所詮は茶番な解決パート
幸せだと噛み締められる時間など、いつまでも続いてくれるはずもなく。
階段一つと廊下を歩き、ついに先輩は扉の前で足を止め、そこが目的地だと暗に告げてきた。
「生徒会室……?」
「そうとも。……んんっ、じゃあ行こうか」
先輩は軽く三回ノックしてから、返事を待たずにそのまま戸を開け中へと進んでいく。
中心には細長いテーブルが二つくっついており、それを囲うようにパイプ椅子が並べられている。
簡素ながらに清掃が行き届いていた部屋。特に目立つものといえば、部屋の奥にある明らかにこの部屋では浮いてしまっている、どっかの社長室にでもありそうな机と椅子だろうか。
まあそこは良い。正直ちょっと座ってみたいが、今肝心なのは内装などではない。
大事なのはこの部屋にあらかじめいた二人、そのうちの一人である脅迫犯の正体なのだから。
「お待たせ
「あーお疲れ。こっちも整ったからさ。それにしても、まさか本当に
「なんですその顔。私がいては不都合ですか?
「いやいや、俺は困らないよ。ただほらっ、この通り場が温まりそうだなぁって」
困ったように視線を向けるのは、まるでこの世全ての怨みをぶつけるがの如く俺を睨む男。
……はてっ、誰だっけこの人。どっかで見たことある気がするけど、記憶から名前が全然出てきてくれない。
何でこんなに睨んでくるのだろうか。そこまで恨まれるようなことをした覚えはないのだが。高嶺アリスの
「
「あーうん。確かに上野進は俺だけど……ごめん、お兄さん誰だっけ?」
思い出せなかったので尋ねてみたのだが、帰ってきたのは驚愕混じりで尚更に濃い殺意のみ。
顔こっわ。最早般若じゃん。どっかの芸人の持ちネタみたいじゃん。
そんな睨まれるようなことしてないけどなぁ。というか、今回は俺の方がそういう視線向ける権利あると思うだけどさ。……ま、今は向けないけど。
「……
「あーなるほど。確かにいたねそんなやつ。授業と
思い出した思い出した。あの謝ったらあの格好付けて忠告してきた先輩ね。……まじで黒幕だったんだ、びっくり。
「──さて。
パイセンはこちらからまく……黒幕の人をへ向き直し、まるで探偵みたいな姿勢で語り始める。
「まず始めに解消すべき疑問。それはあの
「……えっ、この人じゃないんすか?」
「答えはイエスでありノーなんだ。だって彼は直接あのゴリラに接触してはいないんだからさ」
へー。
「彼らはこう言った、我々の単位の犠牲になれと」
「言ってたっすね。……あれ、でもそれパイセンが到着する前に聞いた気がするけど?」
「げふんげふんっ! ともかくっ! 大事なのは単位って部分にあるわけさ」
ふーん。ふーーん?
「普通に考えてみれくれ。学生如きの頼み事で単位なんぞを対価に出来るわけがないだろう? 私立ならまだしもここは公立だぜ? 親が総理大臣や大会社の社長でも手を出しにくいであろう教育の場で、碌な後ろ盾もない一生徒が成績をひっくり返せるわけがないだろうよ」
まあ確かに。
「……先ほども言ったが、それなら俺はその件に関与してはいないだろう。こんな場は不毛だと思うのだが?」
「そんなこともないさ。君はやはり、ノーでもありイエスでもあるんだから」
パイセンの華麗な流しテクに、苦虫でも噛み潰したような顔になってしまう黒幕的な人。
勝手に盛り上がってるけど俺的にはどうでもいいなぁ。そこらの椅子に座っても怒られないかなぁ。
「そう、生徒には無理なんだ。ならば自ずと答えは限られる。生徒以上に学校に携わり、なおかつ成績に即座に関与できる立場にある人物ってわけだ」
「……教師?」
「その通り。というわけではい。これがさっき見せなかった、君が出せと強くせがんできた証拠ってやつさ」
これ見よがしに指を鳴らし、部屋内に小気味好い音を響かせたパイセン。
指パッチンに成功したからか、満足げに一枚の写真を懐から取り出してテーブルを滑らせる。
その写真を見て、ほんの僅かだがそのこわーい顔に歪みが生じてししまう黒幕的な人。
……しかしそちらで話すのは構わないけど、遠いから何の写真かがよく見えないんだな。仮にも俺、当事者なんですけどぉ??
