かくして同盟の花は枯れ、二度と交わることはなく
道端にて、シルラさんに張られた結界の中、ついに始まってしまったリベンジマッチ。
けれど戦いはあの日と同じ一方的だった。……ただし、以前とは逆の形でだが。
「あの頃とは、別物ですね……!!」
「そりゃどうもッ!!」
以前との変化、いや成長に苦しそうに顔を歪めながら驚愕するシルラさん。
一方俺はあのときとは違い、冷静に攻撃を捌けきながら、その上で次の一手を考える余裕すらある。
どちらも昨日の戦闘の疲労は抜けておらず、万全にはほど遠いのは純然たる事実。
けれど、それでも。例えお互いにボロボロで、条件は同じだったとしても。
ここまで圧倒的な逆転が起きるなどと、果たして自らの変化を知っていた俺でさえ想像出来やしなかった。
名称
レベル 80
生命力 200/600
魔力 180/550
肉体力 大体250
固有 閲覧 表裏一体の片思い 影収納 影生成 影操作 影通過 変身
称号 不可能に挑む愚者 死から帰った者 厄災殺し
これが今の俺のステータス。あの戦いを乗り越え、更に成長した能力値。
一方のシルラさんはあの頃とほとんど変わっておらず、以前よりも生命力も魔力も減少しているのだ。これでどうして以前と同じ結果になるなどと、どうして思えるのだろうか。
それに数値だけの問題じゃない。それだけなら、ここまでの差は生まれるわけがない。
俺が経験したのは魔力の使い方、無数の死、多くの敗北。いずれも俺の糧と成り得るには極上すぎる苦く輝く思い出達。
例えレベルやステータスが上昇していなくとも、拳一つとて以前とは比べものにならないであろう。それだけの時間と苦労があったのだ。
……けど、そんな理屈めいた話ばかり並べても意味はなく。
この赤子の手を捻るような一方的な戦局差の原因など、そんな説明出来る理論などではないのだと、そんなのは目の前で悲痛に顔を歪めながら戦う彼女を見れば一目瞭然だった。
「くっ!!
「遅い。それじゃ隙だらけだよ」
長い腕で操られる二本のトンファーを両手で受け止め、空いた腹を蹴り上げて突き飛ばす。
トンファーを放してゴロゴロと地面を転がり、それでも倒れることなく腹を押さえてこちらを睨んでくるシルラさん。
その無様な、俺なんぞにここまでいいようにやられる因縁の相手を前に心は一向に晴れず。
むしろこの胸のざわめきを余計に逆撫でしてくるその光景に、苛立ちが増すばかりであった。
「なんだよそれ……。そんな醜態拝むために、リベンジしに来たわけじゃねえんだぞッ……!!」
「──げほっ、げほっ。それは、すいませんね……。生憎、これが私の限界ですよ……」
言いようのない憤りを不毛な怒号に変えてぶつけてみるが、シルラさんは息を乱すだけ。
なんだこれ。なんだよこれ。どうしてこうなっちまうんだよ。
こんな、こんな戦いですらない何かをしたいから、お前と一緒にいたわけじゃねえんだぞ……!!
