エピローグ

 ゆうべはお楽しみでしたねと、そんな感じの一言がお似合いだった夜が明けて幾許か。

 季節のイベントでしかない日本のそれとは異なる、本来祝うべき聖誕祭クリスマスの当日に、俺と高嶺たかねさんはある人物に招待され、二人でその人の家まで訪れていた。


「で、そんなこんなでくっついたと。……まったく、大層な痴話喧嘩ですこと」

「いやーはい。まったくその通りで、へへっ」


 こぢんまりとした和な部屋の中、こたつを挟んだ正面にいる少女──かなでちゃんは随分と呆れて目を細めながら、この部屋には似合わないカップを手に取り口を付ける。

 そう、今日俺達を呼んだのはかなでちゃんだ。

 正直めっちゃ気まずい。だって振った相手に一日で会うのって結構勇気いるんだよ? それもその後すぐに出来た彼女と一緒にとか何の罰ゲームって感じだよこれ。


「はーっ。せっかく振られたのを期待して招いたというのに、こうも惚気られてはたまりませんわ。……というかすすむさん、貴方はどうしてそんなに窶れていらっしゃいますの?」

「まあ成り行きで。はははっ」

「かっぴかぴ! 声も苦笑いも乾きすぎですわ!」


 ごめんねかなでちゃん。けど、流石に小学生に言うわけにはいかないから濁すしかないんですよ。

 だって……ねえ? それはもう凄かったからねぇ? それはもう、とんでもないことにさ。

 

 部屋はシャワー完備で、何でも緊急時のためにストックしているらしく飲食も豊富。

 まさにヤるための場所。もしくは世紀末でも関係なしにいちゃつくための世界。もしかしたら、あそこに監禁エンドもあったかもしれないとすら思える充実空間。

 そういうわけで、ほんともうぐっちょぐちょにされちった。宣言通り、男の俺も女のおれも変わりなく、それはもう入念に。てへっ☆

 

 いやーマジで一生分出し切った気がする。そんくらい極上の体験だった。

 高嶺たかねさんったら途中から種族変わっちゃったりもしたしさ。本人が言うにはあれが本物の七変化らしい。一部しか再現出来ないパチモンが如何に粗悪品だったか、それはもう身に染みたね。

 

 あ、ちなみに部屋から出てきた時にはもう学校はすっかり元通りに戻っていたよ。

 何でも屋上に来た時に誰も入れないよう結界を張っていたらしく、そこにあった内部情報のバックアップを起こして空間ごと修復したらしい。ほんともうでたらめだね。


「……癪に障りますわ。どうしてこのわたくしが、こんな女の前座なのでしょう」

「おや嫉妬ですか? すすむくんの恋人たるこの私へ負け惜しみですか?」

「きぃー! この女狐! あー悔しいですわ! ですわですわですわー!」


 子供相手に容赦なく勝ち誇る高嶺たかねさん。

 そんな態度に何処から取り出したのか、白いハンカチを噛んで悶える小学生。何時の時代の出身よ。

 しかしあれだね。犬猿の仲だと思っていたけど、実は結構相性良いよね二人とも。

 結果がどうであろうと、普通自分を振った相手とその人が好きな人を次の日に呼ばないでしょうに。……まあ、かなでちゃんが剛胆というか強かなだけな気がするけど。


「……というか、そもそも高嶺さんが相手だって知ってたの?」

「当然ですわ。逆にあんな露骨で察しない鈍感なんて相当のど阿呆ですわよ?」

「……ど阿呆。ははっ、ははははっ」

「またしても!?」


 だってぐさっと来たんだもん。この鈍感野郎って小学生にディスられたんだもん。

 そうですよ。どうせ俺は最近まで自覚していない大うつけで、挙げ句自覚したらしたでやけくそヘラヘラムーブ始めた残念人間ですよ。へぼーん。


「落ち込まないでください。そんな残念な貴方が、私はどうしようもなく好きなのですから。はいあーん」

「た、高嶺たかねさん……!! あーん」

「アリスと呼べ」

「はいなアリスさん」

「あーもう! いちゃつかないでくださいまし! この浮かれポンチ共!」

 

