第29話 ブリーフィングと戦いと 中





 幸人たちが入場すると、どおおっ、と、歓声が上がった。

 闘技場の観戦席は、大勢の学生や観客で埋まっている。チーム対抗戦等、特別なイベントが行われる時に限っては、島の外部からも観客が訪れるらしい。その大半が、政府や企業のスカウトや視察なのだそうだ。


 幸人は目前に、対戦者の姿を捉える。闘技場の舞台の広さはテニスコート三つ分程度ぐらい。舞台には、もう既にチーム上杉の面子が揃っていた。チーム上杉は、全員が、武者鎧を思わせる武装で身を固めている。上杉を含め、全員が同じ弓を背負っていた。


 やがて、幸人たちも分霊を終えて、アバターへと魂を移す。そうして舞台に上がると、ルールの説明が始まった。




 一つ。

 勝敗は、どちらかのチームの全滅か降参。


 二つ。

 舞台から落ちた選手は、十秒以内に舞台に戻れなかったら失格。


 三つ。

 十秒以上のダウンも失格。


 四つ。

 あまりにも卑怯な行為については、実行委員の審議により裁定。


 五つ。

 何らかの方法によって召喚された存在はメンバーに含まない。呼び出された存在の行為については、召喚者の魔法効果とみなす。


 六つ。

 制限時間は十分。決着が付かなかった場合は、五分間の延長戦を行う。それでも決着が付かなかった場合は、実行委員の判定により決着。


 七つ。

 科学兵器、生物兵器、核兵器の使用は禁止。


 八つ。

 範囲魔法については効果範囲を限定して使用する事。観客等、無関係な者に被害を出した場合は永久的失格とみなし、以後、二度と決闘を行えない。


 九つ。

 試合当日は、開始の合図がかかるまでは、魔法と超能力の使用は禁止。(あらかじめ精霊を召喚した状態で舞台に上がる。等の行為は禁止)破ったら失格。




 説明を聞き終わり、幸人は光に耳打ちする。


「五つ目の、召喚魔法? に関する事なんだけど。召喚魔法じゃなくて何らかの方法、と、してる理由はなんだろう?」

「ああ。それは簡単よ。マジックアイテムとかで呼び出すのもアリって事だからよ。要は、どんな方法で召喚しても良いの」

「ふうん。それは良い事を聞いたな」


 何故か、幸人の口角が上がる。


 こうして説明が終わり、実行委員の自称学園のアイドル、寧々ねねちゃんがマイクを手に観客に挨拶をする。寧々ちゃんは長い髪をツインテールにして、何故かビキニの水着姿だった。


「では、いよいよ本日の第一試合目を始めますよおっ!」

 寧々ちゃんの声に、観客はヒートアップする。


 舞台には、強い緊張感が漂っていた。

 チーム明智の面々が、そして、チーム上杉の面々が、試合開始の合図を待ち、身構える……。


「双方位置につきましたね。では、試合、開始!」


 開始の合図がかかるなり、幸人は駆け出した──。



 ★ ★ ★



 時間は少し巻き戻る。

 幸人ゆきとは作戦を立てる際、ひかりと池田せんりに、いくつかの質問をした。


「チーム上杉は優勝候補と言っていたけど、どういった点がそんなに脅威なのかな?」

 幸人は言う。


「ナーロッパでは、射手アーチャーは不人気職業なんです。理由は、解りますよね? 魔法を覚えさえすれば、ランクFの攻撃魔法でさえ、戦車を粉々にするぐらいの威力を発揮しますから。呪文詠唱に時間がかかるという欠点はありますけど、その弱点だって、詠唱短縮のスキルがあれば補えます」

