第34話 天下布武 上




 風車型の塊が、空を切る。

 無数の手裏剣が、幸人ゆきとへと襲い掛かる。幸人は素早く棒を振り回し、ガツリ、ガツリ、と、全ての手裏剣を叩き落す。

 残像を残す程の早技だった。


「お? おいおいおい。おいおいおい! どういう事だ真田! お前、ちゃんと負ける気あるのかあ?」

 風魔ふうまが苛立ちの声を上げる。


「ゴメン、ゴメン。手裏剣が怖くて、つい、条件反射で叩き落しちゃったんだ」

 幸人は、てへっ。と、ベロを出す。


 幸人と風魔が言葉を交わす一方で、せんりが、魔法の詠唱を始めている。


「ゴメンじゃねえだろ。それにそいつ、なんで魔法の詠唱してるんだ?」

「え? それは決まってるじゃないか。君達を倒す為だよ」

「真田、お前……!」


 風魔は怒りを発し、背後に声をかける。


「切り札を晒す事になるが、こうなったら仕方ねえ。やっちまえ!」


 風魔が叫ぶ。すると、風魔の後ろにいた女子生徒が進み出て、ポケットからいくつものサイコロを取り出した。

 女子生徒は、サイコロを幸人めがけて投げつける!


 幸人の作戦でたった一つの不安要素は、チーム風魔のバックアッパーの能力だった。

 チーム風魔の構成は、三人が忍者でアタッカー。バックアッパーの能力に関しては不明である。ただ、光から聞いた話によると、その生徒はナーロッパ帰還者ではない。シャングリラ能力者である。もし、チーム風魔のバックアッパーが攻撃的な超能力を持っているとしたら、その能力の攻略こそが、この戦いで最大の難関になると思われた。


 投げられたいくつものサイコロが、空中で一気に大きさを増す。それは、一瞬で七、八メートル程の大きさになり、幸人へと降り注ぐ。だが……。

 キュン! と、音が鳴り響き、上空から、水の剣が放たれた。剣は、マシンガンの弾丸のように、巨大なサイコロを貫いてゆく。サイコロが粉々に砕け、幸人が、破片を打ち払う。役目を終えた水の剣はただの水に姿を変え、舞台一面に広がった。


「幸人が時間を稼いでくれたおかげで、水を運ぶのが間に合ったわよ。ここって少し海から遠いから、毎回、面倒なのよね……」


 と、光が幸人にはにかんだ。闘技場の上空には、巨大な水の塊が浮かんでいた。


「ハッ。水が来たらなんだ? うちのバックアッパーの能力なら、そんな物は一瞬で、雨粒程度のサイズに出来るんだぜ。池田せんりが使う魔法も、どうせアースアーマーなんだろ? 使ってみろよ。一瞬で小型化してやるさ」


 と、風魔が余裕を滲ませる。


 ──つまり、チーム風魔のバックアッパーの能力は【物体の大きさを変える】能力か。それは確かに大変な脅威だ。発動条件も分からない。

 でも……。

 幸人は考えを巡らしながら、おもむろに腕のスカーフを解く。そして紋章を足元の水溜りに映す。


「何をする気か知らねえけど、させるかよ!」


 風魔は咄嗟に、無数の手裏剣を放つ。手裏剣は幸人目掛けて一直線に飛ぶ。

 ドン!

 突然、謎の衝撃音が響き渡る。すると、衝撃音と共に、風魔小次郎を除く、チーム風魔の三人が、同時に後方へと吹っ飛んだ。

 三人は、ドカリと、客席の壁に叩きつけられて落下する。風魔が投げた手裏剣も、全て、弾き飛ばされた。

 吹き飛ばされた三人の内、チーム風魔のバックアッパーは、落下と同時に光の粒子に替わり、砕け散る。


「な、何が!」


 風魔が状況を呑み込むより先に、水の剣が、倒れている忍者二人に襲い掛かる。水は、キュン。と、鋭い音を響かせて、二人の忍者を貫いた。貫かれた忍者も忽ち、光の粒子へと変わり、消滅する。

 光粒子フォトンが上空へと立ち登り、大気へと霧散する。風魔はそれを見上げ、戦慄の表情を浮かべていた。


「残るは、風魔小次郎。君、一人だけだね」


 幸人が、冷徹な声で言う。風魔はやっと状況を飲み込んで、表情を引きつらせる。


「どうして、お前がここに居るんだ……!」


 風魔の顔に、更なる怯えが浮かぶ。その視線の先には、羽柴はしば秀実ひでみの姿があった。秀実は、水溜りの水面から上半身だけを出して、衝撃波の構えを作っている。

 そう。

 秀実ひでみはずっと、幸人の紋章の異空間に身を潜めていたのだ。そして、幸人は水に紋章を映し、秀実を召喚したのである。


「よっと」

 秀実は、水溜りから這い出て、ゆらりと立ち上がる。

「どうしても何も、自分が無事だからに決まってるじゃないっすか。あんたさんの企みは、失敗したんすよ。風魔さんは人の良心を甘く見過ぎたっすね!」


 秀実が、得意気に言い放つ。


「は、反則だ! こんな事、認めて良い筈がねえ!」

「いいや。ルールに合致しているよ。『五つ。何らかの方法によって召喚されたは、メンバーに含まない。』。忘れたのかい? ルールは、召喚する対象を異界の存在と限定していない。何を呼び出しても構わないんだ。そして秀実がやる事は、僕の魔法効果って扱いになるのさ」

