第40話 真田幸人は謎を追う 上






 ★


 妖精カレンはベッドの上で、ビシッとポーズを決める。


「変……身でしゅ!」


 カレンが叫んだ瞬間に、その小さな身体が輝き始めた。

 ぐぐぐ、と、手足が伸び、身長も伸びてゆく。輝きが治まると、カレンは人間の大きさへと姿を変えていた。

 とはいえ、その見た目は一二、三歳ぐらいの少女である。身長は、一四○センチに届かないぐらいだ。服装も、妖精らしいヒラヒラした薄着のままなので、このままではとても連れ歩けない。


「へえ。カレンは変身の魔法を使えるんだね」

「はいでしゅ。昨日、言ったと思いましゅけど」

「そうだっけ?」


 と、幸人ゆきとは苦笑いを浮かべる。するとカレンはちょっぴり拗ねて、頬を膨らます。


「そうでしゅ! カレンちゃんは優秀でお利巧さんなんでしゅよ?」

「ごめんごめん。でも、その格好はなあ」

「クローゼットにスポーツバッグがあるでしゅ。カレンの服が入ってるでしゅよ」


 カレンに言われ、幸人はクローゼットからスポーツバッグを出してやる。カレンは受け取ると、中から服を取り出して、てきぱきと着替えはじめた。


「もう、こっち向いて良いでしゅよ」


 カレンの声がして、幸人はベッドを振り返る。

 カレンは、上は、半袖の体操服を着ていた。ゼッケンにはひらがなで「かれん」と、書かれている。下は、女子生徒用のスカート。と、いった格好だ。


「これは……」


 幸人は思わず言葉を失った。

 何だろう? このそこはかとない変態感は? もしかして、僕って変態だったのか? いや、でもおかしい。そうだとしたら、カレンに何かときめく物を感じる筈。しかし……危機感しか感じないぞ!

 幸人は一人、頭を抱えて悶える。


「なにしてるでしゅ?」

「ねえカレン。その服装って……」

「あ。服は光しゃんとか、武田しゃんが買ってくれたんでしゅよ。幸人しゃまが記憶を無くす前は、カレンは光しゃんと武田しゃんとも仲良しだったんでしゅ」

「へ、へえ。そうなんだ? 武田って、武田信一君の事かな?」

「そうでしゅ。武田しゃんはとっても強くって、学園最強かも? って言われてるんでしゅよ。幸人しゃまは武田しゃんと一番仲が良かったでしゅよ。だから、チーム武田に入るとばかり思ってたけど……ちょっと意外でしゅ」

「成程ね……」


 幸人は呟いて、武田の姿を思い出す。

 幸人は記憶を失ってから、目覚めてすぐに足利あしかがと決闘を行った。その決闘で、見届け人をやってくれた決闘管理委員が、確か、武田といった筈。見た目は線が細くて、眼鏡が似合う優しそうな男子生徒だった。彼が幸人の親友だったとは……幸人自身、少しも気付いていなかった。そして明後日、武田は準決勝でチーム織田と当たるらしい。どちらが勝つにせよ、幸人にとっては脅威となるだろう。


