第8話 セーラー服と突撃銃 中





 ぶん。と、なたが降り降ろされる。

 竹美たけみは咄嗟にバットを掲げ、鉈を受け止めた。だが、衝撃でバットがひしゃげ、折れ曲がる。腕も痺れて力が入らなくなる。


「ギッ!」


 ゴブリンはバットを引っ掴み、遠くへと放り投げる。これでもう、竹美の身を守る物は何もない。終わりだ……。

 薄れゆく視界の中では、幼い女の子が母親にすがりついて泣いている。


「泣か、ないで。泣いてる場合じゃないよ。走って。走りな、さい……」


 竹美は女の子に声をかける。だが、女の子は逃げようとしない。

 そう。そうだよね。私も同じような状況だったら、きっと……。

 心中に呟いて、竹美はもう一度、気力を振り絞る。


「こっちよ。私を、殺したいんでしょ? ついて来なさい」


 竹美は、幼い女の子がいる場所とは逆の方向へと、這いずるようにして逃げ始める。ゴブリンは、ゆっくりとした足取りで竹美を追いかけきた。追いつこうと思えばすぐに追いつける筈だ。だが、ゴブリンはそうしない。まるで狩りを楽しむように、付かず離れずの距離をじわじわと追いかけて来る。

 アスファルトには、竹美の血液が、細長い線を描いている。これが、人生最後の絵になるのかな……。そんな自嘲気味な考えが、竹美の胸を過る。


 どれぐらい逃げただろう? ふと、竹美は振り返る。だが、視界が滲んでよく解らなかった。意識も朦朧もうろうとして、今にも気絶してしまいそうだ。お気に入りのセーラー服も血まみれになっている。


 竹美は、行き止まりまで這いずって動きを止めた。もう、何処にも逃げられそうにない。


「ギ。ギギギッ!」


 あざけりに似た、ゴブリンの声がする。そいつは竹美を追い詰めて、止めとばかり、大鉈を振り上げた。その瞬間……。


 タアンッ! と、乾いた音が響いた。


 何が起こったのだろう。

 竹美は薄く目を開ける。すると、近くでゴブリンが倒れて藻掻いている。そこへ、再び音が鳴り響く。

 タン、タン、タアンッ! タタタ。タタタッ!

