第11話 大谷竹美は狙い撃つ 中




 ★ ★ ★



 部屋の空気はすこぶる重かった。

 竹美たけみは代々木体育館の用具置き場へと連れ込まれ、一時間も尋問を受けた。


「もう一度聞きます。大谷おおたに竹美たけみさん。貴女のお名前は?」

「何度も答えました」

「貴女のお名前は?」

「どうしてこんな事……」

「貴女の、お名前は?」

「大谷、竹美です……」

「では、もう一度最初から話してください。貴女は何故、どうやって体育館へとやって来たのですか?」

「だから、さっきも話したでしょ。幸人ゆきとに会わせて……」


 竹美は俯いて涙ぐむ。だが、陰湿な尋問は続く。竹美には、何故、彼らがこんな事をするのか解らなかった。

 尋問を続ける男の背後にはサングラスの女が佇んでいる。サングラス女は、ずっと黙って竹美を観察している。彼女はこの部屋に来てからは、一言も喋っていない。サングラスのせいで表情も読み取れないが、綺麗な顔立ちをしている事だけは、竹美にも解った。


 やがて竹美は、三度目の説明を終えた。二年前、恋人の真田幸人が目の前で消えた事、修学旅行の移動中にドラゴンに襲われ、異世界からの帰還者に救われた事。ホテルのテレビで、失踪した幸人の姿を見た事、ホテルを抜け出して、一人で代々木体育館を目指した事、その道中、ゴブリンや大蜘蛛に襲われて死にそうになった事、再び、異界からの帰還者であるひかりに救われて、代々木体育館へと連れて来てもらった事……。

 恥ずかしいので、大蜘蛛が怖くて失禁した事は伏せておいた。


 竹美が話し終わると、尋問者は軽く何かメモをして、暫し、沈黙する。


「大谷竹美さん。貴女は自分が何をしたか分かっていますか? 貴女は戒厳令下である事を知りながら、宿泊先のホテルを抜け出した。そのせいで、貴女の担任は責任を問われる事になります。貴女が抜け出した事が原因で、ホテルの避難誘導に遅れが発生した。遅れが原因で、もっと早く逃げ出せたはずの人達に被害が出ている」


 サングラスの女はやっと口を開き、竹美を糾弾する。竹美も何も言い返せないでいた。


「ごめんなさい。でも、どうしても会いたかったの……幸人に会わせて」

「それは許可できません」

「どうして? どうして貴女の許可が必要なんですか? 私は唯、好きな人に会いたいだけなのに。何の権利があって邪魔をするの」


「そういう次元の問題ではないんですよ。彼等帰還者は、もう、通常の日本人とは異なる存在です。彼らがやる事は現行法では裁けない。あれは歩く大量破壊兵器と同じです」


「そんな難しい事、わかりませんよ! だいたい貴女達は誰? 世界が滅茶苦茶なのに、こんな所で何をしているの? 狭い部屋で私みたいな高校生を虐めて楽しいんですか? 山本やまもと陸尉や自衛隊の人達は、今も命を懸けて必死に戦っているのに。ひかりみたいな人と協力してくれたら、もっと大勢の人が救えるのに。それなのに、どうして帰還者たちをこんな所に閉じ込めているの? これが、こんな事が貴方達の仕事なの? 正しい事の邪魔をしてる暇があったら、一人でも多くの人を助けに行けば良いじゃない。貴女なんかより、山本さんや光ちゃんの方がずっと偉いわよ!」


 竹美は泣きながらぶちまける。言い終わるなり、サングラス女はドン。と、テーブルを叩く。


「何も知らないクソガキが、調子に乗ってるんじゃ──」

「──よく言った竹美ちゃん!」


 サングラス女の言葉を制し、男の声がする。

 竹美が振り向くと、そこに居たのは山本二等陸尉だった。


「山本……何故ここに居る?」

 サングラス女の顔に驚きが浮かぶ。


「何故って、うちの隊員がここに運ばれただろ。それに、あの大穴からヤベえのがうじゃうじゃ出て来てバトルフィールドが拡大、収拾が付かなくなってるの。ここも例外じゃない」

 山本陸尉は答え、部屋へと入って来た。


「では、尚更、ここに居る場合ではないだろう? 戻って戦線を維持しろ」

「実戦を知りもしないで簡単に言ってくれるね。お嬢さん」

「……なんだと?」


 サングラスの女が怨嗟の声を漏らす。


「ごめんごめん。来るのがちょっと遅くなっちゃった」

 女を無視し、山本陸尉は竹美の頭をポンポン撫でる。


「山本さん……」

「うん。竹美ちゃん、頑張ったな。それよりも……」


 山本陸尉はサングラスの女に向き直り、書類の束を手渡した。


「えっと、異界からの帰還者の護衛、及びこの区域の防衛、管理、民間人の保護、その他の権限は陸上自衛隊うちに移譲されたから。速やかに出て行ってくれるかな? あ、このの身柄もこっちで預からせて貰うよ。ちょっと、確かめなきゃならない事があってね」

