第66話 本能寺 下
「剣舞、敦盛!」
織田が
ふいに、バチリ! と、織田が弾き飛ばされて、観客席を守る魔法障壁に叩きつけられる。
「ぐ、ば……」
血反吐を吐き出す織田に幸人が迫り、棒を薙ぐ。
攻撃は、機関銃のように打ち出され、これでもかと織田を打ちのめす。織田は連撃を全て身に受けて、ドシリと、地面へと叩きつけられた。
「……驚いた。ナーロッパ帰りは頑丈だって話は聞くけど、ここまでとはね」
幸人は棒を構えたまま、穏やかな調子で言う。
「ぐ、む。唯のナーロッパ帰りと一緒にするな。俺の
と、織田は身を起こしながら、赤熱刀を振り抜く!
幸人は素早く身を屈め、斬撃を回避。そこへ織田が間合いを詰め、連撃を放つ。再び、激しい攻撃の応酬が始まって、どっ。と、織田と幸人は互いに弾き飛ばされる。
「くっ。やってくれるね」
幸人が苦痛交じりの息を吐き出した。
──ファイアウェポンは厄介だ。上杉君のライトウェポンもそうだけど、間合いを開けて攻撃を避ける。と、いう行為が意味を為さない。かといって攻め込めば、ファイアーウォールで攻撃を防がれる。織田君はファイアーボールの魔法はまだ撃ち込んで来ないけど、多分、忘れた頃にゼロ距離で撃って相打ちを狙うつもりだろう。やり辛いね。
ならば──。
幸人は現状を分析して腹を括る。
幸人はぐっと、手を、織田に向ける。すると幸人の目の前に、小さくて黒い球体が現れた。極小のブラックホールである。
その瞬間、織田がドシリと崩れ落ち、地面に膝を衝く。地面には亀裂が入り、どんどん凹んでゆく。空間は歪み、観客たちが驚きを浮かべる。幸人が、重力操作を発動したのだ。
それなのに、織田の口角が微かに上がる。
「来たな……」
織田は呟いて、切り札の妖刀を抜き放つ。そして、妖刀を、地面に突き立てた。
パアっと、妖刀から七色の光が放たれる。光はアメーバのようにもやもやと空中に広がってゆき、幸人のブラックホールを包み込む。やがて、七色の光はブラックホール毎、パチリ。と、消えてしまった。
「なに、を……?」
幸人は動揺を隠せないでいる。対して、織田はゆるりと立ち上がり、地面に突き立てた妖刀を引き抜いた。
「この妖刀の名は【
織田の話を聞いて、幸人は少し腑に落ちた。
「ブラックホールを異次元みたいな所に飛ばした。そういう事かな?」
「正確には異次元と亜空間は違うのだが……まあ、似たような物だ。その理解で構わん。だが、これで解っただろう。俺には、お前の重力操作は通じん。俺を倒したくば、武で、押し通れ」
織田は不敵に言い放ち、剣舞の構えへと移行する。幸人もしかと棒を構え、織田へと突撃する。
棒と妖刀がぶつかって、衝撃波が撒き散らされる。火花は途切れる事がなく、突き刺すような気当たりが観客席まで届く。互いの骨が軋み、血風が舞う。双方、雄叫びを上げながら勇を振るい、奥義の全てをぶつけ合う。
そして──。
パアン。と、幸人の棒が織田の顎を打ち上げる。織田は殴り飛ばされて、空中をくるくる回る。そこへ幸人が飛びかかり、渾身の連撃を叩き込む。一拍遅れて、無数の浸透勁が、織田の体内で炸裂する。織田はまるで、流星が落ちるように地面に叩きつけられた。
「か、は……」
織田が、血煙を吐き出して地面に這いつくばる。幸人は止めとばかり棒を振り上げて、織田へと駆け込んだ。
……この一撃で全てが決まる!
