第46話 緊急クエスト 上




 幸人ゆきとは目を疑った。

 熱帯魚みたいな魚は、幸人を揶揄からかうように、周囲を楽しそうに泳ぎ回っている。幸人は思わず、魚に触れようと手を伸ばす。が、指が触れそうになると魚は素早く逃げ回り、幸人に触らせてくれない。それでいて幸人からは離れず、空中を泳ぎ続けている。

 なんて綺麗な魚なのだろう……。

 幸人は密かに、その魚に【緋碧ひへきの魚】と、いう愛称を付けた。


「これ。せんりから借りた三千円。帰すわよ」

「ほら。秀実ひでみのエロ漫画。帰すからね」

「よう秀実。お前からカツアゲした一八○○円、返すぞ」

「悪いなひかり。お前から盗んだパンツ、返すぜ」

「すまん明智。この前隠し撮りしたお前のパンチラ写真、返すわ」


 チーム明智の面々に、次々と声がかかる。声をかけて来たのは、百足会の不良たちだった。


「え? どうして急に返してくれるっすか……」


 秀実は借りパクされていたBL本を突っ返されて、不思議そうな顔をしている。

 実は、幸人は以下のような要求をして、決闘に臨んでいた。


『百足会メンバーは、チーム明智メンバーの物を全て返す事』


 これには理由がある。

 昨日、岩成いわなり友子ともこは幸人から奪ったマジックアイテムについて『月の花の腕輪しか知らない』。と、言った。仮にこれが嘘だったり、何者かに記憶を弄られてマジックアイテムの事を忘れていたとしても『百足会メンバーは、チーム明智メンバーの物を全て返す事』を条件に決闘に勝てば、魔法契約が発動される。。と、いう目論見があったのだ。


 だが、岩成いわなり友子ともこは槍を持って来る気配がない。これはつまり、友子や百足会は本当に、槍とは無関係だった。と、いう答えを示している。それでいて、月の花の腕輪は戻って来た。

 以上の事実から、幸人は結論する。


 幸人から【月の花の腕輪】を奪ったのは百足会メンバーの仕業だ。

 それでいて、もう一つの切り札である【ましろの槍】を奪ったのは百足会のメンバーではない。つまり、第三者が持ち去ったのか、幸人が誰にも渡さないように何処かに隠したのか。となる。岩成友子は幸人から腕輪を奪いはしたが、槍とは無関係だ。そして、友子が腕輪を持っていた以上、幸人の襲撃には、百足会が関与していた。そういう結論を出さざるを得ない。

 学園の、何人もの生徒が記憶を改ざんされている謎に関しても、幸人とは無関係で、何者かが悪戯でやっている。そういう可能性が高い。

 考えを巡らして、幸人は視線を上げる。


「じゃあ、これでひとまずは、問題解決だね。試合は正々堂々と行われた。今後は恨みはナシで、ノーサイドで頼むよ」


 幸人はそう言って、友子に握手を求める。だが、三好みよし宗院そういんが友子の肩を掴み、幸人から引き離す。宗院の怨嗟の眼差しが、幸人に突き刺さる。


「都合が良い事言ってるんじゃねえぞ。真田が本願寺さんにした事、忘れたとは言わせねえからな」


 ビリビリとした怒気が場を満たす。そんな宗院の背後では、明智光が、水で大きなくまさん人形を形成し、光のパンツを盗んだ不良と隠し撮りをした不良とを、ボコボコにお仕置きしていた。

