第41話 真田幸人は謎を追う 中





 ★


 一分後、幸人たちは目当ての病室へとやって来た。

 病室には【清水しみず宗春むねはる】と、ネームプレートがかけられている。霧隠才華の情報によると、幸人が資料で目にした能力者こそが、この病室にいる清水宗春だという。

 そして、幸人の記憶喪失の原因が超能力によるものであるならば、清水宗春は敵。と、いう事になる。


 幸人とカレンと才華は、静かに頷き合って、扉をノックした。

 一度目のノックでは、返事がなかった。そこで、幸人は再び、扉をノックする。それでも返事がないので、幸人はそっと、扉を開けた。すると、ベッドの上では痩せたパジャマ姿の少年が、携帯緒ゲーム機に熱中していた。耳にヘッドホンを付けている。そのせいで、ノックが聞こえなかったのだろう。


 幸人ゆきとはおもむろにベッドに腰掛けて、清水しみず宗春むねはるの手からゲーム機を取り上げる。


「わっ。何するんだよ!」


 清水しみずが焦って手を伸ばす。才華さいかは素早く清水の背後に回り、首元に、くないを突きつけた。


「動かないで。血が出るわよ?」


 才華は冷酷な微笑を浮かべ、清水の耳元で囁く。清水は殺気を感じ取り、言葉を失った。


「やあ。清水しみず宗春むねはる君。僕の事が解るかな?」

「さ、真田……」

「じゃあ、やっぱり、三日前に僕の記憶を奪ったのは、清水君なのかな?」

「そ……そうだよ」

「……何故、僕を襲撃したのかな?」

「金を貰って頼まれたんだ。本願寺に」

「本願寺が君に金を払ったのか?」

「あ、ああ」

「……本当に?」


 幸人は言い、少々首を傾げる。だが、清水は静かに頷いた。


 再び、幸人の中に微かな違和感が沸き上がる。

 何かが変だ……。

 幸人が知る本願寺は、かなり頭のネジが外れた人物だ。その本願寺が、攻撃的な能力を持たない者に金を払って頼みごとをするだろうか? 本願寺ならば、清水を痛めつけて恐怖で縛って、能力の使用を強要しそうな気がする。

 幸人は暫し考えて、再び口を開く。


「ま、記憶が戻れば全部解るだろう。清水君。君の能力で他人の記憶を消せるのならば、戻す事も出来るはずだよね。僕の記憶、返してくれるかな?」

「あ……それは」

「ん? もしかして出来ないのかな?」

「どっちなの!」


 才華が、鋭く声を上げる。


「あ、出来る。出来るよ!」

「そう。良かった。じゃあ、記憶を返して貰えるかな?」

「わ、分かったよ……」


 清水は幸人と言い合って、そっと手を伸ばす。


「あ、頭をこっちに。触れないと記憶を返せない」

「そう」


 幸人は、清水に頭を近づける。すると清水は幸人の頭に手を置いた。


「余計な事をしたら、解ってるわよね? プスっと刺さるの」

「わ、わかってるよ……」


 清水は才華に脅しつけられながら、静かに目を閉じた。


「はあああああああ。はああああああっ!」


 清水が、気合の声を発する。そして……。


「終わったぞ」

 清水はそっと、幸人の頭から手を離す。


「ど、どうでしゅ? 幸人しゃま、何か思い出せたでしゅか?」


 カレンが幸人の顔を覗き込む、その一方、幸人は、じっと、自分の両の掌を見つめていた。


「いや。わからない。何も思い出せないんだけど……」


 幸人は呆然と言う。


「貴方、騙したわね。覚悟するの!」


 才華が目を吊り上げて、清水にくないを向ける。


「わ。違う……痛っ!」


 清水は咄嗟に手を振り払おうとして、その拍子に、くないで掌を切ってしまった。


「あ。このくないには毒が塗ってあるの……」

「なんだって?」


 才華と幸人が焦りを浮かべていると、清水の傷口が、ぐぐぐ、と、うごめいた。そうして、瞬く間に傷が塞がってしまった。傷跡もなく、怪我をした痕跡すら残っていない。

 何が起こったのか、幸人も、才華も、暫く解らなかった。


「傷が、塞がった……の?」


 才華が、やっと口を開く。


「清水君、もしかすると、君の能力って……」

「え? なんの話をしてるんだ?」


 幸人ゆきとは清水と言葉を交わし、チラリと才華さいかに目をやった。すると才華は、ちょっぴり悪そうな顔で、こくりと頷く。すると幸人も悪い微笑を浮かべ、才華に頷き返す。


「えい」


 おもむろに、才華は清水の頬っぺたを、くないで突いた。


「わ。痛いだろ!」


 清水しみずは驚いて抗議する。が、頬っぺたの傷もまた、あっという間に塞がって消えてしまった。


「超再生能力なの……」

 才華は驚いて、暫し、言葉を失う。


「ねえ霧隠さん。一つ聞きたいんだけど?」

「は、はい。なんなりと聞いてほしいの」

「確か、シャングリラ能力は一人につき一能力だと思ったんだけど。例外ってあるのかな?」

「いいえ。そんな話は聞いた事がないの。私はナーロッパ帰還者だけど、シャングリラ能力を持つ人は何人も見てきたの。でも例外なく、全員が一つしか能力を持っていなかった。学園が配布している資料にも、一人一能力とあるの……」

