第47話 緊急クエスト 中





 明智光は速足で、緊急クエストなるものについて説明した。


 通常のクエストの内容は、主に品川ゲートにおけるモンスターの討伐任務や、素材の回収である。たまに災害時の救助や対処でも、クエストが出される事がある。依頼主は政府だったり、企業だったり、島の治安維持局だったりと様々だ。


 一方で、緊急クエストは、政府と、カウンセラーシティの自治組織、双方が必要と判断した場合にのみ出されるクエストだ。達成難易度や危険度が高い代わりに報酬が多い。

 緊急クエストの報酬は、クエストを受けた者の家族にも支払われる。だから、通常のクエストに興味を示さない連中も、緊急クエストだけは受ける場合が多いらしい。


 ちなみに、緊急クエストが出されるのは、これで三度目だ。

 一度目は、土蜘蛛と呼ばれる人々が島から逃げ出した時。

 二度目は、幸人が島を脱出しようとして、大暴れした時。


「え? 僕って島を脱出しようとしたの?」


 幸人は光の話を聞いて冷汗を浮かべる。


「ええ。幸人は力づくで島を脱走しようとした事があるのよ。あんたを説得して連れ戻すのは凄く大変だったって、武田君が言ってたわ」

「武田君が?」

「武田君だけじゃない。三三勇者が何人もかかって、やっと連れ戻したって聞いてる」

「そう……」

「あの緊急クエストには二○人以上の能力者が参加したけど、殆どが返り討ちに遭ったって聞いたわよ? 島の治安維持局も大勢返り討ちに遭ったから、あんたにはビビり倒してるんじゃないかしら。何か思い当たらない?」


 光に言われ、幸人は一昨日の事を思い出す。

 確か、本願寺を倒した時に島の管理局の連中が大勢現れたっけ。あの時、治安管理局員は全員が完全武装で、しかも、敬語を使っていた。あれはもしかすると、本願寺ではなく僕を警戒していたのか。本願寺に面会しに行った時も、やけに異常にスムーズに会わせてくれた。そういえば、出会った生徒たちも、ほぼ全員が僕の顔を知っていたな。特に男子生徒は僕から距離を置いている気がしたけど、まさか、自分に原因があったとは……。


 幸人が押し黙る一方、光は学校の受付で、クエストへの参加申請の手続きを済ませた。


 受付のクエスト管理委員の説明によると、本願寺は、何者かの手引きによって牢から脱出したらしい。手引きした者は覆面で顔を隠しており、やたら爆発物を使用して、壁や牢を爆破しまくって本願寺を救い出したそうだ。本願寺は牢を出るとNSJの備品管理棟を襲撃し、とあるマジックアイテムを強奪して、品川ゲートへと向かったらしい。


 島から品川ゲートへと続く地下トンネルは、いくつもの結界や、強力な能力者によって守られている。だからおいそれとは通れないらしいのだが、今回、本願寺は島を脱出する際に、NSJ局員の姿に変身して監視を潜り抜けたそうだ。


 つまり、他人を変身させるような能力を持つ者が、本願寺に協力していた事になる。そして本願寺を牢から連れ出したのは、恐らく、三好みよし長安ながやすだろう。長安は『金属を爆発物に変える』能力を持っているからだ。


 さっきの三好みよし宗院そういんとの決闘は、NSJの注意を闘技場に向けて、本願寺から目を逸らさせるための陽動だったのか……。

 幸人はやっと、岩成いわなり友子ともこの本当の狙いに気が付いた。


 ちなみに、品川ゲートは「岩戸閉じ作戦」によって塞がれた筈の大穴をいう。

 あの大穴は、まだ完全には塞がっておらず、地面には直径二○メートル程の穴が空いたままになっているらしい。穴は未知の世界に繋がっており、そこから、未だにモンスターが這い出して来る事があるそうだ。穴の先には広大な迷宮ダンジョンが広がっていて、迷宮の調査やサンプルの採取の為に、クエストが出される事もある。



 ★ ★ ★



 チーム明智の面々は、島の西端の大門に辿り着いた。大門は地下に続いており、地下には新幹線の発着駅があった。

 幸人たちは、本土行きの新幹線に乗り込んだ。車内には、既に二〇人近い人々が乗り込んでいた。ちらほらと、大学生や社会人と思しき人の姿もある。


「よお。明智。お前らもクエストに参加するのか」


 声をかけて来たのは織田おだ信秋のぶあきだった。


「織田……あんたがクエストに参加するなんて珍しいわね」

 光は憎まれ口を返す。


「本願寺は、徳川に危害を加えたからな。俺の仲間に手を出したらどうなるか、島中に教えておく必要があるのさ」

「あんた、本願寺を殺すつもりじゃないでしょうね?」

「それ以外、どうやって奴を止める? そもそも、ダンジョンでは法は適用されない」

「そういう問題じゃないでしょ?」


 言い合う二人の間に、とある女性が進み出て睨みを利かす。織田も光も女性に目をやると、言葉を止めた。

 女性はすらっとしたスレンダーな体躯にタイトなスーツ。背中まで伸びた黒髪。少し冷たそうで、気が強そうな眼差し。赤い口紅をしており、妖艶で、大人の魅力に満ちていた。

 それは、幸人の担任の女教師だった。


「ひよっこども。今回のクエストは、私の管理下で行われる事になった。文句はないな?」


 女教師が声を張る。


「ねえ、光。あの人も能力者なの?」

 幸人は小声で光に声をかける。


「ええ。あたし達の担任よ。滅茶苦茶怖いから、逆らわないようにしなさい」

 光は幸人に耳打ちを返し、女教師に苦笑いを向ける。


 女教師の名は、清原きよはら凪子なぎこ。ナーロッパ帰還者だ。薙刀なぎなたと風属性魔法を得意とし、【敵性生物感知】スキルを習得している。とても気が強く、学校では『清少納言』と、陰で徒名されているらしい。


