第30話 ブリーフィングと戦いと 下





 ひかりは、為す術もなくそれを見ていた。

 せんりに続き、秀実ひでみまでもが一刀で倒されてしまった……。

 残るは、光と幸人だけ。だが、幸人ゆきとは記憶を失っていて、本来の実力を発揮できないでいる。

 ならば……!

 光は、ぐっと踏み出した。


「光、駄目だよ。あの剣は危険すぎる!」


 幸人ゆきとの静止を振り切って、ひかりは上方に手をかざす。すると上空から、大量の水の塊が降りて来る。水は、舞台を覆うように留まった。日光が水を透かし、舞台に幻想的な影を浮かび上がらせている。幸人はまるで、竜宮城にでもいるような感覚に包まれた。


「まだ本気を出していないとは思ったが、やはり力を押さえていたな……」

 上杉が、冷静な声色で言う。


「これも本気じゃないわよ。この大会のルールは、ナーロッパ能力者に有利すぎるもの」


 光は言い返し、上杉を指差す。

 その瞬間、水の塊の下部が剣状に変化して、キュン。と、音をさせて上杉に伸びる。


「むんっ」

 上杉はライトウェポンソードを振り、水の剣を両断した。


「まだまだ! 水は切っても切れないのよ!」


 光が叫ぶなり、上空の水の塊から、次々と、水の剣が発射される。

 キュキュキュキュキュキュキュキュキュキュンッ!

 空気を切り裂く音と共に、水の剣が上杉を襲う。上杉は、目にも留まらぬ速さで剣を振り、水の剣を迎撃し続ける。するといつの間にか、水の塊はドーム状に形を変化させて、上杉を完全に覆っていた。


「やるわね。これならどう?」


 光はぐっ、と、合掌する。すると、上杉を覆っていた水が包囲を狭め、上杉を完全に包み込んだ。上杉は剣を振って抵抗したが、相手は水だ。切って切れる物ではない。


「ええい!」


 光が手を上空にかざすと、水の球は上杉ごと上昇し、ドームの上空に留まった。

 上杉は、大きな水の球の中に閉じ込められ、呼吸が出来ずに藻掻く。後は、窒息を待つだけだ。


 会場の誰もが、光の勝利を確信し始める。

 その時だ。

 ギュン。と、ライトウェポンが伸び、高速で光を襲う。幸人は咄嗟に棒を振り、ガツリと、攻撃を弾いた。


「やっぱりしかけて来たわね。上杉君のライトウェポンはランクSよ。物体を切るのは当たり前。霊体や、実態を持たない魔法生物はおろか、天使や悪魔だってぶった切ってしまう。魔王だって倒せるでしょうね。今は、幸人君とその魔法の棒だけが頼りよ」


 光が言う通り、上杉の剣で切れない物があるとしたら、それは幸人の魔法の棒だけだ。棒の魔法効果は唯々、頑丈である事。。その特性が、ランクSのライトウェポンに対抗し得る、たった一つの切り札だった。


「ああ。でもひかり、水の位置が悪い。逆光で上杉君の姿が良く見えないよ。このままでは危険だ。もっと水の高度を下げて欲しい」

「で、でも幸人、これ以上高度を下げたら、上杉が突き以外の攻撃も仕掛けて来るでしょう。そっちの方が危険よ──」


 光が言い終わる前に、上空から、更なる「突き」の攻撃が伸びる。突きは高速で何度も、光を襲う。幸人は光の眼前に身を躍らせて、全ての攻撃を弾いた。しかし……。

 腕、肩、太腿。素早い連続突きが幸人を掠め、身体の至る所から鮮血が噴き出す。


「ぐ、あ、うおおっ!」


 それでも幸人は棒を振り、攻撃を弾き続ける。だが、やはり上杉の位置が悪い。太陽が眩しくて、攻撃を仕掛けて来るタイミングを掴めない。


「うおおおおっ!」


 幸人ゆきとは血に塗れ、全身全霊で棒を振り抜き続けた。すると、二〇回も突きを凌いだ辺りで、ピタリと、突きの攻撃が止んだ。

 何故だ?

 幸人の疑問には、すぐに答えが出た。


 トスン。と、背後で音が音がする。

 幸人が振り返ると、光が静かに崩れ落ちた。光の胸には、輝く矢が突き刺さっている。

 エルヴンボウの矢か──。


「光……!」


 幸人は慌てて光に手を伸ばし、華奢な身体を抱きしめる。


「幸人、ごめんなさ……」


 言い終わる前に、光は輝く粒子へと変わり、砕け散った。

 次の瞬間、上空の水の球が破裂。水は四散して、闘技場に塩味の雨を降らせる。そして雨と共に、上杉がズズン。と、飛び降りた。

 上杉は手に、エルヴンボウをたずさえていた。


 上杉は、逆光の強みを活かし、突きの攻撃に紛れさせて、矢を背後に放ったのだ。そして、エルヴンボウには自動追尾能力がある。矢は光を誘導し、背後から自動的に刺さったのだろう。そうでなければ攻撃の兆しを読めない筈はない……。