「はい二人とも。これが同じ写真だよ」
「ありがと先輩。あそこのパイセンの五百倍頼りになるよ」
そんな俺と
多分同じ物なのだろう。うーん流石の気遣い力。先輩はきっと良いお嫁さんになるね♡ やべっ♡ 俺が言うと底抜けに気持ち悪いにセクハラ発言だわ♡
ちなみに写されていたのは、どっかの街中で遊んでいそうな学生に腕を抱かれるスーツの男性だった。全体的にピンクっぽい色合いだし、子供ご禁制の歓楽街だったりするのかな?
「にしてもこの男の方、どっかで見たことある気がするなぁ。……誰だっけ?」
「……化学の
「あーね。白衣で記憶してたからまったくわかんなかったよ。けど言われてみれば確かに……えっ、じゃあこれスキャンダルってこと?」
俺の反応に
……ごめん、流石に空気読めてなかったね。どうぞお構いなく続けてほしいかなって。
「スキャンダル。ま、一言で言ってしまえばその通りなんだ。この一枚で
……それはまあ、確かにそうだろう。
普通の社会人なら違うという話ではないが、こと教育の場においては不貞の噂すら致命的なはずだ。
未成年と遊んだなどと、そんな風に一度でも疑われた教師に誰が教わりたいのだろう。
仮に生徒が許容出来たとして、学び舎に子供を預ける親がそれが許せるはずもないだろう。
そういう意味では教師などという職は、公務員のくせにある意味ではナマモノなのだろう。
子供という悪魔の気まぐれに踊らされる水商売。無限に替えが効く重要視されない歯車。
逆転劇など訪れない。一度でも狙われてしまえば、待つのは醜聞と崩れ去る自らの人生だけ。
どれほど異能が蔓延ろうとも、所詮この世は
「……仮にこの写真の男が
「もうやったさ。
まるで黒幕的な人の言葉など予想済みだと言うように、パイセンは間を置かずに返答する。
「心理的脅迫のためなのかは知らないけど、先生自身に写真を持たせたことが仇となったね。それがなければ、もう二日くらいは手を焼いたと思うよ」
「……何を馬鹿な、お前の言うことはやはり仮定だ! その教師が、自らの罪を軽くするためだけに俺へ罪の一端を被せようとしただけに過ぎん!」
「どうだろうね。あの人、結構な愛妻家だし。……けれどふむ、好い虚勢だね。そんな君に免じて次に行ってみようか」
苛立ちのままに怒鳴る黒幕的な人に、パイセンは顔をにやつかせながら写真に指を差す。
……え、ちょっと待って。今さらっと流しかけたけど、
「彼女の名前は
「……くだらん。そんな下劣な女、存在しているだけで不快なだけだ。で、そのプロフィールがどうした?」
「そうかい? そんな悲しいこと言うなよ。せっかくの取引相手なんだからさ」
取引相手……? ああなる、つまりそういうことなん?
「いやぁ守秘義務の欠片もない娘でね。三枚ほどちらつかせたら快く話してくれたよ。君に
「……所詮は小金欲しさの口裏合わせだ。そんなビッチ女の証言に力などない、あるわけがない」
「まあそうだね。一応こちらとしては、どんな答えであれ正直に答えれば支払うと提案したんだけど、それでも君の言い分には一理あると思うよ」
黒幕的な人からの指摘に、何故かパイセンは素直に頷きを見せる。
それを認めてしまえば不利になるのはこっちのはず。なのに何故、そんな真似を……?
「さて困ったなぁ。実行犯の教師に共犯者の外部生。その全てが君の存在を肯定しているにもかかわらず、君を詰める確信的根拠が提示できないんだからさぁ」
「……それは当然だろう。誰がどう言おうと俺は無実。罪とは裁かれるべき人間にしか訪れないのだ」
これ以上は手詰まりだと、そう確信したらしい黒幕的な人に余裕を見せ始める。
正直証言二つだけで詰みだと思うのだが、これで勝ち誇られるのは被害者として随分と気分が悪い。
もう停学覚悟でぼこそっかなぁ。ああでも
「さて。くだらない話が終わったのであれば後退室願おう。狂言で人を陥れようとした方々よ」
「そうだねぇ。これ以上は
黒幕的な人はパイセンではなく、何故か俺へと勝ち誇った顔を向けて立ち去るように告げてくる。
……やっぱりわっかんねー。何でこの人はパイセンでも
正直謎は尽きないが、それでも聞くにはタイミングを逃したらしく。
パイセンは写真を回収し、ゆっくりと立ち上がってこちらへと歩いてこようとし──そして何かを思い出したかのように立ち止まった。
「何をしている。早々に立ち去──」
「あっ、そういえば何だけどさ? 君のお母さん、随分と独り身で苦労しているらしいね? 確かに勤め先が薬栄堂だっけ? 休日返上で息子のためにお金を稼ぐ、いやー立派だねぇ。一度過労で入院したこともあるらしいじゃないか。そんな人に、君はきっと足向けて眠れないだろうねぇ」
「……何が言いたい?」
「いやいや。そんな大したことじゃないさ。ただ忍びないってだけさ。そんな多忙な人に話を聞きに行かなきゃいけない、なんて考えるとさ?」
吹けば飛ぶような軽く薄い声色で、当たり前の事実を吐くようにそう言ったパイセン。
だが黒幕的な人の雰囲気が変わる。先ほどまでの余裕はどこへやらと、勝ち誇った態度は今にも飛びかかるんじゃないかと剣幕へと変貌していく。
「何でそんな顔をしているんだい? いくら疑念とはいえ九割は確信なんだ。保護者に確認を取り、君の無実が確実かを探るのは道理だと思うんだけどね」
「そ、そんなことは必要ない! これ以上、これ以上余計なことをするならこちらも考えがあるぞ!?」
「考え? 別に構わないよ。是非とも自由に対応すると良いさ。ただしその場合、いよいよ俺達も手段を考えないといけないね。……ねえ知ってる? 裁判ってお金掛かるんだよ?」
裁判と、その一言を聞いた途端焦りを醸し出す黒幕的な人。
そんな黒幕的な人を前に何がそんなに楽しいか、子供でもからかうみたいな楽しげな口調で話すパイセン。
鬼だ、鬼がいる。何が妹とは違うだ、こっちも充分性悪じゃねえか。むしろこっちの方が陰湿まであるだろこれ。
「やはり性格が悪いですね。食えない男です、
「……これ脅してるよね? あのパイセン、俺には穏便にやろうとか言ってたよな?」
まあ一学生が悪行を働く際、本気で司法の介入とか考慮するわけないよな。
何しろ思春期なんて多少策を講じれば全能感に溺れ、脅された相手は閉じこもるくらいしか抵抗手段のない多感な時期だ。俺も潜った修羅場がなければ泣き寝入り一直線だっただろうね。
けどあれ見てるとさ。百パーあっちが悪いのにこっちが哀れみを覚えてきちゃうよ。南無。
「
なるほど。親は子に似るって言うしね。きっと主従関係でもそれは間違いじゃないんだろな。
「何が言いたげだね?
「……わかった。全部話す、話すから……。だから母にだけは……」
「それは被害者の彼次第だね。……ま、心配はいらないさ。無罪とまではいかないだろうけど、正直な君に免じて俺からも頼んでみようじゃないか!」
パイセンはこちらに軽くウィンクをし、それから消沈する黒幕的な人の正面へと座り直す。
何だろう。ここまで全部あの人の掌な気がしてならないんだけど、絶対気のせいじゃないよね?
「さあ話してごらん? ……もう少しくらいは粘ってほしかったけどね」
……うん、絶対掌の中だわ。だってパイセン、そのため息は余裕あるやつしか出せないもん。
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