第5話 異能たちは帰還する 中
金色の、無感情な瞳がぎろりと睨む。
どおおっ、と、ドラゴンは咆哮する。その轟音が、竹美の頬を振るわせて脚を
逃げなきゃ。でも何処に?
ビルには大穴が空き、一瞬で倒壊した。
逃げてどうにかなるの? 何処に逃げても無駄だ。私も、バスに取り残された生徒達も、あれに出くわした時点で何もかもが終わったんだ……。
ぐぱ。と、大きな口が開き、竹美の視界を満たす。このまま食べられる。それ以外の想像が、竹美には出来なかった。
ああ、これで何もかも……。
竹美が目を閉じかけた、その時だった。
キュン。と、鋭い音がする。何かがドラゴンを貫いたのだ。
直後、どどおおんっ! と、ドラゴンが橋に激突し、橋は半壊する。ドラゴンの血が飛び散り、竹美の顔面にかかる。口にも入ってしまった。竹美は血を吐き出したが、驚いた拍子に少しだけ呑み込んでしまった。
これは一体、何が起こったのだろう……。
激しくゆれる橋の上で、竹美は腰を抜かしながら茫然と考える。
目の前に落下したドラゴンは、首から下が真っ二つに裂けている。何故?
思考が追い付く前に、ザアー、と、雨が降り注ぐ。水滴は竹美の頬を伝い、少し口の中に入る。
しょっぱい。雨じゃない。海水、か?
竹美は直感し、その原因と思しき場所に目を向ける。
箱舟だ。
目を凝らすと、箱舟の船首には不思議な少女の姿があった。少女は水色の短い髪に、水色の小さなマントをしている。遠くて顔までは分からないが、華奢で、可憐な雰囲気を放っている。まるで物語に登場する女騎士のようないでたちで、ドラゴンに向かい何かを叫んでいた。
ふいに、少女が片手をかざす。
すると次の瞬間、箱舟周囲の海面が大きく盛り上がる。海水は、巨大な剣へと姿を変え、伸びる!
キュン。と、音を放ち、海水の剣は上空のドラゴンを刺し貫く。剣は尚も放たれる。そうして、巨大なドラゴンが次々と、海面へと落下してゆく。
そうか。私はあの
やっと
謎の集団は、手や、杖のような物を空へとかざす。すると何処からともなく巨大な火の玉や電撃が現れて、次々と、上空のドラゴンへと放たれる。
無数の雷光と火球は、まるでホーミングミサイルのようにドラゴンを追い、命中した。
どおおおおおんっ! と、耳を
空は見渡す限り、業火と電撃の塊と化す。熱風と衝撃波が襲い、竹美は橋の欄干にしがみ付く。
徐々に、煙と爆炎とが晴れる。
空にはもう、ドラゴンの姿は一つもなかった。見えるのは、巨大な箱舟と無残な街の光景だけだ。
竹美の足元で、アスファルトはひび割れて焼け焦げている。街の所々にドラゴンの死体が落ちており、その周囲では自動車がひっくり返り、煙を上げている。多くの人が倒れ、呻き声を上げている。いくつものビルが倒壊し、傾いて燃えている。近くのテレビ局の社屋には、ドラゴンが突き刺さって死んでいる……。
やがて彼方から、自衛隊と思しき戦闘機が五、六機飛来して、箱舟の上空を旋回し始める。少し遅れて、軍用ヘリのプロペラ音も聞こえて来る。
遅すぎた航空自衛隊はこの光景を見て、事態を呑み込めずに困惑している事だろう。この状況を、誰が正しく理解できる? 勿論、竹美も理解できないでいる。その未熟な胸を満たすのは、恐怖と悔しさと虚しさ。それだけだ。
現実離れした光景の中、竹美はただ立ち尽くし、世界の終わりを感じていた。
★ ★ ★
二時間後、
「まったく。貴女って人は……」
担任の女教師が、目に涙を浮かべて竹美を叱責する。
竹美は病院の待合室で、説教を受けていた。
竹美はあの騒ぎの後、たった一人で周囲の怪我人を助け出したり介抱していた。そのせいで、手足に無数の切り傷や火傷を作っていた。
でも、その勇気は無駄ではなかった。
逃げ惑う人々は、竹美が懸命に救助を行う姿を見て、徐々に冷静さを取り戻していった。一人、また一人と、竹美を手伝う人が増え、結果として、大勢の人が手を取り合って助けあった。それによって救われた命は、決して少なくはない。
「お願いよ。もっと自分を大切にして」
そう言って、女教師は竹美を抱きしめて泣く。
「うん。ごめんね、先生」
竹美はぽつりと言って、一筋、涙を零した。
★
その日、竹美は新宿の病院に検査入院する事になった。
病室には、竹美以外にも何人か、怪我をした生徒がいた。
「結局、あれって何が起こったのかな」
隣のベッドで、おさげ髪のちいちゃんが言う。
「わからない。でも……」
竹美は答えて言う。
「でも?」
「不思議な事に出くわすのはこれで二度目。だから、何かが変わると思ったの」
「うん。酷い事になったよね。竹美ちゃんは勇気があるよ。あの炎の中、何人も助け出して」
「ううん。私はまた、会えるかもしれないと思っただけ。あの人に」
「そう。どうしても、竹美ちゃんには
「会いたい……」
呟いて、竹美は目を閉じた。
薄い眠気の中、竹美の脳裏に昼間の出来事が蘇る。
とても大きな箱舟、その船首で海風に吹かれる不思議な少女の姿。水色のショートカットがさらりと風に揺れ、色白で、華奢な体躯をしていた。彼女は腕を振るだけで海水を操った。
あれは魔法とか、超能力なのだろうか?
考えても答えは出なかった。竹美に解るのは、唯々、現実離れした存在だという事。水色の少女の年齢は、竹美と同じぐらいだった。
あの
心中にぼやりと呟いて、竹美は眠りに落ちた。
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