「もっとちゃんとやれよッ!! 殺す気で来いよッ!! んな腑抜けた面して、泣きそうな面で俺に応じてんじゃねえよッ!!」
この叫びに意味などないと、俺の内に残る理性は理解している。……わかっては、いるのだ。
けれど抑えられない。抑えたくない。抑えたところで、意味なんかない。
戦いは結果が全て。その最中で雑念に悩まされるなら、それは相手の落ち度でしかない。そう納得してはいても、吠えざるを得なかった。
「出来る、わけがないじゃないですか……! 戦える、わけがないじゃないですか……!! だって貴方は、すーちゃんなのですから……!! 命の恩人に本気でなんて、そんなこと無理に決まってるじゃないですか……!!」
「──ッ!! じゃあ挑んでくるなよッ!! 復讐になんて走るなよッ!! てめえの都合で始めといて、てめえの気まぐれで終わらせようとしてんじゃねえよッ!!」
ついに言葉で収まらず飛び出し、怒りのままに脚をしならせ蹴り飛ばす。
シルラさんからの抵抗はなく、ただくぐもった呻きを上げ、そのまま弾かれる。今度は受け身すら取れず、仰向けで倒れるだけだった。
「俺が邪魔なら結界を解いて人に紛れればいいだろ……? 未熟な青二才を押しのける手段なんて、あんたならいくらでも思いつくだろ……? なのになんでそんな、そんなんなんだよ……?」
「……そうしても意味がないのは、貴方が一番分かっているでしょう? 私はすーちゃんを、同盟相手を過小評価なんてしていませんよ」
シルラさんは倒れたまま、まるで俺を窘めるみたいな優しい声色で返してくる。
それが何もかも諦めたかのように感じてしまい、思わず拳を強く強く、生暖かい血が滴り落ちてしまうほどに握りしめてしまう。
「……きっと、私はこうして倒されたかったんです。諦める理由がほしかったんです。あの私なんぞがどう手を尽くそうが指一本分すらの本気すら引き出せないあの娘に、何もかもを終わらせてほしかったんでしょうね」
納得したいと足掻くかのように呟きながら、シルラさんは動かずに魔力を霧散させていく。
まるでもういいのだと、これ以上は無駄なのだと。自らが自らを放棄するように。
「復讐なんて的外れなのはわかってました。けれど彼らの声は捨て置けなかった。例えイルカの言う通り、滅びは必然であったのだとしても、何も悪くない人々の願いを無碍には出来なかった。……いいえ、それは言い訳ですね。結局、私がただ弱かったのです。
自らの行動の根源など自殺願望の成れの果てでしかないのだと、彼女は自らを嘲笑う。
他者に最期に望まれ、意味がないと理解していながらも止まれなかった思いなき復讐者。哀れな願いの操り人形であったのだと、そう一人で納得してしまったのだから。
「……だったら止まれよ。そんな死者の妄念なんざほっぽり出して、好きに生きればいいじゃないか。貴女の、シルラさんの人生だろ……? 別の世界でまで縛られてまで、貴女だけが苦しむ意味なんてないだろ……?」
「……やっぱり貴女は優しいですね。だから私も、貴女だけは殺せなかった」
その賞賛は過大評価以外の何物でもないと、そう言いかけた口を強く食いしばってしまう。
だってそれは押しつけだ。たった一つを円満に失えただけの小僧の綺麗事なのだ。
……そうか。やっとわかった。俺は今、彼女に生きてほしいんだ。あの人でなしのイルカの言葉通り、知らず知らずのうちに絆されてしまっていたんだ。
「生き方なんてもう曲げられませんよ。私はシルラ、慈悲の名を賜り女神の指先となった者。例え我らの女神がそれを許そうと、奪った五人は戻らない」
だがそんな俺の内心などお構いなしに、状況は決定的に変化してしまう。
シルラさんは自らの名を紡ぎながら、再度魔力を練り直し、ゆっくりと立ち上がってしまった。
彼女の拳に宿るのは眩い白銀。美しき剣を思わせる、祝福と安らぎに満ちた暖かな光。
あれが彼女の奥の手。最初の邂逅からこの騒動の間に、俺が見ることの出来なかった彼女の持つ本当の力。
「これで最後です。我が道を阻む同盟者、共に戦った戦友かもしれない人よ。私を想うなら、どうぞ貴方自身の手で終わらせてください」
向かい合う俺と彼女の視線が重なってしばらく。
──嗚呼。やはり先に動いたのは、悲痛な面でありったけを絞る復讐者の方であった。
真っ直ぐに、音すら置き去りに突き進んで向けられる銀拳。
それが彼女の決意。止まることでしか曲げられぬ、シルラという女が定めた最後の意志。
ならば答えよう。踏みにじろう。それが俺が彼女に示すことの出来る、精一杯の
身を屈ませ、懐に入りながら振るわれた彼女の腕を強引に掴む。
そのまま彼女の勢いを借りながら放り投げ、なるべく衝撃を残さないように地面へと落とす。
殴る気がないのなら投げてしまえば良い。……この人が心身共に万全であれば、或いは殴らざるを得なかったかもな。
