第36話 天下布武 下




 ★ ★ ★



 羽柴はしば秀実ひでみは食事を終え、一つ提案をした。


「これから、チーム織田の試合が始まるっすよ。みんなで見に行かないっすか?」


 幸人も、チーム織田がどんな戦い方をするのか興味があった。光も頷いてくれたので、幸人たちは敵情視察に行く事にした。


 ★


 チーム明智は休憩所を後にして闘技場内の通路を行く。すると、奥で武装した四人の生徒達が、談笑していた。

 チーム織田おだの面々だ。

 幸人たちは、思わず足を止める。すると織田がこちらに気付いて、不敵な微笑を浮かべる。


「よお、真田。それに明智」


 織田おだが、自信に満ちた顔を向ける。すると、秀実ひでみが顔を赤くして、サッと幸人の背後に隠れた。


「なんか余裕って感じね。あたしたち、敵情視察に来たのに」


 ひかりは憎まれ口を返す。すると、織田はゆるりと歩み寄り、ぐっと光の手を引いた。光は壁に押し付けられて、織田を見上げる格好となる。織田は、光の顎に指をやり、水色の瞳を覗き込む。


「明智。そんなに俺が気になるか? それよりも、この前の返事をまだ聞いていないが」

「へ、返事って何よ……」

「俺の女になれ」

「どうして、あたしなの?」

「決まってる。お前が優れた女だからさ」


 織田が、光の耳元で囁く。すると光は顔を赤らめて、視線を逸らす。


「明智。お前はきっと、こう考えている筈だ。『シャングリラはあんなにも平和で豊かで美しい世界だったのに、どうして、この世界はこんなにも汚れているのだろう。どうして、地上の人々はいつまでも殺し合いを続け、貧富の差に苦しみ、下らない事で差別し合い、環境を破壊し続けているのだろう』。そんな風に心を痛めているのだろう?」

「それは、そうだけど……」


「明智は正しいさ。そもそもこの島はなんだ? 異世界帰りを保護するだのと綺麗事を並べ、実質、必死で隔離かくりしているに過ぎない。そのくせ、筋が通らん偽善的な良識で我々を縛り、反目させ、互いに争うように仕向けて同士討ちを狙う。挙句、都合が良い能力者は腐った連中が金や詭弁で抱き込んで、己が欲望の道具にする事しか考えていない。違っているか?」

「そうかもしれないけど……」


「くだらん。政府も、世界を裏から動かしている連中も。何もかも愚かでくだらな過ぎる。既に世界が変わってしまった事にさえ気づかずに、やり方を改めようともせず、既得権益を保持できると幻想を抱いている。それこそ、本物の幻想ファンタジーというものだ。そんな猿ども、生かしてやる価値もない」