 みかんを口に放り込まれながら耳に響く、かなでちゃんの可愛らしい怒り。

 あー酸っぱい。寝ちゃいそうな脳みそ君が活性化していく。うまうまー。


「で、小娘。私達を呼びつけた用事は何ですか。大した用件でないなら早々に帰って二回戦目に突入したいのですが」

「正確にはすすむさんを呼んだのですが。……ま、良いでしょう。こういうのは頭数揃えた方が楽しさ倍増なので」


 かなでちゃんは何か言いたそうだったが、それでもため息を吐いてこちらを見つめてくる。


「今日はここでクリスマスパーティしますの。だからご招待ですわ」

「そうなんだ。……それにしては簡素だけど」

「だって実際は下の部屋でやりますもの。ここはあくまでお客様との談話室ですわ」


 ……なるほど、だから昔の俺はここに連れ込まれたんだね。また一つ賢くなったよ。


「どうするたか……アリスさん?」

「……ちなみに参加者は?」

わたくしと部下達、後兄様あにさまとその部下ですわ。散々見送っていた屍鬼かばねおにの祝勝会も兼ねておりますので」


 かなでちゃんは目を細め、俺の隣の天下一な美少女彼女を睨みつける。

 そういえばそんな話もあったな。この兄妹が忙しかったり高嶺たかねさんが渋ったり、今や公然の事実とはいえ一応俺達の正体は秘密だったりしたせいで何だかんだ延期になっていたあれね。

 

 相談しようと高嶺たかねさんを方を向くと、彼女は手振りでどっちでもいいと伝えてくる。

 俺次第かぁ。……まあ昨日散々イチャついたし、これはこれで楽しそうだからなぁ。


「じゃあ参加させてもらうよ。時間は? 何か手伝った方が良いことある?」

「まあ! でしたらしばらくここで寛いでくださいまし! 後で飾り付けでも手伝ってもらおうかしら!」


 俺の参加表明にこの上なく嬉しそうに体を揺らすかなでちゃん。

 そんなに嬉しいか。……嬉しいんだろうなぁ。俺も自分が企画したイベントに高嶺たかねさんが参加してくれたら嬉しいもん。多分そういうことだよね?


「ではわたくしも一足先に準備へ取りかかりますので、二人はこの部屋で好きにしてくださいませ! ……あ、それとこれはこの部屋の鍵ですわ。家賃はもうもらっていますので、休憩所としていつでもどんな用途にでもご利用くださいな」


 勢いよく立ち上がったかなでちゃんは、懐から何かを取り出してテーブルへと置いてくる。

 苺のストラップと部屋番号の付いた鍵。……ふむ、旅館かな? ていうか大事な物だよねこれ?


「……あ、そうだすすむさん。昨日のお願いなんですが、あれは一生ものなのでお忘れなきよう。そんな女に愛想尽かしたら、いつでもわたくしに言ってくださいね?」

「え、……え?」


 俺の返事を待たずして、かなでちゃんはるんるんに部屋から去ってしまう。

 昨日のって……あれか。……やっぱり不屈の魂持ってるよね、あの娘。


「昨日の約束とは?」

「……ま、気にしなくて大丈夫だよ。どうせ果たされるのは別れた後の話だから」

「……なるほど。では心配いりませんね。どうせ果たされることのない約束です」


 真顔で、当たり前のように、けれども自信を垣間見せながら微笑する高嶺たかねさん。

 ……なるほど。まったく、俺の周りの女ってのは眩しいくらいに強い奴なっかりだなぁ。


「……さて。ではこの空いた時間、何します?」

「ちょっと寝るよ。流石にちょっと休憩したいから」

「了解です。……残念」


 流石に体力の限界だと、ゆっくり寝転がり目を閉じる。

 何が残念なのかは置いておこう、うん。少なくとも、今日は夜まで勃たないかなぁって。

 

「ねえアリスさん」

「はい」

「好きだよ。殺したいくらいには」

「……知っています。そして私も愛してますよ、すすむくん」


 いくらでも言い足りないその言葉を伝えながら、ゆっくりと微睡みへと落ちていく。

 その最中、最後に感じたのは唇への優しい感触。紅茶が混ざりながらも、この数日のような一夜で覚えた、最愛の人の風味。


 ──ったく、叶わないなぁ。

 まあこれからもよろしくね? 俺が殺したいほど愛してしまった、高嶺たかね勇者アリス様?


────────────────────最後まで読んでくださった数少ない方々、本当にありがとうございます。


無事に最終話を迎えることが出来たのも、一重にお付き合いしてくださった方々のおかげだと思っています。

反省としましては、やはり途中で著しく読者が減ってしまった件ですかね。自身の実力不足を痛感するばかりで、どうにか次へと繋げていきたい部分でもあります。まあその辺りの話はこれくらいで。


最後になりましたが、感想や⭐︎⭐︎⭐︎、フォロー等をしていただけると今後の励みになります。作中で気になったことへの質問なども歓迎ですので是非気軽にどうぞ。

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【完結】高嶺の勇者を殺したい! 〜ある日ステータスを見れるようになった俺は、隣の席で異世界帰りらしい高嶺の花に脳を焼かれてしまいました〜 わさび醤油 @sa98

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