と、棒を振り降ろそうとした刹那──。
「──そこまで! 時間切れです!」
寧々ちゃんの声が響き渡る。忽ち、幸人の目の前に何人もの実行委員が飛び込んで、織田と幸人とを分かつ。
「えー。試合時間の一〇分が経過しました。この時点で織田君も真田君も消滅していないので、三分間のインターバルを挟み、五分間の延長戦を行います。選手の二人は、一度、自陣へと戻って下さい」
寧々ちゃんが重ねて言った。
『六つ。制限時間は十分。決着が付かなかった場合は、五分間の延長戦を行う。それでも決着が付かなかった場合は、実行委員の判定により決着』
試合のルールである。
幸人は、寧々ちゃんの言葉を理解して、衝撃を受けた。
不味い──。かなり不味い。僕は緋碧の魚を受け入れて本来の力を発揮しているからこそ、織田君を圧倒出来た。でも、三分間もインターバルを挟んでしまったら……。
★
幸人は一度、自陣へと戻った。舞台は大半が消滅、又は粉々に破壊されて原型を留めていない。自陣にあたる場所には、幸人の為に椅子が用意され、そこに、秀実とせんりと才華が、駆け寄って来る。
「不味いっす。傷が酷いっす。早く回復するっすよ」
「だめです。外部の魔法薬を使えば、反則負けになってしまいますよ!」
焦る秀実を、せんりが
やがて幸人の身体から、じわりと、熱が引いてゆく。身体を包んでいた蒸気は霧散して、肌の色もいつもの状態へと戻ってゆく。リミッター解除の効果時間が切れたのだ。その途端、右腕を失った激痛が襲って来る。出血が止まらない。流石の幸人も苦痛に顔を歪め、苦悶の声を発する。リミッター解除の反動で、凄まじい眩暈と倦怠感が襲い、全身の骨が軋む。あまりの苦しさに、幸人は、近くのバケツに嘔吐した。
対する織田陣営でも、織田が仲間に囲まれて咳込み、吐血している。だが、ここまでの何もかもが、織田の、否、
「やっぱりね。言った通り、チーム明智は真っ先にボクを狙って来ただろ? ボクは防御力が低い。攻撃を受けたら回復魔法を使う間もなく、一瞬で消滅しちゃう。だから、織田君に、ボクのポーションを託しておいて正解だったよ」
家理亜の言葉を受けて、織田は腰のポーチを探る。するとそこには一つだけ、未使用の
その様子を見て、明智陣営は絶望に包まれる。
つまり、織田は幸人のリミッター解除を計算に入れていた。織田は、時間切れまでただ耐えれば良かったのだ。耐え切るのは賭けではあるが、その賭けに、勝ったのだ。幸人はもう満身創痍である。対して、織田には回復薬が残されていた。試合が再開した瞬間、織田はすぐに回復して幸人に襲い掛かるだろう。幸人には、もう、織田に対抗する手段も体力も残されてはいない。試合の結果は、火を見るよりも明らかだった。
「真田君。棄権しましょう。真田君はボロボロで、右腕も、腕輪も切り飛ばされてしまった。もう、私達には勝算がない。これ以上試合を続けても、無駄に
忠告するせんりの手を、幸人はそっと振り払う。
「いいや。僕らは勝つよ。まだ、一つだけ勝算があると言ったら、信じてくれるかい?」
「し、信じるっす。自分は幸人様を信じるっすよ!」
秀実がどさくさに紛れ、幸人を下の名前で呼ぶ。幸人は仲間達に疲れた笑顔を返し、じわりと腰を上げる。
インターバルが終了した。
「真田君。ご武運を、なの」
才華の声援を背に受けて、幸人はふらふらとした足取りで進み、織田と睨み合う。織田の顔には、勝利への確信が浮かんでいる。
そして、再び、試合再開の合図がかかる。
「延長戦は五分間です。双方、準備は良いですね? では、見合って見合って……試合開始いいいっ!」
寧々ちゃんの声が響き渡り、幸人はフラフラ歩み出す。それはあまりも頼りない足取りで、もう、とても戦える状態ではなかった。対して織田は、最後の
「う、おおっ!」
幸人は声を上げ、棒を振り上げて織田へと突撃する。織田は、幸人の攻撃を簡単にはじき返して反撃を叩き込む。
そこからは、一方的な展開だった。インターバル前とは打って変わり、今度は、織田が一方的に幸人を圧倒し続ける。幸人は無数の攻撃を受けて、体中、傷と打撲だらけになる。
「く……」
幸人は打ち倒されて、地面を転がった。織田は幸人の顔面を蹴りつけて、更に、妖刀で幸人の腹を刺し貫く。幸人は激痛に顔を歪め、苦悶の声を上げた。地面に縫い付けられる形となり、動けなくなる。
そこへ織田が馬乗りになって、強かに幸人を殴りつける。魔法の棒も取り上げられて、場外に投げ捨てられてしまった。
「ふはっ。ふははははっ! 真田幸人、お前も中々頑丈だな。いいぞ。もっと耐えろ。ほらほら、頑張れ。どうした? この俺を本気にさせたのだ。簡単に終わらせて貰えると思うなよ!」
狂気の笑いが木霊する。織田は殴って、殴って、殴りまくる! 肉を打つ音とともに、派手に鮮血が飛び散った。幸人は朦朧とした顔をしているが、織田の猛攻は止まない。次第に、幸人の腹の傷から、血だまりが広がってゆく。
「……り? ……かな……だ」
幸人が、途切れそうな声で言う。が、織田には聞き取れなかった。
「どうした真田。聞こえないぞ。はっきり言ってみろ」
織田は余裕を滲ませて、幸人の口元に耳を寄せる。
「終わり? まだ気づかないのかな。勝ったのは僕、だ」
幸人が再び呟いた。次の瞬間、幸人は織田の腕をぐっと掴み、引きよせて首元に足を絡める。それは「三角締め」という、締め技だった。
「く。真田。苦し紛れに何を……」
織田は、真意を察しかねて吐き捨てる。織田は動きを封じられてはいるが、幸人は腹に致命傷を受けている。こんな締め技程度では、織田を倒すなんて事は出来ない。このまま待っているだけで、幸人は力尽きて消滅するだろう。それなのに、幸人の眼は勝ちを確信している。
次の瞬間、困惑する織田の目の前で、ぽう、と、血だまりが光った。
幸人は妖刀で腹部を刺し貫かれて大量出血している。その血液が、幸人の左手の辺りまで広がって、鏡のように、幸人の腕の紋章を映していたのである。
「うわあああっ! 必殺、超、昏倒突きでしゅぅっ!」
と、
ならば! と、織田は頭突きで対抗する。カレンも止まらず、昏倒の針を突き出して織田と激突した。
「きゃんっ。いだっ。
カレンが弾き飛ばされて、地面を転がってべそをかく。織田の頭突きに撃ち負けたのだ。
「く。くくくっ。真田。まさか、こんなちんけな攻撃が最後の切り札だったのか?」
織田が嘲笑する。だが、次の瞬間、ガツリ。と、織田の顔面に、拳が突き刺さる!