 くまさんがパンチやキックを繰り出す度に、不立達が「あん、あんっ!」と、陰鬱な吐息を漏らす。

 幸人は思わず「ぷっ」っと噴き出して、駆け足で逃げ出す。幸人を追い、光たちも、一斉に闘技場から逃げ出した。


「あはは。ヤバいっす。宗院さん怖いっす。でも、光さんはもっとヤバいっすよ」

「だってだって。許せないじゃない?」

「私はちょっとだけ見直しましたけどね。百足会の人も結構、律義なんですね」

「せんりちゃん? 騙されちゃ駄目よ? あいつら、魔法契約の効力で色々返してくれただけなんだから! あたしは許せないわ」


 少女たちが笑い合う。その一方で、百足会が幸人たちを追いかけて来る気配は無かった。


 ★


 幸人たちは、そのまま修練場へと足を運んだ。昼食にはまだ早い時間だったので、少し、翌日の為に連携や戦法の確認と、特訓をしておきたかったのだ。


「で、せっかく苦労して取り返した切り札なんでしょ。性能を確認しておきなさい」


 光に言われて幸人は色々やってみる。が、そもそも、月の花の腕輪の使い方や効果を知らない。

 カレンに確認してみるか……。

 幸人は一旦、トイレに行くと言って仲間たちから離れた。


 ★


 鏡がぼうっと光り、中から、人間形態のカレンが現れる。

 幸人は、洗面所の鏡から生えて来た上半身を掴み、鏡から引っ張り出す。

 カレンは眠っていた。


「カレン。カレン?」


 幸人が声をかける。するとカレンは薄っすら目を覚まし、ぎゅっと幸人に抱きついた。


「幸人しゃま、しゅき……」

「寝ぼけてないで目を開けて。聞きたい事があるんだ」


 再び声をかけると、カレンはやっと目をこすりながら伸びをする。


「あれ。魚がいるじゃないでしゅか! 月の花の腕輪を取り返したんでしゅね!」

「うん。ただ、僕は記憶を失ってるだろ。腕輪の使い方を忘れてて」

「あ。そういう事でしゅね。だったら……ついて来てくだちゃい」


 カレンは身を起こし、幸人を外へといざなった。


 ★


 幸人とカレンは、闘技場から出て、近くの林の奥へと移動した。そこには全く人の気配がなく、道路や建物からも随分と離れている。


「どうして、こんな所に?」

「この島は変でしゅ。闘技場だけじゃなくて、ありとあらゆる場所に、死角が存在しないってぐらいにまで、監視カメラや盗聴器が設置されてましゅ。これからする話は、絶対、誰にも聞かれる訳にはいかないでしゅから」

「成る程ね。ここは大丈夫なのかい?」

「はいでしゅ。前に鳥に変身して島中を調べまちた。ここは、数少ない安全地帯の一つでしゅ」

「そう。カレンは頼りになるね。それで、腕輪についてなんだけど……」


 幸人が問う。カレンは近くの切り株に腰を下ろし、口を開く。


「幸人しゃま。幸人しゃまには紋章がありましゅよね?」

「あ、ああ。身体強化の紋章に、妖精の翅の紋章、それと飛び道具除けの紋章だね」

「あれは方便でしゅ。幸人しゃまは、紋章のおかげでパワーアップしていると思ってるかも知れましぇんけど、違いましゅ。紋章は、幸人しゃまの本当の力を封じ込める、リミッターの役割を果たしているだけでしゅ」

「え? そうなのか」

「はいでしゅ。ただ、紋章の効果では、幸人しゃまの強過ぎる力を押さえきれないから、それが、妖精のはねとか身体強化の効果として表れて、外部にエネルギーを発散するような仕掛けになってるんでしゅ」

「誰が、そんな事を?」

「幸人しゃまでしゅ。幸人しゃま自身が、こっちの世界に戻るに当たって、強過ぎる力を紋章で封印したんでしゅよ」

「そ、そうか……。で、腕輪の効果については?」

「月の花の腕輪は、一時的にリミッターを解除する装置でしゅ。そして……」


 そう言って、カレンは緋碧の魚を、ビシッと指差した。


「その光の魚が、リミッターを解除する鍵でしゅ。魚は鍵。腕輪は鍵穴。魚が腕輪に戻ったら、幸人しゃまは、その間だけ、本来の能力を発揮できましゅ」

「成程、そういう事だったのか。ただ、さっき魚に触れようとしてみたんだけど、触らせてくれないんだよね」

「それはそうでしゅ」

「え?」

「簡単にリミッターを解除出来たら、力を封印した意味がないでしゅから」

「でも、それじゃ困るんだよね。どうすれば良いのかな?」

「えっと、魚に意識を集中してみてくだしゃい。自由に操れる筈でしゅ」


 カレンに言われ、幸人は魚に手をかざして意識を集中する。すると、魚の動きがピタリと止まった。


「操ってみてくだしゃい。幸人しゃまの意志で、自由に操作できる筈でしゅ。イメージすれば、魚の形状を自由に変化させる事もできましゅよ。剣とか、盾とか」

「へえ……」


 幸人は指先を動かしてみる。すると、魚は、指の動きに合わせて、空中を素早く泳が始めた。右を指差せば右へ、左を指差せば左へと。しかも、とても速い。視認出来ない程ではないが、そこらの弓矢の攻撃よりは、遥かに速く動かせる。


