第43話 月の花 上




 真田さなだ幸人ゆきと松永まつなが久枝ひさえは、思わず固まった。瞬間移動テレポートした先に全裸の美少女がいるとは、少しも考えていなかったからだ。


 こ、これは不味い……最悪のタイミングで瞬間移動してしまった。否、これは世に言うラッキースケベというやつか。だとしたら、最高のタイミングといえるのだろうか?

 幸人がアホな事を考えていると、灰色髪の少女が、やっと息を吸い込んだ。

 不味い。叫ばれる──。

 幸人が感じた次の瞬間、灰色の瞳に微笑が浮かぶ。


「幸人、君……。来てくれたのね」


 灰色髪の少女が頬を赤らめる。彼女は一糸纏わぬ肌を隠そうともせず、そっと幸人に抱きついた。当然、幸人の身体には少女の胸が触れる。

 丸い。そして暖かい。何より柔らかい!

 幸人はつい、冷静さを失いかける。


「い、岩成いわなりさん? とりあえず何か着てくれないかな」


 幸人は焦りを露にする。この灰色の髪の少女は岩成いわなり友子ともこ。三好三人衆の一人にして、幸人の敵なのだ。だからこそ、幸人は困惑を深める。

 岩成さんのこの態度。如何にも僕と面識がありそうだが、一体、どういう関係なのだろう? 彼女は僕に好意がある風だけど、だとしたら、どうして本願寺なんかに与して、僕を襲撃した(かもしれない)のだろう?

 幸人の疑念を他所に、岩成友子は微笑する。


「あはっ。そんなに顔を赤くして、もしかして照れてるの? 少しは、私の事を気にしてくれてるのね」

「良いから、早く服を着なよ」


 幸人は少し顔を俯けて、でも目は逸らさずに言う。

 別に、岩成いわなり友子ともこの裸が気になったからじゃない。否、気になるは気になるが、相手はナーロッパ能力者だ。一瞬の油断が命取りになりかねない。目を逸らす訳にはいかない……。

 と、幸人は自分に言い訳をする。

 友子は幸人に強く言われ、やっと、バスローブに手を伸ばす。肉感的な肢体がバスローブに包まれると、友子は余計色に色気を増した。


「まさか、幸人君から会いに来てくれるなんてね。嬉しい。やっぱり、私の事が好きなのね」

「いいや岩成さん。僕は質問があって来ただけだ」

「そうなの? 意地悪なのね。それで、質問って?」

「君は、僕の記憶を消したのかな?」


 幸人の眼光が鋭さを増す。岩成友子は暫しの沈黙の後、やっと口を開く。


「そうよ……。私が幸人君の記憶を奪ったのね」


 やはり……。

 思いかけて、幸人は考えを打ち消した。

 まだ、確信する訳にはいかない。清水しみず宗春むねはるも、幸人の記憶を奪ったと言いながら、その実、何者かから幸人の記憶を奪ったと思い込まされていた。岩成友子が幸人の記憶を奪ったというなら、証拠を確認するまでは、話を鵜吞みには出来ない──。


「どうして、君は僕の記憶を奪ったのかな?」

「だって、幸人君キスしてくれなかったから。仕方がないじゃない? 幸人君が悪いんだから。私のせいじゃないのね」

「言ってる意味が解らないな。君はどうやって僕の記憶を消したのかな?」

「……魔法を使ったのよ。無属性魔法には『マジック・オブ・カース』って魔法があるのね。知ってるでしょ? 幸人君がキスしてくれなきゃ一番大切な記憶を失うって呪いをかけたの。でも、幸人君は私に冷たくした。だから、呪いが発動しちゃったのね」

「成程ね。じゃあ、物は相談なんだけど、僕の記憶を返してくれないかな?」

「それは無理なのね。幸人君が私に心から恋をしてキスをしてくれない限り、呪いは解けないのね」

「岩成さんでも解除できない。そういう事かな」

「ええ。そうなのね」


 言葉を交わし終え、幸人は岩成いわなり友子ともこの背後に目をやる。そこには、姿見が置かれていた。幸人は鏡に紋章を映す。すると鏡から、ズズズ。と、霧隠きりがくれ才華さいかが姿を現した。