「織田……貴方は何をするつもりなの?」

「壊してやるよ。俺が全部壊してやる。明智が望むなら、何もかも壊して、お前が望む美しい世界ってやつに作り替えてやる。どうだ?」


 光は織田に見据えられ、身じろぎ一つ出来なくなっている。そこに、すっと手が差し込んで、光を引き戻す。


「悪いけど、うちのチームリーダーをそそのかさないでくれないかな」

 幸人は光を引き寄せて、後ろから抱きしめるような格好となる。


「真田か。何があったかは知らんが、一昨日よりはマシな顔になったな。だが調子に乗るな。お前では俺の敵にもならん」

「じゃあ、試してみる? 僕も君には負ける気がしないんだ。今の話を聞いて、はっきりわかったよ」

「ほう。お前ごときが俺に勝ついうのか? 面白い冗談だな」

「本気さ。僕は君を負かすだろう」


 言い合って、幸人と織田は睨み合う。そこに、慌てて秀実が割って入る。


「二人とも、やめて下さいっす! こんな所で争ったら失格になるっすよ?」


 秀実が言った瞬間に、織田は、ぐっと秀実の腕を引いて、顔を覗き込んだ。


「お前……面白いオーラをしているな。確か、前の試合ではかなり面白い能力を使っていたが。名は?」

「ひっ、秀実。羽柴はしば秀実ひでみっす……」

「ほう。気に入った。お前も、俺の物にしたくなった。どうだ? 対抗戦が終わったら、俺は血盟クランを作る予定だ。羽柴秀実。俺の血盟に入らないか?」

「え? い、いいんすか? 本当にいいんすか?」

「ああ。歓迎してやるぞ。但し、条件がある。


 秀実は織田と言い合って、チラリと、幸人に視線をやる。そして暫し、逡巡してから、

「か、考えとくっす……」

 そう言って、再び、幸人の背に隠れた。


「ふん。ここで言い合っても意味はない。真田。俺と戦いたければ決勝に上がって来い」

「ああ。僕は最初から優勝するつもりだからね」


 幸人と織田が言い合った、その時だ。


「まったく。小者どもが身の程も知らず夢を語っておじゃるな……」


 聞き覚えの無い声が、幸人の耳に届いた。一同が振り向くと、そこには異様な格好をした、四人組の姿があった。四人とも顔を白塗りにして、水干すいかんを身に着けている。一人は烏帽子を被り、とても背が高くてがっしりとした体形をしていた。


「今川、か……」

 織田が呟く。


「果たせぬ約束など、するだけ無駄でおじゃる。おぬしらはこれから、麿まろに負けて退場するでおじゃるからな」

 と、今川と呼ばれた烏帽子の男子生徒が、にんまりと笑う。


「えっと、この、ふざけた喋り方のコスプレの人は?」

 幸人が言う。


「このアホは、今川いまがわ義正よしまさだ。優勝候補らしいが覚える必要はない」

 織田が答える。


「愚かな小物どもが吠えおって。我々の力を知らぬと見える。精々、今の内にほざいておくが良いでおじゃる。ははは」


 今川は高笑いをして、仲間達と通路を進んで行った。

 大きな背中を見送って、幸人は疑問を口にする。


「ねえひかり。あの今川って人、本当に優勝候補なの? ちょっと頭悪そうというか、小物感が酷いんだけど」

「馬鹿ね。今川はああ見えて滅茶苦茶強いわよ。速射スキル持ちの射手アーチャーで、弓スキル、速射スキル共にランクはB。おまけにエルヴンボウの使い手で、筋力強化スキルまで持っている。聞いた話によると、迫撃砲並みの攻撃を無限連射して来るらしいわ。見た目はあんなだけど、チーム織田よりもみんなの評価は高いわよ」

「そ、そう? だとしたら、かなり厄介だね」


 幸人と光の会話を聞いて、織田が「ふっ」と、笑う。


「心配するな。今川はトーナメント表から消える。一瞬でな」

 言い残し、織田も通路を進んでいった。


「ゴメンね幸人君。うちのリーダー、口が悪くってさ。決勝で会おうね」


 ずっと黙っていた徳川とくがわ家理亜いりあが手を合わせ、パチリとウインクをして、織田を追いかける。斎藤と、柴田しばた勝奈子かなこも、通路を進んで行った。



 ★ ★ ★



 五分後、チーム明智の面々は、闘技場の客席にいた。

 チーム織田とチーム今川は、双方、既に分霊を終えて、舞台で睨み合っている。


「では、これから二回戦、最後の組み合わせとなります。まずは優勝候補のチーム今川。そして、対抗馬のチーム織田との試合です!」


 進行役の寧々ちゃんが、楽し気に言う。


金縁眼鏡アナライザーはあるわよね? 舞台への持ち込みは禁止されてるから、今の内にライバルのステータスを確認しておきなさい」


 光に言われ、幸人は魔法の金縁眼鏡をかけた。

 織田おだ信秋のぶあき柴田しばた勝奈子かなこに関しては、以前パラメータを確認した。今回は斎藤さいとう君と徳川とくがわ家理亜いりあのステータスを確認しておくか……。

 幸人は内心呟きながら、視線を斎藤へと移す。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 名前 斎藤さいとう道三みちみつ 年齢16 レベル48

 職業 氣功武術家

 HP 276  MP 0

 筋力  149

 耐久値 88

 早さ  128

 知性  77

 精神  136

 運   65

 魅力  67


 スキル 

 非武装闘争術 (柔)B

 氣功術 (闘争及び回復)C

 魔法耐性 S


 備考

 ナーロッパ帰還者。

 非武装闘争術の使い手。ナーロッパでは一、二を争う腕前で、勇者、楠木くすのき正成まさしげのパーティメンバーだった。楠木くすのき正成まさしげと協力して、北の魔王を倒した実績を持つ。

 とても女好きで、ギャンブル好き。現世に帰還した後は、エロとギャンブルに金をつぎ込んで、瞬く間に借金地獄に陥った。借金は、織田おだ信秋のぶあきが肩代わりしてくれた。斎藤さいとう道三みちみつは織田への恩に報い、対抗戦ではチーム織田に所属した。ちなみに、借金で首が回らなくてご飯が食べられない間は、明智光が食事を奢ってくれていた。