 僕には記憶が無い。このままでは勝てない。切り札が必要だ──。

 幸人は内心呟いて、顔を上げる。


「じゃ、出かけようか」


 幸人はぬるくなった珈琲を飲み干して、玄関へと向かう。


「あ。ちょっと待ってでしゅ」


 カレンは慌てて手を伸ばし、テーブルの上のクッキーと【昏倒こんとうの針】を、スカートのポケットに押し込んだ。



 ★ ★ ★



 幸人とカレンは路面電車に乗って、島の治安管理局を訪れた。


「真田幸人さんですね……。あ、予約が確認できました。どうぞ」


 受付で手続きを済ませて、幸人たちは面会室へと通される。面会室の壁は、全面が、鋼鉄製だった。

 幸人たちが暫く待っていると、奥の扉が開き、見知った顔が現れた。

 本願寺だ。

 本願寺は拘束着を着せられて、車いすに載せられた状態で姿を現した。拘束着には、相変わらず、魔法陣と思しき紋様が描かれた布が被せてある。

 本願寺を連れて来た管理局員が奥へ引っ込むと、やっと、本願寺が口を開いた。


「真田か。何しに来やがった」


 本願寺は拘束された状態でも、相変わらず狂気交じりの薄笑いを浮かべている。


「やあ。本願寺君に聞きたい事があるんだ。二、三、質問に答えて貰いたいんだけど」

「はっ。馬鹿が。答えるとでも思ってるのか?」

「……さあね」

「真田。お前、俺に勝ったと思ってるだろう? とんだ勘違いだぜ。俺はその気になればいつでもこんな所は出られる。今すぐにでもな。精々気を付けろよ。俺はここを出たら真っ先にお前を潰しに行く。お前が大切にしてる物、繋がってる人間、会話した人間。全部壊してやるよ。目の前でな。なあ真田。お前が悪いんだぜ?」

「僕が聞きたいのはそういう、とち狂った話じゃないんだよね」

「余裕かましてんじゃねえぞ。ハッタリだとでも思ってやがるのか?」

「君はどうして、そんなにも僕を憎むのかな?」

「気に入らねえんだよ。てめえの善人ぶった態度がな」

「そう。僕も君の事は嫌いだね。それはそうと、本願寺君は三日前の日暮れ頃、学校で僕を襲撃したね? 目的は何だったのかな?」

「あ? 何言ってやがる」


 本願寺が言う。その言葉を聞いて、ピクリと、幸人の眉が上がる。


「君は三日前、僕に脅迫状を送って呼びつけた筈だ」

「何の話をしてやがる。確かに三日前、俺はお前の背中をぶっ刺してやったさ。まさか生きてやがるとはな。だが、脅迫状だのなんだのって話は知らねえな」

「……背中を刺した? 君は何の話をしてるんだ?」

「あ? そんな事も忘れたのかよ。ビビり過ぎて記憶がどこかに飛んでっちまったか? 無警戒にあんなところを歩いてるお前が悪いんだぜ?」


 本願寺の話を聞いて、幸人は少々困惑する。

 ──何かがおかしい。話が微妙に食い違っている。そもそも、幸人は背中を刺されてなどいない。幸人が記憶を無くした原因は、何者かの能力による物か、そうでなければ頭部への打撲による外傷性記憶健忘だ。医者の見立てでも、後頭部への打撲の痕跡があった。幸人が思い違いをしているのか、それとも、本願寺の記憶に何か問題があるのか……。


「因みに、僕は何処で、君に刺されたのかな? そこの記憶が曖昧なんだけど」

「映画館裏の駐車場だろ。ゾクゾクしたぜ? あの場所は、人気ひとけが無いと言っても誰かに見られてもおかしくない場所だったからな。くくくっ」


 幸人は本願寺と言葉を交わし、確信する。

 何か、奇妙な事が起こっている……。

 明らかに、本願寺が言っている事はおかしい。本願寺は映画館裏で幸人を襲撃したという。だが、それは変なのだ。明智光は、幸人が『』と、証言しているからだ。そして映画館から帝都学園の校舎裏までは一キロ近く離れている。仮に本願寺の証言が事実だったとして、背中を刺された人間が、一キロも這って校舎裏を目指す理由もない。

 では、光が嘘を吐いていたのか?

