第42話 真田幸人は謎を追う 下





 ★ ★ ★



 幸人はカレンと霧隠きりがくれ才華さいかを連れて、帝都学園の寮へと戻った。才華の情報によると、三好三人衆も寮住まいであるらしい。


「暫く待っててほしいの。先に行って偵察してくるの」

 寮に入るなり、才華が言う。


「でも、一人で大丈夫?」

「私は忍者なの。一人の方が都合が良いの……」

「そう。じゃあ、頼んだよ」


 幸人は才華を見送って、その間、才華がくれた資料に目を通した。


 才華さいかがくれた情報によると、百足むかでかいの構成メンバーは、普段はファッションビル裏の公園をたまり場にしているらしい。百足会は所謂、カラーギャングに似た集団なのだそうだ。ただ、彼らの住まいはおおむね、帝都学園の寮である。彼らが寮に住むのには、それなりの理由がある。

 帝都学園の寮には、絶対のルールが存在するからだ。


 ◇


 一つ、寮には外部のいかなる勢力、権力の侵入を許さない。部外者が訪れる場合、事前に許可を得る事。

 二つ、外部からの無断侵入、圧力に対しては、寮に住まう全ての者が総力をもって対処する。

 三つ、寮の敷地内では、外部勢力の法令、権威、契約の効力は失われる。

 四つ、、基本的には日本国の法令に沿って寮内の自治機関によって解決される。但し、入寮前の法令違反については不問とする。

 五つ、寮内での私闘は固く禁じる。破ったら自治機関によって相応の罰を受ける。


 ◇


 以上の五項目が、寮の大まかなルールだ。本願寺のように、過去に前科を持つ者にとっては都合の良いルールばかりだ。それなのに、日本政府は何故だかこのルールを支持しているらしい。おかげで、寮はろくでなしどもにとって貴重な安全地帯といえる。


 ただ、幸人は寮のルールに関して、こうも考える。


 これは体の良い隔離だ。と。

 寮を安全地帯だと考える連中にとっては、安全地帯と言えるのだろう。だが、彼らは気が付いていない。寮を利用しているつもりで、その実、カウンセラーシティに依存し、縛り付けられている。と、いう事を。

 幸人は以前、織田が言っていた言葉の意味が、少しずつわかりかけていた。


 ちなみに、才華がくれた資料によると、三好三人衆の面子は以下の通りだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 三好みよし長安ながやす

 三好みよし宗院そういんの双子の兄。シャングリラ能力者。金属を爆弾に変える能力を持つ。


 三好みよし宗院そういん

 三好みよし長安ながやすの双子の弟。シャングリラ能力者。身体強化の能力を持つ。兎に角強いらしい。


 岩成いわなり友子ともこ

 ナーロッパ能力者。職業クラスは魔導士。強力な無属性魔法の使い手である。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 この三人の中に、幸人の記憶を奪い、二つのマジックアイテムを奪った者がいる。と、いう事になる。


 ★


 二〇分程が過ぎて、やっと才華が戻って来た。


「とりあえず、三好三人衆の部屋についてなんだけど、ごめんなさい。辿り着けなかったの」


 才華が、シュンとして肩を落とす。


「まあ。連中もそれなりに警戒してるだろうからね。ガードを突破出来ないのは仕方がない事だと思う。動いてくれてありがとう。ここまで来たら、全ての部屋のドアをノックしてみるだけさ」

 幸人は才華の肩に手を置いて労う。


「ううん。そういう事ではないの。どの部屋か分からなかったのではなく、辿り着けなかったの。百足会メンバーの部屋は殆ど同じフロアーにあるんだけど、廊下をいくら歩いても部屋に辿り着けなくて。仕方なく、外から窓を割って侵入しようと試みたけど、窓から飛び込んだ瞬間に、何故か外に放り出されていたの」

「ん。それってつまり……」

「多分、ナーロッパのマジックアイテムか、もしくは何者かのシャングリラ能力のせいで辿り着けなかった。と、いう事なの」

「成程ね……」


 そこで、幸人は思考を巡らせる。

 才華の言葉から察するに、多分、無限回廊とか、空間を歪める系統の超能力によって引き起こされる現象だと思われる。このまま幸人が百足会のフロアーに向かっても、才華と同じ事が起こるだろう。部屋に辿り着けず、いつまでも無限回廊を歩き続けて時間を無駄にする事になる。

 ならば……。

 幸人は時計に目をやった。時間は午後六時少し前。普通なら、不良共が帰宅する時間ではない。


「ちょっと考えがある。二人とも、一度異空間に入ってくれないかな?」

 幸人は言う。


「え? またでしゅか? カレンはいつもお留守番ばっかりでしゅね」

「わ、私は構わないの。真田くんなら、きっと何か考えがあるの」


 カレンと才華が言う。幸人はカレンを説得して、二人に腕の紋章を向けた。


「じゃあ、二人共、紋章に触れて」


 幸人は言う。すると、カレンと才華が、幸人の腕の紋章に触れた。その瞬間、カレンと才華の身体が輝いて、光の粒子へと変わる。粒子は、紋章の中へと吸い込まれていった。

 ちなみに、腕の紋章の発動条件は『対象の名前を知っている事。そして、紋章で直接触れる事』である。


 ★


 こうして、幸人は一人、寮を出た。

 幸人は寮の裏手へと回ると、周囲に誰も居ない事を確認して、そっと妖精のはねを広げる。

 ふわりと浮かび、空へと加速する。ある程度上昇すると、空中をホバリングしながら、ぐるりと、島を見渡してみる。

 さて、彼女はどこにいるだろう?

