第67話 明智光討伐令! 上




 その空間は、まるで砂漠だった。

 砂は所々から火を吹き出しており、光の額の汗すらも、あっという間に蒸発させてしまう。

 陽炎かげろうの向こうには燃え盛る寺がある。寺の門の奥では、織田が不敵に腕を組み、光を待ち構えている。

 光は軽やかに門を潜り、本能寺へと駆け込んだ。


「迷わず来たか。命知らずめ」


 と、織田は余裕を滲ませている。だが、不思議と隙が見当たらない。


 ブブブ、ブ……。

 周囲を飛び回っていた何機ものドローンが、熱にやられて次々と墜落してゆく。


「ドローンが消えたな。これで、俺達を邪魔するものは何もなくなった。観客席からは俺たちの姿が見えているだろうが、声は聞こえていない筈だ」

「ええ。そうね。これでやっと、あたしも本気を出せる」

「そういえば、光は本当の能力ちからとやらを、ずっと隠していたな。使うが良い。俺の、本気のファイアーボールの一撃で、粉砕してやろう」


 織田は呟いて、光を見つめる。織田の眼差しには、強い自信が滲んでいた。


「本気のファイアーボール? 今までは、本気じゃなかったとでも言いたいのかしら。面白くない冗談ね」

「強がるな。明智を守る液体は、もう何処にもありはしない。対して、?」

「……どういう事?」

「俺がこれまで使ったファイアーボールは、全て、ランクE程度まで威力を落としたものだ。それを馬鹿共がランクC魔法だと勘違いしていたのは、俺の魔力が高すぎるからだ」

「そう。最悪ね」

「ふふ。今ならば、降参を受け入れてやらん事もないぞ?」


 織田が狂気交じりの笑みを浮かべる。


「いいえ。もう、勝負はついているもの。織田。貴方は既に、負けている」


 光のこの一言が、織田の逆鱗に触れた。途端に空気が張り詰めて、周囲に殺気が迸る。


「そうか。ならば受けるが良い。喰らえ!」


 織田が、憤怒と共に、光に掌を向ける。たちまち烈光が迸り、大火球が放たれる!

 だが──。

 直前で織田の手が上へと逸れ、巨大な業火球は、上空へと打ち出される。業火球は遥か高くまで飛び、空一面に爆炎が広がった。

 やがて爆発の残響が鎮まって、ただ、静けさだけが、二人を包む。


「何故だ。なにを、した……」


 織田が困惑の声を漏らす。その直後、百戦錬磨の身体がぐらりと揺れる。織田はそのまま地面に倒れ込み、完全に動きを止めた。


「貴方の血流を止めた。脳の血流も止めたから、魔法も使えないでしょうね」

「血流を、止めた……だ、と?」

「織田。貴方は切り札を明かしたから、あたしも本当の事を教えてあげる。あたしの本当の力は【液体を操る】能力じゃない。あたしの本当の力は【水を支配する】能力よ。そして、人間の身体の六〇%は水。さっきは体内の水を操る事によって、織田の動きをコントロールした。の。って、言っても、もう聞こえてないわね……」


 光は語り終え、少し淋し気に顔を伏せる。

 織田は既に事切れて、白目を剥いて痙攣していた。


 ★


 パアっと、紅い光が闘技場を満たす。その色彩はガラスが割れるように砕け、亜空間が消滅する。本能寺も消えて、炎による、熱の残滓もじわりと消えてゆく。

 明智光も姿を現した。織田は既に倒れ、痙攣している。

 立っているのは明智光だけだった。


「な、なんという事でしょう! 織田選手が倒れています。これはダウン。そう、ダウンです! テンカウント以内に起き上がれなければ、織田選手の敗北となります」


 寧々ちゃんが、動揺を露に声を張る。そしてカウントが開始される。かに思われた瞬間、


「うわあああっ! 必殺、駄目押し昏倒突きでしゅううっ!」


 妖精カレンが織田に突っ込んで、頭頂部に【昏倒の針】をプスっと突き刺した。すると織田は、白目を剥いたままいびきをかき始める。

 それを見ていた闘技場の全員が、なんだかモヤッとした感覚に包まれて黙る。その沈黙の中で、テンカウントが数えられ、寧々ちゃんが、チーム明智の勝利を告げる。


「勝者、チーム明智。驚きました。明智選手、あの織田選手を負かしてしまいました!」


 寧々ちゃんが光を湛え、闘技場は、観客たちの歓声で満たされる。


「ふっ。違いましゅ。止めを刺したのはカレンちゃんなのでしゅ!」


 と、カレンは幸人の胸の上で腕を組み、渋みを醸し出している。幸人は妖精の癒しの粉で癒され続けていたので、なんとか消滅は免れた。しかし、まだ、起き上がる程には回復していない。


