第35話 天下布武 中




 ★ ★ ★



 チーム明智とチーム風魔の面々は、休憩室へと移動した。


「お手」

 幸人ゆきとが真顔で言う。


 風魔ふうまは、苦悶の表情を浮かべながら、幸人にお手をする。すると幸人は爽やかな微笑を浮かべ、更に「おかわり」を要求する。風魔は肩をぷるぷる震わせながら、幸人の要求に応える。


「くっ。真田、お前……」

「あれ? それが忠誠を誓っている相手への言葉かな?」

「ぐ。真田……さん」

「よしよし。じゃあ、次は三回廻ってワンと言ってごらん」

「そ、そんな事、する訳が……」


 言いながら、風魔は三回廻り「ワン」と吠える。


「ううむ。魔法契約って凄いんだね」

 幸人はやけに楽しそうに、風魔の頭をぽんぽん撫でてやる。


「それよりも真田様。お手、お回りときたら、次はアレじゃないっすか?」

 秀実ひでみが、妙に興奮した調子で言う。


「ん? アレ? あれって何かな」

「それは……アレっすよ。その、わんわんにやってもらう芸と言ったら、お手、おかわり、三回廻ってワンときたら、そのアレっす」

「ううん。ちょっと分らないな。はっきり言ってごらん?」

「それは、その……」


 秀実は、顔を赤くして下を向く。幸人は秀実の顎に指先を伸ばし、くいっと視線を上げさせる。そして、耳元に口を寄せる。


「どうしてそんなに赤くなってるのかな? ほらほら。僕に解るように言ってごらん。命令だよ。秀実……」


 幸人が囁くと、秀実は顔を真っ赤にして口を開く。


「ち、ちんちん……」


 秀実が言うと、幸人は「ぷっ」っと、噴き出して、意地悪な視線を風魔に向ける。


「ふふ。そうだね。言われてみたら、僕も見てみたくなったかも……」


 嗜虐的に言う肩を、ひかりがバシッと引っ叩く。


「馬鹿ね。いつまでも遊んでないで本題に入りなさい!」


 光も少々、顔を赤らめている。

 幸人は光に言われ、コホン、と、咳ばらいを一つ。そして、厳しい表情を浮かべる。


「じゃあ、風魔ふうま小次郎こじろう君。正式に命令を下すよ。まず、君は今後二度と、悪事を働いてはいけない。法律が禁じていないからやって良いとか、そういった言い逃れはナシだ。道徳的に悪い事は全て禁止する。そして、善行は自ら率先してやる事。但し、自分や周囲の、守るべき人を守る為に勇を振るう事は許す」

「ぐ……それは……」

「返事は?」

「……はい。心得ました」

「よろしい。次に、風魔君がこれまで魔法契約を交わした相手にした命令を、この場で直ちに解除してもらう。文句はないね?」

「ぐ……承知、しました……」

「よろしい。では……」


 幸人はそう言って、紋章を近くの鏡に映す。すると、鏡が仄かに光り、鏡面から霧隠きりがくれ才華さいかが姿を現した。

 才華さいかは縄で縛られた状態で床に転がり、顔を真っ赤にして幸人を見上げた。


「え。これは……幸人。あんた、この娘に何をしたの?」


 光の顔に戦慄が浮かぶ。光は、幸人に嫌悪の視線を突き刺した。幸人は幸人で、才華さいかの状態を見て焦りを浮かべる。


「こ、これは亀甲きっこう縛りですね……真田さんにこんな趣味があったなんて……」

 せんりも、呟いて半歩下がる。


 そう。才華さいかは何故か、亀甲縛りにされていたのである。


「ち、違う。違うんだこれは! 誤解だ。僕はやってない!」


 焦る幸人の瞳に、秀実ひでみの姿が映る。秀実は何故か、ゆっくりと視線を逸らした。

 幸人はゆらりと秀実に歩み寄り、頬っぺたをキュッとつまむ。


「ひ・で・み、ちゃああああん。どうして目を逸らすのかな? 君の仕業だよね? どうして黙っているのかなあ?」

「しゅ、しゅみませんっす。だ、だってだって、その怖かったっす。自分、真田様の謎空間で、ずっと才華しゃいかしゃんと二人きりだったんすよ? 縄の縛り方も甘くて今にも抜け出しそうな感じだったし。可哀しょうに思って猿轡さるぐつわを外したら、悪口を言って噛みつこうとしたっす。だから、才華しゃいかしゃんをしっかり縄で縛っておかなきゃって……」

「だからって、こんな卑猥ひわいな縛り方する必要はないだろ?」

「だって、それはその……縛り始めたら楽しくて、つい、止まらなくなったっす。てへ……」

「ぐ。まあ、事情は分かったよ。秀実には後でお仕置きだ」

「は、はい! お仕置き……はあはあ……。だ、大歓迎っす……!」


 秀実は何故か余計に興奮して、陰鬱な吐息を漏らす。一方、幸人は頭を抱えながら、風魔に命令を下す。


「じゃあ、風魔君。命令を実行して」

「くっ……。承知。今、この時をもって、俺がこれまでにした命令を全て解除する」


 風魔は苦し気に言う。すると、チーム風魔の眼に浮かんでいた、幸人たちへの敵意が薄れ、消えていった。

 幸人はおもむろに屈み、霧隠きりがくれ才華さいかの縄を解く。縄を解かれると、才華は懐から二振りのくないを取り出して、幸人に差し出した。


真田さなだ幸人ゆきと様。そして羽柴はしば秀実ひでみ様。私がやった事は、取り返しが付く事ではないの。どうぞ、切って下さいなの」

 才華は震える声で言う。


「いや、切るとか物騒だよ。だいたい、君を傷つけて僕等に何の得があるのかな?」

「で、ですが。それでは筋が通らないの。そうでもしなければ真田様に受けた御恩、どう返したら良いのかも……」

「筋とか御恩とか、まるで時代劇みたいだね。まあ、そういう姿勢は嫌いじゃないよ。でも、急に言われても何も思いつかないな」


 言い合う幸人と才華さいかに、秀実が割って入る。


「だ、だったらこういうのはどうっすか? 自分、さっきはご飯を買いに行列に並んでいたっす。でも、買い物を終えてすぐに毒針を刺されたから、ご飯が台無しになったっす。才華さんにはご飯を弁償してもらうっすよ」