「俺の勝ちです。貴女が彼女を狙い続けても、何度だって俺が露払う。だから貴女の復讐は、ここで終わりだ」
「……ええ、私の負けです。嗚呼、これが私の結末なのですね」
上からはっきりと宣告する。それがこの、何も生み出さなかった因縁の終着点。
その返事のように完全に魔力を霧散させたシルラさんを確認し、俺も腕を放して魔力を解いた。
「……殺さないのですか?」
「殺さないよ。だって俺の手料理を最初に食べた名誉ある人間だぜ?」
ここが道路なことなどお構いなしに、倒れるシルラさんの隣へと腰を下ろす。
「……私は結局、何のために生き残ったのでしょうね」
「知らねえよ。これから考えればいいじゃん、死ぬまでに」
「……無責任ですね。非道い人だ、貴方は」
俺の返事の何が面白かったのか、シルラさんは一人くすくすと笑い出す。
その憑き物の落ちたような笑みは今までのどれよりも、あの買い物に行った日の彼女と同じくらい爽やかで軽いものであった。
「すーちゃ、いえあのときの……」
「すーちゃんでいいよ。例え偽りであったとしても、共に暮らした
「……そうですか。ならすーちゃん。貴方は失いたくないものはありますか?」
その質問は簡単であったが、唐突であったが故に少し考えてしまう。
失いたくないもの。真っ先に浮かんできたのは、やっぱりというべきか隣の席のあの
憧れで、友達で、大事な人。何を賭しても俺の中から消したくない、ただ一人の輝き。
……うん、他のものだって失いたくないけど、やっぱり一番はこれかな。
「あるよ。俺の命なんぞよりも価値のある、俺を刻みたいものが」
「……そうですか。ならば精々、失わぬように足掻くことです。この世に不変など、例え世界であろうとありはしないのですから」
シルラさんは俺にそう吐き捨てながら、身体を起こしゆっくりと立ち上がる。
「……何処行くの?」
「当てもなくです。どちらにしろ、二度と会うことはないでしょう。……もう、疲れてしまいました」
そうしてシルラさんはお腹を押さえながら、俺へと背を向け歩き出す。
「さようなら。……貴方との日々は、まるであの頃のように心地好かったです」
「シルラさ……、っ」
足を引きずりながら、それでも決して止まらず去っていく彼女。
その小さくなる背を呼び止めようとして──声は喉から出てくれず、やがて伸ばした手も垂れ下がる。
どの権利があって止められるというのだ。例えこれが最後の別れになるのだとしても、地獄のような棘道を阻んだ俺に彼女を止める資格などありはしないのだから。
「くそったれ。なあクソイルカ、これがお前の見たかった終わりってやつなのかよ……?」
後味の悪い結末に立ち上がる気になれず、もういないイルカに苦言を零しながら空を見る。
空は雲もあるが朝に相応しい爽やかな青。雲だらけの俺の心とは、まるで真逆の景色だ。
果たして俺はどうすれば良かったのだろうか。どのように彼女に関われば、もっとこの青空みたいな清々しい結末へ辿り着くことが出来たのだろうか。
いくら考えようが思いつきっこない。そんな希望に縋った理想の結末など、水や光を掴むが如き不可能事でしかないのだから。
──だが時間は、世界は待ってくれない。
所詮は一人の後悔など無価値でしかないのだと、無情に流れ過ぎ去っていくのだから。
ポケットに入れていたスマホが音を鳴らして俺を呼ぶ。
遅刻しないようつけていたアラーム。……もうそんな時間か。早いな、現実は。
「……じゃあな復讐者。俺も悪くはなかったよ」
主を失い、役割を終えて薄れていく結界の中で立ち上がり、俺もまた歩き出す。
方角は彼女とは逆。俺を待っていてくれる、未来であり日常の約束へ。心は未だ晴れずとも。
それから数ヶ月後のある日の夕方。二ユースにて一つの死体が発見されたと報道された。
発見場所はある県のある山の奥深く。現場にあったのは、身を包んでいたとされる修道服のみ。
身分証など身元を確認できる物はなく、背丈や骨格から外国人と推測されるも詳細は不明。
死体の状態から死因は餓死、或いは自殺であると推測。身元の確認を急ぐと共に、他殺の可能性まで考慮しながら捜査を続行するとのこと。
そんな珍しくもありふれたニュースを一人の少年は終ぞ知ることはなく、やがて時の流れと共にそれすらも忘れ去られていった。
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ここまで読んでくださった数少ない方々、ありがとうございます。
今話で四章は終わりとなり、この物語もいよいよ終わりが見えてきました。
残るところあと一章、もしくは二章になりますので、どうぞ最後までお付合いしてくださると嬉しいです。
最後になりますが感想や☆☆☆、フォローや♡の応援などいつでもお待ちしています。気軽にしていただけると嬉しいです。
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