幸人編 異世界帰りだらけの学園

第13話 そして勇者は目を覚ます 上





 ★ ★ ★



 岩戸閉じ作戦から三か月が経過した。


 大谷おおたに竹美たけみは光と別れてからすぐに九州に戻り、停学一週間の処分を受けた。

 停学期間が明けた後、竹美はひたすら猛勉強に明け暮れた。とある学校に転校する、そのチャンスを手にする為だった。


 隕石落下を含めた諸々の不思議な出来事は、世間では以下のように理解されている。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 二年前、日本では謎の失踪事件が相次いだ。不思議な光が特定の人々に降り注ぎ、衆人環視の下でその人が消滅する。と、いう事件である。

 これを【同時多発どうじたはつ人体消失事件じんたいしょうしつじけん】と呼ぶ。

 失踪者の数は、目撃証言が確認されている事例だけでも七〇〇〇人を超える。

 失踪したのは主に十代から三〇代の男女で。彼らの生存は絶望視されていた。


 そして、同時多発人体消失事件から二年後のある日、東京品川区の南部に隕石が落下する。落下痕には直径九〇メートルの謎の大穴が空き、穴から、未知の敵性生物が大量に這い出して周辺住民を襲った。


 隕石の落下と前後して、東京湾には巨大な謎の箱舟が出現した。箱舟の乗員は、二年前の「同時多発人体消失事件」により失踪した人々だった。

 大穴から這い出した敵性生物のほとんどを、この、箱舟の人々が倒してしまった。彼らの活躍により、謎の大穴も塞がれた。大穴を塞ぐ為に行われた作戦は、自衛隊と失踪者との合同作戦であった。と、まことしやかに噂される。

 政府はこの噂を否定している。


 事態が落ち着いて、失踪者らへの聞き取りも行われた。

 失踪者たちは口々に言う。


『自分はここではない世界、異世界に行っていた。そこで沢山危険な目に遭い、何度も戦い、多くの冒険をしていた』。と。


 異世界帰りの人数は三三三三人。同時多発人体消失事件から、二年後の帰還である。


 驚くべき事に、異世界からの帰還者にはそれぞれ、特殊な能力が発現していた。それはゲームのような魔法の力であったり、怪力や異界の武術、強力な超能力の類だった。


 政府は現状にかんがみて、能力者への対策を練る。

 異世界帰りの人々を世間から隔離かくりして【カウンセラーシティ】と呼ばれる場所に住まわせる事にしたのである。カウンセラーシティはその名の通り、異世界帰りたちの心身をケアし、保護する為の特別な街。と、いう触れ込みで、政府はその方策を正当化している。

 しかし、カウンセラーシティの実情については世間に明かされておらず、外界との通信、往来についてもかなり制限がかかっている。

『実質、収容所ではないか?』

 との批判も少なくない。


 政府は異世界帰りの人々に呼び掛けて、有能な人材を多数、登用もしている。

 政府に忠誠を誓った者には社会的地位が約束され、能力に合った各、省庁、政府機関に配属される。その活躍は目覚ましく、かなりの成果を上げている。

 例えば、警視庁に配属されたとある能力者は、これまで迷宮入りしていた未解決事件を次々と解決している。


 異世界帰りの未成年に関しては、カウンセラーシティ内部の学校に通う事となった。

 学校は全寮制で、小、中、高、大学。一貫である。衣食住、学費その他、諸々の費用は政府によってまかなわれている。


 カウンセラーシティは日本各地、三か所に作られた。が、その所在地については明らかにされていない。

 地下都市ではないか? との噂もある。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 パタリと本を閉じ、竹美は窓の外に目をやる。

 竹美の部屋の窓からは、小さな公園が見える。街路樹には雪が積もっており、部屋の中でも竹美の息が白い。その冬、異例の寒波が九州を襲い、珍しく雪が積もったのだ。


 ふいに、玄関チャイムがなる。


 竹美が扉を開けると、そこにはちいちゃんがいた。ちいちゃんは着ぶくれて、二重にマフラーを巻き、ニット帽まで被っている。トレードマークのおさげ髪までもが、ニット帽の中にすっぽりと収まっていた。

 余程の寒がりらしい。


「竹美ちゃん、もう準備出来てる?」


 ちいちゃんが、竹美の格好を見て言う。

 竹美は玄関に吊るしておいたコートを羽織り、ブーツを履いた。


 ★


 この日、竹美とちいちゃんは、椿つばき画材店を訪れた。店の奥には、相変わらず真っ白な女性の肖像画がかけられている。

 竹美のお気に入りの絵だ。

 竹美とちいちゃんは、暫く、黙って肖像画を見上げていた。


 ここで、この絵から全てが始まった……。

 竹美の胸を、二年前の記憶が過る。

 幸人、幸人、幸人……。

 愛しい人の顔が浮かんでは消える。知らず、頬を涙が伝っていた。


 ★


 竹美とちいちゃんは買い物を終え、ファストフード店で昼食を食べた。


「もうこれで、竹美ちゃんともお別れだね。淋しくなるなあ」

「うん。私も」

「カウンセラーシティに行っても、私の事忘れないでね」


 ちいちゃんが、コーヒーを手に淋し気に言う。


「うん。ごめんね。ちいちゃんも元気でね」


 竹美は言い、目を窓の外に向ける。窓の外では、また、雪が降っていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 実は、竹美は来月から転校が決まっていた。転校先はカウンセラーシティ内部の学校だ。その学校に、真田さなだ幸人ゆきとが通っているらしい。


