第12話 大谷竹美は狙い撃つ 下





 ここに、幸人ゆきとが……!

 竹美たけみの胸が高鳴る。竹美は体育館へと駆け込んで、いくつもの扉をあけた。


「幸人!」

「幸人!」

「幸人おおおっ!」


 扉を開ける度に声を上げる。だが、返事は無い。

 体育館のども部屋も、段ボール製のベッドや毛布が持ち込まれており、簡易宿泊施設へと変貌している。そこには異界の格好をした人々が大勢いて、のんびり談笑したり、食事をしている。


「あ。竹美! 大丈夫だったの?」


 三つめの扉を開けた時、明智あけちひかりが駆け寄って来た。


「じ、時間が無いの。あと一◯分ぐらいでに幸人を捜さないと」

 竹美は焦って言う。


 すると、ひかりは竹美の腕を掴んで引っ張った。


「そう。じゃあ、こっちに来て」


 光に連れられてゆくと、体育館の隅には中学生ぐらいの男の子がいた。


「ねえ、あなた、風の魔法が使えたよね。お願いがあるんだけど」

 光は、男の子に言う。


「うん。何?」

 男の子は、面倒くさそうにベッドから顔を上げる。


「大至急、探して欲しい人がいるの」

「なあんだ。光先輩か。面倒くさいな」

「そんな事言わないで。お菓子あげるから」

「お菓子って、バカにしてるのかよ」

「じゃ、じゃあ、後でおっぱい触らせてあげるから。竹美が!」

「え? 私?」


 竹美は思わず、光にツッコむ。男の子は竹美に目を向けると、まじまじとその姿を見つめる。


「……やる」


 男の子は、ほんのりと顔を赤らめて言った。

 すかさず、男の子は傍らの杖を手にとり、杖先を上に向ける。


「天に星あり地に陣列あり。風のことわりは次元の境界を揺るがしたり。那由他なゆたの時空を超えて聴け。竹中たけなか 半次郎はんじろうの名において命じる。盟約の鎖もて領界の狭間より力を示せ! 風の精霊よ、直ちに現れよ。エアリアルサーバント!」


