第31話 幕間の衝撃 上




 ★ ★ ★



 第一試合目が終わり、幸人ゆきとはアバターから、本来の肉体へと戻った。

 目を開けると、再び、秀実ひでみがじゃれついて来た。


「真田様、凄いっす。格好良かったっす。あんなアクロバティックな動き、まるでみたいだったっすよおっ!」


 秀実は興奮して言う。

 幸人は苦笑いで誤魔化した。実のところ、幸人は一瞬だけ空を飛んだのである。飛行能力についてはもう暫く仲間にも秘密にしておいた方が良いと思われるので、黙っておいた。


 幸人はひかりとせんりにも目を向ける。すると、光は沈んだ面持ちで、しおらしく頭を下げた。


「幸人、ごめんなさい。あたし、幸人を司令塔と言いながら幸人の言葉に従わなかった。幸人の判断が正しかったのに……。皆もごめん。あたしのせいでチームが危ない橋を渡る事になったわ」

 光はそう言って、秀実とせんりにも頭を下げる。


「と、とんでもないっす! 光さんはあんなに活躍したっすよ。誰も責めないっす。頭を上げてくださいっす」

「そうですよ。私なんて、ノームを召喚しただけで、一人も倒していませんから」


 秀実とせんりは光に寄り添って、頭を撫で撫でする。


「でも……」

「ほら。顔を上げるっす。光さんはうちのエースなんすから、もっと堂々としているっすよ」

「ああ。信じて貰えなかったのは僕の力不足に原因がある。次からは信じて貰えるように、もっと頑張るよ」


 と、幸人も手を伸ばし、光を撫でる。すると光は顔を上げ、じわりと涙を滲ませる。


「みんな、好き……」


 光はほんのり微笑んだ。



 ★ ★ ★



 幸人たちは、少し早めの昼食に向かった。


「混んでるとは思ったけど、やっぱ凄い人混みっすね」


 秀実ひでみが言う。闘技場内の売店には、沢山の人だかりができていた。

 一方、幸人にささやかな疑問が浮かぶ。秀実とせんりは下だけ、学園のジャージに履き替えていたからだ。


「ねえ。池田さんはどうして、ジャージ履いてるの? 舞台ではスカートだったのに」

「あっ。これはその、あの……」


 せんりは何故か顔を赤らめて、モジモジと言葉に詰まる。


「あ、この子、怖くておしっこ漏らしちゃったっすよ」

 秀実が、ニヤリとしていう。


「ちょ、秀実さん? なんでバラすの? ひ、秀実さんだって目を覚ますなり、派手におしっこ漏らしましたよね!」

 せんりは慌てて言い返す。


「ち、違うっす。自分は漏らしてないっすよ。汗。そう、あれは汗っすよ……!」

「汗で、ソファーがあんなにビッショビショになるわけないですよね!」

「自分、汗っかきっすから。夏にはたまに、布団がビショビショになるぐらい汗かいたりするっすから」

「それは唯のオネショじゃないですか?」


 と、秀実とせんりがやり合う。

 幸人は納得した。決闘や対抗戦は、魔法の化身アバターに魂を移して行われる。だから戦いに敗れても実際に死ぬ事はない。だが、戦いによって受けた痛みや疲労、恐怖などの感覚は、実際のものと何も変わらない。切られ、矢で射られて死ぬ。その苦痛や恐怖は、本体に戻っても実体験として残っているのだ。まして、せんりも秀実も一六歳の女の子だ。死を体感して、失禁ぐらいしても不思議ではない。


 だが、秀実とせんりが失禁したという事は……。

 幸人は、チラリと、光に視線をやる。


「あ、あたしは漏らしてないからね!」

 ひかりは、顔を真っ赤にして言った。


「あ、それよりも。全員で行列に並ぶのは非効率っす。自分が並ぶっすから、みんなは先に休憩所に行って休んでてくださいっす」

 秀実が言う。


「で、でも悪いわよ。あたし達も並ぶから」

「大丈夫っすよ光さん。パシリは自分の仕事っす。パシリスペシャリストっすから。それに次の試合の打ち合わせとかもあるっすよね? 今の内に作戦でも練っておいてくださいっす」

