第39話 シャングリラ能力者の王 下





 歓喜の闘技場で、ひかり秀実ひでみに飛びついた。


「秀実ちゃん、凄いじゃない! まさか、あんなにも速いだなんて思わなかったわ!」

「あ、え、その、ゴメンなさいっす……」

「どうして謝るの? 秀実ちゃんのおかげで勝てたんじゃない。今頃、織田もびっくりして口を半開きにしてるわよ」

「その、そうじゃなくて……」


 秀実は幸人の前に歩み出て、ペコリと頭を下げる。


「自分、これまで衝撃波の威力をちょっと誤魔化してたっす。本当は、これまで真田様や光さんに見せたよりも、少しだけ強く打てたっすよ……」


 と、秀実はシュンとする。その肩に、幸人がそっと手を置く。


「まあ、結果オーライだよ。実際、僕の読みは外れていた。北条君は、僕が迫るのに目もくれず、真っ先に秀実に銃口を向けたからね。彼は彼で、味方を信頼して身を投げ打つ覚悟をしていたんだ。そこまで読み切れなかった」

「あ、あの状況で、真田様は敵の銃口の向きまで見えていたっすか?」

「ああ。見えていたよ。だからこそ驚いた。秀実の速さは僕の理解を超えている。ここまで来ると、シャングリラ能力者の王。と、言えるかもね」

「そ、そんなに褒められるとむず痒いっすよ……」


 頬を紅く染める秀実を、仲間達が囲む。皆、秀実を撫でたり、抱きついたりして讃える。その様子を、闘技場に設置された監視カメラが、撮影し続けていた……。



 ★ ★ ★



 同時刻。

 カウンセラーシティ島の中心部には小高い丘がある。その真ん中には、真っ白な塔があった。塔は地上一五○メートル程の高さを誇り、その外観から、白灯台はくとうだいと呼ばれている。一応、表向きは電波塔という事になっているが、その本質は、政府機関の監視塔である。そして、島民の殆どが、薄々、その事実に気が付いていた。


 地上三八階。白灯台の展望室には、大型のモニターがずらりと並んでいた。一番大きなモニターには、幸人たちが喜び合う様子が映し出されている。展望室には一○人程の男女の姿があり、全員が、真剣な顔でモニターに見入っている。


「そこ、もう一度再生してくれる?」


 部屋の一番奥で、一人の女が言う。女は二◯代後半ぐらいの年齢で、サングラスを付け、タイトなスーツに身を包んでいる。

 そう。彼女は以前、幸人の恋人の大谷おおたに竹美たけみを尋問した女だった。


「ここですか?」


 女性オペレーターが画像を巻き戻し、止める。画面には、羽柴秀実が衝撃波を放つ瞬間の映像が映っている。


「ええ。そこから、もう一度再生して。コマ送りで」


 サングラスの女が言い、動画がコマ送りで再生される。


「もう一度……」


 再びサングラスの女が言い、また、動画がコマ送りで再生される。


「やはりそうか。衝撃波。よく誤魔化しているが、これは衝撃波ではないな」


 画面では、何度も繰り返し、秀実が衝撃波を打つ瞬間が映し出されている。そして秀実が手をかざした瞬間に、次のコマでは、秀実の構えや手の角度、立ち位置等が微妙にズレている。

 秀実だけが、ズレるのだ。


「衝撃波ではないとなると、何でしょうね?」


 オペレータが呟く。すると、展望室にいる連中が、ひそひそと言葉を交わす。


「タイムリープ、もしくは、時間を止める能力だろうね。チーム北条が吹き飛ばされている現象から察するに、恐らく時間停止能力だ。羽柴秀実が時間を停止させて、腰にぶら下げているハンマーを使ったのでしょう」


