第14話 そして勇者は目を覚ます 中





「起きなさい。幸人ゆきと


 ひかりは幸人に声をかける。すると、じわりと、幸人の目が開く。


「ええと、君は……?」

 幸人はかすれた声で呟く。


「何を寝ぼけてるの? チーム対抗戦も近いっていうのに」

 光は一瞬、安堵の笑顔を見せる。が、すぐに、それを誤魔化すように呆れ顔を浮かべる。


 幸人はゆるりと身を起こし、病室を見渡した。


「対抗戦? ええと、ここは……?」

「だから、あんたがしっかりしてくれないと勝てないのよ。まったく、心配ばかりかけて。槍はどうしたの?」

「槍? なんの話を……痛……」

 と、幸人は頭を押さえる。


「もしかして、覚えてないの? 参ったわね」

「覚えてないも何も、君は誰?」


 幸人は真剣な顔で言う。その眼差しは、決して、光を揶揄う意図がない事を示していた。

 光は思わず頭を抱える。


「これはアレね。記憶喪失ってやつね。ちょっと先生を呼んで来るから、待ってなさい」

 言い残し、光は腰を上げた。


 ★


 二十分後、医者が幸人の容態を確認し終えて、カルテに何か書き記す。


「多分、外傷性記憶健忘がいしょうせいきおくけんぼうだと思われます。ま、その内に記憶は戻るでしょう」


 医者が言い、光は腰を上げる。


「多分? それってどういう事?」

「なにぶん、発見された状況が状況ですから。それにここはカウンセラーシティです。幸人君の記憶欠損の原因が、誰かの能力のせいじゃないとは言い切れない」

「つまり、わからないって事?」

「ま、そういう事です。ですが身体的には異常はありませんから、退院しても構いませんよ」


 そう言って、医者は病室を後にした。


 ★


 ひかり幸人ゆきとを連れ、病院を出た。そして近くの喫茶店に寄り、幸人からの聞き取りを行う事にした。

 じっと、水色の瞳が幸人の顔を覗き込む。


「ねえ。の事は解る?」

「ごめん、ちょっと分らない。それに、ここは何処?」


 幸人は困り顔で言い、少し顔を赤らめる。光は、なんだがイラっとした。


「貴方、自分の名前は解る?」

真田さなだ幸人ゆきと

「自分の名前は憶えてるのね。年齢は?」

「一三歳」

「は?」

「一三歳だけど。何か変かな?」

「……そこからか。これは重傷ね。何処まで覚えてるの? 昨日は何があった?」

「ええと、僕の学校の女子が高校生の不良に絡まれてて、助けようと喧嘩して、でも勝てなくて画材屋に逃げ込んで、それから……ええと、それから……何かとても大切な事があったような気がするんだけど、えっと、痛……」


 幸人は再び頭部を押さえ、苦痛に顔を歪める。その右手首には、赤いスカーフが巻き付けられていた。

 光は事態を理解して、溜息を一つ。


「これからちょっとぶっ飛んだ話をするけど、落ち着いて聞きなさい。良いわね?」

「う、うん」

「真田幸人。貴方は一六歳よ。そして、ここはカウンセラーシティ。一応、東京都って扱いになってるわ」

「と、東京? ここが?」

「だから落ち着きなさいって。兎に角、貴方は高校生なの。三年間と少しの記憶がすっぽり抜け落ちてるみたいだけど、なんていうか、その、三年間で大変な事があったのよ」

「大変な事って、何?」

「貴方は一四歳の時に失踪して、異世界に行った。そこで沢山の冒険をして、特殊な力を身に付けたの。そして二年後に帰って来て、今は高校生になってるの」

「ふうん。特殊な能力、ね」

「もう。信じてないのね」


 ひかりは、幸人のコーヒーカップに指をさす。すると、中のコーヒーが盛り上がり、薔薇ばらへと形を変える。コーヒーは更に姿を変え、兎、魚、鳥へと変化する。

 コーヒーの鳥が飛び上がる。鳥は店内を一周して、再びカップへと収まった。


「ちょ、超能力だ!」

「だから言ったでしょ。幸人も何か凄い事が出来るのよ」

「す、凄い事って? 僕、何が出来るの?」

「それはちょっと分らない、けど……」

「わからない?」

「幸人はアンノウンだから。あ、能力を秘匿ひとくしてる人って意味よ。でも、能力を使わなくても強かったわよ。特に、槍が得意だったわ」

「槍? そうか。僕は空手の棒が得意だから。それと似た槍を使ったのかもしれない」

「へえ。幸人は棒術も得意なのね」


 光は頬杖を衝いて微笑する。幸人は、光の水色の瞳をじっと覗き込む。


「な、なによ……」

 思わず、光は頬を染め、目を逸らす。


「その、君と僕は、どういう関係なのかな?」


 幸人が言った途端、光はムッとする。


「バ、バカね! あたし達はただのクラスメイトよ。あ、ただのじゃない。チームメイト? みたいな」

「そ、そうなんだ? チームメイトって?」

「……ふう。やっと本題に入れそうね」


 光は溜息を吐き、幸人の現状について語った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ひかりは、幸人ゆきとの状況について色々と説明した。


