第55話 悪×悪×悪 上





 ライトヒールの魔法は、ウォーターヒールに比べたら、少しだけ傷の治りが遅い。その代わり、より、広範囲の大勢に癒しの効果を発揮できる。

 幸人ゆきとは傷が癒えるまでの間、ひかりから、そんな説明を受けていた。


「ありがとう、さっちゃん。これで、貴女への借りは二つ目ね……」

 光が、聖職者の格好をした少女に向かって言う。


 さっちゃんと呼ばれた少女は、ほんのり微笑して、ペコリと頭を下げた。すると、被っていた帽子がぽとりと落ちる。

 帽子から零れた髪は美しい金色で、なんと、耳が尖っていた。


「君はエルフ?」

 幸人はさっちゃんに声をかける。


「あ、そうだけどそうじゃなくて……」

 さっちゃんは困惑して言葉に詰まる。


「ナーロッパに転移した人は、転移した段階で体の組成が少し変わるみたいなのよね。さっちゃんの場合はエルフになっちゃったみたい。他にも、猫耳とか、うさぎ耳になっちゃった娘もいるらしいわよ? まあ、シャングリラ転移者も似たようなものだけどね。あたしも、眼とか髪が水色でしょ?」

 光が、さっちゃんに替わって説明する。


 さっちゃんは照れながらも、ライトヒールの魔法を継続してくれていた。


 ★


 一〇分程で、冒険者たちの傷は完治した。ちなみに、さっちゃんの名前は しま 佐倉さくら と、いうらしい。

 一方、破壊された煉獄門も、寧々ねねちゃんの能力によって復元された。だが、復元された煉獄門には、幸人が最初に目にした時と同様に、人が通れるほどの亀裂が入ったままになっていた。


「どうして完全に修復しないの?」

 幸人は疑問を口にする。


「えっと、煉獄門は完全に塞いじゃうと、どうしてだか、首魁級のモンスターが怒って破壊しに来ちゃうの。だから、わざと小さな隙間を開けてるの。人間大のモンスターは通り抜けちゃうけど、大型モンスターがわらわら出て来るよりはマシでしょ?」

 寧々ちゃんは言う。


 幸人は腑に落ちて、腰を上げる。


「じゃあ、帰ろうか」


 こうして、冒険者たちはクエストを終え、帰途についた。



 ★ ★ ★



 帰り道、幸人は光をおぶって洞窟を進んだ。光は、怪我は治ったのだが、超能力を使い過ぎた反動で身体に力が入らなくなってしまったらしい。

 シャングリラ能力者にも弱点があるのか──。

 内心呟く幸人の横顔に、左右から、ジトっとした視線が突き刺さっている。

 右からは羽柴はしば秀実ひでみ。左からは徳川とくがわ家理亜いりあが、恨めしそうな顔で幸人を眺めている。


「な、何かな……?」

 幸人は冷汗を浮かべて言う。


「じ。自分も幸人様におんぶされてみたいっす……」


 秀実は、幸人に顔をぐっと近づける。その眼はカッと見開かれ、軽く充血している。秀実の鼻息が、ハア、ハアと、幸人の顔にかかる。

 一方。家理亜は、頬をぷくっと膨らませて、プイッと顔を背ける。


「ふんだ。幸人君なんて知らないもん。ボクだって疲れてるのに。明智さんばっかりズルい……」


 愚痴る家理亜の頭を、幸人は仕方なく撫でてやる。すると、秀実も幸人に頭を寄せて、良い子良い子を強請る。


 幸人の前方では、上杉うえすぎ謙鋼けんこうが、上層モンスターの群れを薙ぎ払い、退路を確保してくれている。その剣術は、相変わらず、研ぎ澄まされた輝きを放っていた。直江なおえ兼倉かねくらは、嬉々として、上杉を魔法矢で援護している。二人のコンビネーションが冴え渡り、オークや人食い巨大蝙蝠が、次々と打ち倒されてゆく。


「で、真田。この後クエスト管理局に乗り込んで、どうするつもりなのだ? 全員切り捨てるのであれば、俺がやってやっても良いぞ?」

 織田が、幸人の傍らに並んで悪い笑みを浮かべる。


「ああ、それなんだけど、彼らには全員、織田君と決闘をして貰おうと思うんだよね。どうせなら、NSJの人達も纏めてね」

「決闘? 何故俺が、そんな面倒な事をしなければならん」

「よく考えてみなよ。織田君がクエスト管理局の連中を皆殺しにしようとしても、当然、僕や光が止めに入る。その方がずっと面倒だろ? だったら、連中を闘技場に集めて、決闘で全員を負かしてしまえば良い。を条件にね。そうすれば織田君の気も晴れるだろうし、魔法契約の効力で、彼らは二度と、織田君を裏切らない。それどころか、実質、カウンセラーシティの実権を握れるよ?」


