思い出せ
そうして時間は夜。蝉も鳴くのを止めてしまう、日付も変わりかけな星夜の頃。
ばっちゃまの用意してくれた特上のしーすーをパクパクして一日を終えた俺は、家の連中が就寝した途端に家を飛び出し、夜の田舎をうっきうきで散歩している最中だった。
「ってわけなんだけどさ。本当に霊とかいると思う?」
『こんな夜遅くに電話してきたかと思えば、貴方は馬鹿なんですか?』
静けさに染み入る虫の音、なんて
それにしても酷いや
『それで、霊でしたっけ? いるんじゃないんですか? こっちでも見たことありますし』
「随分とまあ投げやりだね。そんなに嫌だった?」
『別に電話自体は問題ありません。ただ、こういうのはあの小娘……
直に顔を合わせていたなら、きっと口を窄めてそうなくらいふて腐れた口調になってしまう
何でか知らんけどあの二人、犬猿の仲って感じで相性悪いんだよね。何かあったらしいんだけど、どっちも俺には教えてくれないんだよね。蚊帳の外ってのは辛いぜ。
「こんな夜中にさ、年端もいかない小学生に電話するわけにはいかないじゃん? この前は何かの怪異を払うついでに別荘に来ないかって誘われたけど、それ以外は多忙でお休みがないって
『……待ちなさい。誘われたのですか? 旅行に?』
「あー、うん。断ったけどね。日時がちょうど今日から明後日くらいで、ばあちゃん
どうせ過ぎたことだし包み隠さず話してみれば、
何だろう、そろそろおねむの時間なのかな? 不真面目筆頭な俺と違って、
『あんの小娘ぇ。猪口才な真似を……』
「どうしたん? もしかして行きたかった? ごめんね気を回せなくてさ」
『違います。断じて違います。あんな腹黒小娘と一つ屋根の下にいたいわけがないでしょう』
腹黒って。せめて強かって呼んであげて欲しいぜ。
確かに俺の数倍賢い
『……まあいいです。頼られたのが私というのは、悪い気はしませんし』
「ありがとー、お土産は買っていくからね。うわ虫っ、虫は無視っと。……そんで何話してたっけ?」
『霊の類でしょう?
顔の周辺を飛び回ってくる虫を払っていると、
っていうか
『ですがわざわざ探す必要もないかと。
「そりゃもちろん。まあきっかけはやぶ蛇的なあれだったけどさ? 結局最後まで付き合うって決めたのは俺自身だし、何より
『……はあっ。どうやら懲りてませんね。貴方らしくて何よりです』
あれま。電話越しですら容易に届いてしまう、呆れ全開な大ため息を吐かれちまったぜ。
『それにしても、今いるのは
「ん? 何の話?
『覚えていないのですか? ……いえ、そうでした。貴方は違うクラスでしたからね。例え存在は記憶に残っていたとしても、その所在までは知りようがなかったはずです』
「んん??」
何の話をしてるのだろうか。クラスが違うってことは過去の話なんだろうけど、確か高校までは一度も
『まあ気にしないでください。彼女もきっと元気にやっていることでしょう。もしかしたら、滞在中に数奇な巡り合わせが訪れるかもしれませんね』
「……ま、これっぽちも見当が付かないけど期待しておくよ。お、着いたぜ海ー。じゃあそろそろ切るね。新学期に届ける怪談話を楽しみにしておいてね-」
『はい。……あの、もしよろしければ──』
あっ、やべ。最後に何か言おうとしてたけど切っちまった。悪いことしちゃったかな?
……まあいいや。もし火急の用件だったらすぐに掛け直してくるだろうし、そうでなくとも世界で一番手軽な会話アプリって触れ込みのあったコードくんに伝言を残したりしてくれるでしょう。
さあてお散歩も大詰め。あれよこれよと歩を進め、到着したのはナイトウォークの目的地。
普通に歩けば家から十分前後。最近の俺が走れば多分半分も掛からない。そんな星と月に彩られた空の虚像、都会の未成年が一人じゃ中々来られない夜の海にご到着だぜ。
「うーん絶景、
レベル50基準で軽く跳躍し、見事砂浜に着地した俺は体育座りでぼんやりと海原を眺める。
どこまでも続く水平線。決して先が見えず、けれど歩き続ければ必ずどこかに辿り着ける道なき道。その雄大さこそ、まさに人生そのものだと俺は思えてしまう。
子供の頃に数回見たそれと何ら変わりない景色。以前は好きでもあり嫌いでもあった気がするが、今日改めて抱いた感想としては好きに比重が偏っているような気がする。
懐かしいなぁ。確か昔はこの海の広さに圧倒されて、自分のちっぽけさを見せつけられているようで嫌だったんだけっけか。小学生のくせに厨二病かな?