「つまり、シャングリラ能力は一人につき一つ。このルールに例外はない。って事になるね」

「うん。私もそう理解しているの」


 幸人と才華が言い合っていると、清水宗春が不思議そうに首を傾げる。


「お前ら、何を言ってるんだよ? こんなの、だろ?」

「君こそ何を言ってるんだ? !」

「え?」


 ポカンとした清水の顔を見て、幸人は黙り込む。才華もカレンも、謎に囚われたまま沈黙していた。


「清水君。ちょっと聞きたいんだけど、君はいつからここに入院してるのかな?」

「に、二週間ぐらい前からだけど……」

「やはりそうか」

「だから何だよ? 何が解ったんだよ!」


 困惑する清水に、幸人は更に問いかける。


「清水君は『僕の記憶を消した』。と言ったね。じゃあ、清水君はどうやって、自分の能力が記憶を消す能力である。と、知ったのかな? 当然、僕よりも前に記憶を奪った相手がいる筈だ。じゃあ、それが誰なのか思い出せるかい? 君が最初に記憶を奪った相手は誰?」

「それは、それは……えっと、あれ……」

「思い出せないのか。だろうね」

「お、俺は一体、どうして……」

「清水君。君の超能力は【記憶を消す能力】ではない。多分【超再生能力】だ」

「超再生能力? これが能力だっていうのか?」

「清水君。君は僕と同じだよ。君は何者かに『自分は他人の記憶を奪う能力者だ』。と、思いこまされたんだ。そもそも、清水君が僕を襲うのは不可能なんだよ。どうしてか知らないけど、清水君は二週間もこの病院に入院してるんだろ? だとしたら、三日前に僕を襲撃した。と、いう事自体、筋が通らない。無理なんだよ」

「じゃあ真田、俺達は一体……?」

「僕達は何者かから記憶を弄られた。清水君は記憶を改変されて、僕は記憶を奪われたんだ。そう考えるのが妥当だね」

「記憶を改変する能力……だって? そんな……」


 清水は言葉を失って、震えながら頭を抱える。幸人も、もう何も言う気にはなれなかった。

 ふいに、カレンが口を開く。


「か、カレンは清水しゃんに聞きたい事があるでしゅ。もしも本願寺しゃんが本当に幸人しゃまを襲ったとしたら、それはきっと、幸人しゃまのアイテムを奪う為だと思うんでしゅ。それって何処にあるか、知らないでしゅか?」


 カレンが言った事により、幸人も重要な事を聞きそびれていた事に気が付いた。


「そういえば、本願寺君は仲間がどうのって話をしていたな。前に戦った時も、金髪のガラの悪い女の子に命令していた。あれってどういう集団なのかな?」


 幸人は問う。


「……百足会むかでかい


 清水はポツリと呟いて、深い溜息を吐いた。



 ★ ★ ★



 幸人たちは、聞き取りを終えて病院を後にした。その頃にはもう、空は紅く染まり、殆ど日が暮れていた。夕日の残滓がせめぎ合う空を背に、幸人は虚しさに包まれていた。


「今日は無駄足ばかりでしゅね」

 帰りの道中、カレンが愚痴る。


「いいえ。そうでもないの。百足会に辿り着いたのは前進と言えるの。彼らなら、マジックアイテム欲しさに真田君を襲ってもおかしくはないの」

 才華が言う。


「詳しく聞かせてくれるかい?」

 幸人は才華に尋ねた。


 才華の話によると、異世界帰還者は五つの勢力に分類されるらしい。



 一つは、織田おだ信秋のぶあきのように世界を変えるべきだと考える人々。


 一つは、争いを嫌い、政府とも無関係な人々。幸人は現在、ここに分類される。


 一つは、政府に登用された人々。能力者を監視する、NSJなる組織に属す者もいる。


 一つは、土蜘蛛と呼ばれる勢力。土蜘蛛は政府から命を狙われて島を脱出した人々だ。


 一つは、百足会。政治的な思想をたず、犯罪を繰り返す不良集団。




 本願寺は、百足会のまとめ役のような存在だった。本願寺の下には三好みよし三人衆なる幹部がいて、今も百足会を取り仕切っているらしい。


「成程ね。本願寺が仲間と呼んだのは、幹部の三人組って事か。じゃあ、僕のアイテムを所持してる奴がいるとしたら……」

「ええ。三好三人衆の誰か。と、いう事になるの」


 幸人と才華は言葉を交わす。


「じゃあ、三好みよし三人衆と話を付けに行くんでしゅね?」

 カレンは言う。


「ああ。僕はこれまでずっと後手に回って来た。ここからはこっちが仕掛ける番だよ。その為には……」

「拙速さを武器にするしかないの。敵の思考が追い付く前に動くべきなの」


 才華が、幸人の言葉を補足する。

 こうして、幸人は歩き出した。




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