 幸人が言うと、織田が、ククク。と、笑い声を上げた。


「成程。中々面白い策だ。真田幸人、褒めてやるぞ」

「まあ、その方が政治的な話とか、面倒な事は全部織田君に丸投げできるから、僕も楽なんだよね。ウィン、ウィンの提案だよ」


 幸人と織田は言い合って、黒い微笑を交わす。


「幸人。あんた、ここ最近、記憶を無くす前に性格が戻って来てない? 発想が危険すぎるんだけど?」

 光が、背中から幸人に耳打ちする。


「え? そうなの?」

「そうよ。記憶を失ったばかりの時は、あんなにおどおどして、子供みたいにあたしに懐いて可愛かったのに。あんたの保護者としては悲しいわ」

「はは。ごめんね、悪い子で」


 幸人は光と言い合って、顔を上げる。その前方には、もう、地上からの光が降り注いでいた。



 ★ ★ ★



 幸人たちのダンジョン攻略から、二時間が経過した。

 カウンセラーシティの白灯台は、織田が前日の夜、ファイアウェポンでぶった切った。のだが、その翌昼には、寧々ちゃんが個別クエストを受けて完全に復元していた。

 白灯台内部では、NSJ局員が、蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていた。


 クエスト管理局との通信が途絶した──。

 NSJ局員が遠隔で監視カメラの映像を確認すると、クエスト管理局の敷地には、一つも人影がなかったのだ。監視カメラの動画記録には、瞬間移動能力者と思しき者が、次々と、クエスト管理局員を拉致してゆく姿が映っていた。

 NSJ局員らの脳裏に、真田幸人が言い放った言葉が蘇る……。


『これから織田君と、そっちにお邪魔するよ。どんな言い訳をするか、今の内に考えておくんだね……』


 織田が来る……!

 焦って対策を練ろうにも、妙案を出す者もいない。喧々けんけん諤々がくがく罵り合う会議室には、菊池と呼ばれた、サングラスの女の姿もあった。


「クエスト管理局が襲撃を受けたのであれば、ここもまず、無事では済むまい。全員、直ちに退避しろ」

 菊池は不毛な議論を切り捨て、指示を下す。


「で、ですが、今回の織田包囲網に関して、我々とクエスト管理局を結び付ける証拠はありません。織田や真田は真相に気が付かないのでは?」

 白衣の男性が、菊池に意見する。


 そう。白衣の男が言うように、今回の織田信秋包囲網を仕組んだ黒幕は、NSJだった。

 NSJは本願寺と取引をして、三好長安には偽の情報を流してダークボールを盗み出させた。中層モンスターの大暴走は、NSJが本物のダークボールを使い、引き起こしたのである。そしてNSJは織田信秋らが全滅した後で、ダークボールでモンスターを操って、迷宮に追い返す算段だったのである。

 だが、計画は失敗した。能力者たちがこの事実にたどり着けない筈がない──。


「相手は織田だぞ? 証拠が手に入るまで待つ奴ではない」

「しかし、品川ゲートに続くかいこの回廊は、とっくに能力者たちに抑えられていますよ」

「ヘリポートに移動しろ」

「ヘリ? 蚕の回廊意外に脱出手段があるんですか?」

「緊急時のマニュアルを読んでいないのか──」


 菊池が言った刹那、ふっと、白衣の男性の姿が消えた。

 何が起こった──。

 焦って周囲を見回す菊池の眼前で、NSJの局員が、一人、また一人と姿を消してゆく。そして局員が消えゆく際に、その傍らに、一瞬だけ、何者かの姿が現れる。

 シュ。シュ。シュ。シュ……。

 空気を切る微かな音だけを残して、局員たちが減ってゆく。そして遂に、部屋に残されたのは菊池一人だけとなる。

 何が──。

 菊池が事態を呑み込む前に、眼前に、フッと、不良っぽい少女が姿を現した。

 金髪に、小麦色に日焼けした肌。こいつは確か、百足会の松永まつなが久枝ひさえ。急に行方不明になったと聞いていたのに、何故……?

 菊池の疑問を他所に、松永久枝は手を伸ばし、菊池の肩に触れる。


「あんたがNSAの菊池きくち亜美あみさん、だよね? ちょっと顔貸してくれる?」

「く。誰が──」


 言い終わる前に、菊池の目の前の景色が、ふっと、切り替わった。



 ★ ★ ★



 そこは、闘技場の舞台の上だった。

 広い舞台上にはNSJ局員と、クエスト管理局員、治安維持局員の顔ぶれが全員集合している。


「ここ、は……」


 言いかけて、菊池は状況を察する。

 織田や、その配下の能力者たちの仕業だろう。だとしたら、連中の狙いは?