「な、んだと……」
織田は殴りつけられて、困惑を浮かべる。
そこには、あるはずの無い光景があった。血だまりから、明智光の上半身がにょっきりと生えていたのだ。そう。織田を殴りつけたのは、
「やっと外に出られたわね。幸人、こんなになるまで頑張って。勿体付け過ぎよ?」
光は血だまりから抜け出して、幸人の頬に触れる。幸人は出血が酷過ぎて、もう、目を開けるのがやっとだった。織田を締め付けていた手にも力が入らず、簡単に、織田から振り払われてしまった。
「だって、切り札ってやつは、最後の最後に切る物だから……ね」
幸人は掠れた声で言い返す。
「な、何故だ? 明智は、確かに
流石の織田も、困惑を露に叫ぶ。
「確かに。ね。でも……織田君。光の身体が
幸人に問われて、織田は思考を巡らせる。
「真田。お前、まさか」
「ああ、そうさ。光は消滅なんてして、いなかった……。消える前に、僕が異空間に収納した、から……ね。そして、異空間に何か収納する時には、物体は
幸人は名探偵のように、トリックの種明かしをする。
光は消滅などしていなかったのだ。力尽きる直前で、幸人が紋章の異空間に収納したのである。その際に発生する
「ま。そうね。織田くんはカレンちゃんをちんけな切り札って言ったけど、しっかり役に立ったわよ? あたしをここまで回復してくれたんだからね。さっきの言葉、取り消しなさい」
光が不敵に言い放つ。対して、織田はぐっと身を起こし、その眼光は鋭さを増す。
「抜かせ。今更、明智が戻ったからなんだ? 俺が負けるとでも言いたいのか!」
ずい、と、織田が踏み出して、赤熱刀を振り抜いた。だが、刃は水のバリアーに阻まれて受け流される。
「織田。観念しなさい。貴方とあたしとでは、属性相性が悪すぎるもの。貴方は決して、あたしには勝てないわ」
「それはどうかな?」
と、織田は不敵に微笑して、幸人の腹から【妖刀蘭丸】を引き抜いた。続けて、蘭丸を地面に突き立てて、亜空間を発生させる。
妖刀から真っ赤な輝きが広がって、光を、幸人を、舞台を包み込む。
景色が、変わってゆく……。
そこは、辺り一面炎が燃え盛る砂漠のような場所だった。忽ち、光を守っている水が沸騰して、みるみる蒸発してゆく。
光は「くっ」と、悔し気に呟いて、腕を振る。
だが、地下から水が上がって来ない。
「もう。水は呼び出せぬぞ? ここは既に亜空間。明智は時空を超えて水を呼び寄せる事は出来まい。更に、この環境は俺の炎に力を与え、燃え盛らせる!」
「なら、蒸発する前に攻撃するだけよ!」
光は叫び、残された僅かな水で、水の剣を形成して放つ。対して、織田は鋭く
「まだ、終わりではないぞ?」
織田が言い放つ。すると、織田の背後に輝く線が現れて、組み合わさってゆく。まるでワイヤーフレームの立体物だ。立体物の質感は木材へと変質して、とある建造物へと姿を変えてゆく。
現れたのは、燃え盛る寺だった。
やがて、寺の門の
「この建物は本能寺。我が火炎を最大に活かす環境だ。俺に勝ちたくば追って来い。それとも、そこでそのまま焼け死ぬか? さあ、どうする?」
織田の声が響き渡る。
横たわる幸人の頬に、光が触れる。
「ごめんなさい。あたし行かなきゃ。ここに幸人をおいていくけど、耐えられる?」
「耐えるさ。僕には切り札があるからね」
「ええ。カレンちゃんがいれば安心ね」
光は幸人と言い合って、腰を上げる。
水はもう、全て蒸発してしまった。それでも、強気な眼差しが行手を睨みつける。
「敵は本能寺にあり……」
呟いて、光は駆け出した。
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