第38話 シャングリラ能力者の王 中
★ ★ ★
幸人は目を閉じてイメージする。
「それでは開始開始!」
幸人はその瞬間に駆け出して、チーム北条の
「あ……!」
背後から声がして振り向くと、秀実が撃たれて崩れ落ちる。
ならば、せめて、光とせんりは守ろうと、盾になる為に突進する。この場合、弾丸はかわせない。避ければ仲間に被弾する。そして幸人は瞬時に蜂の巣にされ、倒れる。この時、光が海から水を呼び出していればまだ良いのだが、それは間に合うか?
無理だ──。
再び、幸人はイメージする。
試合開始の掛け声がかかる。その瞬間、ドン! と、衝撃音が響き、相手チームの何人かが吹き飛ぶ。運が良ければ一人か二人は倒せるかもしれない。だが、
幸人は駆け出して、敵陣へと迫る。この時、既にバリアーが張られているだろう。当然、この状況では幸人は敵にとって脅威ではない。まず、秀実が撃たれる。そして、光が水を呼び出す前に、仲間達が全滅する。
これは仮に、秀実が速さ勝負で勝った場合のシミュレーションだ。
希望的観測が多すぎる。これでは勝てない──。
そして幸人は結論する。
自分に足りないのは「速さ」だと。
だが、それは覚悟があれば補える。幸人がひた隠しにしてきた飛行能力を使えば……。
そして再び、幸人はイメージする。
「それでは開始開始!」
合図がかかり、猛烈な銃撃が始まる。その時、幸人は高速で飛行して、既に敵チームに肉薄している。当然、相手チームは対処せざるを得ない。バリアーを張るのは間に合うだろうが、心理的事情で、咄嗟に撃たずにはいられないだろう。その瞬間に上昇し、幸人は銃弾を一心に集め、回避し続ける。飛び道具除けの加護も役に立つだろう。
一拍遅れて、敵が冷静さを取り戻す。そして一番厄介な秀実に銃を向ける。敵は一斉に秀実に発砲する。だが、秀実はそれを衝撃波で撃ち落とす。
ここで、光の水の塊が到着する。光はすぐに水のバリアーを張り、仲間達はバリアーに守られる。バリアーに守られながら、せんりがアースサーバントとアースアーマーの魔法を唱える。土の精霊が岩石の障壁を張り、更にせんりがチームの盾役を引き受ける。
光はせんりに守られながら、チーム北条をバリアーごと水で包む。後は、チーム北条の酸欠を待つだけ。敵は水の中からも必死で攻撃を放つだろうが、それはせんりが防いでくれる。
この時、幸人は撃破されているだろう。だが、チームが勝つにはこの方法しかない。
この作戦なら勝算がある……!
幸人は目を開けて、虚空を睨みつけた。
★ ★ ★
そして、試合直前のブリーフィングが始まる。
「で、こういう作戦なんだけど……」
幸人は、仲間達に作戦を説明し終えた。
「飛行、ね。それってどれぐらいのスピードなの?」
光が問う。
「レシプロ機ぐらいだよ。時速だと、400キロぐらいかな」
「それなら上手くいくかもね。そんな速さで飛んで来られたら、思わず撃たずにはいられない。上昇してしまえば簡単に銃弾も当たらないでしょうし。勝算は薄くないわね」
幸人と光は言い合って、頷き合う。
一方、テーブルの隅で、秀実だけが、浮かない顔をしていた。
★ ★ ★
そして、第三回戦の試合時間がやって来た。この試合を勝ちぬけば、一日の休みを挟んで、明後日に準決勝と決勝戦が行われる予定だ。
チーム明智とチーム北条は、分霊を終えて
「きゃあ。北条くううん!」
客席からは、女子生徒らの黄色い声援があがる。
「やっぱり。
光が小声で言う。
そして……。
「みんなあ! 三回戦、始まりますよお。しっかりご飯は食べてきましたかあ? 私はお腹ペコペコだったから、二つもお弁当食べちゃいました。あ、でも、少しぐらい太っても見て見ぬふりをして下さいね?」
司会進行役の寧々ちゃんが、マイクを手に声を張る。すると、客席からどっと、笑い声が起こる。
「さあ、これから三回戦第一試合を開始します。チーム北条対、チーム明智、勝つのは一体どっちなのでしょうか。では……」
そう言って、寧々ちゃんは息を吸い込む。
「試合開始!」
開始の合図がかかるなり、幸人は全力で飛び出した。
◇
カツリ。と、靴音が響く。
おもむろに、
幸人は床に触れる程低く飛び、既に舞台の半分以上を進んでいる。光の前では、三つのペットボトルが破裂して、飛び出した水が薄い盾を形成しかけている。光なりに、バックアッププランを用意していたのだろう。せんりは、光の真後ろにいる。そして秀実がいた位置には、水の盾が形成されかけた状態で静止している。
秀実は数歩歩き、ピタリと足を止める。そこには弾丸が浮かんでいた。
弾丸は、
真っ先に自分を狙って来たっすね。やっぱり、
内心呟きながら、秀実は指先で弾丸の先端を弾く。すると、弾丸は一八○度向きを変え、弾頭が北条康氏に向く。これで、時間停止を解除すれば、この弾丸は康氏を貫くだろう。
だが、まだ解除はできない。
秀実は速足で歩きながら、静止している弾丸を次々と、指先で弾いていった。全ての弾丸は発砲した者へ。これで勝負は決まる。でも、偽装工作も欠かせない。