「……」


 秀実が言い張るので、幸人たちは先に休憩室に向かう事にした。


 ★


 幸人たちが通路を進んでいると、向こうから、見知った顔ぶれがやって来た。チーム上杉の面々だ。


「ん……」

 直江なおえ兼倉かねくらが呟いて、足を止める。幸人たちは、少々緊張した面持ちを浮かべる。


「そう構えるなって。試合が終わったらノーサイドだろ?」


 直江なおえは笑顔を浮かべ、歩み寄って来た。その後ろには、上杉うえすぎ謙鋼けんこうの姿もある。上杉は、真っすぐに幸人を見据えていた。


「それにしても、真田。うちの大将を負かすとは驚いたぜ。大将なら、織田にも勝てると踏んでたんだけどな」

 直江はそう言って、チラリと上杉に視線を送る。


「負けは負けだ。真田は強かった。それだけの事だ」

 上杉はちょっぴり不機嫌に言い、視線を逸らす。


「落ち込む必要はないわ。実際、上杉君は強かったわよ。このあたしを負かすなんてね。言っとくけど、あたしは模擬戦では、幸人にも負けた事が無いのよ?」

 光が言う。


「まあ、能力には相性がある。絶対に最強の能力なんて物はない。重要なのは、どの能力者と組むか。だしな」

 直江はからりと笑って言う。


「そうかもね。あたしも少し油断してた。次からは気をつけるわ」

「あ。その事なんだけど、お前等の次の対戦相手、なんか面倒そうだから気を付けろよ?」

「……確か、忍者のチームだったわね」


 光は直江と言葉を交わし、暫し沈黙する。


「うん。気を付けるわ。色々と良くない噂も聞くし、油断ならない相手みたいだしね」

「ああ。じゃあ次も勝てよ。応援してるぜ」


 言い残し、直江たちは去った。

 取り残された光の表情が、やや緊張している。


「ねえ光。次の対戦相手は忍者のチームって言ったけど、どんな連中なの?」


 幸人は疑問を口にする。光は少々説明に窮した。


 ★


 休憩所には、沢山のテーブルと椅子が用意されていた。隅には飲み物や軽食の自動販売機も置かれており、やはり、大勢の参加者でにぎわっていた。少し早めの昼食を摂っているチームの姿もある。

 光は、休憩所のテーブルに資料を広げ、説明を開始した。


「私達が次に当たるのはチーム風魔ふうま。アタッカーの三人は忍者で、チームリーダーの風魔ふうま小次郎こじろう以外は女の子で編成されている。闘争には、主に刀や暗器の類を用いるそうよ。毒とか、トラップも平気で使って来る。それと、要警戒なのが、風魔小次郎とサブリーダの霧隠きりがくれ才華さいかが使う忍術ね」

「忍術? 魔法は解るんだけど、忍術ってどんなのかな?」

「それが、あたしにもよくわからないのよね。忍術の資料は少なくて、あまり噂も聞かないから。異世界帰りは基本的に能力を明かしたがらないけど、忍者の人達は、特に秘密主義が徹底してる感じだから」


 光と幸人は言葉を交わし、押し黙る。二人の視線は池田せんりに注がれたが、せんりは苦笑いを浮かべ、軽く首を傾げる。


「わ、私も忍者についてはよく分からないです。忍者はナーロッパでも珍しい職業クラスですし、パーティを組んだ事も無かったから……解るのは、勝つために手段をえらばない人達だって事ぐらいです。特に、風魔小次郎って人については良い話を聞きませんね」


 せんりが言う。すると、幸人の顔に疑問が浮かぶ。


「それって、どんな話かな?」

「はい。チーム風魔のメンバーは、風魔小次郎に絶対の忠誠を誓ってるんです。でも、信頼関係とは違います。風魔小次郎が、従わせたい人に決闘を仕掛けるんです。負けた人は魔法契約に縛られますから、忠誠と服従を強要されている形になりますね」

「成程。心からの忠誠という訳ではない。って事か。気に入らないね」

「特に、サブリーダーの霧隠きりがくれ才華さいかは、元々は風魔小次郎とは敵対していました。多分、決闘に負けて、魔法契約で服従を強要されているんでしょう」

「それにしても、変だな」


 幸人はせんりの話を聞いて、少々首をかしげる。


「普通に考えたら、忠誠と服従を賭けた決闘なんて受けない。僕も、そんな条件の決闘はしたくないからね。でも、チーム風魔のメンバーは、全員が条件を呑んだ。その上で決闘して、しかも敗れた事になる。だとしたら……」

「幸人が言いたい事は解るわよ。きっと、何か卑怯な手段を使って決闘を強要したのね。なんか頭に来るわ……」


 言った光の眼にも、幸人と同じ色が宿っていた。色の名は「義憤」という。

 光と幸人が頷き合った次の瞬間、突然、直江なおえ兼倉かねくらが休憩所に駆け込んで来た。


「真田! 真田はいるか? 大変だ!」


 直江の様子に幸人は風雲急を感じ、すぐに直江へと駆け寄った。


「どうしたの? そんなに慌てて」

「あ、真田! お前のチームの羽柴はしば秀実ひでみが倒れたんだ」

「なんだって?」


 幸人と直江が言い合っていると、上杉も、休憩所へと駆け込んで来る。上杉は、腕に秀実を抱きかかえていた。


「秀実ちゃん」

「秀実!」

「羽柴さん」


 幸人たちは血相を変えて、秀実へと駆け寄る。

 秀実は意識がなく、ぐったりとしていた。妙に、顔色が悪い。


「どうしよう。早く病院に運ばなきゃ」

 光が顔を青くして言う。


「いいえ。この症状は……病院では治せません。とりあえず、こっちに寝かせてください!」


 池田せんりが近くの長椅子を指差すと、上杉は、秀実をそっと、長椅子に横たえた。


「不味いですね。呼吸が浅い。脈も弱ってます……」


 せんりが、秀実の状態を確認して言う。


「せんりちゃん、どうにかなりそう?」

 光が震える声で問う。


「まだ解りません。ですが……!」


 せんりは瞳に強い物を宿らせて、ぐっと腕まくりをした。



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