「あ。それは良い案だね。秀実は優しいね」

「あっ……。えへへ。褒められたっす。あたま撫で撫でされてみたいっす」


 幸人は秀実の頭をぽんぽん撫でてやる。いざ頭を撫でられると、秀実は赤面して、下を向いてもじもじと、言葉を失ってしまう。


「そ、そんな事で良いんですか? 弁償するのは当然の事なの。それではあまりにも……やはり、この腹、掻っ捌いてお詫びを……!」


 言いかけた才華さいかの肩に、幸人がどし、と、手を置く。


「そこまでだよ。僕は、命を大事にしない人は嫌いだ。わかったね」


 真剣な顔で言うと、才華は俯いて、肩を震わせて嗚咽おえつした。


 ★


 才華さいかは泣き止むと、すぐに食事を買って来てくれた。こうして、幸人たちはやっと昼食にありついた。


「それにしても、どのチームも一筋縄ではいかないわね」

 光が愚痴を零す。


 光の話によると、対抗戦で優勝候補とされるチームは全部で六つ。

 チーム武田、チーム上杉、チーム今川、チーム毛利、チーム北条、チーム織田である。

 だが、幸人たちがチーム上杉に勝った事により、番狂わせが起こった。そして、幸人たちの次の対戦相手はチーム北条。再び、優勝候補と対戦する事になるらしい。


「ここまでは主にナーロッパ能力者との戦いだったけど、次で当たるチーム北条は、全員がシャングリラ能力者よ。シャングリラの超能力は、相手がどれだけ強くても関係がない。ナーロッパのチート能力以上に反則的なの。だから、次の戦いは敵の能力をどれだけ正確に予想して、どう攻略するか? という戦いになる。幸人の作戦で、勝敗が決定するわよ」


 光は言い終わり、幸人に視線を向ける。


 幸人は、光が言った意味を痛い程に理解していた。これまで幸人が出会ったシャングリラ能力者は全部で六人。明智光と羽柴秀実、せんりを虐めていた二人の不良少女、本願寺と、チーム風魔のバックアッパーである。

 シャングリラ能力者は、肉体的には普通の人間と変わらない。だから、秀実の衝撃波でも倒せてしまう。その一方で、シャングリラ能力者の攻撃をまともに受けてしまったら、ほぼ間違いなく負けるだろう。ほんの一瞬で勝負が決まる。そして、たった一つのミスが、負けに繋がる。


 次の戦いは、一瞬で終わるだろう……。

 そんな確信が、幸人を満たしていた。


「もっと情報が欲しいな……」

 幸人は呟いた。


 その時、突然、休憩所に風魔小次郎が飛び込んで来た。


「言われた通り、二階の窓から三回、頭からダイブしてきたぞ。ちゃんと受け身も取らなかったからな……」


 風魔は悔し気に言う。その制服はほこりまみれで、手や顔面は、擦りむいて傷だらけだった。


「ふふ。ナーロッパ帰りは頑丈だね。それにやはり、魔法契約は凄いね」

 と、幸人は爽やかな微笑を浮かべる。


 すると、せんりが懐から回復薬ポーションを取り出して、風魔に手渡す。


「こんなにあちこち擦りむいて。まったく、あんな命令をするなんて、真田さんは酷い人ですね。さあ。これを飲んで回復してください」


 風魔はせんりから奪い取るようにして、ポーションを飲み干した。すると、風魔の擦り傷が仄かに光り、傷が消えてゆく。


「ふふ。そんなに慌てて飲まなくても、ポーションは逃げませんよ? でも、これで完全回復しましたし。また、二階からダイブできますね」

「な? 鬼畜か貴様! なにを言ってるんだ?」

「また、二階からダイブできますね?」


 せんりにがにこやかに言う。


「だ、そうだ。もう一回行っておいで」

 幸人が言う。


「ぐ。しょ、承知……」


 風魔は半泣きで、再び、駆け足で休憩所を出て行った。それから暫くして戻って来たが、今度は秀実がポーションを飲ませて、

「完全回復して良かったっすね。これでまた、二階からダイブできるっすよ」

 なんて言う。すると、風魔は再び休憩所を飛び出して、二階の窓から水泳選手のように地面にダイブ。それを三回繰り返し、ボロボロになって戻って来る。すると、今度は光が、

「わあ酷い。まったく、幸人はろくでもないわね。さあ。これを飲んで回復しなさい」

 とか言いながら、以下略。


 ちなみに、風魔は先程の命令に加え、二つの事を命じられた。


 一つ。これまで風魔が魔法契約を交わした相手に対して、二度と命令しない事。

 二つ。今日中に、風魔がこれまで魔法契約を結んだ全ての相手と決闘して、破れる事。そうして、魔法契約を解除する事。


 以上、二つの命令をもって、幸人の、風魔へのお仕置きは終了した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る