第57話 悪×悪×悪 下




 ★ ★ ★



 翌朝、幸人はカレンに起こされた。


「幸人しゃま! 朝でしゅ。起きてくだしゃい。試合でしゅ。チーム対抗戦が始まっちゃいましゅよおっ!」


 カレンの声を聴き、幸人は飛び起きる。

 時計の針は午前八時を回っていた。


「わっ。本当だ。遅刻する!」


 幸人は慌てて服を着る。カレンは、その傍らで人間形態に変身した。


「カレン?」

「今日はカレンもついていくでしゅよ?」

「でもね、君はまだ狙われてるかもしれないだろ?」

「大丈夫でしゅ。本願寺しゃんはやっつけたし、百足会も解散したでしゅよ。もし、他に敵が居たとしても、この格好のカレンなら警戒していない筈でしゅから」

「そうかもしれないけど……」

「絶対に、カレンもいくでしゅ! 今日は幸人しゃまから離れないのでしゅ。いっぱい応援するでしゅよ!」

「……」


 結局、幸人はカレンの我儘を許す事にした。流石に学校には連れて行けないので、カレンとは、闘技場で落ち合う約束をして部屋を出た。



 ★ ★ ★



 幸人が帝都学園の校舎に辿り着くと、校舎前では、新聞部の生徒が号外を配っていた。


『織田、本願寺を滅ぼす!』


 号外の見出しには、そんな文言が躍っていた。

 号外の情報によると、織田はNSJ以下、治安維持局とクエスト管理局を支配下に置いた後、陰謀に加担していた何人かの能力者にも辿り着いた。織田信秋包囲網に加担した能力者のリーダーは、朝倉あさくらという生徒なのだそうだ。この朝倉という生徒もまた、織田から、コテンパンにのされたらしい。朝倉には足利あしかが義孝よしたかも協力していたらしいが、やはり、織田からこっぴどくやられてしまったようだ。


 ★


 幸人が教室に入ると、わあっと、声が上がった。


「真田、緊急クエストクリアーしたんだって? やるな。少しだけ見直したぜ」

「真田君、準決勝まで進むなんて凄い! 応援してるからね」

「今日は応援してるからね。優勝しなさいよ!」

「緊急クエストの報酬っていくら貰えるんだ? 今度何か奢れよな!」

「絶対優勝しろよな。勝ったら賞品のS級のマジックアイテム見せろよな」


 生徒たちが口々に声をかける。幸人は照れる一方で、複雑な気持ちでもあった。

 生徒たちの名前が解らない。顔も、殆ど分からないのだ。

 そう。

 幸人は記憶を失っている。普段、どの生徒と仲が良く、どんな会話をしていたかも思い出せない。その事が、そこはかとなく後ろめたい気がする。でも、全員を知らない。と、いう訳ではない。


「真田。昨日は世話になったな。今日は応援してやるぜ。優勝しろよな?」


 ポンと、直江なおえ兼倉かねくらが幸人の肩に触れる。


「ああ。必ず勝つさ……」


 ほんの少しだけ、幸人の口角が緩む。そして……。


「幸人! 遅かったじゃない。今日の働きにも期待してるわよ?」


 水色の瞳が視界に飛び込んで来る。その傍らには、やせっぽちの黒髪の少女と、ちょっぴりふくよかなツインテールの女の子、そして、ポニーテールのスレンダーな少女がいる。

 明智あけちひかり羽柴はしば秀実ひでみ、池田せんり、霧隠きりがくれ才華さいかだ。


「うん。約束したからね。勝とう!」


 幸人は言い、手を伸ばす。すると幸人の手の甲に、チーム明智の面々が手を重ねる。

 仲間たちは、笑顔で掛け声を上げた。


 ★ ★ ★


 二〇分後。

 生徒たちは、凪子先生に引率されて闘技場へと移動した。一方、幸人たち選手の面々は、選手控室へと案内された。


「よく来たな。ちゃんと負ける準備はしたか?」


 織田が、幸人を見るなり憎まれ口を叩く。ちなみに、織田は幸人とは別のクラスの生徒である。幸人の学年には三つのクラスがあり、幸人はA組。織田はB組の生徒だ。柴田しばた勝奈子かなこ斎藤さいとう道三みちみつもB組で、徳川とくがわ家理亜いりあは幸人と同じA組の生徒である。