「魚は無敵でしゅ。攻撃にも防御にも使えるでしゅよ」

「む、無敵?」

「はい。無敵でしゅ。魔法でも超能力でも、物理攻撃でも破壊できないでしゅ。それを攻撃に転用したらどうなるか、想像できましゅよね?」

「へえ……」


 薄く、幸人の口角が上がる。

 幸人は魚を操って、近くの植木にブチ当ててみた。すると魚が木を貫通。バキリ。と、植木がへし折れてしまった。

 次に、形状の変化を試してみる。幸人が円盤をイメージすると、魚が円盤状に形を変え、空を飛び回る。幸人が円盤を木に突っ込ませてみると、スカッと、木の幹が切断された。


「……凄い。これだけでも充分強力なマジックアイテムだね」

「はいでしゅ。でも、木を切るのはかわいそうでしゅから、もうしないでくだしゃいね」


 カレンは少し悲し気に言って、ぽむ。と、妖精の姿へと戻る。そうして、切断された木の幹に、妖精の癒しの粉を振りまいた。


「ああ、ごめん。カレンは優しいね」


 幸人は指先で、カレンの頭を撫でてやる。

 ちなみに、幸人はこの後で、魚を腕輪に戻そうと試みた。だが、どうしても出来なかった。魚と腕輪との間に妙な反発力があって、どれだけ意識を集中して操ってみても、魚は腕輪に戻らなかったのだ。


「魚を腕輪に戻すには、相応の、想いの力が必要でしゅ。強い祈り、願い、怒り、信念……そういった感情に触れた時だけ、腕輪は、魚を受け入れてくれましゅ」


 カレンに言われ、幸人に疑問が沸き上がる。それは、幸人自身の事だった。


「カレン。僕の本当の能力は、一体何なんだろう?」


 するとカレンは改めて周囲を確認し、そっと口を開く。


「これからする話は、とても大切な話でしゅ。決して、誰にも知られちゃ駄目でしゅよ?」


 カレンは真剣な眼差しで、やっと語り出した……。



 ★ ★ ★



 数分後。

 幸人は話を終えて、再び、闘技場へと戻った。ちなみにカレンは、話し終えると腕の紋章の中へと戻り、二度寝してしまった。


「もう。遅かったじゃない。何をしていたの?」


 光がぷんぷん怒っている。幸人は光を宥め、提案する。


「ごめんごめん。でも、腕輪の使い方については分ったよ。戦力アップは期待してくれて構わない。それよりも……」

「な、なによ?」

「ごはんにしない? 少しお腹がすいちゃって」


 ★


 チーム明智の面々は、食堂へと向かい、少し早めの昼食を摂った。


「いよいよ、明日は準決勝と決勝ね。準決勝の相手はチーム毛利。また、優勝候補よ」


 光が、サンドウィッチを齧りながら言う。すると、光の頬っぺたに、マヨネーズがくっついていた。


「それに関しては霧隠きりがくれさんが情報を集めてくれた。早めに作戦を練っておくよ」


 幸人は返事をしながら、光の頬っぺたのマヨネーズを指先で拭い。ぱくりとやる。すると、それを見ていた秀実ひでみが、ハンバーガーのケチャップを自分の頬に塗り、じわりと、幸人に近づける。


「いやあ。真田様がどんな作戦を練るか楽しみっす」

 秀実はやや大きめの声で言う。だが、幸人は気が付かない。

「た、楽しみっすぅ……」


 幸人は秀実の圧力を感じ取り、頬っぺたのケチャップにも気が付いた。そして、そこはかとない恐怖を感じる。そんな幸人に、秀実は更に、頬を寄せる。

 幸人は冷汗を浮かべて目を逸らす。


 その時、突然、食堂にいる全ての人間の携帯端末が、一斉に鳴り出した。


「な、何が……?」


 困惑する幸人を横目に、光は携帯端末を確認する。


「緊急クエストよ。本願寺ほんがんじが脱走したらしいわ。クエストの内容は、本願寺の討伐もしくは捕獲。そして、本願寺が奪ったマジックアイテムの奪還。ね」

「なんだって!」


 幸人は慌てて席を立つ。その胸に、先日の本願寺の言葉が蘇る。


『真田あああっ! 楽しみに待ってろよ。すぐだぜ? すぐに殺しに行ってやるからな。最初は、お前にとって一番大事な人間を殺す。必ずなあっ!』


 そう言った本願寺の眼は、狂人のそれだった。とてつもなく嫌な予感がする。どうしても、野放しには出来ない──。


「そのクエスト、僕は受けるよ」

「仕方ないわね。じゃあ、あたしも付き合ってあげる」


 言い合いながら、幸人と光は食堂を後にする。才華とせんりも、幸人を追って行く。

 取り残された秀実の肩が、プルプルと震えていた。



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