 せんりが答える。


「うん。まあ、そこまでは解るんだけど。だったら、弱い筈の弓矢の攻撃が、どうして恐れられているのかな?」

「理由は【エルヴンボウ】というマジックアイテムにあります。エルヴンボウは、ナーロッパでは中の上ぐらいのレアリティの武器なんですけど、普通の弓矢の四倍程の攻撃力を誇ります。そして、矢をつがえる必要がありません。つるを引けば、自動的に魔法の矢が装填されるんです。しかも、放った矢は標的を追尾して、ほぼ百発百中の命中精度を誇ります。有効射程も通常の弓の三倍を超えます」

「成程。速射スキル持ちの射手が使えば、重機関銃で無限に撃たれ続ける。みたいになる訳か」

「はい。射手は不人気職であるが故に、本来入手し辛いマジックアイテムでも、競争率低めで手に入りやすいんです」

「成程。凄く厄介だね」


 幸人が呟くと、今度は光が口を開く。


「警戒すべき相手は、射手だけじゃないわよ。直江なおえ兼倉かねくら君は手強いけど、それ以上に上杉うえすぎ謙鋼けんこう君の剣術も厄介なの。上杉君の剣術はランクB。正直、幸人君の棒術で太刀打ちできるかも、わからない。その上、上杉君は一つだけ、Sランク魔法を使える。何の魔法かはわからないけど、発動されたら負けと思いなさい」

「ならば尚の事、僕が引きつける必要があるね。光はエルヴンボウへの対処で手いっぱいになるだろうから」

「ええ。今回の鍵は幸人と……」


 光はそういって、羽柴はしば秀実ひでみに視線を送る。秀実はプレッシャーを感じて、ゴクリと、唾を呑み込んだ……。



 ★ ★ ★



 さて、試合へと戻ろう。


 開始の合図がかかり、幸人ゆきとは颯爽と駆け出した。狙うは上杉の首一つ。対するチーム上杉は、既に幸人目掛けて無数の矢を繰り出していた。


 幸人の集中力が高まる。その目に映る全てが、スローモーションへと変わる。


 沢山の矢が、もう、幸人の眼前に迫っている。だが、幸人はそれをお構いなしに進む。

 刹那──。

 ドンッ! と重低音がなり、チーム上杉の射手アーチャー三人が、同時に吹き飛んだ。彼らが放った無数の矢も、弾き飛ばされて消滅する。

 そう。

 秀実ひでみが衝撃波を(と、いう事になっている)放ったのだ。


 吹き飛んだ三人の射手は、二〇メートル近く宙を舞い、壁に叩きつけられて落下する。その瞬間、三人の内、一人の射手が光の粒子へと変わり、消滅した。


 開始早々、秀実が一人を仕留めた。衝撃の威力が上がったのは、秀実が持つ『豊臣のハンマー』のおかげだ。しかし、秀実は無理をして呼吸を止め過ぎた。その反動で秀実も膝を折り、ゼイゼイと息を荒げる。

(な、なんなんすか。一人につき、一〇回近くハンマーで殴ったのに……一人しか倒せないなんて。ナーロッパ帰りはどれだけ頑丈なんすか!)

 秀実は地べたに四つん這いで、心中に愚痴を漏らす。


 直後、秀実の眼前に大量の水の塊が舞い降りる。水の塊は渦を巻き、ひかり秀実ひでみ、せんりの三人を守るように、巨大な龍へと形を変える。


「ごめんなさい。ルールのせいで、すぐに水を呼び出せなくて。でも、ここが小さな島で良かったわ!」


 光は叫んで手をかざす。すると、龍がガパッと口を開け、水のビームを吐き出した。

 水は、残った二人の射手を襲う!

 一人は落下後のダメージですぐに動けず、水流をもろに受ける。


「ぐああああっ!」


 水のビームが直撃した射手が、光の粒子へと変わり、消滅する。水のビームは、更に直江なおえ兼倉かねくらにも襲い掛かる。


「うおおおっ!」


 直江なおえが、雄叫びを発しながら猛烈に矢を連射する。絶え間なく放たれる矢が、衝撃波を伴って水のビームと激突。それはやがて、水圧に押し勝って光へと襲い掛かる!

