第48話 緊急クエスト 下





 冒険者たちは螺旋階段を降り切って、真っ暗な洞窟へと辿り着いた。洞窟は一本道で、大きなトンネル程の広さがある。

 迷宮ダンジョンだ。

 冒険者たちは隊列を組み、慎重に迷宮を進み始める。


 ふと、闇の中で、赤い瞳が蠢いた。


「ギ。ギギギ!」


 突然、暗がりの岩陰から、大きな影が踊り出す。モンスターだ。モンスターは幸人を目掛けて走り込み、ドカリ。と、何かの塊を降り降ろす。幸人は咄嗟にかわし、棒を振り抜いた。

 棒の一撃が炸裂。モンスターの頭が砕ける。


 幸人がなぎ倒した存在は、オークだった。豚に似た顔をして、頭には小さな角。かなり大柄で、屈強な肉体をしている。オークは手に、大ぶりの戦槌ウォーハンマーを握りしめたまま絶命していた。


「……いこう」


 幸人は再び歩き出す。

 そのまま暫く進むと、冒険者たちは、分かれ道へと差し掛かった。

 ピ。と、音がして、凪子先生の携帯端末にメッセージが届く。どうやら、メッセージと共に動画記録が送られて来たようだ。


 メッセージによると、どうやら本願寺たちは別れ道で二手に分かれ、ダンジョンを進んで行ったらしい。動画記録にも本願寺の姿が写っている。本願寺は通路を右に、本願寺の仲間の三好みよし長安ながやすと、もう一人の能力者は通路を左へと進んで行ったようだ。


「ダンジョンに、監視カメラを設置してるんだね」

 幸人は端末の画面を覗き込んで言う。


「ええ。たまに監視カメラ設置のクエストがあるからね。まあ、設置してもすぐに壊されちゃうみたいだけど」


 光は幸人に答えて言う。ちなみに光の背後には、大きな水の塊が浮かんでいる。ダンジョンに入る前に、大壁おおかべの水道で調達してきたのだ。


「それにしてもこのドローン、うっとおしいっすね」


 秀実が愚痴る。

 冒険者たちの周囲には、クエスト管理局のドローンが六機浮かんでいて、冒険を記録し続けている。

 と、いうのは建前だろう。多分、冒険者が脱走しないよう、監視しているのだ。そして撮影した映像も、解析されて政府機関のデータベースに収まるのだろう。


「それよりも、本願寺が二手に分かれた以上、こちらも二手に分かれる必要がありそうだな」

 凪子先生が言う。


「ならば、俺が本願寺を追う」

 織田が怒りを滲ませる。


「何故? 僕は本願寺君を野放しに出来ない理由があるんだけど」

 幸人が言い返す。


「真田はこの前、好きなだけ本願寺を痛めつけたのだろう? だったら今回は俺に譲れ。俺はまだ、徳川の借りを返していないからな」

「織田君に任せると、本願寺君を殺しかねないよね。だとしたら賛成は出来ないな」

「心配するな。俺の班には明智も羽柴もいる。二人は俺とは違って人命を尊んでいる。どうせ、俺がやり過ぎたら止めるだろう。真田は仲間を信用できないのか?」

「その言い方はずるいな……」


 幸人は織田と言い合って、言葉を失う。

 こうして、清原きよはら凪子なぎこ班と織田おだ信秋のぶあき班は、二手に分かれた。


 ★


 分かれ道を進み始めて五分。幸人はずっと、黙りこくっていた。


「そんなに仲間が心配か?」

 凪子先生が声をかける。


「はい。まあ、心配です。本願寺君はかなりの強敵でしたから」

 幸人はやや沈んだ声で言う。


「心配するな。そもそも織田班は、対、本願寺に適した面子で固めてある。織田のファイアーボールと明智の水による制圧能力に対しては、本願寺は手も足も出ないだろう。それよりも……」

 と、凪子先生は、道の先を指差した。

「厄介なのは本願寺よりも三好みよし長安ながやすの方だ」


「三好君が? 何故ですか」

「NSJから奪われたマジックアイテムを所持しているのは、三好長安だからだ。あのアイテムは危険すぎる」

「マジックアイテムの効果を伺っても?」

「真田は知らんのか? 長安が奪ったマジックアイテムの名は、ダークボール。知性の低いモンスターを操る事が出来る」

「知性の低いモンスター? であれば、そう脅威だとは思えませんけど」

「馬鹿者。知性が低い事と、モンスターの強さは関係がない。頭が悪ければ、どれだけ強力なモンスターでも操れるのだぞ。しかも、効果対象に上限がない」

「上限がない?」

「何千匹だろうが何百万匹だろうが操れる。と、いう事だ。三好長安がモンスターの大群を引き連れて地上に帰還したら、世界が滅ぶぞ」

「成程。緊急クエストが出される訳ですね……」


 幸人が凪子なぎこ先生の話を聞く一方、斎藤さいとう道三みちみつが「あっ」と、足を滑らせて転倒する。


「う。痛え。なんかショボいトラップに引っかかった。なんだよ、この小さい落とし穴は!」


 言いながら、斎藤は起き上がる。少々、膝を擦りむいて出血していた。


「うお。マジか。流血しちまった。なあ徳川。回復魔法かけてくれよお」

「キミはだらしがないなあ。そんな軽傷でMPを無駄には出来ないよ」

「冷てえなあ。そんな事言わないで頼むよ」

「仕方がないなあ」


 斎藤と、徳川とくがわ家理亜いりあが言い合う。


「まあ、この際だからみんな集まって。エンチャントをかけるから」

 家理亜は一つため息を吐き、仲間達を呼び集めた。


「天に星あり地に陣列あり。水のことわりは次元の境界を揺るがしたり。那由他なゆたの時空を超えて聴け。徳川家理亜の名において命じる。盟約の鎖もて領界の狭間より力を示せ! 清涼なる水の精霊よ、勇敢なる戦士たちに、癒しの加護を与えたまえ。ウォーターエンチャント!」