秀実は遂に、チーム北条の面々の目の前に辿り着いた。
ふいに、秀実はハンマーを振りかぶる。そしてアッパーカットの要領で、北条康氏の銃口を殴り上げる。
北条康氏の次は
こうしておけば、時間停止を解除したら三人は吹っ飛んでゆく。本当は、自分が撃った弾丸に貫かれて倒されたとしても、衝撃波で倒されたように見えるだろう。
そして、秀実は
間に合った……。
秀実は内心ホッとして、同時に、後ろめたい気持ちになる。
すみません真田様。真田様のプランを信じなくて。でも自分、どうしてもどうしても、織田様の傍に居たいっす……。
秀実の胸を、切ない記憶が満たす。
──秀実が
秀実は二年間、シャングリラで暮らした。そこは平和で美しく、心優しい人々で溢れる世界だった。引き籠りがちでやる気がない秀実を責める者は誰も居なかったし、それでも秀実は尊重されていた。
突然、シャングリラに転移して行く当てがない秀実を世話してくれたのは、優しいお婆さんだった。
お婆さんは庭の畑で野菜を育てるのが日課だった。お婆さんは収穫した作物を美味しく料理して、いつも秀実に食べさせてくれた。とても働き者で、いつも秀実を大切にしてくれた。秀実はお婆さんに笑って欲しくて、いつしか、農作業を手伝うようになっていた。その毎日は平和で穏やかで、現世では感じた事の無い安らぎで溢れていた。
だが、ある日突然、迎えの船がやって来た。
秀実はシャングリラの行政機関に促されて、泣く泣く、船に乗る事になった。
こうして、秀実は現世にへと帰還する。その旅は二週間程続いた。船に揺られている間、秀実は不安に押しつぶされそうだった。
また、あの殺伐とした日常に戻るのか。誰かを傷つける事しかせず、それを楽しむ連中ばかりの毎日に。世界は、なんでこんなにも残酷なのだろう……。
船の甲板の隅で膝を抱えて落ち込んでいると、すっと、目の前に何かが差し出された。
キャンディだった。
「お前、なんか元気ないな。食え」
キャンディを差し出したのは、目つきが鋭くて、でも、精悍な顔立ちの少年だった。そう。織田信秋である。
秀実はキャンディを受け取って口に含む。ソーダの香りと甘さが広がって、その途端、一気に感情が溢れ出す。
秀実は、声を上げて泣いた。拭っても、拭っても、涙が止まらない。
「それだけ泣くって事は、お前はシャングリラ転移者か?」
「うぐ。そうっす。あんたさんは違うっすか?」
「俺は違う。もっとずっと、厳しい世界にいた」
「……そうっすか」
俯いた秀実の背に、ポンと、織田の手が触れる。
「そう落ち込むな。そんなに嫌な世界なら、俺が変えてやるさ。
「で、でも、そんな事できるっすか?」
「できるに決まってる。俺達にはもう、その力がある。そうだろ?」
織田はカラリと笑う。秀実には、それが眩い光に見えた。
ああ、この人と一緒に居たい。この人が好きだ。この人の力になりたい……。
秀実の気持ちは恋慕の情を超えて、崇拝に近いものだった。
それから、秀実はずっと、織田信秋を慕っている。織田の為ならどんな事でもしてやりたいとすら願う。だから、秀実は対抗戦の前に、チーム織田の採用試験を受けた。だが、不合格だった。織田に会う事さえ許されず、
しかし、遂にチャンスが巡って来た。
『ああ。歓迎してやるぞ。但し、条件がある。必ず決勝まで上がって来い』
秀実の中で織田信秋の声が木霊する。
自分は、どうしても、決勝に行かなければならないっす。誰かに、自分の超能力の正体を見破られたとしても……。
秀実は心中に呟いて顔を上げる。
そう。これはたった一度のチャンスなのだ──。
秀実はハンマーを振りかぶり、四回、
真田様はまだ、シャングリラ能力者の戦いを理解していないっす。シャングリラ能力者の戦いは、西部劇の早撃ち勝負と同じ。最初から、自分が時を止めるのが先か、上田朝子がバリアーを張るのが先か? それで全てが決まる戦いだったっすよ。真田様のプランでも少しは勝算があったけど、実際に、弾丸はいきなり自分を狙って飛んで来たっす。勝つにはこれしかなかったし、これが、超能力者のやり方っす……。
内心ぼやきながら、秀実は元居た場所に立つ。そして緩やかに、衝撃波の構えを作る。
秀実は、ふうっ。と、息を吐き出した。
◇
時が、動き出す!
幸人は矢よりも早く、北条康氏を目指す。そして思いきり棒を振り抜く。筈だったが、それよりも先に、北条康氏が後方へと吹き飛んだ。
ドン! と、一瞬遅れて音がやって来る。
チーム北条の四人が同時に吹き飛んで、試合会場の壁に叩きつけられる。そうして、四人は落下して、肉体が光の粒子へと変わり、消滅する……。
幸人は着地して、暫し茫然と立ちつくした。何が起こったか飲み込むまで、少々時間がかかったのだ。
チラリと、
「勝負あり。試合時間はその……0・13秒です。チーム織田の最速撃破記録を上回りました……」
寧々ちゃんが声を震わしながら言う。そこでやっと観客の思考が追い付いて、闘技場は歓声に包まれた。
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