門前払いの復讐クロス

悩める子羊のように

 色々ありまくった夏休みも終わってからしばらく経ち、学内が文化祭の準備に煩くなってきた頃。

 クラスのみんなが浮かれながら準備を進める中、まったく乗り気になれない俺は、教室で行われている作業から抜けだし、一人いつもの場所の先──影通過によって合法的に侵入可能になった屋上に、わざわざブルーシートを敷いて寝転がっていた。


「……はあっ」


 実に気の抜けた、何とも情けないため息。淡い桃色な恋心を吐息に変える、おセンチメンタルな年頃少女のよう。

 最近はずっとこんな感じだ。ふわふわともやもやが募って活力が湧き上がらず、碌に勉強だの何だのの手が付かなくなってしまっている。言うなれば、遅すぎた五月病到来って気分だ。

 

 原因に思い当たりは……まあないこともない。というか、多分これだろうなって見当は付いていたりはする。それも二つ。 

 けれどそれがわかったとて、特に解決に繋がるわけもない。そんな程度で解決するのなら困ってないし、一つは割とどうでも良いことだからだ。


「……オープンー」


 名称 上野進うえのすすむ

 レベル 51

 生命力 450/500

 魔力  400/400

 肉体力 大体200

 固有 閲覧 表裏一体の片思い 影収納 影生成 影操作 影通過 変身

 称号 不可能に挑む愚者 死から帰った者 厄災殺し  


 原因の一つであるステータスを開き、やはり見当たらないそれにため息を吐いてしまう。

 備考欄がない。その事実に気付いたのは、九月に入ってすぐのこと。後回しにし過ぎてやりきれなかった課題の始末をしている際、何となく開いてみたときに発見したのだ。


 ……いや、まあ。別になくても支障はないし、正直悩むほどの問題じゃないのはわかっている。

 けれどあれはあれで便利だったのだ。他人の秘密から割と大事な情報まで、それこそ多種多様な種類の揃ったワンポイントアドバイス的な感じで重宝はしていたのだ。

 ほら、今まであったものが急になくなったらちょっとは落ち込むでしょ? あれと同じ感じよ……何て自分に説明しているんだろうな。


 とはいえそっちは割と本当にどうでも良くて、所詮は小骨が喉に支えたレベルなのだが。

 真に悩むべき問題はもう一つの方。割合で言えば、九一でこっちが勝るくらいちゃんとしたお悩み。

 そして目下作業中の教室にいたくない本当の理由。何なら学校にも来たくないって不登校の片鱗を持つようになった、唯一無二である要因についてだ。


「ま、そっちは良いんだけどさ。もう一つはなぁ……はあっ」


 更に大きなため息の後、空を流れる大きな雲の塊にその人物の面影を見出してしまう。

 高嶺たかねアリス。なんだかんだで随分と親しくなった気のする、異世界帰りの勇者様。

 彼女のせい……かどうかは置いておいて、彼女が悩みの種であることに間違いはない。

 幸か不幸か、夏休み明けに席替えをしても隣にいた彼女。以前なら手放しで喜べたのだろうが、何故か今はちょっと困っているのだ。


 ふと隣を見ると、どうしてか目を逸らしたくなってしまう。

 それなのに目が合うと背けたくなってしまうのに、ついふとした瞬間に彼女の方へ目を向けてしまう。

 そしてそんな有様だというのに、話しかけられると他の人より嬉しかったりするし、どうしてか言葉を選んでしまったりもする。


 我ながら欠片も意味の分からない行動。言動に一貫性がなく、自分らしくもないへっぴり腰だ。

 我ながら思う、心底きもいと。やっぱり思春期の女子並に不安定、結構な頻度で乱用している変身メタモルフォーゼのせいで心も女子女子してきたのかもしれない。

 

 ……まあ、くだらない冗談は置いておくとして。

 こうなったのは多分、あの花火大会の後から。花火を眺める高嶺たかねアリスの横顔から、つい目が離せなくなってしまったあのときからだ。

 

「恋でもしたってのか? ……っけ、ありえねえ」


 こんな行動の裏に潜んでいそうな、最も可能性が高く思える理由を速攻で吐き捨てる。

 恋? そんな淡いものなど持っていない。億一分の確率だってありはしない、そのはずだ。

 

 確かに見惚れたことはあるし、何なら中学の頃に抱いた初恋の対象は彼女だ。振り返っても微笑ましい過去だし、それは認めよう。

 けれど、今も尚俺が彼女に恋心を抱いているかと言われたらノーだ。ノーに決まっている。むしろノー以外はあり得ない。あくまで彼女に向けているのは、普通の友情と純粋な殺意だけだ。

  

 ……そうだとも。これはあくまで殺意だ。彼女の最期が、彼女の人生で最も深く刻まれたものが俺でありたい。その欲求のためだけに生まれた殺人欲、それこそが彼女へ向ける激情なのだ。

 

 なのに恋などと、思い上がりも甚だしい。もしも隣で姫宮ひめみやが聞いていたら、きっと鼻で笑っていたことだろう。

 だからこれはなし。このもやもやはもっと違う理由……その殺したいって部分に人並みの躊躇いでも生まれているとか、そんな凡人らしい倫理観と人道無視の齟齬なのだろう。


「……うん、考えても仕方ない。やっぱりそういうことにして解決にしておこっと」


 メンヘラじみた思考は四つ折りにしてカットカットだと。

 雑に切り上げてからゆっくりと立ち上がり、シートを片してから靴を履き替えて、全力ダッシュで校舎裏へと飛び降りる。

 窓のない壁の部分を選んだし、裏だからどうせ誰も見ていないしノープロノープロ。どうせ教室に戻らなずサボったところで、クラスの陽キャ共は俺のことなんざ頭の片隅にないまま作業に勤しむだろうからね。


「あ、あの……!!」

「は、はい……!」


 あ、人いるじゃん。やっべ。


「実は僕、貴女のことが──」


 人気のない校舎裏で、青春イベントに勤しんでいた生徒達の間に華麗に着地してしまう俺。

 ……これはあれか。所謂野暮極なお邪魔虫ってやつだったかな? しくったなぁ。


「……あっ、どうぞお構いなく。気にせず続けてくださいな」


 空から降ってきた俺に、告白そっちのけで呆然としてしまった男女に謝ってからその場を離れる。

 上野進うえのすすむはクールに去るぜ。……最初に邪魔したの俺だし、全然決まってねえや。


 まあ上から来たのは幻覚とでも思ってくれるでしょう。普通の人は落下してこねえからな!


「それにしても、あれ山名瀬やまなせ君だったっけ? 告白とは勇気あるなぁ」


 後は野となれ花となれ、と。後始末零の精神で歩きながら、男の方の名前を思い出す。

 あー羨ましい。こちらはもやもやが溜まる一方だというのに、あちらは文化祭目前の青春真っ只中。あれが上手くいけば、手を繋いで学内を一緒に回ったりしちゃうのだろう。嫉妬しちまうぜ。


 ともあれそんな平々凡々な妬ましさなど、今の俺にはこれっぽちも必要ないので。

 一人寂しく校門を潜りながら、気分を切り替えようとお腹と舌に欲しい物はないかと尋ねてみる。

 ……うん、今日は牛丼って感じらしい。まったく我が儘なやつめ。脳みそそっくりだぜ。

 

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お久しぶりです。もうほとんど人はいないと思いますが、今日から更新を再開したいと思います。

あまり書く時間が取れず、以前よりもペースは落ちてしまうかもしれませんが、それでもお付合いしてくださると嬉しいです。

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