第33話 幕間の衝撃 下





 幸人ゆきとは鋭く棒を振り抜いた。

 霧隠きりがくれ才華さいかは棒を潜りながら、鋭く、くないを伸ばす。幸人は首を振り、攻撃をかわす。そこへ間髪入れず、才華さいかが口から含み針を放つ。


「おっと」


 幸人は含み張りを潜り、攻撃を回避した。反撃の棒を振り抜くと、才華は軽やかに後方宙返りをして距離を取った。


 そして互いに、機先を探り合う形となる。


 ──霧隠才華は、ほぼ、間違いなく暗器術の使い手だ。スキルのランクは多分、Dぐらいか。だが、武器には毒が塗ってあるだろうから、掠っただけで負けるだろう。それだけではない。光から聞いた話によると、才華は忍術スキルの使い手でもある。だとしたら扱える属性は何で、どんな効果があるのか……。

 幸人は思考を巡らせる。その沈黙に、才華が言葉を浴びせる。


「本気でやりなさい。なんだか余裕って感じで気に入らないの」

霧隠きりがくれさんだっけ。君は、風魔から魔法契約で忠誠を強要されているんだよね? こんな事をして辛くならないのかな」

「……そういう事は考えるとおかしくなっちゃうから、考えないようにしてるの」

「やっぱりそうか。多分だけど、君は風魔を嫌ってるんじゃないかな?」

「だったら何? 本気を出さないのは貴方の勝手だけど、命令を受けた以上、私は全力でやらざるを得ないの。私の意思で手加減する事も、貴方を見逃す事も出来ないの。だから、死にたくなければ私を倒しなさい!」


 叫んだ霧隠才華の眼には、薄く、悲しみの色が滲んでいる。


「そう言われてもなあ。別に、霧隠さんに恨みがある訳じゃないし」

「そう。じゃあ、理由をあげる。羽柴はしば秀実ひでみを毒針で刺したのは、私なの!」


 才華は叫び、再びくないを突き出した。

 パッと、無数の残像が閃く。

 七回の連続突きを、幸人はギリギリ体裁きでかわした。だが、超、至近距離の戦いでは、軽いくないに分がある。


「くっ」


 幸人は慌てて飛び退くが、才華さいかは素早く踏み込んで間合いを詰める。

 速い──!

 幸人は仕方なく、素早く棒を回転させて連続突きを放つ。すると才華は飛び退いて、両掌を組む。そして印を結び、気合いを発する。

 何か来る!

 幸人は直感し、身構える


「臨む兵、闘う者、皆、陣列を為して前に在り。風遁ふうとん、突貫かまいたち!」


 才華が叫ぶ。その瞬間、幸人の目の前の大気が、ぐにゃりと歪む。歪みは、素早く幸人へと迫る!


「おおっ!」


 幸人ゆきとは気合いと共に、眼前に棒を振り降ろす!

 どむ。と、重い手ごたえがあり、パァンッと、何かが破裂する。次の瞬間、風が幸人を駆け抜けた。


「……痛」


 幸人は苦痛の声を漏らす。肩や太腿の服が裂け、軽く出血している。


「驚いた。初見で突貫かまいたちの術を破るなんて。でも、調子に乗らない方がいいの」

 言いながら、才華は再び印を結ぶ。

風遁ふうとん風纏かぜまといの術!」


 叫ぶなり、才華はくないを振り抜く。少し間合いが遠い。が、幸人は危険を感じて身を屈める。すると、幸人の背後の窓が、スパッと切断された。


「もう逃がさないの!」

 才華は続けてくないを振る。


 連続の斬撃から、風の刃が飛ぶ。

 幸人は素早く左右にステップを踏み、ギリギリ攻撃を回避する。そこへ、才華がもう片腕を振る。その指先からは細いワイヤーが伸び、幸人の首元へと迫る。幸人は咄嗟に屈み、ギリギリでワイヤーを潜る。髪の毛が少しだけワイヤーに触れ、切断された。


 通路は、風の斬撃とワイヤーの攻撃で、壁がえぐれてボロボロだ。

 幸人は内心、冷や冷やしていた。才華は素早い上に忍術まで使う。忍術は、幸人が苦手とする面制圧めんせいあつ系の能力。しかも頭まで使って来る。

 手強い……。


「どうしてちゃんと戦わないの。逃げてもじり貧になるだけ。私が憎くないの?」


「もう、勝負はついたからね。今頃、光はとっくに薬草を仲間に届けてるよ。僕たちの勝ちだ。それなのに、何故、君は憎まれようとしているのかな? もしかしたら、僕に倒されて死ぬ事を望んでいるんじゃないのか?」


「だったら何? 貴方は逃げられない。私は自分の意志で攻撃を止める事はできないの。それを哀れと思うなら、ちゃんと闘うの。私を終わらせるの!」


 才華さいかは叫ぶ。その眼には、ついに涙が滲む。

 魔法契約という物は、かくも厳しく人を縛るのか……。幸人の奥底に、悲しみと怒りとがないまぜになった感情が沸き上がる。


 そうして、幸人と才華は同時に踏み込んだ。


 くないが、幸人の胸に伸びる。ガシリと、幸人は才華の両腕を掴む。そして、そのまま壁の鏡に、才華の身体を押し付ける。すると才華は含み針を飛ばした。が、一度見た技だ。幸人は兆しを読み、首を振って含み針をかわす。更に、才華は身を捩り、中段蹴りを放つ。幸人は素早く踏み込んで、蹴りの威力を殺す。

