第2話 消失の共犯者 中
辿り着いたのは、二階建ての一軒家だった。二人は植え込みの陰から一軒家を見上げ、肩を揺らしている。
「さあて。どうやって取り戻そうかな」
幸人が楽し気に言う。
その隣で、竹美はゼイ、ゼイ、と、息を荒げている。
「どうしたの?」
あっけらかんと言う幸人に、竹美は少しだけ怒った顔を向ける。
「あの人たち、まさか自転車に乗るなんて……。普段あんなに走る事はないから、仕方ないでしょ」
「ふうん。
「わけ分からない事言ってないで、どうするか考えてよ。取り返すというからには、何かプランがあるんだよね?」
竹美はやっと息を整えて、幸人に恨めしそうな顔を向ける。すると幸人は少しだけ悪そうな顔で、にこりと笑みを返した。
★
一方その頃、不良達は部屋の中で、ダラダラ飲み食いしながら他愛のない会話をしていた。
「なあ。この絵、作者不詳みたいだけど、高く売れるのか?」
不良の一人が肖像画を指して言う。
「まあ、それなりの値段にはなるだろうな。見たところ技術は確かだし、何よりも、込められてる情念みたいな物に力を感じる。オークションサイトで売っぱらえば、見る目のある奴はどんな事をしても欲しがる筈だ」
「ハッ。流石、芸術家先生の息子は言う事が違うな」
「あ? もう一回言ってみろよ」
金髪の不良のリーダーは、
「わ、悪かった。冗談だよ……」
睨まれた不良は脂汗を浮かべ、目を逸らす。
「それにしても、絵を売るってどうやるんだ? オークションサイトなんか使ったら、すぐに足が付くだろ」
他の不良の一人が言う。
「それなら心配するな」
そう言って、金髪のリーダーは携帯端末を取り出す。
「さっきカツアゲした女のだ。これを使えばアクセス履歴から足が付く事はない。ネットバンキングの口座もこの端末で作る。後は、そこら辺の馬鹿捕まえて出し子をやって貰えば足は付かねえ」
言い終わり、金髪は薄ら笑いを浮かべる。
あまりの悪辣さに、仲間の不良達も気圧されて沈黙していた。
その時だ。
「か、火事だ、火事だ!」
突然、窓の外から叫び声が響き渡る。
「なんだ?」
金髪は、窓から外を見て血相を変える。
この家の庭から、煙が上がっていたからだ。
「うおおおっ! おい、ヤベエぞ」
金髪は叫び、階段を駆け下りて庭へと向かう。仲間達も階段を駆け下りる。
庭には古タイヤが一つ投げ込まれており、景気よく燃え盛っていた。
「うわ。臭えっ! 水持ってこい」
金髪が叫ぶ。そうして、不良達は、大慌てで消火活動を始める。
不良達が庭で大騒ぎする一方、その家の階段をこっそり降りて来る者があった。
幸人は肖像画を抱え、不良がカツアゲした携帯端末も携えていた。不良達が消火活動で忙しくしている間に、部屋に忍び込んで取り返したのだ。
概ね旨くいった。後は逃げるだけ。
幸人は足音を忍ばせて玄関を目指す。だが……。
ギシリと、床が鳴った。
──しまった!
小さく呟いて、幸人は視線を庭へとやる。すると不良達が窓越しにこちらを見て、固まっていた。
「うおおおおおおいっ!」
金髪が怒声を上げる。
「わ。ヤバっ」
素早く玄関まで駆けて扉を開けると、そこには
だが、金髪ともう一人、連れの不良が家を飛び出して追いかけて来た。残りの二人は多分、消火活動の為に残ったのだろう。
竹美は足が遅い。このままでは追いつかれる……。
幸人はそう判断して、肖像画と携帯端末を竹美に託した。
「これを持って画材屋まで走って。事情を説明して、後は警察に連絡を」
「で、でも、真田君は?」
「追って来たのは二人だけ。だから今度は勝てる!」
「う、嘘だ。いくら空手をやってても、相手は高校生だよ」
「いいから、急いで」
「でも、
「
幸人が声を上げる。突然下の名前を呼ばれ、竹美は固まってしまう。
「信じるからね」
今度は、優しい声が竹美にかかる。
「……解った」
竹美は言い、全力で走り出す。その背中を見送って、幸人は不良達に立ち塞がった。
「……いい度胸だな。舐めてんのか」
追いついた金髪が、肩を揺らしながら言う。
「舐めてるんじゃない。覚悟があるんだ」
言い返し、幸人は空手のナイファンチの構えを作る。
「おい。遊んでやれよ」
金髪は、もう一人の不良に言う。
「どうして自分で戦わない?」
幸人は怪訝な顔をする。
「あのメスガキを追いかけるからに決まってるだろ」
言い放ち、金髪は駆け出した。幸人は慌てて手を伸ばす。だが、その目の前に、もう一人の不良が立ち塞がる。
「おめえの相手は俺だろ」
吐き捨てて、不良は回し蹴りを繰り出した。
★
数分後、竹美は商店街へと辿り着いた。あと百メートルも走れば画材屋に辿り着く。あと少しだ……。
自分に言い聞かせ、竹美は額の汗を拭う。そして再び駆け出そうとした。
刹那……。
「おっと。お前はこっちだよ」
背後から声がして。髪の毛を引っ張られる。金髪の声だった。竹美はそのまま引きずられ、人気の無い路地裏へと連れ込まれた。
「痛……離して!」
竹美は足掻く。
「命令してんじゃねえぞ」
言いながら、金髪は竹美を突き飛ばす。
竹美はアスファルトを転がって、壁に叩きつけられた。その腹に、間髪を入れず蹴りが叩き込まれる。
「うっ。が……」
痛烈な痛みにやられ、竹美は呻き声を漏らす。
蹴りは何度も飛んできて、竹美を打ちのめした。それでも竹美は這いずって、肖像画の上に覆いかぶさった。
「それ、何をやってるんだ?」
金髪が言う。
「お前なんかに、この絵は傷つけさせるもんか。絶対に……!」
「あ? だから、なんでお前がその絵を庇うんだよ。お前の物じゃないだろ」
「あの人が、幸人君が信じるって言った。だから、私は負けない」
「……は?」
金髪は首を傾げ、しかる後に再び、竹美を蹴りつける。それでも竹美は必死に、絵に覆いかぶさっている。その背中を、金髪が踏みつけにする。
「なんだお前等。付き合ってるのか? 彼氏に良い格好したいってか」
「そ、そんなんじゃ、ない……。あの人とは今日、初めて逢ったから」
「じゃあ、あいつはお前の何なんだ?」
問われて、竹美は暫し沈黙する。
あの人にとって、私は何なのだろう。私にとってあの人は? 私はどうして、こんなにまで幸人の期待に応えたいと感じているのか……。
逡巡する竹美の胸中に、一つの言葉が浮かぶ。
そして、竹美は大きく息を吸い込む。
「私は、あの人の共犯者なんだあああっ!」
竹美が叫んだ刹那、金髪は肩をぐい、と、掴まれる。そして振り返らされると共に、頬を
「ぐ、あ……」
金髪はアスファルトを転げ、呻き声を上げる。
それを見下ろしていたのは、真田幸人だった。
「大谷さん。大谷、竹美さん……」
幸人が背中越しに言う。
「は、はい……」
竹美はしおらしく返事をする。
「君の事が気に入ったよ」
「え?」
「君が好きだ」
「……え。え?」
「恋人に、なってくれる?」
そう言って、幸人は柔らかく微笑する。
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