出来れば会いたくなかったな
イルカが示し、私達が侵入することになった区立白坂小学校。
現在授業中のその場所は、これから襲われると思えないくらい穏やかで元気ある場所だった。
「……ここ襲うんですか? 端から見たら、むしろ私達が不審者なんですけど」
「事実そうだから仕方ないね。愛らしい僕はともかく、ほらっ、特に君はそんな格好だしさ」
私の苦言など意に介さず、イルカはいつものように愉しげにけたけたと笑う。
何故かいつぞやの
確かに顔がバレると今後のはいし……実益を兼ねた趣味活動に影響するのでこれくらいはやっていいとは思うが、それでも逆に怪しさてんこもりになってしまっていた。
「あ、ちなみに監視カメラ等々の映像媒体は幻術で誤魔化しているからね。君がこそこそと目論んでいる、アリスにでさえちょっと引いちゃうそうな
「──ぶっ!! 何故知ってるし!? ただ単に肉体の有効活用だしぃ!?」
いきなりすぎる暴露に思わず声を大きくしてしまい、イルカのヒレに口を押さえられてしまう。
……ちくしょう。何で俺が悪い感じになっているんだ。原因は、こいつが言い出したというのに。
「う゛う゛ん……!! そんなことはさておき、シルラさんの方は?」
「位置に付いたってさ。ま、役立たずでも見張りくらいこなしてもらわないとね?」
イルカの棘のある言い回しは無視しながら、その報告にひとまず安堵の息を吐く。
今回シルラさんはこちらに来るのではなく、何かあった際に外から監視する役割を担っている。
彼女自身は同行を強く要望してきたが、未だ万全とは言い難く、流石に戦闘の邪魔になりそうなので今回は頷けなかった。
「じゃあ改めて確認だよ? 今回、少年君の目的は?
「……この学校に設置されたとされる収集術式の解除、または破壊です。あれも一応記憶済みです」
とっとと本題へと戻されてしまったので、不満ながら昨日の結論を再確認するように言葉にする。
この学校に設置されているらしい術式の基盤を破壊すること。それが今回の任務である。
やることはそれだけだし、簡単そうだと思う人もいるだろうが、正直心臓はバクバクだ。
だってそうでしょ? 私の格好は今、あからさま過ぎる不審者なんですよ!?
もしもバレてしまい、その最中で顔を拝まれてしまえば、明日の一面には『変態ショタコン女、小学校へ進入する!!』みたいな醜態が世に晒されてしまうかもしれないのだ。これが落ち着いていられるかってんだ。変な
「心外だなぁ、バレないよ。もう少し僕を信用してほしいものだよね?」
「そうやってずけずけと人の心に踏み込んでくるからですよ。日頃の行いってやつです」
そうこう言い合いながら、昇降口から学校へと侵入しそのまま廊下を歩いていく。
しかし久しぶりに小学校なんて入ったな。別にここは母校じゃないけど、それでもなんとなく懐かしみを覚えてしまう。転校したりもしたし、中学校ほどまとまった思い出なんてないのにね。
そうして水道を通過しようとした矢先、何か不自然な気配を感じ足を止めてしまう。
一見世にも普通な蛇口が四つの水道だが、なんだかちょいと禍々しさが漂っている……気がする。
偏見だけど、こんな場所の水を飲んだら子供のお腹が痛くないそう。曰く付きだったりするのかな?
「……もしかして、ここですか?」
「せいかーい! よく自分で気づけたねー! 正直無理だと思ってたよー!」
イルカはまるで子供を褒めるような、大げさで舐め腐った賞賛と拍手を送ってくる。
まったく、こいつの中で私の評価はどこまで低いんだ。少しは侮らないでほしいんだけどね。
「ほら、そこ見てみな? ちょっと紋様が刻まれてるだろ? それが術式を構成する要素の一つだよ」
「ほーんこれがぁ……。確かにちょいと魔力がありますね。蛇口ごと壊せば良いんです?」
「そんな野蛮なことしなくて良いさ。ちょっと魔力付けて擦ってみ? それ、本当に刻まれているわけじゃないからさ?」
多少の怪訝はあるも、とりあえずは指示通りに魔力を指に圧埋めて擦ってみる。
するとあら不思議。つい先ほどまでそこにこびり付いていた傷が、あたかも何もなかったかのように拭き取れてしまうではないか。これには私もびっくりです!
「というわけで後六つだね! さあ、少年少女達の五時間目が終わる前にちゃっちゃかやってしまおうじゃないか!」
えっ、六つもあるの? それならこんなのろのろやってちゃ駄目じゃないかなぁ?