 幸人は全てを理解して、ゆらりと立ち上がる。その眼には、強く、静かな怒りが宿っていた。


真田さなだゆきと人。お前の判断が正しかった。明智あけちひかりの敗因は、お前を信じ切れなかった事だ」

 上杉が、静かに言う。


 ドカンと、床のタイルが砕ける。幸人が棒で砕いたのだ。


「ここから先はもう、言葉は要らない」


 幸人が呟くと、上杉は弓を置き、剣を正眼せいがんに構えた。



 ★


 はっ。と、光は呼吸を張り戻す。

 ひかりは目を開けて、慌ててソファーから身を起こした。

 胸を貫く死の余韻。痛みと、疲労と恐怖の余韻が、まだ、光の中に満ちている。


「ひ、光さん。痛かったすね。怖かったすよね!」


 秀実ひでみが、光にしがみ付く。それでようやく、光は自分の敗北を理解した。

 そうか。あたしは負けたのか……。

 まだ。冷汗が沸き上がっている。手の震えが止まらない。光が負けるのは、カウンセラーシティに来て以来、初めての事だった。


「あ。幸人君は?」


 光が言う。すると秀実は、視線を舞台へとやる。何故か、秀実も、せんりも、下だけジャージのズボンに履き替えていた。

 舞台上では、幸人が激しく棒を振り回し、上杉と死闘を演じていた。見たところ、上杉がやや優勢だ。幸人は徐々に押され、舞台の隅へと追い詰められてゆく。


「ああっ。真田様がヤバいっす。追い詰められたっすよ。あんなに逞しい上杉さんが、華奢な真田様に襲い掛かって……。美形男子がくんずほぐれつ……あっ……。ハア、ハア……。ウケ! 幸人様はやっぱりウケだったっすね。でもでも、幸人様のセメも見てみたいっす。うふ。うふふふ。イケナイ妄想が止まらないっす! ハア、ハア……」


 秀実は何故か、陰鬱な吐息を漏らして興奮している。


「ちょっと何を言ってるの?」

 光は思わずツッコむ。


「あ。なんでもないっす。それより……真田様、ピンチっすね。あんなにセメられて……」

「大丈夫よ秀実ちゃん。幸人はきっと勝つわ」

「……光さん?」

「あたしたちは、もう、幸人に賭けるしかない。だったら信じましょう」


 光は純真だった。秀実が何を言っているのか分からず、真面目に返事を返す程に。そして光は腰を上げ、声を張り上げる。


「頑張れ幸人。頑張れ! 負けるなあああっ!」


 ★



 幸人の背に、光の声援が届く。

 上杉はじわりと数歩下がり、静かに剣を上段に構えた。


「そろそろ、遊びは終わりにしないか?」

 上杉が、囁くように言う。


 互いに次の一撃で、決着を付けようと誘っているのだ。

 幸人はゆるりと力を抜き、どしりと、棒を中段に構えた。


 そして静寂が訪れる。


 幸人と上杉は、互いの機先を探り合いながらじりじりと、舞台中央へと進む。強い気当たりが、幸人の頬をヒリつかせている。

 空気が重い──。


 見守る光が、ゴクリと唾を呑む。

 やがて、くしゅん。と、池田せんりがくしゃみをする。

 その瞬間、幸人と上杉が踏み込んだ!


 ぼっ。と、幸人は棒を振り下ろす。だが、少しだけ間合いが遠い。棒は上杉の目前に振り下ろされ、床のタイルを割り、激しく、破片と土ぼこりが上がる。


 こんな目隠しで、俺をどうにか出来ると思ったか!

 上杉は怒りを胸に、迷わず踏み込んで剣を振り抜く! 剣風は土埃つちぼこりを切り裂いて幸人を両断する……筈だったが、手応えがない。

 幸人はその時、上杉の頭部から一メートル上空にいた。土埃を目隠しに、飛んだのだ。


「くっ」


 動物的勘が働いて、上杉は咄嗟に振り向きかける。だが……。

 烈!

 棒が上杉の後頭部を捉える。幸人渾身の浸透勁しんとうけいが炸裂した。

 次の瞬間、上杉の肉体が爆散するように、光の粒子へと変わる。


 幸人は着地して、静かに呼吸を整える。その静寂を破り、どおおっ。と、観客席から歓声が上がった。


「勝負あり! 勝者は真田さなだ幸人ゆきと。チーム明智あけちの勝利です!」


 進行役の寧々ねねちゃんが、マイクを手に叫ぶ。


「やったね幸人! やったね!」


 光と秀実とせんりの三人が舞台へと駆けあがり、幸人をぺちぺち叩いてじゃれついた。



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