「さ、真田幸人おおおっ!」


 風魔が叫び、幸人と睨み合う。

 その直後、上空の水の塊が広がって、ドーム状に舞台を覆った。


「この水のバリアーはね、攻撃の為じゃない。観客に被害を出さないための措置そちよ。意味は解るわね?」


 言いながら、光が視線を滑らせる。風魔も恐る恐る、光の視線を目で追った。


「天に星あり地に陣列あり。大地のことわりは次元の境界を揺るがしたり。那由他なゆたの時空を超えて聴け。池田せんりの名において命じる。盟約の鎖もて領界の狭間より力を示せ! 強固なる大地の鎧よ、直ちに顕現けんげんせよ。アースアーマー!」


 せんりが詠唱を終え、アースアーマーの魔法を発動させた。


 ドッ。と、せんりの周囲の舞台が盛り上がり、せんりの姿を覆い隠す。次の瞬間、ぐぐぐ、と、金属の塊が、せんりがいた地点から上昇する。

 それは、強大な頭部だった。頭部に続き、胸、腕、腰、足が現れて、それは立ち上がる。見た目はせんりそのものだった。違うのは、光沢のある、金属の身体だという事。制服のデザインや、微細な服のしわや表情までもが忠実に再現されている。そして何よりも、大きい。身長は、二〇メートル近くはあった。


 ドシン。と、巨大なせんりが踏み出した。すると幸人の背後、水のバリアーに、小さな通路が出来る。幸人たちはそこから外に退避して、通路は閉じられる。

 水のドームの中には、風魔と、せんりだけが残された。


「う、うわあああっ! な、舐めるなよおおおっ! 奥義、大火炎風魔手裏剣!」


 風魔は怒声を発して、背に負った大型手裏剣を放つ。手裏剣は空中で強い火炎を帯び、せんりへと飛ぶ!

 カーン。と、音が響く。

 せんりは蠅を払うようにして、手裏剣を払いのけた。そして、風魔手裏剣が落下する。


「……だよねー」

 光と幸人が同時に、棒読みの声で言う。


「じゃあ、今度はこっちの番ですね?」

 せんりはほんのり微笑を浮かべ、巨大な足をふり上げた。



 ドカアンッ! ドカアアアンッ! ドゴ。ドゴオオオオン! バキバキ。メキャ。ドン。ドドオオオン! ドカ。ドカドカ! ドカアアアン! バカン! グシャ。バキ。ドゴオオオオン! ドシン! ドカアアアン!


「ぶが。ぶぎゃああああ。やめで。やめて止めて! 俺が悪がったがらあああああ! 許してくれえええ!」

「あはは。あははははは! 惨めですね。まるでゴミ屑みたい。駄目ですよお。まだちょっと手足が折れただけじゃないですか。うふふ。そんなに逃げ回ったら捻りつぶせないでしょ。困った人ですね。うふふふ。えい!」

「あぐっ! ぐばああっ! だのむ、だずげ……ぎゃあああ!」

「きゃあっ。なんか興奮しますう。そんな可哀そうな眼で見ても駄目ですよお。そんな顔をされると、なんだかもっと高ぶってしまって……あんっ。はあはあ……。やる気出ちゃいます! あはっ。えい!」


 ドカアアアンッ! バコ! ドゴン! メキメキャ。ドゴンドゴン! ドシン。ぐしゃ。ベキャ! ドン。ドゴオオオン! ドシン! ドスン! ぷち。ドゴドゴオオオンッ!


 舞台からは、風魔の絶叫とせんりの狂気、そして、破滅的な音だけが響き渡っていた。


「うわあ……」

 幸人が、茫然と、せんりの後ろ姿を見上げている。


「せんりちゃんって、時々、凄く怖い時あるわよね」

 光も、戦慄の表情を浮かべている。


「自分、もう、あの揶揄からかううのやめるっす……」

 秀実も恐怖を浮かべ、呟いた。


 やがて、せんりが「えいっ」と、風魔を握りつぶし、風魔は光粒子フォトンとなって消滅する。

 チーム明智の面々も、大勢の観客たちも、あまりの凄惨さに言葉を失い、闘技場は静まり返っている。舞台は粉々に砕かれて、瓦礫の山と化していた。


「しょ、勝負あり……。勝者は、チーム明智です……」


 進行役の寧々ちゃんが、震える声で言う。その途端、一斉に、観客たちの歓声が上がった。



 ★ ★ ★



 チーム明智の面々は、化身アバターから、元の肉体へと戻った。

 チーム風魔も本来の肉体へと戻り、決闘管理役員から呼びつけられる。

 チーム明智とチーム風魔は、舞台裏で再び顔を合わせた。


「決闘の勝者はチーム明智。これにより、魔法契約が発動します。契約内容は『風魔小次郎の、真田幸人への絶対の忠誠と服従』。です。異論はないですね?」


 委員の生徒が言うと、風魔の顔に驚きが浮かぶ。


「真田、お前……俺を嵌めたのか!」

 風魔が、目つきを鋭くして言う。


「何か文句があるのですか?」


 せんりが微笑に怒りを潜ませて、風魔に視線を向ける。すると風魔は「ひっ」と、声を発し、他のメンバーの影に隠れた。ちなみに、風魔は何故か、下だけ、学校指定のジャージに履き替えていた。その理由について、幸人は考えないでやる事にした。


「ま、そういう事だから、君には覚悟してもらうよ。風魔小次郎君」

 幸人も、不気味な微笑を風魔に向ける。


 風魔は、ゴクリと、唾を呑み込んだ。




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