 幸人は、身体ごとぴったり才華にくっついて、壁に押し付ける形となった。


「う……うわああっ」


 才華は苦し紛れの声を上げ、幸人の肩に噛みついた。その眼からは、止めどなく、涙が伝っている。


「そんなに辛いのに、戦いを止められないのか……」

「たす、けて……」


 初めて、才華が本音を呟いた。


「……わかった。僕は君に味方する」


 幸人が言った次の瞬間、才華が「あっ」と、声を漏らし、白目を剥いてぐったりと項垂れた。

 気を失ったのだ。

 幸人の眼の前の鏡からは、妖精カレンがにょっきりと上半身だけを出していた。カレンは、昏倒こんとうの針を才華の頭のてっぺんに突き刺している。幸人は腕の紋章を鏡に映し、カレンを呼び出したのである。


「必殺、脳天串刺し突き……でしゅ!」


 カレンが、渋みのある風の言い回しで言う。が、渋みをかもし出せていない。


「うんうん。助かったよ、カレン」


 幸人は、指先でカレンの頭を撫でる。するとカレンは鏡から飛び出して、再び針をかざした。


「ふっ。必殺、脳天串刺し突き……でしゅ!」

「うん。前も言ったけど、どうして二回叫んだのかな?」


 幸人はカレンにツッコんだ。



 ★ ★ ★



 じわりと、秀実ひでみは目を開けた。


「秀実ちゃん!」

「秀実……」

「羽柴さん」


 一斉に声がかかり、仲間達が駆け寄る。ひかりは涙を浮かべながら、秀実の手を握る。


「光、さん……皆さんも。どうしたっすか?」

「秀実ちゃんは毒針で刺されて死にかかっていたのよ。でも、せんりちゃんがスキルを使って治療してくれたの。上杉君達も協力してくれて助かったのよ。もう、死んじゃうかと思ったんだから!」


 光は声を震わせて、秀実の頭を撫でまくる。せんりも、薄く涙を滲ませている。


「光さんと真田さんが、羽柴さんの為に薬草を取りに行ってくれたんですよ。それで、真田さんは戦って怪我までしたんですから。後でちゃんとお礼を言ってくださいね」


 せんりは、涙ながらに説教を開始する。秀実は、目に映る仲間や上杉たちに、ぺこぺこと頭を下げた。


「ごめんなさいっす。行列に並んでたら、急に後ろからチクリとやられちゃったっす。今後は気をつけるっす……」


 秀実も、ちょっぴり涙を滲ませる。見守っていた上杉うえすぎ直江なおえも、優し気に微笑を浮かべていた。

 暖かに笑い合う仲間達の中、幸人だけが、冷めた顔をしていた。その胸にあったのは、強い怒りの感情だった。


 他人を魔法契約で縛り、無理やり従わせて望まぬ戦いを強要する。それどころか、霧隠きりがくれ才華さいかに命令して秀実までもを傷つけた。風魔ふうま小次郎こじろう、どう、料理してくれようか……。

 幸人の怒りの気配に気が付いたのは、光だけだった。



 ★ ★ ★



 一時間後、第二回戦が始まった。

 チーム明智の面々は、第二回戦に出場するために、闘技場の舞台へと上がった。ただ、そこに羽柴はしば秀実ひでみ霧隠きりがくれ才華さいかの姿はなかった。


 対抗戦の規定では、怪我や病気を理由にチームに欠員が出た場合、補欠を出場させる事が出来る。なので、チーム風魔は霧隠才華に替わり、補欠を出場させる事にした。一方、チーム明智に補欠はいない。舞台に上がったのは、幸人、光、せんりの三人だけだった。


 風魔と明智、両チームとも分霊を終え、化身アバターに意識を移した。そうして、チーム同士が舞台で睨み合う。

 進行役の寧々ねねちゃんが、マイクを手に声を張る。


「えー。今回の試合は、チーム風魔の提案により、決闘として扱われる事になりましたあ! チーム風魔の要求は、なんと、チーム明智全員の、風魔小次郎選手への忠誠と服従です。対するチーム明智は、何を要求するんでしょうか?」


 寧々ちゃんが言い終わると、実行委員が魔法契約書を持って舞台へと上がって来た。


「何を賭けても良いぜ。才華さいかが戻って来なかったのが気になるが、羽柴秀実の姿もない。それは、お前達が事態に対処出来なかった事を意味しているからな」

 風魔が、ニヤケ顔を浮かべて言う。


「そうだね。要求については深く考えていなかったな。風魔君が書いてる間に決めるから、先に契約書にサインしててよ」

「ああ。勝つのは俺だからな。解ってるよな? 真田……」


 幸人と風魔は言い合って、契約書にサインをする。風魔がサインを終えた時、幸人の口角が微かに上がった。続いて、幸人も契約書に要求と名前を書き込んで、実行委員に手渡した。


「契約が交わされました! では、互いに位置について下さい」


 寧々ちゃんのアナウンスを受け、チーム明智とチーム風魔は舞台の両端に陣取る。

 チーム明智は互いの顔を見て、静かに頷き合う。風魔の顔には余裕の薄笑いが漂っている。


「では、二回戦第一試合、始め!」


 試合開始の合図がかかり、チーム風魔は一斉に手裏剣を放った。



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