釣られてみたった

「ぷはぁ! いやー美味美味。やっぱ牛の飯は旨早の殿堂だねぇ」


 もやもやは以前晴れないけど、帰りがけの一杯で満足してくれたお腹を擦りながら、のんびりと家に向かってウォーキングに勤しむ俺。

 電車乗らずな食後のお散歩。後一~二時間もすれば訪れる夜ご飯に向けてお腹を整えながら、ぶらりぶらりと見覚えのあるようなないような場所を散策していく。

 

 どうせ今のステならちょっと飛ばせばすぐに家に着くのだから、いちいち焦る必要もなく。それでいて夕方で混み始める電車に乗らずも良いのだから、むしろ気分は健やかというもの。

 いやーぶっちゃけ戦闘なんかしている時よりも、断然こういうときの方ががステ様の恩恵を実感できるから良いよね。平和が一番ラブアンドピースだよ世の中は。


「……ん?」


 そんなこんなで歩いていると、ふと目に入った公園に何やら不確かな違和感を覚えてしまう。

 そこにあるのは何の変哲もないはずの公園。子供が遊び、近所の主婦共が井戸端会議と洒落込み、犬猫共があくびをしながら通り抜ける、そんな極々普通の光景しかない公共の遊び場だ。

 しかし感じてしまうのは、まるでそこにあるのにそこにないような、地続きな場所ではないというズレ。例えるなら、水の中にしかないはずの泡の中がそこにあるようだと、そんなふっわふわで曖昧だが覚えのある気配だ。


「……あっ、結界か」


 ちょっと気になったので脳みそを回してみれば、自称黄金他称灰色な頭脳さんがあっさりと答えを導き出す。 

 結界。以前かなでちゃん達と屍鬼かばねおにへ立ち向かったとき、あの化け物との影響を外部に漏らさぬよう張られた隔離世の構築、それに近いものなのだ。


 なるほど、あくまで目に見える日常の風景はダミー

 本命はこの裏で行われている何か。一般の方では気づけない、何とも都合の良い隠れ家というわけか。


「きひひっ……ちょうどいいや。腹ごなしの探検といきましょうかねぇ?」


 どうせあちらはそこにあるだけなので、ぶっちゃけスルーすることも出来るけど。

 久しくなかった面白そうな巡り会いに触手が動かないわけもなく。

 この胸のもやもやの気晴らしにもなるだろうと。体をくるりと右へ向かせ、まるで内側から風船を突き破るかのように薄膜を通過し、渦中であろう公園への進入を成功させる。


「……あれま」


 そこにあったのは、表とは真逆な静寂のみに包まれた無人の公園。

 空の色も、砂の感触も、遊具の数も、何もかもが一緒のはずなのにまるで別物のような空虚。そこにあるのにそこにはない、まさに仮初めの空間こそがこの場に抱ける感想だった。


 ──だが、唯一の例外としては、公園の中心に見える何かであろうか。

 

 恐らくは人。まるで公園で蟻の巣を眺める子供のように背中を丸める誰かの姿。

 まるでファンタジーの僧侶みたいな足をちらつかせる僧侶服に身を包み、地面を小突けばじゃらじゃらと音を鳴らすであろう錫杖を横に転がしている。

 ……大っきいな。チラリズムしている足と背中から推測するに、俺は愚か高嶺たかねさんよりも背が高いかもしれない。

 