 輝く矢が、光の眼前に迫る。その瞬間、舞台がグッと盛り上がり、分厚い壁へと変わる。矢は、壁に突き刺さって消滅。光は事なきを得た。


 光が振り返ると、そこには小さな精霊がいた。精霊はとても背が低く、ずんぐりむっくりの体型に三角帽子を被っている。土の精霊、ノームだ。


「とりあえず精霊を呼びました。アースアーマーの詠唱終了まで、守って下さいね」

 せんりが、光にウインクをする。


「はっ。壁ぐらい……」


 直江は走り、壁を蹴って高く飛び上がる。そして高々と宙を舞い、眼下に光たちを捉える。


「くらえ!」


 直江が矢を放つ。光は対抗して、水龍を飛ばす。水龍は真っすぐに直江に飛ぶが、直江は何故か、一矢だけを壁に放った。その一矢は水龍を無視して壁に跳ね返り、せんりを襲う。


「きゃっ」

 兆弾と化した矢を胸に受け、せんりが吹き飛んだ。


「せんりちゃん!」


 光が叫ぶ。その眼前で、せんりが光の粒子へと変わり、消滅する。


「うわああっ! よくもせんりちゃんを!」

「そっちもやってくれただろっ!」


 光は、水龍を直江へと突っ込ませる、直江も、対抗して猛烈に矢を打ちまくる。その衝撃で、水龍と直江とが、互いに弾き飛ばされた。


「ぐっ……うおおっ!」


 直江は空中で身を捩り、舞台へと着地する。その瞬間──。

 直江の足が、ずぶりと、舞台に沈んだ。


「な、これ……は?」


 直江の下半身が丸々、舞台に沈んでいる。直江の周囲が沼のように変化して、足を捉えたのだ。困惑する直江の眼前には、土の精霊の姿があった。土の精霊ノームが、地面に手を当てている。

 あいつの仕業か──。

 直江が気が付いた次の瞬間、水龍と、秀実の衝撃波とが直江を襲った。その攻撃は、モロに直江に直撃する。


「ぐ……あ……」


 直江なおえ兼倉かねくらは光の粒子となり、砕け散った。同時に、ノームも、さらさらと砂に変わり、消滅する。



 一方その頃、幸人は、上杉と激しくやり合っていた。

 研ぎ澄まされた上杉の斬撃が、次々と幸人を襲う。幸人は幸人で素早く棒を繰り出し、攻撃をいなし、弾き、反撃する。

 だが……。


「くっ……!」


 幸人は攻撃を受けきれず、弾き飛ばされた。その間にも、上杉の口が動き続けている。

 何か、呪文を詠唱しているのだ。


「させるか!」


 再び、幸人は突進する。その鋭い連続攻撃は、上杉の刀で、ゆるりといなされた。


「天に星あり地に陣列あり。光のことわりは次元の境界を揺るがしたり。那由他なゆたの時空を超えて聴け。上杉うえすぎ謙鋼けんこうの名において命じる。盟約の鎖もて領界の狭間より力を示せ! 光の剣よ、直ちに顕現けんげんせよ。ライトウェポン!」


 遂に、上杉は詠唱を完了させ、魔法を発動する。詠唱が終わるなり。上杉うえすぎ謙鋼けんこうの眼前に、輝く光の剣が現れた。

 静かに、上杉は剣を手にする。


「勝負あり、だな」


 呟いて、上杉は横薙ぎに剣を振り抜く!

 幸人は咄嗟に飛び上がり、ギリギリ、攻撃を回避した。だが……。

 ライトウェポンがぐっと伸び、幸人の背後を切りつける。


 伸びた剣は、秀実の胴体を切り裂いた。秀実は、時を止めた直後で息を切らしており、突然の攻撃に対処できなかったのだ。


「真田、様……」


 秀実が、華奢な手を伸ばす。次の瞬間、秀実は光の粒子へと変わり、消滅した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る