 あり得ない。幸人にとって、光以上に信頼のおける人間はいない。そもそも、光が嘘を吐く理由がない。


「質問を変えるよ。本願寺君の知り合いには、他人の記憶を消す能力者がいるね」

「あ? 徳川から聞いたのかよ。ああ。それがどうしたんだよ」

「その人の名前を聞いても?」

「言わねえよ。馬鹿か? 仲間を売る訳ねえだろ?」

「仲間……ね」

「何が言いてえんだ?」

「いいや。ところで、本願寺君が僕から奪った二つのマジックアイテム、何処にあるのかな?」

「……さあな。間抜け」


 本願寺の視線が突き刺さる。幸人は、それを尻目に椅子から腰を上げる。


「ありがとう。何も解らなかったけど、なんとなく分ったよ」

「あ?」

「僕は何者かに踊らされている。本願寺君もね……」

「何を言ってるんだ。サッパリ分からねえな」


 そうして、幸人は面会室を後にする。その背中に、本願寺の怒声が突き刺さる。


「真田あああっ! 楽しみに待ってろよ。すぐだぜ? すぐに殺しに行ってやるからな。最初は、お前にとって一番大事な人間を殺す。必ずなあっ!」


 狂気じみた笑い声が、幸人の耳に張り付いた。



 ★ ★ ★



 幸人とカレンは治安管理局を出ると、今度は、島の総合病院へと向かった。

 島には、二つの病院がある。一つは従来の医療を行う普通の病院、もう一つは異界の知識や能力による治療と従来の医療を併用で行う、実験的医療機関だ。

 幸人が訪れたのは、通常の医療を行う病院の方だ。ここは、幸人が入院していた病院でもある。


「ここで有益な情報が得られると良いんだけど……」


 幸人は資料を手に、病棟を見上げる。

 この病院には記憶を消す能力者が入院している筈だ。その情報については、霧隠きりがくれ才華さいかが提供してくれた。


「本願寺しゃん、嘘ばっかでしゅね」

 カレンが愚痴る。


「やっぱり、嘘だって思うかい?」

「はいでしゅ。幸人しゃまは背中を刺されたりしてないでしゅ」

「だとしたら、本願寺はわざと出鱈目を言ったのか、って事になるね」

「そうでしゅね。あいつ頭おかしいから、記憶がおかしくなってても、別に不思議じゃないでしゅ」

「記憶がおかしくなってても、か……」

「何か気が付いたんでしゅか?」

「ううん。先を急ごう」


 幸人はカレンと言い合って、病院の自動ドアを潜る。その頃には、もう、日が暮れそうになっていた。


「真田さ……くん」


 何者かが幸人を呼び止める。幸人が振り向くと、ロビーの隅から、霧隠きりがくれ才華さいかが駆け寄って来た。


「霧隠さん。風魔君との決闘はどうしたの?」

「さっき終わりました。これで、やっと自由の身です。真田君にはどう感謝したらいいのか……」

「そういうの良いから。もう、仲間なんだし」

「あ。はい、そうですね。でも真田君になら、心からの忠誠を……」

「忠誠とかもなし。敬語もね。怒るよ?」

「はい。ありがとうござ……ありがとう」


 叱られて、才華は、何故か嬉しそうに頬を赤らめる。そんな才華の眼の前に、ずい、と、カレンが進み出る。カレンは見せつけるように幸人に抱きついて、才華にあっかんべーをした。


「えっと、真田君、そのは知り合いなの?」

「あ、それは、その……」

「まさか、変な趣味があるの?」

「違う違う。そうじゃなくて」

「本当に? それならいいの。ちょっと驚いただけなの」

「……の?」

「あ、急に敬語を止めたらなんだか喋りにくくて。気にしないでほしいの」


 と、才華は頬を赤くする。一方、カレンは才華を見上げて、ちょっぴり不機嫌な顔をする。


「カレンは幸人しゃまの恋人なのでしゅ」

「こ、恋人? 真田君って、やっぱりそういう趣味があるの?」

「いや、違うからね! この娘はなんというか」

「カレンと幸人しゃまは、シャングリラで一緒に暮らしていたんでしゅよ。こっちに戻ったら高校と中学で離れ離れになったけど、今でも仲良しなんでしゅ」

「あ。じゃあ、中等部の娘なの?」

「はいでしゅ」


 カレンのこの話は嘘である。だが、カレンの説明を聞くと、才華は納得して、ポケットからお菓子を取り出した。


「お、お菓子食べる?」

「た、食べましゅ!」


 カレンはお菓子を受け取って、満面の笑みで齧りつく。才華はその様子を見て、顔を真っ赤にして、全身をプルプル震わせる。


「霧隠さん、どうしたの?」

「可愛い! 可愛い! 可愛いの!」


 才華は、鼻息荒くカレンを抱きしめて、頭を撫でまくった。カレンは鬱陶しそうにしているが、次々と差し出されるお菓子の誘惑に勝てず、才華にされるがままだった。


 ちなみに、幸人が後で聞いた話によると、カレンの嘘設定は、幸人が記憶を失う前に考えた設定であるらしい。カレンの正体を誤魔化さねばならない時には、決まって、カレンは同じ説明をしてきたそうだ。

 明智光と武田信一も、カレンについては幼女姿しか見た事がないらしい。





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