
「へーそうなんだ。意外すぎて口が閉じないぜ」
「それはいけません。是非一杯、口内が渇く前にどうぞ」
別に声を掛けたわけでもないのに、隣からするりと同様の
「ぷはぁ! キンッキンに冷えてやがるっ! やっぱコーラは最高だぜぇ!」
「ですわよねっ! 流石は十代のソウルドリンク! これを囲めば皆仲良しですわっ!」
グラスの中身を一気に飲み干し、無言で二杯目を注がれる
うーん、けどごめんね
「ではまずは自己紹介! さあ
「無茶振りぃ。アルコール入ってないんだよね?」
飲み会において上司に振られたくない言葉ランキングの上位に入りそうな形式美。飲んでる液体の家緒は違えど、ぶっちゃけあの駄目な姉貴分を思い出してしまう。
しかーしこちらはあくまでお呼ばれしてる身。何よりテーブルの上に置かれた宝石のように輝きを放つ霜降りのお肉達を目の前にあるとなっちゃあ、その要望に応えんわけにはいかねえでしょうが──!!
「えーでは皆さん改めまして。縁あってこちらに臨時就職致しました
立ち上がって窓の側へと寄り、実にそれっぽいポーズを決めながら、これ以上ないくらい完璧な自己紹介をやってのける俺。
いやー素晴らしい完成度。こんなの学校でやったら奇天烈な視線からの孤立一直線コースまっしぐらだぜ。
「…………」
「……おーう」
「…………」
見たまえこの沈黙。折角暖かい鍋を囲んでいるというのに、この部屋自体が冷凍庫になっちまったみたいな冷たさじゃねえか。
まったく、これじゃ座布団どころかお肉食べる権利すら没収されちまう。影使ってでもいいからマジカルでカラフルなやつ考えとけば良かったぜ。まあ影は黒一色だけど。
「……っ、ふふふっ。キラッ☆ って何です……。あぁ可笑しい……ふふふっ」
「え、ウケるのぉ……。えぇ……」
気恥ずかしさからそそくさと自分の場所へ戻り、肩を窄めて着席し直す俺。
実に気まずいこの雰囲気。しかし
うっそだろおい。お付きの人達もちょっと戸惑ってるじゃないか。
「あー面白い。流石は
「えっ」
「えじゃありません。
絶対に気乗りしていない部下三人を顎で急かす
立ち上がり、顔を見合わせ頷き合う三人。さあてお手並み拝見だ。果たしてどんなのが出てくるんだろうなぁ。
「じゃあ一番手は私から!
「
「……
なんともまあ普通の自己紹介。ま、あくまで言っていることはだが。
なんと三人もそれぞれポーズを取っているのである。それも戦隊もののヒーローのように、練習したことなければ出来ないであろう息の揃った連携で。
これなら学校でも通用する。それどころかたちどころにカースト上位として君臨できる。ま、負けた……!!
「ええ結構。素晴らしい出来です。いつぞやに練習した甲斐がありましたわね」
練習したのかよ。退魔師ってお笑い芸人の副業だったりするんか……?
何とも言えない敗北感と呆れに苛まれながら、一応三人のステータスを拝見してみる。
名称
レベル 20
閲覧不可
名称
レベル 24
閲覧不可
名称
レベル 19
生命力 120/180
肉体力 大体70
固有 音消し
備考 男……? 大丈夫、そう見えなくもないけどちゃんと付いてるよ。
疑ったことねえよ、確かに中性的だけど見れば分かるよ。っていうか久しぶりにステータス覗けたなおい。
最近実名くらいしか届けちゃくれなかったクソ板が、久しぶりに仕事したことに少し嬉しくなる。
あれ、でも俺レベル15じゃなかったっけ。……もしやこの前の戦闘で上がってたりする?
名称
レベル 19
生命力 120/220
魔力 220/220
肉体力 大体100
固有 閲覧 表裏一体の片思い 影収納 影生成 影操作
称号 不可能に挑む愚者
備考 仕様は悪くない。悪いのはきみのレベルが低いせいなのです。
というわけでステータスを開いてみた結果、何故か備考欄に馬鹿にされたんだが?
突っ込むのは今更感あるけど、それでもあえて言わせてもらおう。一体これ誰が書いてんのさ?
「はい、これで互いも知り合えたということで。じゃあ食べましょうか」
「はーい待ってましたー! いただっきまーす!」
満足気に軽く手を叩いた
肉、野菜、豆腐、そして肉。そのどれもが自らを選んでほしいと輝きを放っている極上の食材達。
最高の食材に最高の調理方法。まさにシンプルイズザベスト。そう、今日のメニューはずばりすき焼きなのだ──!!
最早周りの目などどうでも良く。気分はすっかり夕食のみ。
汁を吸って食べ頃な色へと育てた肉を箸で取り、解いた卵にくぐらせ口の中へと放り込む。
「あむっ、うっま!! え、なにこれ肉が溶けるんだけどっ!!」
口の中に広がる旨み。それは肉と煮汁が混ざり、そして卵という羽衣が包んだことで生まれた無限に煌めくビックバン。
今まで食べたすき焼きを置き去りにするようなその圧倒的な美味。その感動に胸の内まで浸りながら、すぐさま白米を掻き込んでいく。
「米も美味ぇ!! やべえ、なんか箸が止まんねえ!!」
「もおぅ、そそっかしいですわよ? ほらっ、お野菜や豆腐も食べてくださいな♡」
つい他人の家だということを忘れかけていた自分にかかる、
あ、危ない危ない。危うく金持ちのご飯に心も体も屈しかけていた。もしやこれが、札束と権力の暴力というやつか……!!
「いつもこんなん食ってんの? 妬けちゃうなぁ」
「まさか。いつもは普通ですわ。
「……ご謙遜を。お嬢様の腕には到底敵いませんよ」
あらぁ~可愛いところあるじゃない。そんなデレを切れ端程度でも良いから俺にも分けてほしかったり。……それにしても
「そうだよ少年、
「……まだあるんだし追加すればいいじゃないですか。好きなんです、豆腐が」
「味を染みてるやつを食べたいっすよ、いまぁ~! ねぇ? 少年君もそう思うっすよね~?」
「そうっすよねぇ。やっぱ豆腐食べたいっすよねぇ。ねえ
「きもい、早々に死ね」
「流石に直球すぎない!? 俺達の間柄だとしゃれにならんよそれ!?」
ちょっとノってみたらこの様。欠片の冗談も含まれていない、冷たく真っ直ぐな一撃が突き刺さる。
ちくせう。せっかく食卓を囲んだわけだし、ちょっと歩み寄ろうとしてみただけなのに……いや、いきなりこの近さは普通にきもいか。
「お客様の前ですよ。二人とも、少しは取り繕いなさい」
「お、許してくだせえ奉行様~。その勢いでお嬢さまにも言ってみたら~?」
「……今日は見逃しましょう。
「あ~逃げた~!
俺のグラスにコーラを注いでくれる
まさに酒池……いや、酒はないからただの肉林か。騒いで食らってそれぞれが勝手に楽しむ、ただそれだけな五人ぽっちの宴会だった。
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