 竹美が九州に戻ってからも、幸人ゆきとは、一度も地元に戻っては来なかった。一通だけ竹美への手紙が来たが、手紙には、幸人の連絡先は記されていなかった。どうやら、連絡先を記載する事は禁止されているらしい。


 その代り、手紙には重要な情報が記載されていた。

 カウンセラーシティの国立帝都学院が、外部から一般の生徒を募集する事にしたらしい。募集人数はごく少数だが、竹美はある程度の条件を満たしている。とも書かれていた。


 勿論、竹美はカウンセラーシティの学校への転校を希望した。その際、自衛隊の山本二等陸尉も協力し、推薦状を書いてくれた。但し、それには条件があった。


 自衛隊の研究に協力し、定期的な身体検査及び情報提供をする事。


 竹美は条件を呑み、自衛隊の研究に協力した。だが、自衛隊がどんなに調べても、竹美の身体から異常は見つからなかった。どう分析しても、ただの一般人に他ならなかったのである。

 ともあれ、竹美は条件を全てクリアーし、来月には転校が決まっている。高校二年の新学期は、カウンセラーシティの帝都ていと学院で迎える事になるだろう。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ちいちゃん、今まで色々優しくしてくれたのに、素っ気ない事ばかり言ってごめんね」

 竹美はちいちゃんに視線を戻し、ポツリと言う。


「ううん。竹美ちゃんは私の憧れだったから。あんな怖い不良に立ち向かったり、規則を破って一人でホテルを抜け出したり。私に出来ない事を、少しも迷わずやっちゃうんだもん。それなのに、根っこは凄く淋しがり屋で、優しくて……。淋しいよう……」


 言いながら、ちいちゃんはポロポロ涙を零す。

 子熊こくま千夏ちなつ

 ちいちゃんの名を、竹美は胸の中で反芻はんすうする。この子の名前はずっと忘れない……。

 竹美は困った微笑を浮かべ、指先で、ちいちゃんの涙を拭う。


「ごめんねちいちゃん。私、それでも行かなきゃ」


 自分に言い聞かせるように、竹美は呟く。

 そう。竹美は旅立つ決意をした。たった一人の友達に別れを告げてでも、逢いたい人がいるのだから……。




 ★ ★ ★




 竹美が見据える空の彼方、およそ九○○キロ先の海上に、その島はあった。


 島は全長四・八キロメートル。完全な円形で、地面は分厚い岩石で覆われている。島の中央には小高い丘があり、丘の真ん中には真っ白な塔がそびえ立っている。丘の周囲には森や湖、公園があり、その外側には集合住宅や学校、病院に商店、娯楽施設等が建造されている。交通機関も完備されており、主な移動手段は路面電車か自転車である。島をぐるりとめぐる大通りには活気があり、人通りも多い。


 この島こそが、世間でカウンセラーシティと呼ばれる場所だった。


 東京から十七キロ沖の海上に、カウンセラーシティの島は存在している。島は、地図には載っていない。この海上には、最近まで何もなかった。島は、つい二ヶ月ほど前に、突然海上に現れたのである。


 ★


 島を行き交う路面電車は、茶色とオレンジに塗装されている。その路面電車の窓辺に、一人の少女の姿があった。


 水色のショートカットに色白の肌、華奢な体躯。流れる景色が、綺麗な水色の瞳に移り込んでいる。

 明智あけちひかりである。

 光は藍色のブレザーを身につけており、手には小さな果物籠をぶら下げている。車窓の外に向けた瞳には、薄く不安が滲んでいた。


 路面電車が停車する。

 明智あけちひかりは病院前で電車を降りた。そして、近くの総合病院へと入ってゆく。急ぎ足で病院の階段を上り、目当ての病室の扉を開ける。


 そこに、彼はいた。


 女性のように長い黒髪に、優し気な顔立ち。頬には擦りむいたような傷痕があり、体型は華奢だ。彼は午後の光が射す中で、まるで死んでいるかのように、静かに寝息を立てていた。

 そう。病室のベッドに横たわっていたのは、真田さなだ幸人ゆきとだった。


 光は幸人に目を落とし、泣き出しそうな顔をする。そして色白の指先を恐る恐る伸ばし、幸人の頬に触れる。

 反応がない。

 そこで、光はもう一度、幸人の頬に触れる。するとやっと、幸人の眉がピクリと反応した。



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