「学生については、能力と適性によって私が編成を決める。チーム対抗戦の組み合わせについては一旦忘れろ」


 清少納言が言い放つ。その視線には、反論を許さぬ圧力があった。



 ★ ★ ★



 15分後、幸人たちは、チームを編成し直して、新幹線をおりた。

 編成されたチームは二つ。幸人は、清原きよはら凪子なぎこ先生の班に入る事となった。



 ◇


 第一班

 班長 織田おだ信秋のぶあき

 メンバー 明智あけちひかり羽柴はしば秀実ひでみ柴田しばた勝奈子かなこ、池田せんり、伊達だて正治まさはる


 第二班

 班長 清原きよはら凪子なぎこ

 メンバー 真田さなだ幸人ゆきと霧隠きりがくれ才華さいか斎藤さいとう道三みちみつ徳川とくがわ家理亜いりあ直江なおえ兼倉かねくら


 ◇



 クエストには、幸人にとって面識の無いメンバーも参加していた。


「久しぶりの本土ね。幸人、忘れないで。今来た道は【かいこの回廊】。島から出る、たった一つのルートよ。蚕の回廊を通らなければ、あたしたちは決して島から出る事は出来ないわ」


 光は幸人に囁くように言う。幸人は以前、蚕の回廊を独力で突破しようとした訳だ。そして失敗した……。


「では行くぞ」


 凪子先生が言う。幸人たちは、地上へ続く階段を上った。


 長い階段を抜け、やっと地上へと出る。いよいよ品川へ到着だ。

 階段を出てすぐ目の前には、三又路があった。通路は透明なチューブ状のバリアーで覆われている。目の前には軍事要塞のような建造物があり、右手には高い壁が見える。左に向かう通路の先には、大きくて頑丈そうな門があった。


 幸人はチューブ状のバリアーを目にして、胸糞悪い違和感を感じた。

 このバリアーは多分、僕等が脱走しないようにする為の物だ。

 考えると同時、幸人はバリアーを叩き壊したい衝動に駆られる。流石に実行には移さなかったが……。


 幸人たちは三叉路を折れ、右手の、大きな壁へと進んで行った。


 その壁は、単純に『大壁おおかべ』と呼ばれている。

 壁は隕石落下によって出来たクレーターをぐるりと取り囲んでおり、とても頑丈で分厚い。壁の高さは二十メートル以上。穴から這い出して来るモンスターを押し留める、たった一つにして最後の砦である。

 大壁には、二〇人程の異世界帰りが常駐しているそうだ。常駐している異能力者たちが、現在も自衛隊と協力してモンスターを狩り、東京を守り続けているのである。


 幸人たちはゲートを潜り、大壁の内部へと通された。


「クエスト参加の冒険者さんですね。その扉の向こうはもう安全とは言えません。くれぐれもお気をつけて」


 壁内の小部屋で受付嬢が声をかけてきた。各班は説明を受けて、やっと、壁の向こうへと通された。


 ★


 グググ。と、機械的な音がして、分厚い鉄のゲートが開く。すると、日の光と海風と、荒涼な眺めとが幸人を出迎えた。薄く、霧もかかっている。


「あれ。やたらモンスターいるけど……」


 幸人はポツリと呟いた。

 壁の内側には、広大なクレーターが丸々治まっていた。そしてクレーターのそこかしこに、小鬼ゴブリンオーク、コボルトの姿がある。数は五、六十匹程はいそうだ。

 モンスターの群れは、幸人たちに気が付くと「ギャギイィ」と、雄叫びを上げながら、一斉に突っ込んで来た。完全に目がイッちゃっている。とても話し合い出来そうな感じではない。


「どけ」


 織田がずいと、踏み出して、モンスターへと手をかざす。

 次の瞬間、幸人の視界いっぱいに、ドオ。と、ファイアーボールの爆炎が広がった。

 やがて、風で爆炎が晴れる。

 あれ程いたモンスターの姿は、もう、見当たらなくなっていた。


「ま、飛びもぜず、壁を上る能力もないモンスターに関しては、ある程度数が揃ってから排除する。って事だな」


 斎藤さいとう道三みちみつが言い、ふらりと歩み出す。こうして冒険者一行は、クレーターの中心部へと辿り着いた。

 クレーターの中心部には、情報通り、二〇メートル程の穴が空いていた。穴は底知れぬ深さがあり、異様に静かだ。

 穴の壁沿いには螺旋階段があった。その階段の先に、迷宮があるらしい。


「行くぞ。ここは既に戦場だ。何が起こっても不思議ではない。各々、自分の身は極力、自分で守るように」


 清原きよはら凪子なぎこ先生が先導し、仲間達は、地下へと続く階段を降り始めた。

 螺旋階段を行く程に、辺りは暗くなってくる。音も消え、仲間達の靴音だけが、不気味に木霊する。

 幸人はとても静かな気分だった。何故か懐かしいような、切ないような、そんな感情が心底を満たしていた……。





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