「なんだって?」

「疑うなら書面を確認しなよ。ま、竹美ちゃんの言う事が正しいよ。今はね」


 山本陸尉は、サングラス女に嫌味なウインクをする。


「馬鹿共が、怖気づいて判断を誤ったのか……。だが、これだけは言っておく。後悔するぞ」


 言い残し、サングラス女は部下を連れ、部屋を出た。


 暫しの静寂が訪れる。

 山本を見上げる竹美の目に、じわりと涙が浮かぶ。


「山本さん、私……」

「うん。性悪女に目を付けられて色々大変だったな」

「あ、あの、山本さん。ここに幸人って人がいるんです。私、どうしても会いたくて」


 竹美が言うと、山本陸尉の表情が曇った。


「済まない竹美ちゃん。会わせてやることは出来ないんだ。大人の事情でね。君の学校からも、早く竹美ちゃんを連れ戻して欲しいとせっつかれてる」

「そんな。じゃあ私、何の為にここに……」

「ただし。これからちょっと君を試したいんだけど、協力してくれるかな? そのテストをクリアーしたら、俺も見て見ぬふりをしちゃうかも」

「テスト? それをクリアーしたら会わせてくれるんですね?」

「だから、会わせる事は出来ない。君が、俺の目を盗んで勝手に帰還者に接触するだけ」


 山本陸尉は言い、軽くウインクをした。



 ★ ★ ★



 数分後、竹美たけみは体育館裏へと案内された。そこには、山本の部下も何人かいた。


「じゃあ、始めるよ。これ、持って」

 そう言って、山本陸尉は竹美に金属の塊を手渡した。


 ズシリと、手に重い感触を感じ、竹美の顔に驚きが浮かぶ。


「け、拳銃?」

「ああ。スミス&ウエッソンの回転式357マグナム。装弾数は七発。名銃だよ」

「そうじゃなくて。どうして拳銃なんか?」

「ふふ。じゃあ説明するね。あれを見てごらん」


 と、山本陸尉は指を差す。

 体育館裏の壁には体操用のマットが立てかけられており、その前には大きな木箱が置かれている。そして木箱には、手書きの的が張り付けられていた。


「これから竹美ちゃんには、一五メートル離れた場所からあの的を狙って貰う。三発撃って、一発でも的に当てられたら、俺達は十五分だけ君を見失った事にする。出来るかい?」

「や、やります。やりますよ!」


 竹美の顔に、希望が浮かんだ。

 そうして、竹美は山本陸尉から拳銃の打ち方を教わって、木箱を前に銃を構えた。


「そう。もう少し腰を落として。引き金が重いと思うけど、頑張って」


 山本の声援を受け、竹美は拳銃をぐっと握る。狙いは、木箱に張り付けられた的だ。

 引き金が重い。でも──

 指先に力を込め、竹美は引き金を引いた。

 バンッ! と、発砲音が響き渡る。反動で、竹美の状態が大きくよろめいた。

 一発目は、僅かに的を外れていた。


「惜しい。でもいいセンスしてるよ。もう少し上体の力を抜いて、落ち着いて撃ってごらん」


 山本陸尉に言われ、竹美は再び拳銃を構える。

 今度こそ!

 竹美は狙いすまし、引き金を引く。パアン。と、再び発砲音がして、反動で、竹美は半歩下がる。


「お。やったね竹美ちゃん!」

 山本陸尉の顔に、じわりと笑顔が浮かぶ。


 弾丸は、的のど真ん中近くに命中していた。


「やった。やった!」

 竹美は思わず飛び跳ねて、喜びを露にする。


「せっかくだから、三発目も撃っときなよ」


 山本陸尉が言うので、竹美はもう一度銃を構え、発砲。三発目の弾も、見事、的に命中した。


「あ、当てましたよ。これで……」

「ああ。じゃあ、ここから十五分ぐらい、俺達は君を見失う事にする。時間が来たら本気で連れ戻すから、急いで探しておいで」

「ありがとう!」


 竹美は山本陸尉に拳銃を返却し、大急ぎで駆け出した。山本陸尉はその背中を見送って、やがて、部下に目配せをする。


 山本陸尉の部下は、竹美がいなくなった事を再確認すると、数人で、木箱を持ち上げた。木箱には底がなく、何かに被せてあっただけだ。木箱をどかすと、そこには木の杭に縛り付けられたゴブリンの姿があった。

 ゴブリンは猿轡さるぐつわをされて、胸に二発の銃弾を受けて絶命している。


「ふうむ。やはり、のか……。異界からの帰還者でもないのに。一体、どうなってるのかね」


 山本陸尉はゴブリンの遺体をまじまじと観察して呟く。


「で、遺体はどうします?」

 山本の部下が言う。


「そうだな。念の為に大至急、研究所ラボに運んでくれ。だろうけどな。駄目元でも何か情報が欲しい」

 山本陸尉は言い、竹美が走り去った方へと目を向ける。


「大谷竹美ちゃんか。興味深いね……」


 呟いて、山本陸尉は煙草に火を点けた。




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