「勝つ準備ならしてきたさ」

 幸人も憎まれ口を返してやる。


 選手控室には、チーム武田とチーム毛利の姿もあった。

 チーム武田は全員が真っ赤な装備で身を固めている。バックアッパーは修験者を思わせる格好で、アタッカーは三人とも騎士鎧を身に着けている。騎士鎧は軽装で、素早く動き回れそうな印象ではある。全員が剣や槍を装備しており、飛び道具を持つ者はいない。見たところ、近接戦闘向きの能力者のチームであるらしい。


 チーム毛利に関しては、バランス型のチームだと思われた。

 リーダーの毛利もうり元成もとなるは軽装の騎士鎧に剣。もう一人は重装の騎士鎧に大盾と剣。軽装の女子生徒は突撃銃を装備しており、バックアッパーと思しき男子生徒は、とんがり帽子に杖を装備している。まるで、RPGロールプレイングゲームの勇者御一行様。と、いった印象だ。


 一瞬、幸人は武田たけだ信一しんいちと目が合った。武田は何か言いたげな眼で、暫し幸人を眺めたが、結局、口を開く事は無かった。

 カレンの話によると、幸人は、記憶を無くす前はこの武田と最も親しくしていたらしい。幸人は武田と言葉を交わしてみたい衝動に駆られたが、結局、何も話さなかった。試合が終わるまで、ボロを出す訳にはいかない。


「第一試合はチーム明智とチーム毛利との対戦です。選手は、ブリーフィングルームに移動してください」


 実行委員の生徒がやって来て、選手らに声をかける。そうして、幸人たちは、ブリーフィングルームへと移動した。


 ★


「で、幸人はちゃんと作戦を考えたんでしょうね?」


 ブリーフィングルームに入るなり、光が言う。

 幸人はテーブルの上に、一枚の紙を差し出した。紙には、チーム毛利の情報が記載されていた。その情報は、霧隠才華が集めてくれた物だ。


「今回は、少し奇をてらった作戦になるよ」


 幸人は、作戦について語り出した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 霧隠才華の資料 №2


 チーム毛利の特徴。

 チーム毛利は魔法に優れたチームです。切り札は、リーダーの毛利もうり元成もとなるのランクSエアーカッター。魔法の発動までチームメイトが毛利元成を守り抜き、エアーカッターで全てを決める。と、いう戦法で勝ち抜いて来ました。


 リーダーは毛利もうり元成もとなるです。

 毛利もうり元成もとなるはナーロッパ能力者です。【ランクSエアーカッター】の魔法を使います。更に【ランクC魔法連続発動】というチートスキルを持っています。魔法連続発動は、一度魔法の詠唱が完了したら、複数回連続で同じ魔法を連発できてしまうスキルです。消費魔力は魔法一回分なので、集団戦に向いています。彼が魔法の詠唱を完了したら、五回連続で、ランクSエアーカッターが飛んで来ます。本気で撃てばオーストラリア大陸が無くなります。


 サブリーダーは小早川こばやかわ明秀あきひでです。

 小早川こばやかわ明秀あきひでは、ナーロッパ能力を持ち、主にチームの盾役を務めます。【ランクC剣、刀、双剣、盾使用術】のスキルを持ち、大盾の扱いを得意とします。盾は【牙砕きの盾】という、ナーロッパのマジックアイテムです。牙砕きの盾は鋼鉄の二〇倍程の強度を誇り、瞬時に、三倍程の大きさに巨大化させる事が出来ます。小早川明秀は筋力強化スキルも持っているので、押し切るのは容易ではありません。


 チームメンバー・吉川きっかわ元子もとこ

 吉川元子はシャングリラ能力者で、突撃銃アサルトライフルの使い手です。吉川元子の能力は【身代わり】です。吉川元子はいつも複数の人形を持ち歩いています。もしも致死性のダメージを受けても死なず、代わりに、人形が一つ壊れるようです。吉川元子を倒しきるには、何度も必殺の攻撃を叩き込む必要があります。一度、決闘で羽柴秀実ちゃんを負かした事があるそうです。