 困惑する菊池らの前に、学生服を身に着けた少女が上がって来た。その少女は確か、チーム対抗戦で進行役を務めている、寧々ねねとかいうぶりっ子だった筈……。

 考える菊池を他所に、寧々ちゃんは口を開く。


「全員、揃いましたねえ! じゃあ、皆さん、分霊を行いますねえっ!」


 少女は叫びながら、金色の球体をかざす。菊池はそれを見て、やっと、能力者たちの狙いに気が付いた。

 あれは化身アバターを作り出す魔法マジック道具アイテム。連中は、私たちに決闘を強要するつもりなのか。だとしたら、目的は魔法契約──。

 悟った時には遅かった。

 菊池の目の前で、一人、また一人と、大人達が倒れてゆく。倒れると同時、その傍らには化身アバターが現れて、倒れている本体を目にして困惑の声を上げる。菊池もまた、金色の強い光に照らされて目を瞑る。次の瞬間にはもう、菊池はを見下ろして、恐怖を感じていた。


 すうっと、局員らの本体が浮かび上がり、舞台の外へと移動して行く。残されたのは化身アバターだけだ。そんな大人達の目の前に、分厚い書物が空中を移動して来る。魔法陣が描かれた異界の書──。魔法契約書だ。


「昏々と眠る我が魂の根源に告げる。太古の因果の糸を辿り、遠き時空を上昇せよ。そは意志を持ち、形成す魔力なり。我が求むるは深く気高き魔法の発露。岩成いわなり友子ともこの名において、ここに宇宙の法則を歪曲する。下郎ども、我が呪いに戦慄せよ。マジック・オブ・カース!」


 突然、魔法を詠唱する声が響く。詠唱内容が通常と異なる。無属性魔法、か。

 菊池が悟ると同時、魔法が発動した。


「皆さんには、呪いをかけたのね。逃げ出したり拒否したりすれば、呪いが発動して息が出来なくなっちゃうのね。だからおとなしく、魔法契約書にサインしてね……」


 魔法の発動者が、灰色の髪をかき上げて言う。その瞳もまた、灰色……。三好三人衆の一人、岩成いわなり友子ともこだった。

 何故、岩成友子が? 三好三人衆は織田と敵対していたのではなかったのか。まさか……織田にくだったのか!

 菊池の勘は当たっていた。

 そう。織田はカウンセラーシティに戻るなり、百足会に降伏を迫ったのである。まず、三好三人衆の三好みよし長安ながやすが織田への敗北を認めた。すると長安の弟の宗院そういんと、岩成いわなり友子ともこも織田に降参し、百足会は織田の配下に組み込まれた。つまり、織田には現在、何十人もの能力者が味方している事になる。


 やがて菊池の目の前に、ふわふわと魔法契約書がやって来る。菊池は当然、サインを拒もうとした。だが、その瞬間に呼吸が出来なくなってしまう。そうして、菊池は結局は呪いに抗えず、魔法契約書にサインをしてしまった。


 全ての者がサインを終えた頃、舞台に、一人の男子高校生が上がってきた。

 赤黒い髪に精悍な顔立ち。薄い狂気と威厳とが同居する、独特の圧迫感。織田おだ信秋のぶあきだ。


「気分はどうだ? お前等はこれまで、異世界からの帰還者を、決闘と称して戦わせ、死の恐怖を体験させ続けてきたな。思考を誘導して人格を改造して、俺たちを洗脳できる、飼い馴らせるとでも思ったか? 今度は……お前たちの番だ……」


 織田は淡々と語る。その一方で、菊池らの足元に、ドサリと、無数の重火器や刀剣の類が出現した。


「決闘は正々堂々と行わねばならんらしいからな。せいぜい、好きな得物を選べ……」


 菊池はもう、織田の意図を理解していた。決して逃げられないという事も。ならば……。

 やってやる!

 菊池は腹を括って拳銃に手を伸ばした──。



 ★ ★ ★



 闘技場の客席で、数人の生徒が静かに様子を伺っている。チーム明智の面々だった。


「本当に、これで良かったの? このままじゃ、世界は本当に、織田の思い通りになってしまうわよ」

 光が不安な顔をする。


「織田君が道を踏み外しそうになったら、僕らが野望を挫けばいい。実はもう、その対策は考えてるんだよね」

 幸人は穏やかに言う。


「対策? どんな?」

 光が言うと、幸人は光に口を寄せ、ごにょごにょ耳打ちする。


「え? それってあたしの負担大きくない?」

「じゃあ、光は他に方法が思いつく?」

「でも、その提案、乗ってくれるかしら?」

「織田君は必ず受けるさ。彼は光を高く買ってるからね」


 言い残し、幸人は踵を返す。


「なら良いんだけど……」

 光も、微笑して幸人を追う。


 こうして、幸人たちは闘技場を後にする。その背後で、ドオオオンッ! と、ファイアーボールの爆発音が響き渡った。



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