 幸人は通りや公園に目を凝らし、とある人を探す。


「あ。いたいた」


 幸人は公園近くの路上に、目当ての人物を見つけた。

 金髪に、日焼けした肌。それは以前、池田せんりを虐めたり、徳川とくがわ家理亜いりあの誘拐に加担した、瞬間移動能力者だった。

 幸人は急降下して、金髪の不良少女の背後に降り立った。そして、ガシリと、不良少女の肩に手を置く。


「きゃっ」


 不良少女は驚いて、振り向きかける。が、幸人は少女の後頭部を掴み、前を向かせる。


「僕の声に、聞き覚えがあるよね?」

 幸人は静かに、冷徹に言う。


 暫くすると、不良少女の肩が震え出した。幸人の声を思い出したのだ。

 幸人は以前、池田せんりを助ける為に、この不良少女を襲撃した。その時に散々脅しつけたので、それがトラウマになっているのだろう。


「あれだけ忠告したのに、君は約束を破ったね? 人に優しくすると言ったのに、徳川とくがわ家理亜いりあの誘拐に加担した」

「ご、ごめんなさい! でもあれは、本願寺が怖くて逆らえなくって」

「ん? 僕は言い訳をしろと言ったかな?」

「ひいっ! ご、ごめんなさい」


 不良少女は怯えきって、足までも、ガタガタ震え出す。やがて、小麦色の足を液体が伝い、地面へと広がってゆく。また失禁したのだ。


「助かりたい?」

 幸人は、不良少女の耳元で囁く。


 不良少女は何度も頷いた。


「君の名前は?」

「ひ、久枝ひさえ松永まつなが久枝ひさえ……です」

「ふうん。じゃあ、久枝ちゃんにチャンスをあげようか。これから僕に力を貸してくれるなら、許してやってもいいけど。どうする?」

「や、やります。何をすれば?」

「よし。良い子だね。じゃあ、ゆっくりと振り向いて」


 幸人が囁くと、久枝ひさえはそっと振り返る。


「さ、真田……!」

「ああ。この前は君のせいで本願寺君に襲われたよ。でも、彼は僕を殺せなかった。これがどういう事かは分かるよね?」

「え、ええ。解ってるわよ」

「……ん?」

「は、はい。解りました」


 幸人は久枝の返事を聞いて、ほんのりと、冷たい微笑を浮かべた。



 ★ ★ ★



 帝都学園男子寮。三階の一室で、三好みよし長安ながやす三好みよし宗院そういんはホラー映画を鑑賞していた。二人ともドレッドヘアーで、ヒップホッパーみたいな服装で身を包んでいる。

 長安ながやす宗院そういんの視線の先、テレビモニターにはゾンビの大群が写っており、少女が逃げ惑っている。


「くっだらね。こんなの、爆弾でぶっ飛ばせばいいんだよ」

 兄の長安ながやすが呟く。


「はは。このヒロインには超能力は無いんだぜ? ま、俺も、噛まれても平気だろうけど」

 弟の宗院そういんが答え、ハンバーガーを齧る。


 その時突然、前触れもなく、モニターの前に二人組が現れた。幸人ゆきと久枝ひさえである。


「あ。どうした久枝……と、真田あああっ!」

 兄の長安ながやすが叫び、腰を上げる。


「おっと。ここは寮の中だよ。私闘は厳禁。忘れたのかい? 僕は話をしに来ただけだ」


 幸人は真顔で言う。が、内心はすこしホッとしていた。狙い通り、無限回廊に捕まらず、目的地へと辿りつけたからだ。松永まつなが久枝ひさえの瞬間移動能力は、少々の時空間能力であれば突破できるようだ。


「舐めた事言ってんじゃねえぞっ!」


 宗院そういんも叫び、拳を握る。が、それを兄の長安ながやすが、手ぶりで制す。


「待て宗院。ここじゃヤベえ。戦うな」

「でも兄貴」

「俺も真田は気に入らねえが、外でぶちのめせば良い。よく考えろ」

「く。解ったよ。兄貴……」


 言い合う双子を前にして、幸人は、呑気に「似てるなあ」と、呟いた。


「で。なんだよ真田。俺達はお前に話なんざねえ。本願寺さんにした事、忘れた訳じゃねえよな?」

 長安ながやすの目がつり上がる。


「何かされたのは僕の方なんだけど? まあ、それはこの際置いておいて、二人って、何か記憶を消すようなアイテムって持ってるかな?」

「あ? なんの話をしてやがる?」

「ふむ。長安ながやす君は知らない、と。弟の宗院そういん君も知らないのかな?」

「知るか。だからなんの話をしてるんだよ? 記憶を消すマジックアイテム? んな物、ある訳ねえだろ!」

「え? そういうマジックアイテムは存在しないのか。じゃあ、僕のマジックアイテムについては、何処にあるのかな?」

「お前はさっきからなんの話をしてやがるんだ? どうして俺達が、お前のマジックアイテムなんか持ってると思ってやがる!」

「ん。その口ぶりからすると、本当に知らないみたいだね。二人とも嘘が上手なタイプにも見えないし……。解ったよ。ありがとう。じゃあ……次」


 幸人が言うと、松永まつなが久枝ひさえが「はいっ」と、返事をする。次の瞬間、幸人と久枝はシュン。と、風を切る音だけを残して姿を消した。

 部屋には、怒り狂った三好兄弟が取り残された。



 ★ ★ ★



 幸人と久枝は、今度は、女子寮の一室へと瞬間移動した。

 ふっと、幸人と久枝が姿を現す。部屋は、幸人の部屋と似た作りである。その時、丁度シャワールームから一人の少女が出て来た。彼女は幸人と久枝を目にして、ピタリと足を止めて立ち尽くす。

 少女は灰色の髪をしており、瞳も灰色。少し大人びた顔立ちをしている。そして……。

 全裸だった。



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