 少年が呪文を唱えるなり、杖が緑色の輝きを放つ。直後、目の前に緑色の光球が現れた。光球は形を変え、徐々に人型を形成する。

 三◯センチ程の小さな体躯、緑色にぼんやりと光る肌、アゲハチョウのようなはね……。それは、おとぎ話に登場しそうな、妖精の姿そのものだった。


「どうしたんだい? 半次郎」

 妖精は言う。


「大至急、人探しを頼みたいんだ」

 半次郎と呼ばれた少年は答える。


「お安い御用さ。で、探したい人の名前と持ち物は?」


 妖精に問われ、半次郎は竹美に顔を向ける。


「探したい人の名前と持ち物だってさ」

「な、名前は真田さなだ幸人ゆきとです。持ち物は、その……」

「ん。何も、持ってないの?」

「あ、あります!」


 竹美は顔を赤らめて、ポケットから、何かの布を取り出した。


「こ、これです」


 竹美が布を差し出すと、妖精は顔を寄せてクンクン匂いを嗅ぐ。


「覚えた。じゃあ、すぐにみつけてあげるよ」


 と、妖精はパチリと音をさせ、姿を消した。

 竹美は安堵の溜息を吐き、布をポケットにしまう。かに思われた瞬間、ひかりが竹美の手を掴む。


「ちょっとまった。竹美、これ……」

「やめて、やめて……あ!」


 慌てる竹美の手から布が落ちる。

 それは、男ものの下着だった。


「竹美、あんた……」

「違うの。これはその、前に盗ん……じゃなくて、幸人から借りて、その……」


 顔を真っ赤にして言う竹美の目を、光が覗き込む。


「竹美、本当に真田って人の恋人なの? ストーカーとかじゃないわよね?」

「ち、違う。違うもん!」


 二人が言い合った直後、ひゅうっと音がして、目の前に妖精が現れた。


「みつけたよ」

 妖精は言う。


「ど、何処にいるの?」

 竹美は興奮をあらわに言う。


「残念ながらここには居ない。昨日隕石が落ちて出来た、品川の大穴の近くにいたよ。なんか、ものすごい勢いで戦ってたから危なくて近寄れなかった」

「た、戦ってた? 幸人が?」

「うん。自衛隊の連中とか、他の帰還者たちと一緒にね。あれは凄まじかったなあ」


 それを聞いて、竹美は全身の力が抜けて、床にへたり込んでしまった。


「そんな……」

「大穴、ね。だとしたら竹美の彼氏、かなりの強いのね」


 光は、落ち込む竹美の頭を撫でて言う。


「強いって、それってどういう……?」


 竹美が疑問を口にしたところで、山本陸尉が体育館へと踏み込んで来た。


「竹美ちゃん。やっと見つけたよ。恋人とは再会できたかい?」


 能天気に言う山本陸尉に、竹美は泣きそうな顔を向けた。


 ★


 一分後、竹美は山本陸尉に事情を話し終えた。


「成程ね。だとしたら、竹美ちゃんの恋人は『岩戸閉じ作戦』に参加しているのか……」

 聞き終わり、山本陸尉は呟く。


「岩戸閉じ作戦? それは一体、何なんですか?」

 竹美は問う。


 山本陸尉は暫し、竹美の顔を見つめて思案する。そして口を開く。


「ま、竹美ちゃんだしな。後々の事を考えると、話しても構わないだろう。昨日、南品川に隕石が落下して地面に大穴が空いた事は知っているね。そこから、得体の知れない生き物が出てきて東京中の人を襲っている事も。君を襲ったゴブリンや大蜘蛛もそうだ」

「は、はい」

「で、あいつらは霧の中では無敵だ。その霧は、品川の大穴から発生している。だから我々自衛隊は、異世界からの帰還者と協力して大穴を塞ごうとしているのさ。それが岩戸閉じ作戦だ。協力を打診したのは、特に強力な力を持った数十人の能力者だけ。これは政府が関与しない自衛隊独断の作戦だ。だが……上の判断を待ってはいられない。実際に被害は出てしまっている。対処は、早ければ早い方が良いだろ」

「それじゃ、幸人ゆきとは……」

「ああ。この国の、否、世界の運命は竹美ちゃんの彼氏の働きにかかってる。と言っても過言じゃない。残念だが今日は会えないよ。せめて理解して、応援してやってほしい。彼はきっと、竹美ちゃんを守る為に戦っているのだろうからね」

「…………」


 そこまで聞いて、竹美はもう、何も言えなくなった。



 ★ ★ ★



 竹美は自衛隊とひかりの護衛付きで、板橋区のホテルまで送り届けられる事となった。その頃にはもう、朝日が地平から顔を覗かせていた。

 自衛隊車両の中、竹美はずっと押し黙っていた。その肩に、光がそっと手を置く。


「元気出して。竹美の彼氏、きっと帰って来るから」

「うん。そうだね……」


 と、竹美はぎこちない微笑を向ける。


「……もう。これは重傷ね。あたしは彼氏ってできた事がないから、どんなに辛いのかはわからないけど。でも、彼が死んだって訳じゃないでしょ」

「うん。そうじゃなくて。私って本当に役立たずだなって。沢山の人に迷惑をかけて、何度も死にかけて、自分の力じゃ誰も助けられなくて。やっと代々木体育館に着いても幸人ゆきとに会えなくて、中学生に胸をツンツンされただけだったし。何やってるんだろうね……」


 しょげる竹美に、光はクスリと笑いかける。


「ほら元気出して。良い物あげるから」


 光は、革製のポーチから可愛い猫の髪留めを取り出して、竹美の前髪に付けた。


「ありがとう。これは?」

「竹美が助けた小さい女の子がいたでしょ。その子がくれたのよ。大きくなったら竹美みたいになりたいんだってさ。竹美の勇気には、ちゃんと意味があったのよ。だから決して無力なんかじゃない。顔を上げなさい」


 光の水色の瞳が、きらりと朝日を反射した。


 間もなく、自衛隊車両はホテルへと到着した。竹美は車両を降り、光や自衛隊員に別れを告げる。


「じゃあ、あたしはこれで。またいつかね」

「あ、待って」


 背を向けた光に、竹美は声をかける。


「なあに?」

「これを……」


 竹美はセーラー服のスカーフをするりと外し、光に手渡した。


幸人ゆきとに会ったら渡して欲しいの。ひかりにしか頼めなくて」

「わかった。頼ってくれて嬉しい。これはその、あれだよね?」

「あれ?」

「あたしたち、友達。って思っても良いのかな」

「……勿論! 光と私は友達だよ」


 やっと、竹美の顔に微笑が浮かんだ。


 こうして、竹美は光たちと別れ、ホテルでこっぴどい説教をうけた。担任の教師はカンカンで、ちいちゃんは泣きじゃくっていて、クラスメイトには揶揄からかわれて……。


 だが、竹美の胸には、何故か暖かくて力強い気持ちがみなぎっていた。


 また、必ず会いに行く。

 いつか必ず幸人に会える。幸人は今も、世界を救う為に必死で戦っているのだ。だったら私だって諦めるもんか。絶対に、幸人に会うんだ!

 そんな根拠のない確信が、竹美を笑顔にしている。

 その瞳が見据える空の彼方、品川の方向からは、ズズズ。と、巨大な火柱が上がった……。
















📕📗📘📙 📕📗📘📙 📕📗📘📙 📕📗📘📙 📕📗📘📙 📕📗📘📙 📕📗📘📙 📕📗📘📙 📕📗📘📙







 作者です。

 次回からは幸人編に突入します。舞台の変化に伴って質感が少々変わりますが、楽しんで頂けたら幸いです。


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 では、次回もお楽しみください。




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