 白衣を着た男性が、眼光鋭く言う。サングラスの女も、頷いた。


「時間停止能力……最悪ですね」

 オペレータの女性が青ざめる。


「そうでもないわ。動画から察するに、あまり長くは時を止められないのだろう。ある程度の条件なり、限界がある筈だわ」

 サングラスの女は言う。


「え? 根拠を伺っても?」

「好きなだけ時間停止能力を使えるのであれば、第一試合も第二試合も、一瞬で勝利した筈よ。第一試合で上杉謙鋼に切られる事も無かったでしょうね」

「あ、成程……」


 サングラスの女とオペレータが言葉を交わす。一方で、サングラスの女の傍らにいた、スーツ姿の男性が口を開く。


「じゃあ、分類は時空間系能力ですね。危険度はどうします? 能力的には相当ヤバそうですが、使用者の人格を考慮したら、そこまでではないように思われますが」

「それは本部のシンクタンクが判断する。こちらの見立てでは【危険度大】と、言ったところだわね」

「了解。危険度大。ですね」


 男性は、サングラスの女と言い合って、キーボードを叩く。コンピュータのモニターには秀実の顔写真が張られており、そこに、秀実の能力と、暫定危険度が張られる。


「データ送信。と」


 男性がエンターキーを押す。すると、すぐに本部から返信があり、正式な危険度が通達される。


「早っ。いつもの事ですけど、本部は判断早すぎますね」

「AIだからね。それで、正式な危険度は?」

「それが……【危険度極大】だ、そうです」

「なんですって?」


 サングラスの女は、焦りを浮かべて男性のコンピュータ画面を覗き込む。

 そこには、能力者の危険度の序列が記載されていた。



 ◇◇◇


 カウンセラーシティ、危険度【極大】能力者 序列。


 1 明智光  「液体の操作」

 2 羽柴秀実 「時間停止」

 3 天草時政 「念動力」

 4 本田忠克 「一定時間無敵」

 5 毛利元成 「ランクSエアーカッター」

 6 黒田官平 「言霊」

 7 前田慶子 「プラズマを操る」

 8 石田三恵 「壁抜け」

 9 織田信秋 「ランクS詠唱短縮、及び火属性魔法」

 10 武田信一 「ランクS高速移動術、及びランクA剣術」

 11 上杉謙鋼 「ランクSライトウェポン、及びランクB剣術」

 12 加藤清美 「ランクS攻撃時魔力付加、及びランクB槍術」

 13 福島正菜 「物体の大きさを変える」 

 14 浅井長代 「電気を発生させる」

 15 伊達正治 「未知のウイルスを発生させる」


 ◇◇◇



羽柴はしば秀実ひでみ、序列二位……か。世界というよりも、特定の連中にとって危険。と、いう判断が為された可能性が高いわね」

 サングラスの女が言う。


「秀実ちゃん、序列二位なんですね。能力的には明智あけちひかりよりも上な気がしますが……。明智光の水を操る能力って、そんなに脅威なんでしょうか?」

 スーツの男性が問う。


「明智光が苦戦しているのはルールに縛られているからよ。地表の七割は水。明智光がその気になれば、すぐにでも五大陸を巨大津波で滅ぼせるわ。それだけの能力が、多感で傷つきやすい年頃の少女に備わっている。こんな脅威はないでしょう? 明智光こそが、能力者たちの王なのよ」


 サングラスの女に言われ、スーツの男性は息を呑む。


「能力が判明してる一部だけでも、こんなに世界を滅ぼせる奴らがいるんですね……」


 スーツの男性は溜息を漏らす。

 重々しい雰囲気の中、大人達の後ろで、帝都学院のブレザーを身に着けた少女があくびをする。少女は長い黒髪に色白の肌、そして黒縁眼鏡。瞼には薄紫のアイシャドウをして、少し大人びた顔立ちをしている。


「で、羽柴秀実、だっけ。その娘どうするんですかあ? 危険度極大なら抹殺リスト入りしてもおかしくないんでしょお。やるのお? やらないのお?」


 少女は、間延びした口調で言う。


「それは本部の判断次第ね。それよりも浅井あさい長代ながよ。織田信秋の討伐任務が進んでいないようだが?」


 サングラスの女が言う。すると少女は不機嫌な面持ちで、ゆらりと椅子から腰を上げた。


菊池きくちさあん。勘違いしないでくれるう? 私が受けたのは調査任務なのお。それに、私の雇い主は政府なんだけどお。菊池さんの命令を聞く理由なんてないんだけどお?」


 浅井と呼ばれた少女は、指先からバチリ! と、放電する。そう。彼女こそが危険度【極大】能力者、序列一四位の浅井あさい長代ながよだった。


「調査の結果は明白だろう? 織田信秋はクーデターを画策している。浅井はその場合、織田を始末するよう命令を受けた筈だ」


「だからって、菊池さんの命令を聞く必要があるのお? 私に命令したければ、上を通して貰えるう? それに政府との取引は織田君との事だけじゃないのお。私ってえ、こう見えて結構忙しいのよねえ」


「じゃあ勝手にしなさい。但し、私達の邪魔だけはしないで」

「はあい。じゃあお仕事、頑張ってね。菊池さん……」


 言い残し、浅井あさい長代ながよは部屋を後にする。

 静まり返った展望室で、女性オペレータがホッと胸を撫で下ろす。


「まったく、ここは生きた心地がしませんね……」


 ぼやく肩に、菊池と呼ばれたサングラスの女がそっと手を置く。菊池の女の胸元には「NSJ」と、記されたワッペンが張られている。

 NSJは【National Security Japan】の略称である。

 異世界帰りの出現に当たり新設された、国家安全保障機関だ。



 ★ ★ ★



 一◯分後。

 チーム明智の面々は、試合を終えてそれぞれの部屋へと戻った。秀実は祝勝会をやりたがったが、幸人にも光にも、どうしてもやっておかなければならない事があった。

 そんな訳で、祝勝会は一旦、おあずけとなった。


 幸人は自室に戻ると洗面所へ行き、鏡に、左腕の紋章を映し出した。

 薄ぼんやりと鏡が光り、妖精カレンが飛び出して来る。


「幸人しゃま、酷いでしゅ! こんなに長い間異空間に閉じ込めるなんて。淋しかったでしゅ。不安だったでしゅよおっ!」


 カレンは幸人の胸に飛び込んで頬ずりをする。


「でも、異空間から外の様子は見えるんだろう? カレンはお菓子とかゲームとか、好きな物を山盛り持ち込んでるから、そう退屈でもないと思うんだけど」


「それはそうでしゅけど……でも、羽柴はしば秀実ひでみとか霧隠きりがくれ才華しゃいかとか、雌犬が二匹もいたんでしゅよ? ずっと人形のふりをして固まってる身にもなるでしゅ!」


「ごめんごめん。他に方法がなくてね。でも、おかげで試合には勝てた。カレンの我慢あっての勝利だよ」

「そ、そうでしゅか? じゃあ、褒めてくだしゃい。頭撫で撫でするでしゅ!」

「ああ。ありがとね、カレン」


 幸人は指先で、カレンの頭を撫でてやる。するとカレンははねをパタパタやり、えっへんと、胸を張る。


「で、これからなんだけど」

「えっと、本願寺ほんがんじしゃんの面会に行くんでしゅよね? いよいよ、奪われた【ましろの槍】と【月の花の腕輪】を捜しに行くんでしゅね!」

「うん。だからカレンは暫く留守番を──」

「──嫌でしゅ!」

「でもカレン、危ない事があるかもしれないんだよ?」

「嫌でしゅ! 絶対、絶対、カレンも一緒に行くんでしゅうっ!」


 カレンはぷっくりと頬を膨らませ、駄々を捏ねまくった。




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