ちょっと焦りの心が芽生えながら、今度は少し早足ですぐさま行動を開始する。
イルカはナビする気がないようだが生憎不要、さっきので対象の気配は覚えたからね。後は皆大嫌いお使いクエストの幕開けよ。
人の少ないところから優先に、正直最初にしてほしかった校庭の裏の木にも立ち寄り。
そしてあれこやこれやと蜂の巣駆除の業者のように移動をこなし、気がつけば時間は二時前後。一コマ四十五分だったはずだから、そろそろ授業も終わりを迎える頃に突入してしまう。
案内図によると後は三階の図書室のみ。タイム的にはギリギリセーフってところか。
ささっとこなしてとっとと帰ろう。シルラさんの夜ご飯の献立も考えないといけないしな。
「──っ!?」
奴らの妨害もないし、流石にもう何もないだろうと気を緩めてしまった、その瞬間であった。
突如として発生した濃密な負の重圧。魔力を、そしてその先の生命力自体を吸われていく感覚。それは空気だというのに、のし掛り蝕む害虫のよう。
嫌な想像が脳裏を掠めてしまう。すぐに確かめるべく階段を上りきり、近場の教室を覗き込む。
「な、何これ……!?」
案の定、私の予想が的中してしまい、戸惑いからそのまま言葉が漏れてしまう。
生徒は愚か教師まで倒れており、小さく辛そうに呼吸をするのみ。まさに惨状と言っていい様。
苦しむ子供の姿を目にした私は、自らの失敗を強く実感し、歯が欠けそうな強く噛み締めてしまう。
何がシルラさんは足手纏いだ。何が俺の方が都合がいいだ。大口叩いといて失敗してんじゃねえか。
「おや、発動してしまったね。残念だ、一歩だけ遅かったかな」
私が心底戸惑っていると、黙っていたイルカがどうでもよさそうに呟いてくる。
その平坦な声色は、まるで知っていたかのように。最初からこうなってしまうのだと、自分だけはこの結末をわかっていたかのように。
『聞こえますか! すーちゃんさん、聞こえますか!?』
ともあれイルカに事情を聞こうと思った矢先、唐突に私の脳へ響いてくる声。
シルラさんの伝達魔法。昨日試したから知ってはいたけど、急に来るとびっくりしちゃうなぁ!
「大丈夫、聞こえています。すみません、失敗しました。外に変化は?」
『結界の展開以外は大丈夫です。奴らの姿もありません。ですが、予断を許さない状況かと』
でしょうね。私はともかく、中の人達にとっては一刻を争う事態でしょうし。
『私は外か……。聞こえ……』
「シルラさん!? ……あっ、切れましたねこれ」
ノイズと共に断ち切られる通話。スマホを確認してみるが、予想通り棒一つない圏外。
どうやら結界の外と中ではこれ以上の連絡は不可能らしい。ま、あの人携帯持ってないらしいから伝達魔法が切れた時点でアウトなんだけどさ。
「どうすれば解除できます?」
「最初と同じさ。結界の元はあくまで術印、最後の一つを消せばこの結界は消滅するよ」
イルカの答えを聞き、すぐさま駆け出し図書室へと向かう。
最早人の目を気にする必要はない。廊下を走っても怒る教師がいないのなら、せっせこ健気に隠れずとも最速ダッシュしてしまえばいい。
壁を壊さぬように速度を調整しつつ、何度も角を曲がってあっという間に図書室前へと到達する。
学校を包む気配よりも一際濃密な魔力。起動してると分かりやすい、この一時間の苦労が馬鹿みたいだなぁ!
いろんな感情は置いておいて、すぐに解除しようと戸に手を掛けようとした。
その直後だった。最近冴えてる私の第六感が、荒々しい魔力の襲来を予感したのは。
「──っ!!」
無意識レベルの咄嗟に魔力を込め、振り向くと共に飛来物を落とそうと拳を振り抜く。
拳とそれがぶつかった一瞬、廊下を貫き鳴り響く轟音。
まるで電気にでも触れたみたい……いや、手の痺れがその感覚を間違いではないと錯覚させてくる。
「よく弾きましたね。曲がりなりにも
その人物はこつこつと、ゆっくり堂々と廊下を歩き、こちらへと近づいてくる。
可憐な声など嘘みたいに、手の痺れなぞ比較にならない荒々しき魔力。
まるで雷がヒトの形を為し、この場へと降り立ったかのよう。それほどまでに強く熱く、そしてバチバチとひたすらに弾ける力の奔流。
……嗚呼、覚えている。覚えているとも。以前とは出力がまるで異なるが、それでも忘れるはずがないとも。
あれもまた昔
「……それで侵入者さん。その素敵な仮面の似合わない悪人さん。是非とも教えてくださいな?
そんな少女が俺に見せるときとはまるで違う、冷酷且つ苛烈な退魔師の目でこちらを射貫きながら、私の目的に立ちはだかったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます