第56話 悪×悪×悪 中




 ★ ★ ★


 緊急クエストに絡む問題は全て解決した。

 陰謀に加担した大人たちは、全て織田信秋が決闘で負かしてしまった。織田信秋包囲網には何人かの能力者も絡んでいたが、その名前も、織田が大人たちから聞き出すだろう。織田が要求した魔法契約の内容は『織田信秋への忠誠と服従』だ。決闘に負けた者は、織田の質問に対して嘘を言う事はない。それどころか、率先して情報を上げる事になる。


 ★


 チーム明智の面々は、学校近くのレストランで夕食を共にした。時間は、もう夜の七時を過ぎていた。


「てか、なんでこの人がここに居るっすか?」

 羽柴はしば秀実ひでみが口を尖らせる。


 秀実の視線の先では松永まつなが久枝ひさえがパスタをもぐもぐやっていた。


「何よ? 文句あるの?」


 久枝ひさえが睨みを利かせると、池田せんりが「ひっ」と、声を漏らし、秀実の陰に隠れた。すると秀実は益々不機嫌そうに、久枝を睨みつける。


「まさか、幸人が百足会のメンバーを匿ってたなんてね」

 光も、幸人にジトっとした視線を向ける。


「し、仕方ないだろ。この人、百足会から狙われてた訳だし」

「だからって幸人が庇ってやる必要なんてある? 松永さんがこれまで何をして来たか、知らない訳じゃないでしょ?」

「わかってるよ。僕も本願寺君の件では松永さんから被害を受けたからね」

「じゃあ、どうして?」

「放ってはおけないだろ。実際、松永さんの能力は何度か役に立ったし」

「それはそうだけど……」


 光と幸人が言い合っていると、松永久枝は食事を終えて、席を立つ。


「そんなに私が気に入らないなら出て行ってやるわよ。それで良いんでしょ?」

 久枝は金色に染めた前髪をかき上げて、気怠げに言う。


「待つっす。行く前に、これまでの事をせんりちゃんに謝るっすよ!」

 秀実も立ち上がり、久枝に立ち塞がる。


「何よ?」

「謝るっす……」


 秀実と久枝は睨み合い、緊迫した空気が漂う。だが……。


「悪かったわね。もう、バカにしないわよ」


 久枝ひさえは暫し逡巡したが、結局は、せんりに謝罪した。

 そうして、久枝は踵を返す。


「待ちなさい」

 今度は光が言う。


「何よ。まだ何かあるの?」

「せんりちゃんはどうするの? 松永さんは謝ったけど、和解するつもりはある?」


 光に問われると、せんりはじっと松永久枝を見つめ、こくりと頷いた。


「そう。じゃあ、二人共握手でもしたら?」

「な、なんで私がこんなこぶ……池田せんりなんかと」

「あら。否なのかしら?」

「……」


 久枝は光に気圧されて、不機嫌そうにせんりに手を差し出した。せんりも少々躊躇いはしたが、結局は、松永久枝と握手を交わす。


「じゃあ、これで仲直りっすね。松永さん、せっかくだから、一緒にデザートも食べるっすよ」

「そ、そんな空気じゃないでしょ」

「ん。松永さんは嫌っすか?」


 秀実はシュンとした調子で言う。


「別に嫌って訳じゃないけど……でも、やっぱり、あんたたちとは馴れ合う気にはなれないわ。特に明智光。あんたとはね」

「あたし? どうしてかしら」

「それは……」


 久枝はちらりと幸人に目をやって、黙り込む。


「どうしても。だよ……」


 言い残し、松永まつなが久枝ひさえはふっと姿を消した。瞬間移動を使ったのだ。

 取り残された秀実が、肩を落とす。その肩に、せんりが触れる。そうして、チーム明智は気を取り直し、再び夕食に手を付けた。


 ★


 一時間後。

 幸人たちは食事を終え、それぞれ寮の部屋へと帰宅した。

 幸人は部屋に帰ると、すぐに紋章を鏡に映して、妖精カレンを亜空間から出してやった。


「幸人しゃま、幸人しゃま幸人しゃま、幸人しゃまああぁっ! 心配してたんでしゅよ! 迷宮ダンジョンではあんなに大ピンチだったのに、どうしてカレンを呼び出さなかったんでしゅか?」


 カレンは鏡から出るなり、目に涙を浮かべて言う。

 幸人の腕の紋章は謎の亜空間に繋がっている。カレンは大抵、その空間に潜んでいるのだが、亜空間からは外の様子がわかるのだ。カレンは亜空間の空に映し出される映像を見て、幸人が死にかけたり、ブラックホールを発生させる様子も見ていたのである。


「ごめんごめん。でも、カレンは本当に僕の切り札だからね。どうしても、隠しておきたかったんだ」

「だからって、あんなに傷だらけになって……カレンがどんなに辛くて悔しかったか分かりましゅか?」


 カレンは幸人の胸に飛び込んでポカポカやる。すると幸人はどさりと、仰向けにベッドに倒れ込む。


「ごめん……。色々言いたい事はあるだろうけど、今日は本当に疲れたんだ。このまま眠らせて貰えると助か……」


 言い終わる前に、幸人はもう、寝息を立てていた。


「もう……お疲れ様でしゅ」

 カレンは呟いて、幸人に妖精の癒しの粉をふりかける。そうして、パタパタ飛びながら毛布をかけてやった。



 ★ ★ ★



 幸人が眠りに落ちた頃、東京の地下深くでは、再び、事態が動き出していた。


 南品川の隕石落下痕には、大きな穴が空いている。穴は【品川ゲート】と呼ばれ、今も、謎の霧とモンスターを吐き出す危険地帯と化している。


 品川ゲートの奥深く、迷宮ダンジョンの中層では、赤黒い溶岩流が、今もドロドロと流れ続けている。そこには多くのドラゴンが住み、人間や魔物の往来を阻害している。


 ドオ。と、溶岩の大河を割り、巨大な竜が姿を現した。竜は溶岩の河を抜け出して、畔に上がって来る。

 赤い眼に、翼の無い巨大な体躯。地竜だ──。

 その勇壮な生き物は、数時間前、本願寺を丸呑みにした個体だった。地竜は溶岩の大河に沿って畔を歩き、視界に、大きめの洞窟を捉える。そこは地竜の巣穴だ。巣穴には、地竜の眷属である、無数のドラゴンが住んでいた。

 ごお。と、巣穴の奥からは竜の炎が見え、それに照らされた無数の竜の姿が浮かび上がる。


 ドシリと岩を踏みしめて、地竜は巣穴へと入る。広々とした巣穴では、何匹もの竜が道を開け、地竜に頭を垂れた。

 地竜は、巣穴の王なのだ。

 巣穴の奥には、広々とした台座がある。そこは、地竜専用の王座だった。地竜は、若い竜たちを横目に王座に進む。そして、大きな台座に辿り着くと、ゴオオオッ! と、一声放つ。すると巣穴の竜たちが、一斉に頭を垂れる。

 それに満足して、地竜はゆるりと台座に腰を下ろす。だが──。


 次の瞬間、地竜の頭部から、ズズ。と、無数の金属の針が突き出した。針は見る見る数を増し、伸びる……!

 やがて、地竜の頭が破裂して、巨体がどっと、台座に倒れ伏した。


「クソ不味い……こいつ、本当に中層六角なのか……」


 本願寺が、地竜の頭部を割いて姿を現した。本願寺は、地竜の肉片をムシャムシャと食み、周囲の竜たちに睨みを利かす。


「お前らは、美味えのか……?」


 本願寺は気だるげに言い放つ。すると竜たちは怒りを発し、ドオオオッ! と、咆哮を上げながら本願寺へと突進した……!


 ★


 数分後、巣穴には、おびただしい竜の死骸が散乱していた。

 唯一、蠢く者は、本願寺の後ろ姿だけだった。


不味まじい……」


 本願寺が、竜の火炎の残り火で、肉を焼いて噛みちぎる。だが、どれだけ食べても満たされない。それは、本願寺自身も承知の上だった。

 モンスターを食べてはいけない──。

 これは、冒険者のみならず、地上の人間にも知られている知識だった。


 ◇


 二か月ほど前、人類はある実験を試みた。

 モンスターを食べてみる。ただ、それだけの実験である。その動機は、大谷おおたに竹美たけみという少女の証言に端を発している。

 陸上自衛隊は繰り返し、大谷竹美から聞き取りを行った。そして、とある仮説に行きついた。

 大谷竹美の攻撃は、霧の中でもモンスターに通用した。まるで、異世界帰りの冒険者の攻撃であるかのように……。だとしたら、その変化は何処で起こったのか?


 仮説は、。と、結論した。


 だが、試してみなければ仮説は仮説のままだ。

 そこで、自衛隊はカウンセラーシティの冒険者にモンスターの捕獲クエストを出した。程なくしてモンスターが捕獲され、勇士の自衛官が食してみる事になった。

 ゴブリン、大蜘蛛、人食い蝙蝠こうもり、ドラゴン、小悪魔グレムリン。五匹の魔物を、五人の自衛官が食した。勿論、彼らは魔物に傷をつけられないから、異世界帰りの冒険者が調理を担当した。

 そしてその結果……。

 五人の自衛官全員が、半日もせず全員、血を吐いて死亡した。


 ちなみに、ナーロッパ帰りの冒険者は、この実験に猛反対していた。ナーロッパにはそもそも、言い伝えがあったのだ。

能力ちからを持たぬただの人間は、モンスターを食してはいけない』。と……。

 勿論、本願寺はただの人間ではない。だから、モンスターを食しても死にはしない。だが、食べたからといって、腹が満たされる訳ではない。食べた傍からモンスターが胃の中で消滅してしまうからだ。


 但し!

 ナーロッパの帰還者たちは、とある秘密を地球人に開示せず、秘匿したままにしていた。


金眼きんがんだけは別だ』


 金眼とは、文字通り、金色の眼を持つ珍しい個体の事である。金眼のモンスターは数百万匹に一匹とか、数億匹に一匹しか生まれないとされる。そして金眼のモンスターを食した者には魔法とは違う特異な力が備わり、世界を統べると言い伝えられている。


 金眼の狼を食せば狼の如く。

 金眼の人魚を食せば人魚の如く。

 金眼の竜を食せば竜の如き力を授かり、世界を統べる──。


 この言い伝えについて知っているのは、一部のナーロッパ能力者だけである。つまり、政府や諸外国の諜報機関はこの事を知らない。シャングリラ能力者ですらも、知る者は殆どいない。知っているのは本願寺ぐらいだ。かつて本願寺にこの情報を語ったのは、三好三人衆の岩成いわなり友子ともこだった。


 そう。本願寺の目的は、政府に媚びを売ってこれまでの罪を帳消しにして貰う事ではなく、政府と取引して報酬を得る事でもない。真の目的は、金眼の探索だったのだ。その為に、NSJの提案を吞んで織田信秋包囲網に加担した。と、見せかけたのである。


 ◇



 本願寺はを終えて、ゆらりと立ち上がる。が……。


「ぐ……あ……」


 突然、吐血して倒れ込む。まだ、明智光との戦いで負った傷が癒えていない。死を偽装する為に敢えて光の攻撃を受けはしたが、先程ポーションを飲んだ。それなのに、傷の治りが遅すぎる。

 見ると、体中に、濃い赤紫色の痣のような物が広がっていた。


「く、そが。なんの病気だよ」


 本願寺は苦痛にのたうち回り、歯噛みして苦悶を漏らす。

 全身の強烈な痛みに倦怠感。眩暈めまいに吐き気に高熱。そして、かなり汗を掻いてるのに少しも喉が渇かない。明らかに、身体に異常が起こっている。

 何故だ。

 考えを巡らす本願寺の脳裏に、一人のシャングリラ能力者の顔が浮かぶ。


『なんだよ? 余計な手出しをするなとでも言いたいのか? ダラダラやってるから撃っただけだろ。あ、?』


 伊達だて正治まさはる。あの眼帯野郎か──。

 本願寺が気付いた時には、もう、肉体は手遅れになりつつあった。

 伊達正治のシャングリラ能力は【未知のウィルスを発生させる】。である。伊達は、マグナム弾にウィルスを付着させた状態で本願寺に撃ち込んだ。その攻撃は本願寺の頬を掠め、病気が発症。まさに言葉通り、本願寺を倒していたのである。


 途切れそうな意識の中、本願寺はそれでも這いずって進む。時に四つん這いになり、ふらふらとした足取りで、朦朧と溶岩地帯を行く。そして……。

 ぐらりと、本願寺が揺らめいて、倒れる。その足は崖から滑り落ち、仄暗い、奈落の底へと落下していった。



 ★



 ぽたりと、水滴が落ちる。

 飢えと激痛で、本願寺は目を開ける。


 そこは暗く、とても寒い場所だった。

 耳が痛く成る程に静かで、全く見覚えがない景色。迷宮ダンジョンの下層まで落ちて来たのか……。

 どれぐらいの時間が経過したのかは分からない。だが、このままでは確実に死ぬ。

 本願寺は最期の力を振り絞り、凍えながら這いずり始める。その目の前に、ズシリ、と、巨大な足が踏み下ろされる。


 現れたのは、大きな黒翼の悪魔だった。

 がっしりとした三メートル程の体躯に、黒い肌。突き出た牙に、……。

 金眼の大悪魔グレーターデーモンだ。


「お前、美味そうだな」


 本願寺が、途切れそうな声で言い、そっと腕を上げる。腕は、じわじわと金属で覆われていった……。




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