 これでもかと、銃弾がゴブリンに命中。ゴブリンは倒れたまま、為す術もなく踊り狂ったようになる。

 銃声が止み、靴音が、竹美へと駆け寄って来る。


「あ。やっぱり生きてるね。それにしてもこれは……重症だな」


 竹美の太腿に、何者かが触れる。どうやら、応急処置をしてくれているようだ。


幸人ゆきと……なの? 来て、くれた……の」

「幸人? 意識がヤバいな。それにしてもこの血の跡……あの母娘おやこを庇ったのか。こんなになるまで、どうして?」

「だって私、あの時酷い事言って。それなの、に、幸人は、絶対に私の事を捜してくれるって言ってくれたから。私だって幸人を捜すんだ。絶対に、見つけてあげ、るんだ……」


 ポツリポツリと言う竹美の頬を、涙が伝う。その太腿を、包帯がぐっと締め付ける。


「ちょっとチクッとするけど我慢してね」


 暫くして、声の主が言う。直後、竹美は胸に注射針を打ち込まれる。


「う………………ふ、はっ……!」


 竹美は急に意識が定まって、呼吸を取り戻す。ゼイゼイと息を荒げながら顔を上げると、目の前には、若い、優し気な男性の顔があった。


「君、ツイてるよ。見つけたのが俺で良かったね」


 言いながら、男性は注射器を革製のポーチへとしまう。迷彩服を身に着けた自衛官だった。


「貴方は……? あ、女の子が襲われて、大変なんです!」

「ああ。解ってる。立てるかい?」


 自衛官は竹美へと手を差し伸べる。竹美は掴み、よろめきながら立ち上がった。



 ★



 竹美は自衛官の肩を借り、脚を引きずりながら道を引き返した。


「ええと、君、名前は?」

大谷おおたに竹美たけみ……です。貴方は?」

「俺は山本やまもとすすむ二等陸尉。言っとくけど、これでもエリートなんだぜ」

「は、はあ……」

「それより大谷ちゃん。いや、竹美ちゃんの方が呼びやすいな。もう少し早く歩けるかな。じゃないと結構ヤバいんだよね」

「は、はい。済みません」

「うん。急ごう」


 言いながら、山本やまもと陸尉はちらりと後ろを振り返る。


「うわ。やべ」


 山本陸尉の顔色が変わる。竹美は視線を追い、後ろを振り返る。

 すると、倒れていたゴブリンが、むくりと起き上がった。ゴブリンは散々撃たれた筈なのに、怪我の一つもしていない様子だった。


「え? ええ! どうして。あんなに撃たれたのに……」

 竹美の胸を、再び絶望が満たす。


「ほら、この周辺一帯に霧がかかってるだろ。霧の中だと、あいつら無敵みたいなんだよね」

「む、無敵?」

「ああ。銃で撃っても駄目、切っても射しても無傷。爆発物も効かない。毒や酸はまだ試してないけど、多分、効かないだろうな。あ、耳塞いで」


 言いながら、山本陸尉は八九式小銃をゴブリンに向ける。ゴブリンは、カンカンに怒って大鉈を振り上げ、こちらへと突進して来る真っ最中だった。

 タタタッ、タタタッ! 銃口から火花が散る。銃弾は命中。ゴブリンは再び、アスファルトに倒れ伏す。


「あれ、死んでないから。だから急ごうぜ。さっきたくさん撃っちゃったから、弾が残り少ないんだ」


 そう言って、山本陸尉は歩き出す。竹美も引きずられるようにして、道を急ぐ。その胸中は、不安で満ちていた。

 無敵? じゃあ、私がバットで殴り倒した二匹のゴブリンも無傷だったって事? だとしたら、あの女の子と母親はどうなったのだろう。助けられなかったのか……。

 無意識に、竹美の歩調が速くなる。山本陸尉も焦っているが、その背中に、再びゴブリンの気配が迫る。


「ちっ。あいつ元気だな。言っとくけど、弾はこれで最後だから」


 山本陸尉が発砲する。三発の内、二発が命中。ゴブリンはアスファルトを転げたが、一◯秒も経たない内に、再び起き上がった。


「くっそ。仕方ない。竹美ちゃんっていったっけ? 君、ここからは一人で戻ってくれる? あの親子連れの所に俺の部下がいる筈だから、呼んで来てくれると助かる」

「で、でも……山本さんを置いてなんて」

「悪いけど急いでくれ。長く持ちこたえる自信、ないから」

「く……わかりました」


 悔しさを露に、竹美は進み始める。一方、山本陸尉は小銃に銃剣を取り付けて、ゴブリンを待ち受ける。


「来いよ。クソ緑くん」

「ギ。ギギギギギッ!」


 怒りを露に、ゴブリンは山本陸尉へと突進する。そして手にした大鉈を振り下ろす! かに思われた瞬間、猛烈な発砲音が響き渡る。

 一◯発。否、それ以上の弾丸を受けて、ゴブリンは倒れ伏す。

 山本陸尉の背後には、何人もの自衛官の姿があった。彼らが発砲したのだ。間髪を入れず、迷彩服姿の屈強な男性がゴブリンへと走り寄る。屈強な男性は、山本陸尉を追い越してゴブリンに覆いかぶさり、柔道の固め技でゴブリンを取り押さえた。


「お。いいね。筋肉はやる事が違うね!」

 山本陸尉は上機嫌に言う。


「はい。筋肉は正義です!」

 筋肉隆々の男性は笑顔で返す。


 言い合う二人を他所に、他の自衛官は縄を取り出してゴブリンを縛り上げる。竹美は突然の銃声に驚いて、腰を抜かしていた。



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