「ひっ。どうして鏡から人が?」


 松永まつなが久枝ひさえが怯えて言う。それを他所に、幸人は才華さいかに視線を向ける。


「霧隠さん。状況は解ってるね?」

「ええ」

「マジック・オブ・カースって魔法、誰かの記憶を消せると思う?」

「……はい。あり得るの。無属性魔法の使い手は極端に少ないから確実だとも言えないけど、呪いの魔法の存在については、ナーロッパでもしばしば耳にしたの。発動条件を厳密にしておきさえすれば、呪いの内容についてはある程度柔軟に、融通を利かせられるみたいなの」

「ありがとう。参考になったよ」


 言いながら、幸人は金縁眼鏡アナライザーを付けて、岩成いわなり友子ともこのステータスを確認する。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 名前 岩成いわなり友子ともこ 年齢 16 レベル 42

 職業 魔導士  固有属性 無

 HP 132  MP 474

 筋力  41

 耐久値 52

 早さ  56

 知性  419

 精神  102

 運   58

 魅力  76


 スキル 杖、小型杖使用術 D

     魔力増強 B

     詠唱短縮 C


 魔法 マジックミサイル(攻撃魔法)C

    マジックバリアー(魔法障壁を発生)C

    マジック・オブ・カース(対象を呪う)B


 備考

 ナーロッパ帰還者。

 幼い頃に父親が不倫して家を出て行った。それが原因で両親が離婚。以後、母子家庭で育った。男は皆、汚らしいけだもので嘘つきで、世界の害悪だと考えている。

 本願寺ほんがんじ率いる百足会の幹部でもある。三好三人衆の一人。

 趣味 男性を自分に惚れさせて、徹底的に甘やかして骨抜きにしてから、ぼろ雑巾のように捨てる事。男性が悲しみもがき苦しむ姿を見ると、無上の喜びを感じる。現在は、織田信秋と真田幸人をターゲットにしている。

 口癖 語尾が「なのね」になりがち。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 幸人は静かに金縁眼鏡を外す。

 岩成いわなり友子ともこ。正直、関わりたくないタイプだし、かなりの強敵だ。能力を見る限り、友子の言葉に嘘はなさそうだ。かといって、記憶を取り戻すのは簡単ではない。灰色髪の美しい友子とキスをする。普通なら、それで記憶が戻るなら安いものだ。しかし、どうしてだか、幸人の心と身体が、強く、岩成友子を拒んでいる。条件を吞んだら記憶よりも大切な物を失ってしまうような、そんな気がしていた。


 そこで幸人は、記憶の奪還については一旦、保留する事にした。


「記憶についてはよく分かったよ。岩永さんにはもう一つ用がある。僕から奪ったマジックアイテムを返してくれないかな?」

「もし、断ったらどうするの? あはっ。きっと戦争になるのね」

「ああ。僕は全力で実力行使に出る。それは百足会にとっても不毛な戦いになると思うんだけど」

「あら。ここでの私闘は御法度なのよ? 自治組織が動いたら、大変な事になるのね」

「そう思うなら、素直にマジックアイテムを返してくれると嬉しいんだけど。僕には覚悟がある。脅しは効かないよ」


 幸人の声が冷徹さを孕む。すると、岩成友子は微笑交じりの溜息を吐く。


「そうね。幸人君は、やりかねないわね。仕方がないわ。返してあげる。但し、条件があるのね」

「条件? 何かな」

「明日はチーム対抗戦は休み。闘技場は空いてるのね。そこで、幸人君には決闘をして貰う。私が選ぶ決闘者に勝てたなら、幸人君のマジックアイテムを返してあげる。でも勝てなかったら、幸人君には私に恋をして貰うのね」