「ああ。頑張ったね、カレン。君は本当に最後まで、切り札だったよ」


 と、幸人は指先で、カレンの頭を撫でてやる。


「ふっ。必殺、駄目押し昏倒突きっ! なのでしゅ!」

「うんうん。どうしても二回叫んじゃうんだね?」


 妖精カレンと幸人は言葉を交わし、微笑み合う。そこに、チーム明智の面々が舞台へと駆け込んで、光と幸人はもみくちゃにされる。


「凄いっす。本当に勝ってしまうなんて! 光さんの超能力も、幸人さんの知略も一流っす」

「本当に。二人とも心配させて。でも、頑張りましたね。私も、ガラにもなく無理をした甲斐がありましたよ」

「ひっく。信じられないの。私みたいな者が一緒に喜んで良いのか分からないけど、凄く嬉しいの!」


 秀実とせんりと才華が、喜び、飛び跳ねまくる。光はぺたりと地面に座り込み、声を上げて泣き出した。幸人は大の字に寝そべったまま、少女たちの翻るスカートから覗く、パンティを眺めていた。


 ★


 試合が終わり、表彰式が始まった。

 チーム織田とチーム明智が、横一列に並ぶ。その目の前には賞品の、魔法道具マジックアイテムの数々が並んでいた。


「では、優勝したチーム明智から、好きなアイテムを一つづつ、お持ちください」


 寧々ちゃんに促され、チーム明智の面々は顔を見合わせる。


「さあ、光からだよ。一番の功労者なんだから、遠慮しないで」


 幸人に言われて、光は、とある小瓶に手を伸ばす。

 繊細な、青色の液体が詰まった小瓶。【グレイスエリクサー】だ。

 明智光は小瓶を大切そうに胸に抱き、薄く涙を滲ませる。これでやっと、愛する妹を救う事が出来るのだ。


 続いて、幸人、せんり、秀実、才華の順番に、魔法マジック道具アイテムに手を伸ばす。

 幸人は、【赤備え】なる魔法の鎧を手に入れた。鎧は紅く、頑丈で、炎や銃弾をも通さないらしい。おまけに自己修復能力があるそうだ。

 せんりは、予告通り【マーメイドタブレット】を手に入れた。マーメイドタブレットは反則的な美容効果を発揮する、魔法の丸薬だ。

 秀実は、【千成せんなり瓢箪びょうたん】なる魔法道具を手に入れた。千成瓢箪は、通常は瓢箪の形をしているが、使い手が望むあらゆる道具に姿を変える事が出来るらしい。その変化の種類は、千通りとも言われる。ナーロッパの伝説級の、チートアイテムの一つであるらしい。

 そして才華は、【カーバンクル】という、魔法の子猫を手に入れた。子猫はナーロッパの幻獣であるらしい。主人の要求に応えて巨大化して戦ったり、主人を乗せて空を飛んだりもできるらしい。だが、才華が猫を選んだ理由は「可愛かったから」との事だ。


 続けて、チーム織田も魔法道具をそれぞれ手に入れて、チーム対抗戦は終わりを迎えた。戦いの様子は世界中に中継されて、テレビやネットニュースで様子が伝えられた。



 ★ ★ ★



 ふっと、幸人は目を開けた。アバターから、本体へと戻ったのだ。幸人が目を開けると、その胸に、秀実が抱きついて頬ずりをしていた。そんな秀実の髪の先っぽを、妖精カレンが引っ張って「ダメでしゅ。幸人しゃまはカレンちゃんのなんでしゅうっ!」と、叫びまくっている。光とひでみと才華はその様子を苦笑いで眺めていた。

 幸人は、そっと秀実の頭を撫で、「ハウス」と、囁いて引き離す。


「終わったね」


 光に言うと、光は、満面の笑みで応えた。



 ★ ★ ★



 試合から二時間後、チーム明智の面々は、海岸の砂浜を訪れた。そこは以前、光と幸人が訪れた場所だった。


「今日はいいお天気で良かったっすね。ポカポカっす」


 秀実が、レジャーシートの上で上機嫌で言う。その隣では、人間形態に変身したカレンが、夢中でお菓子を頬張っている。せんりもお弁当をかきこんでおり、光と才華は、波打ち際ではしゃいでいる。