「荒んじまったなぁ。俺の純真無垢な心根さんも」
ま、今じゃ綺麗以外に感想はないわけで。幼さ故の聡さなど何処へやらって話なのだが。
背中を掻く静かな波音に耳を澄ましながら、思春期らしくちょっとばかりのセンチメンタルに酔いしれる。
ま、今の俺はさながら大海原へ漕ぎ出し、当てはあるけどゴールが遠いから迷い続けている旅人。踏み出す前に諦めることしか出来ず、波打ち際で踏み出すことに憧れていた、哀れで惨めな童心の頃と違うのは当然かなって。
「うーん。さあてリフレッシュは終わりー。本題に入りましょうかねー」
感傷に浸って早数分。ようやく本題を思い出し、勢い任せに立ち上がって体を解す。
過去へ思いを馳せに来たんじゃないんだ。お空の月が海へと吸い込まれてしまう前に、とっとと心霊スポット巡りに精を出さないと汚れを祓う朝日ってやつがやってきてしまう。
少しばかり名残惜しいが、海なんて探索した後にでも見に来れば良いじゃないか。今度は満天の星空に負けないくらい明るく、それでいて風情の欠片もない人工の光こと花火を持参してさ?
「陸へー。ぴょーん」
尻から砂を払い、再び軽くジャンプ。
跳ねる姿はまさに蛙。蛙が帰る、そんな感じで路上へと帰り立つ。
どれだけ背を向けてしまえば海なんて背景に等しく。波音なんて無料で配布されてそうな
やっぱり人間ってのは切り替えるときは一瞬だね。それが美徳でもあり、悪癖でもあるんだけどさ?
「さあてバス停バス停。確か歩いた先に……お、あった」
どが付くほどの田舎の深夜故、車の一つも通らないので端っこなんて気にせず道路のど真ん中を闊歩していると、すぐにお目当ての場所が俺の視界に現れる。
寂れたバス停。見ているだけで物悲しくなってしまうバス停。バスすら見逃してしまうんじゃないかと思えてしまうぼろっちいバス停。その他いろいろ言いたくなるが、まあそれは
ともかくそんな感じのバス停に到着した俺は、誰の気配もないことだけ確認してからぽつりと置かれている薄汚れたベンチへと腰を下ろすことにした。
昼間のばっちゃまによれば、夜に一人でこのバス停で声を掛けられるとのことらしい。
まあどれくらい待てばとか、制服と言ってもどんな感じの服装なのかとか。その辺は一切聞けずに終わってしまったので、残念ながら出来ることは待機以外にないのだけれど。
それでも待つだけで美少女から逆ナンされるというならば、男としてはバッチコイってやつ。待ちぼうけで朝が来るのなら、それならそれで面白いから良しってことにしておこう。
「空が綺麗だなー。暇だなー」
影から封の開いたポテチと冷えたコーラを取り出して、深夜の宴を開きながらその時を待つ。
塩っ辛い風にコンソメの風味のマリアージュはぶっちゃけ微妙だが、星空の下で飲むきんっきんのコーラは乙なもの。たまに過ぎる罪悪感も相まって、まさに悪魔の如しってやつだ。
さて、星なんてものにも飽きたのでスマホをぽちぽち。……あっ、今日見ているアニメの放映日。まあこっちじゃ元々流れてないし、いちいち落ち込むほどではないか。
そんなこんなで適当に時間を潰すこと三十分。時間は深夜という朝の一時前後。
真上にいてくれた月の位置が少しずれ、宴セットの両方も底を突いてしまった俺は、蕩けたスライムみたいにベンチにへばりつきながら手の甲で瞼を擦る。
ああ眠い。もう飽きたよぉ。虫除けしていたのに三回くらい蚊に刺されたし、もうお布団帰って朝までスキップしたいよぉ。こんなに待つなら宴セットじゃなくてカレーパンと牛乳にしとくんだったわぁ。