 まず、幸人が異世界から帰還したのは三か月前の事だ。


 光たちは異界から戻って来たはいいが、東京は、大穴からモンスターが溢れ出す世界に変わっていた。なので、少数の異世界帰りが自衛隊と協力し、モンスターをやっつけて大穴を塞いでしまった。この時の作戦名は「岩戸閉じ作戦」。自衛隊の呼びかけに応え、更に選りすぐられた三三名の有志が、この作戦に参加した。

 幸人ゆきとも参加メンバーの一人だ。


 岩戸閉じ作戦終了後、暫くして、異世界帰りの人々はカウンセラーシティへと移り住む事になった。政府が欲しがる優秀な大人は、カウンセラーシティへは行かず、政府機関、各省庁に登用された。


 幸人たち子供は、カウンセラーシティ内部の帝都ていと学院に転入し、学園生活を送り始めた。幸人らが転入した時期は三学期に当たる。だから本格的な授業はまだ始まっていない。 


 問題はここからだ。


 帝都学園には特別なルールがあった。

 まず、学校では生徒同士の決闘が許可されている。学校内の特定の場所でルールに則って行うのであれば、特殊能力を使う事も許されている。決闘は、多くの場合、何かを賭けて行われる。勝敗の結果は絶対で、勝者は、賭けられた物を

 生徒の序列は多くの場合、決闘の成績によって決まる。戦闘向きではない能力の生徒に関しては、学業の成績や、道徳的貢献度によって成績が決まる。


 そして、現在は三学期末。幸人たちは期末テストのような物を受ける事になっている。

 テストは、四人一組のチーム戦によって行われる。

 四人の内訳は、三人のアタッカーと、バックアッパー一人によって構成される。

 三人のアタッカーは、戦える者によって構成される。ここに、戦闘向きではない能力の者が一名加わり、アタッカーへの支援、情報提供、作戦指揮等のバックアップを行う。


 このチーム対抗戦の成績により、学年の、能力者の序列が決定する。

 能力者としての序列が上位であれば、卒業後の進路や、カウンセラーシティにおける扱いが優遇される仕組みになっているらしい。


 また、チーム対抗戦では賞品として、魔法の道具が貰える。賞品は全部で八個。大会優勝チーム、準優勝のチームと順番に、好きな道具を選んでよい事になっている。



 幸人と光はチームを組む事にしたらしい。だが困った事に、他のメンバーはまだ決まっていない。

 チーム対抗戦はもう、二日後である。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「そう。試合はもう明後日なのよ。あんたが襲撃しゅうげきに遭ったのは、痛かったわ」

 そう言って、光は頭を抱える。


「ん。僕って襲撃にあったの?」

 幸人はあっけらかんと言う。


「多分、ね。一昨日、あたしと幸人はチームを組む事にしたの。でも、幸人は腐っても三三勇者の一人。結構優秀だから、誰かが襲撃して優勝候補を潰そうとしたのね。幸人は昨日の夜、校舎裏で傷だらけで倒れていたのよ。あたしが、病院に運んであげたんだから」

「そうか。それで僕は病院に……。ところで、三三勇者って?」

「岩戸閉じ作戦に参加した能力者が、そう呼ばれているの。まがりなりにも世界の危機を救ったわけだから」

「ふうん。全っ然、覚えてない。僕の能力も」

「そうよ。だから気を付けなさい。記憶が無いって事は、能力が使えないって事なのよ。このままじゃ対抗戦に勝てないわ。何か対策を考えないと……」

「そうだね。とりあえず、僕が記憶喪失だって知られないように気を付けるよ」

「ええ。その方が賢明だわ。誰が聞き耳を立てているか分からないもの」


 光は言い終わり、コーヒーに口をつける。その時……。


「手遅れだよ!」

 店の隅から声がした。


 そいつを見て、光の顔が青ざめる。


「わ。早速、面倒な事になったわよ……」


 光の視線の先には、とても大柄で目つきの鋭いスキンヘッド野郎がいた。



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