 岩成友子の要求を聞き、幸人は暫し思案する。

 魔法契約で幸人を縛れば、幸人が岩成友子に恋をする事は十分にあり得るだろう。一方で、友子が嘘や思い込みで話を進めている可能性もある。

 どうしても、確認しておかなければ……。

 思考をまとめ、幸人は顔を上げる。


「因みに、君が僕から奪ったマジックアイテムだけど、どんな物か知っているのかい?」

「【月の花の腕輪】っていうんでしょう? あれはとても綺麗だけど、私は使いこなせなかった。正直、ガラクタ同然だけど、幸人君にとっては大切な物なのね?」

「槍については?」

「……槍? ?」

「君達が僕から奪ったマジックアイテムは二つ。槍もあった筈だ。脅迫状でもそう、指示をしたじゃないか」

「だから、?」


 友子は不思議そうな顔で首を傾げる。

 まただ。また、話が食い違っている。何かがおかしい。だけど……。


「わかった。決闘を受けよう。僕が勝ったら、月の花の腕輪を返して貰う」

 幸人は心を決めて言う。


「うふふ。じゃあ明日の朝、闘技場でね」

 岩成友子は、ひらりと手を振った。



 ★ ★ ★



 時間は少々巻き戻る。

 幸人が捜査に明け暮れている頃、闘技場裏の広場には、二人の少女の姿があった。

 明智あけちひかりと、池田せんりである。


「光さん。大きさはこんな感じで良いですか?」


 せんりが光に声をかける。せんりの傍らには土の精霊ノームがいて、地面に手を当てている。土の精霊の眼前には、巨大な大理石の風呂桶のような物体が置かれていた。


「うん。大きさは問題ない。もう少し、壁を高く出来る?」


 光が答えると、土の精霊がこくりと頷いて、ぐい。っと、伸びをする。すると、大理石の壁がぐぐぐ。と、高くなる。壁の高さは五メートル程にもなった。。


「OK。これだけ高ければ良いわ。後はあたしの能力で……」

 今度は、光が上空に腕を振る。すると、上空に浮かんでいた大量の水の塊が、大理石の器に注がれる。

「よし。これで準備完了ね。せんりちゃん、お疲れ様。ノームさんもね」


 光はせんりと土の精霊に、パチリとウインクをした。

 光とせんりとは、明後日の試合の為に、工作活動を行っていたのである。光の唯一の欠点は、海から水を運んでくるまで時間がかかる事だ。闘技場裏に水を貯めておけば、一瞬で水を呼び出せる。


「それにしても、本当にこんな物が必要なんでしょうか? だけで、光さんの弱点は十分に補えると思いますけど」

「うん。あたしもそう思うんだけど、幸人がやっとけって言うのよね。チーム織田の徳川とくがわ家理亜いりあはとても頭が切れるから、メインの仕掛けに気が付くかもしれない。何か仕掛けを施すなら、二つ目の切り札がいる。ってね」

「はあ、幸人さんが……まあ、チーム織田が厄介である事には違いないですから、準備するに越した事はないですけど」

「手強いのはチーム織田だけじゃないわよ? 準決勝で当たるチーム毛利も、かなりの強敵だから」

「はあ……。あと二回も戦うんですね」

「せんりちゃんは戦いは苦手?」

「そうですね。私はどちらかといえば支援向きの魔導士ですし」

「そう。でもゴメン。決勝まで、あと少し付き合ってね」

「ええ。勿論です」

「ありがと。じゃあ、今日はこれでおしまい。秀実ひでみちゃんを呼んで祝勝会でもやりましょう」

「いいですね。幸人さんも間に合えば良いんですが……」


 光とせんりは言葉を交わしながら、闘技場を後にする。

 その時だ。

 ドゴオオオオンッ! と、遠くで大きな火柱が上がった。方角は、丘の麓の自然公園の辺りである。


「光さん、あれは一体……」

「あたしにも解らない。見に行きましょう!」


 光とせんりは言い合って、自然公園へと向かった。



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