 家理亜いりあは魔法を発動した。すると、清原班の仲間たちの身体が、薄ぼんやりとした光で包まれる。


「徳川さん。この魔法は?」

 幸人が問う。


家理亜いりあって呼んで。じゃないと答えないもん」

「……家理亜。この魔法について説明を頼めるかな」


 幸人が言い直すと、家理亜の顔に、パアっと笑顔が浮かぶ。


「えへへ。ウォーターエンチャントは持続回復魔法だよ。ボクの魔法ランクはEだから、半日ぐらいしか持たないけど」

「へえ。半日も持つのか。凄いね」

「でも、通常の回復魔法に比べたら、怪我を完治させるまでにはだいぶ時間がかかるよ。なるべく大怪我はしないようにね」


 家理亜は得意気にはにかんだ。


「さて、時間を無駄にしたな。このままだと三好長安に、中層に辿り着かれてしまう。それは避けたいところだ。一気に飛ぶぞ」

 と、凪子先生も呪文を詠唱する。


「気高く吹き渡る風よ、我らに、風の翼を与えたまえ。エアーウィング!」


 呪文の詠唱が完了する。するとたちまち、風が仲間達の身体を包みこんだ。それに伴って、全員の身体がふわりと宙に浮き上がる。

 徳川家理亜よりも、呪文を発動する為に要する単語が少ない。【詠唱短縮】スキルを持っているのか──。

 幸人は内心、凪子先生のスキルを悟る。


「では行くぞ。全員、はぐれずについてこい!」


 凪子先生が言い放ち、迷宮の奥へと飛翔する。仲間たちも凪子先生を追って飛び始めた。


「ぐ。う、わ……早い!」


 直江なおえ兼倉かねくらが声を上げる。

 実際、エアーウィングによる飛行速度は、幸人の妖精の翅による飛行速度を凌駕していた。しかも、飛行ルートがある程度限定されている。凪子先生を自動追尾するように飛び続けているのだ。恐らく、岩や壁面に激突しない為の配慮だろう。


「前方三○○メートル、モンスターの群れがある。隊列を組め!」

 凪子先生の激が飛ぶ。


 清原班の面々は、ほんの一瞬で三○○メートルの距離を飛び、モンスターと接敵した。


「ギ。ギャギャギャアアア!」


 それは、一○メートル近い大きさの蝙蝠こうもりの大群だった。そこへ、隊列を組んだ冒険者たちが突っ込んでゆく。

 先頭の凪子先生が、鋭く長刀を降る。

 それを追い越すように、直江兼倉の魔法矢が射ちまくられる。

 続けて幸人が棒で蹴散らし薙ぎ払い、斎藤道三が蝙蝠の巨体を受け流しまくる。

 徳川家理亜は斎藤の背後に潜んで飛び、最後に霧隠才華が飛び去ると、人食い蝙蝠の群れが、一拍遅れてワイヤーで切断される!

 飛び去った冒険者たちの背後には、巨大モンスターの屍の山が築かれていった。


 ★


 五分後、凪子班はいくつもの下り道を通過して、迷宮ダンジョン上層の最深部へと到達する。最深部を暫く進むと、凪子先生がピタリと動きを止めた。

 洞窟の奥には、かなり広い空洞がある。野球場がいくつか入りそうな程、広大な空間だった。

 口を開きかけた幸人に、凪子先生は「しい」と、手ぶりで沈黙を促す。そこから、仲間たちは低空をゆるゆる飛び、大きな岩陰から、ダンジョン奥の様子を窺がった。


 空洞の奥に、巨大な鋼鉄製の門がある。門には亀裂が入っており、向こう側から薄っすらと赤い光が漏れている。門の亀裂は大きくはないが、人間大のモンスターぐらいだったら出入りできそうな隙間は空いている。

 そして、門の前には人の姿があった。

 三好みよし長安ながやすだ。


「どうします?」

 幸人が小声で言う。


長安ながやすがこのルートを選択した理由がわかったよ。あの大きな扉は通称、煉獄れんごく門。ダンジョンの中層へと続く扉だ。あの扉の奥には、上層とは比べ物にならない強力なモンスターがひしめいている。長安の奴、さては扉を爆破して、中層モンスターの群れを操るつもりなのだろうな」


 凪子先生が言い、仲間達にハンドサインを送る。

 仲間達はサインを受け取ると、岩陰を伝って、三好長安を包囲するように散開していった。


「出て来いよ。気が付かないとでも思ったか?」


 ふいに、長安が声を上げる。その視線は、凪子先生が潜んでいる大岩に向けられていた。

 暫しの沈黙の後、凪子先生が、岩陰から姿を現す。


「よう。長安ながやす。迎えに来てやったぞ……」


 凪子先生は怒りを押し殺し、真っすぐに長安を見据えた。




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