「あーもう帰ろっかなぁ。……うん、帰ろっ。ばあちゃんのボケってことにしておこっ。はい決定ー」
我がメンタルに限界が来たので、ゴミを影に投げ捨ててのろのろと立ち上がる。
まあ今回はご縁がなかったということで。幽霊様の今後のご活躍を、心よりお祈り申し上げますって感じでおしまいにしちゃいましょう。
そんな感じでこんなおんぼろ待合室から飛び出して帰宅しようと、そう思ったときだった。
「……ねえ。貴方は覚えてる?」
背後から耳元に囁かれる声。眠気で閉じかけた思考と感覚が、急速に覚醒を果たす。
一歩飛び退きながら影から金槌を取り出し、臨戦態勢を整えながらさっきまでいた場所に目を向ける。
気配を感じなかった。いくら夢の世界へ沈没しかけていたとはいえ、今の俺がこんなにも簡単に背後を取られることなどあるわけがない。仮にもレベル50だぞ?
つまり相手は今の俺でも手を焼く人物ってこと。
「……わおっ」
だからこそ。その姿を目が捉えたとき、湧き出てきた感情は困惑であった。
異常なまでに肌の白い、顔のないのっぺらぼうの黒髪少女。足も長く、胸もなくはない。一言で纏めるのならば、スタイルが良いとでも言ってしまおうか。
だがそんなことはどうでもいい。俺が重要なのは、そんな部位についてじゃない。
注目すべきは彼女の着ている服の方。もしも俺の記憶に間違いがなければ、それは
「覚えてる……? 覚えてる……?」
「な、何を……?」
吹けば飛ぶような薄い声で問いかけられたとき、僅かに脳裏をある女の顔がちらついてしまう。
ある日突然に姿を消したあいつ。何処に消えたかもわからないあいつ。──約束を違えたままそれっきりになってしまった、こんなところで思い出す理由もないあいつ。
あの日の記憶。あの日の軽慮。あの日生まれた、永久に消えぬ後悔の烙印。裏切りの代償。
自らが招いた忌々しい過去に思考が鈍る。目の前の奇々怪々よりも、あの日の後悔が勝ってしまっている。
何やってんだ。忘れろ。一旦仕舞え。こんなこと、今考えることじゃないだろうが。
「覚えてない……。そう……」
しかし無駄。どれほど己に言い聞かせようと、むしろ考えるごとに固定化されてしまう。
あの日の記憶。あの日の軽慮。あの日生まれた、永久に消えぬ後悔の烙印。
だからこそ、俺は動くのが遅れてしまう。瞬きの間で目の前まで迫り抱きついてきたその少女に、反応することが出来なかった。
体を鈍い感覚が襲う。ひたすらに膜を引き裂き、体を剝がし続けているかのような激痛に染まる。
腹に突き立てられた一本のナイフ。すぐさま抜こうと力を入れて藻掻こうとするが、俺の体は抱きつく少女を振り解くことは叶えてくれない。
──いや、違う。膂力はそこまでじゃない。離そうとしていないんだ。俺が、俺自身が。
「見つけた。忘れた。……ならば、思い出せ。私の名を」
「な、にを……」
「あの日の答えを。待ち望んだ終わりを。
最後に紡がれた名前は亡霊風情が決して知ることのない、まごう事なき俺の本名。
その意味を問うことも出来ず。熱い鉄板で熱されたように悲鳴を上げながら、意識が微睡みへと落ちていく。
『──ねえ。放課後、時間あるかな?』
束の間に思い出したのは、あの日見たとある少女が不安そうに口にしたあの瞬間。
普段とは違い恥ずかしそうに、けれど勇気を振り絞って願った一人の少女。それを安請け合いし、見事果たせず裏切る形になってしまった、どこかに消えてしまった友人の最後の顔であった。
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