 口癖 「どうぞ踏んで下さい……」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「魔法耐性S、だって……?」

 幸人は一旦眼鏡を外し、呟いた。


「そうなのよ。魔法耐性スキルはランクSになると、の。その上、非武装闘争術のランクはB。上杉君に匹敵する達人よ。これがどういう事か分かるわよね?」

 光は言う。


「ああ。魔法や超能力が強みの人にとっては天敵だ。能力相性的な事を言えば、織田君にも勝てるんじゃないかな? 光が斎藤君をスカウトした理由が分かったよ」

「ええ。斎藤に断られたのは痛手ね。それよりも気になるのが、徳川とくがわ家理亜いりあよ。見てみなさい。彼女のステータスに関しては、あたしもどういう事なのか、さっぱりわからないわ」


 幸人は光に促され、再び金縁眼鏡アナライザーをつけた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 名前 徳川とくがわ家理亜いりあ 年齢16

 固有属性 水

 ステータス UNKNOWN


 スキル

 思考力、思考速度上昇A

 剣、刀、双剣、盾使用術C


 魔法

 ウォーターヒール C

 ウォーターエンチャント D


 備考

 シャングリラ帰還者。

 貧しい家庭に生まれ、幼い頃に両親と死に別れた。学校では可愛らしい容姿を妬まれて、虐めの標的だった。女らしい見た目だから虐められるのだと考え、一人称が「ボク」になった。髪型も、ショートカットを好むようになる。夢は、愛する人と暖かい家庭を作って平和に暮らす事。その障害は全て排除する方針である。家理亜は、現在の社会制度は夢の障害になる。と、判断している。よって、織田おだ信秋のぶあきの野望を支持している。

 また、真田さなだ幸人ゆきとに助けられて以来、幸人に強烈な片思いをしている。必ず幸人と結婚して、暖かな家庭を作ると心に誓っている。

 趣味 お人形作り。現在、一七個目の「幸人君人形」を作成中。完成したら、、幸人から髪の毛を盗んで人形に縫い込む予定。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 幸人は金縁眼鏡アナライザーを外し、言葉を失った。

 徳川家理亜の備考欄を読んで衝撃を受けたのが半分。もう半分は、家理亜いりあの能力を見て、謎に囚われたのである。


「あの徳川って、変よね? シャングリラ能力者なのに、何故かナーロッパスキル持ちなの。あれってどういう事なんだろ。幸人、何か解る?」

「いや、解らないな。UNKNOWN表示が出ていて、備考欄にもシャングリラ帰還者とあるから間違いなくシャングリラ能力者なんだろうけど。ううん……。あ、もしかすると、そういう能力なのかもね。例えば、他人の能力を奪ったり、コピーする能力。とか?」

「もし、そうだとしたら説明は付くけど。とんでもなく厄介ね……」


 言い合う光と幸人を他所に、ガガガ、と、マイクのノイズが響き渡る。

 試合開始のアナウンスが始まったのだ。


「では、両チームとも位置につきました。さて、どちらが勝つのでしょうか!」

 進行役の寧々ねねちゃんが言い、大きく息を吸う。


 観客たちの視線が、舞台へと集まる。幸人たちもまた、顔に緊張を浮かべて舞台に注目する。

 チーム織田、チーム今川共に、臨戦態勢へと移行する。


「いざ尋常に、試合開始!」

 寧々ちゃんの声が響く。


 刹那──。


 裂光、轟音、熱風。そして燃え盛る炎の残滓が、現象を物語る。

 始まった瞬間に、それは起こった。

 舞い上がった土埃が風に洗われて消える。すると、舞台の半分、今川陣営が跡形もなく消えていた。チーム今川の姿もない。

 チーム織田の陣地では、織田が今川の陣地に掌を向けたまま、静止している。


「しょ、勝負、あり……。チーム織田の勝ちです。試合時間は……なんと、○・四秒です…!」

 寧々ちゃんが驚愕を浮かべて言う。


 観客たちは、一瞬、思考が追い付かなかった。だが、徐々に、その意味を理解する。

 試合が始まった瞬間に、織田が【ファイアーボール】の魔法を放ったのだ。そして、たった一度の攻撃で、勝負が決した。


「お、お、おおおおおおおっ!」


 一拍遅れて、観客たちの歓声が上がる。

 織田は舞台から、幸人に鋭い微笑を向けていた。



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