 名称 シルラ

 レベル 35

 生命力 200/300

 魔力  300/350

 肉体力 大体150

 固有 希望の光 隔別結界 聖拳 翻訳

 称号 復讐者 越えた者


 一応の情報収集と、久しぶりに他人のステータスを覗いてみたのだが、なんだか物騒な数値と称号持ち。

 ……っていうか、称号は備考欄の管轄じゃないんだ。あれも遊びでつけてるものだと思ってたわ。


「あのー、なにやってるんですかー?」


 とりあえずは近づかなきゃ始まらないと、情報量皆無のシルラさんという人へ近づき声を掛けてみる。罠の可能性もあるので、一応魔力を体に通しながら。

 けれどシルラさんはなにも答えず。目の前に積まれた石へただただ膝を突き、両の手を結び合わせるのみ。


 所感だが、それは祈るというより、苦しみを吐き出しているかのように思えてしまう。

 教会で神に捧げるのではなく、懺悔室にて許しを乞う。そんな感じのしっかりとした、けれども小さく見えてしまう背中であった。


「あのー?」

「……祈っているのです。私が奪った命へ。無作為に摘まれたこの世界の命へ。そして、これから私が奪うもう二つの命へと」


 これは応じてもらえないのかなーと、回り込んで前からそのお顔を拝もうと思った瞬間だった。

 俺へと返されたのは優しく慈愛に満ちた、けれど後悔を滲ませた声。綺麗な声質なのに、最初に抱いてしまったのは悲しいと思えてしまう薄いガラス板のように儚い声の色だ。

 しかし言ってることが物騒だなぁ。命を奪っただのこれから奪うだの、自分で言うのもあれだが中々に厄ネタに首を突っ込んだかもしれんなぁ。


「ふーん。まあ随分と大仰な口振りだね。けどそんな野蛮な台詞セリフ、お姉さんみたいな別嬪さんには似合ってないよ」

「……いいえ。むしろ私にこそです。この地に訪れて既に五人。罪もないであろう人をこの手で殺め、自らの計画の糧へと踏みにじったのですから」


 シルラと名の付く女性は錫杖を手に取ってから立ち上がり、ゆっくりとこちらへ身体を向けてくる。

 褐色肌のその女性は案の定、俺よりも大きな二メートルあるかないかの背丈。そして豊満な胸に長い手足と、それを覆い隠す真っ黒な手袋とブーツを身に纏っている。

 そんな顔も日本人とは異なる彫りの深いはっきりとした造形である彼女は、灰を固めたような燻った白の髪を風で靡かせながら、濁った紅い瞳で俺のことを見つめてきた。

 

「そして今、貴方の命をも奪おうとしている。我が悲願の成就のために、六人目の贄として」

「へえ、どうして? それだけ自分に言い訳して、それでも成し遂げたい悲願って何なのさ?」


 ……どうやら誘い込まれたらしい。まったく、そそられずに素直に帰ってれば良かったぜ。


 若干後悔しながら影から金槌を取り出し、警戒レベルを一段階上げながらも問うてみる。

 すると彼女はこちらから背けるように目を閉じて、考え込むように黙ってしまう。

 ……攻撃のチャンスかな。いや、折角だから聞いておこう。互いに、特に俺が納得してからじゃないと戦いなんてやる気にならないからね。


「……復讐ですよ。私たちの世界を終わらせた、ある怪物を殺す儀式のため。そのためだけに、私は貴方を殺すのです」

「復讐ねぇ。なるほど、それはまた業の深いことだね。そんな敬虔そうな格好しておいて、人並み程度の激情に身を染めちゃうんだ」


 俺の言葉を受けたからか、彼女は目を開き、少しばかりの怒りを視線に乗せてくる。

 

「……否定は出来ませんね。この激情は我らが創世の三女神ミュスエルスの物でなく。あくまで怒りと願いに呑まれた私自らの意志もの。魂にまで刻まれた怨嗟こそが、最早私に残された唯一の生存意義なのですから」


 彼女の魔力が静かに揺らぐ。決して荒ぶることなく、されど大波のように力強い色濃さで。

 例えレベルを覗いていなくとも、上手く気配を隠していようと直感でわかる佇まい。最近刺激不足で鈍っていた本能も、飛び起きるように警告を鳴らしてくる。

 

 この鋭い感覚には覚えがある。昔、これに酷似した殺気を向けてきた相手にぼこぼこにされたのだから間違えるはずもない。

 この人は屍鬼かばねおにとの激闘以降、久しく湧いてくることのなかった強敵。俺を一歩上の領域へと押し上げる、命を掛けるべき相手だ。


 ……いいね。昂ぶってきちゃったよ。ちょうどもやもやが鬱陶しかったし、ちょうど暴れてすっきりしたかったところなんだ。


「しかし遺憾だね。もしかして、殺すって言われて為すがままだと思ってる? 今までの五人ってやつと一緒にしないでくれるかな?」

「……確かに他の方とは違うようですね。その荒れ狂う極上の魔力、恐らく総量は私よりも上でしょう」


 そうは言いながらも、彼女は何一つ動じることなく、構えることなくそこにあるのみ。


「ですが貴方の目からは驕りが窺えます。その緩みを持つ限り、私の敗北はあり得ません」

「……へえ、言ってくれるね。いいぜ。その宣言、早々に訂正させてやるよ」


 断言するような物言いに、俺の中の自尊心プライドが少しだけ刺激される。

 なるほど、どうやら随分と虚仮にされているらしい。そういう舐めプ、実際にやられると案外傷つくもんなんだぜ?


「最後に名乗りましょう。我が名はシルラ。元三神教ミルシア司教代理ビショップ。最早存在せぬ地女神の指先。この名に憎悪を抱きながら、我が独善の礎となりなさい」

「それはどうも。俺の名前は上野進うえのすすむ。帰りの寄り道ながら、貴女の悲願とやらを阻ませてもらうぜ」


 最早会話は不要だと。

 邪魔なブレザーを脱いで影に仕舞い、名乗りと同時に足下の影を伸ばして地を這わせる。

 ま、舐めてくれるならそれで結構。全力なんて披露させることなく、最速で詰みにしてやるぜ。

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