 チームメンバー・口羽くちば通善みちよし

 口羽道善はナーロッパ能力者で、魔導士です。ランクE無属性魔法の使い手で、魔法は【マジックバリアー】と【マジックウェポン】しか使えませんが、【ランクA詠唱短縮】のチートスキルを習得しています。試合開始早々、マジックバリアーで仲間を守る盾役をこなします。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 資料によると、チーム毛利は守りに特化した能力者が多い。そして、これまで対戦したチームは、全て、守りを破り切れずに、毛利もうり元成もとなるの五連続エアーカッターで倒されている。


 ひかりは、幸人の作戦を聞き終えると、少しだけ顔を曇らせた。


幸人ゆきとの作戦は解ったわ。良い戦法だと思う。でも、毛利君ってかなり頭が切れるらしいわよ。こっちの作戦を見透かされているような気がするのよね。ならばあたしたちも、一つ切り札を切った方が良いんじゃないかしら?」

 光は不安を口にする。


「光の意見は尤もだと思う。でも、ここでせっかくの仕掛けを明かす訳にはいかないよ。切るとしたら、僕の切り札を使うべきだ」

「まあ、チーム毛利は幸人の情報に関してはまだ掴んでいないから、対策は出来ないと思うんだけど……それで良いの?」

「ああ。対、織田戦の切り札は緋碧の魚じゃない。光。君自身だからね……」


 幸人と光は言い合って、頷き合う。

 こうして、チーム明智はが分霊を済ませ、席を立つ。

 その時だ。

 ブリーフィングルームのドアが開き、ぴょこりと、カレンが顔を覗かせた。


「あ。カレンちゃんじゃない。久しぶりね。最近見なかったけど、どうしたの?」

 光が、カレンに飛びついて頭を撫でまくる。


「光しゃん、お久しぶりでしゅ。カレンは最近、お勉強で忙しかったでしゅよ」

「そう。幸人の応援に来たのね?」

「はいでしゅ。カレンは幸人しゃまの家族でしゅから」


 カレンは、光と才華からお菓子を貰い、上機嫌で食べ始める。


「さ、真田様。あの幼女は誰なんすか? か、家族とか聞いてないっすよ。聞き捨てならないっす」

 秀実が茫然とした顔で言う。


「えへへ。カレンはシャングリラで幸人しゃまと暮らしてたんでしゅよ」

「え。一緒に暮らしてたっすか? それじゃあ、真田様の兄妹っすか?」

「夫婦でしゅ」


 と、カレンが嘘設定を持ち出して、秀実にあっかんべーをする。


「カレン。嘘はいけないよ?」


 幸人は苦笑いでカレンを窘める。が、秀実は悲壮感を浮かべて、ゆるりと幸人に顔を向ける。秀実はぐっと、幸人の服の裾を掴んだ。


「じ、自分も真田様と一緒に暮らすっす……」

「あ、いや、それは流石に──」

「──一緒に暮らすっす……」


 秀実の、若干血走った視線が、幸人に突き刺さった。



 ★



 一五分後、幸人たちは闘技場の舞台の上にいた。


「幸人しゃま、頑張るでしゅ!」


 近くの観客席から、カレンが声援を送っている。ちなみに、カレンは勝手にマジックアイテムに触れて、分霊を行ってしまった。そして、自分も試合に参加するとゴネまくったのだが、流石に、それは幸人が許さなかった。


 やがて、進行役の寧々ちゃんが、舞台に進み出て大きく息を吸う。


「では、準決勝第一試合はチーム明智とチーム毛利の対戦です! どちらも、ここまで強豪をねじ伏せて勝ち進んだチーム同士です。勝つのはダークホースのチーム明智か? それとも、安定した戦いで勝ち進んだチーム毛利か?」


 張り切って言う寧々ちゃんを他所に、幸人は、不気味な視線を感じ取っていた。

 視線の出所は毛利もうり元成もとなるだ。毛利は、何故か幸人を見て、仄暗い微笑を浮かべている。

 何か、必勝の策でもあるのか──。

 思わず、緊張が高まる。一方で仲間たちは幸人に頷いて、幸人も頷き合う。


「では、両チームとも、位置に着きましたね? それではいざ尋常に……試合開始!」


 寧々ちゃんが試合の開始を告げ、戦いが始まった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る