 チーム明智は、皆で、対抗戦の打ち上げをしていたのである。


 風は緩く、波は穏やかで、午後の光も優しい。久しぶりの、穏やかな時間だった。

 幸人はゆるりと腰を上げ、波打ち際へと歩いた。光は幸人に気が付くと、軽やかに駆けて来て、幸人と肩を並べる。


「ここはまるで、魔法の国みたいだ」

 幸人がぼんやりと呟く。


「ええ。あながち、間違ってないかもね」光は微笑みと共に返す。そして「魔法といっても、素敵な魔法とは言い切れないけど」


 と、不穏な言葉を口にする。


「それってどういう事?」


 幸人の疑問を受け、光は小さく溜息を吐く。


「幸人。貴方はこの島に居て、何か疑問を感じた事はない? 疑問というか、違和感。と、言った方が正しいかもだけど」

「え? 急に言われてもなあ……。あ、島の人たちがみんな若い。とか?」

「それは、人工島だから当たり前といえば当たり前ね。この島には、あまり大人がいないでしょ。主に学生ばかりが集められたからなの。言わば、この島そのものが学園都市みたいなものなのよ。でも、そうじゃなくて、あたしが言ってる違和感はそうじゃなくて。例えば、ここから見える景色にしてもそう。何か、気が付かない?」


 光に問われ、幸人は暫し、水平線を眺める。


「そういえば、船を見た事がないな。一度も」

「正解。船だけじゃない。この島には、鳥もいないでしょ。上空を、渡り鳥が行き交う事もない」

「あ。言われてみたら確かに。どうしてだろう?」


 幸人が言うと、光は微かに微笑する。


「答えは簡単よ」

 と、光は、水平線に指を差す。

「幸人。ちょっとあそこまで飛んでみなさい。そうすれば解るから」


 光に言われ、幸人にも好奇心が沸き上がる。幸人はすぐに妖精のはねを拡げ、空へと舞い上がった。

 ぐっと、水平線へと加速する。風を切って飛ぶと、前方に、薄い霧がかかって来た。霧はどんどん濃くなってゆく。が、幸人は構わず飛び続ける。すると突然、霧が晴れて、一気に視界が開けた。


「なん、で?」


 幸人は空中で静止して、ポツリと呟いた。

 幸人の視線の先には島の砂浜があり、光たちの姿があったからだ。

 幸人は、確かに島の外を目掛けて飛んだ筈。なのに、いつの間にか、島の内側へと飛んでいたのだ。

 幸人は疑問に囚われたまま。再び、島の外を目掛けて飛んだ。すると、再び霧に包まれて、霧を抜けたら、島へと戻っていた。何度繰り返しても同じだった。

 そうして、幸人はやがて飛び疲れ、砂浜の、光の隣へと舞い戻った。


「光。これは一体。どうして?」

「多分。誰かのシャングリラ能力か、ナーロッパのマジックアイテムの効果でしょうね。前にも言ったでしょ。あたしたちは、かいこの回廊を通らなければ決して島の外に出る事はできないって。その意味が解ったでしょ?」

「成程ね。つまり、僕らは完全に、外界から隔離されてるんだね」

「ええ。島の外からも同じ事が起こっているの。この島は外界からは見えず、ここに近づいた船は、霧に包まれて島の反対側へと瞬間移動させられる。みたいな現象が起こるらしいわ」


 光の話を聞いて、幸人は思わず黙り込んでしまう。


「ごめん。ちょっと不安にさせちゃった? でも、心配しないで。きっと、幸人の心配事はなくなるから」

「え?」

「約束、したでしょ? 後で幸人の恋人の事、教えてあげる」


 光は幸人の耳元で囁いて、可愛らしくウインクをした。



 ★ ★ ★



 二時間後。

 幸人たちは路面電車で寮へと戻り、解散した。もう、日が暮れそうになっていた。


「今日は疲れたっす。明日はいよいよ終業式っすね。みんな春休みはクエスト三昧っすか?」


 なんて言いながら、秀実も寮へと戻って行く。


「来て……」


 取り残された幸人の手を、光がそっと掴む。幸人は手を引かれ、光の後を追う。水色の髪が斜陽に透けて、不思議な色彩に染まっている。そのうなじからは、仄かに、牛乳に似た、甘い香りが漂っていた。



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