第26話 そして戦いは始まる 中




 ★ ★ ★



 三ヶ月前、徳川とくがわ家理亜いりあは、幸人に助けられたらしい。

 幸人ゆきとは学校近くの喫茶店で、家理亜からその話を聞かされた。


 家理亜いりあの話によると、異界からこの世界に戻った時、いきなり、帰還者たちの乗った船がドラゴンに襲われたそうだ。その時、幸人ゆきとは家理亜を庇ってドラゴンと戦ったのだという。


「へえ。僕は君を庇ったのか」

「もう。それも覚えていないんだね。少しショックだなあ。でも、あの時、幸人君はボクを守って戦ってくれたんだ。凄くカッコ良かったよ。正直、ドキドキした。織田君はキミに興味がないって言ったけど、背中をドラゴンに焼かれても、君は真っすぐに立ち向かっていったね。ボクはその時、何かとても大きな輝きを見た気がしたんだ」

「そう。褒めてくれるのは嬉しいんだけど、覚えてないんだよね」

「もう。茶化さないでよ。ボクは真剣に話してるんだよ!」


 ぷくりと、家理亜が頬を膨らます。その眼差しは真剣で、薄く涙も浮かんでいた。


「ごめん。それからどうなったのかな?」

「それからボクは、いつも幸人君の事を目で追うようになった。幸人君は決闘も強くて、何度戦っても負けなかった。勝っても奢らず、いつも優しい顔をしていたよ。いつも凄く眩しくて、素敵で、ボクの気持ちはどんどん強くなって、止まらなくて。光さんにだって焼きもちばかり焼いて。それで……。だからね、ボクはますます幸人君の事が……」


 家理亜いりあの瞳が潤む。彼女は言葉を途切れさせ、頬を赤らめて顔を伏せる。


「ボクは、幸人君の事が……」


 家理亜が再び言った時、突然、ふっと、影が蠢いた。幸人たちの傍に、金髪の女子生徒が現れたのだ。のではない。いきなり、のである。


 瞬間移動……! 昨日、池田せんりさんを襲っていた奴か──。

 幸人は瞬時に気が付いて、椅子から腰を上げる。


「ねえ家理亜。ちょっと一緒に来て欲しいんだけど?」

 金髪の女子生徒は言う。


「え? やだよ。キミは本願寺ほんがんじの使いっ走りじゃないか」

 家理亜の顔に、薄く恐怖が浮かぶ。


「その本願寺が連れて来いって言ってるのよ。あんたに拒否権はないからね」


 言いながら、金髪の女子生徒は手を伸ばす。手が家理亜の肩に触れると同時、幸人も、家理亜の肩を掴んで引き戻そうとする。

 だが……。

 瞬時に眼前の景色が変わる。幸人は、いつの間にか暗い場所にいた。


 ★


 そこはもう、喫茶店ではなかった。

 手の感触は……ある!

 幸人は家理亜をぐっと引き寄せて、警戒を厳にする。

 辺りを見回すと、何処か人気の無い林の中だった。近くに街灯がある。丘のふもとの自然公園か……。

 幸人は、なんとなく現在地を悟る。


「あちゃ。余計なのまで連れて来ちゃったわね」

 金髪の女子生徒が呟く。


「ここは、何処?」

 家理亜の顔に不安が浮かぶ。


「よお。徳川とくがわ家理亜いりあ……」


 暗がりから、低い声がする。

 幸人が声に目を向けると、木陰から、背の高い男が姿を現した。

 幸人たちと同じ帝都学院のブレザーを着て、髪は短く、側頭部には雷を模した剃り込みが入っている。耳と唇にピアスを付け、どこかダルそうな雰囲気。それでいて、体型はボクサーのように鍛え上げられている。


「ほ、本願寺ほんがんじ……」

 家理亜いりあの声が震える。


 本願寺、こいつが──。

 幸人は本願寺と呼ばれた男を、しかと睨みつける。


「じゃ、私はこれで。これでもう、本願寺さんへの借りはナシだからね」

 金髪の女子高生が言う。


「おう。ご苦労だったな。もう行っていいぞ」


 本願寺が、ハエを払うように手を振る。すると金髪の女子生徒は、シュ、と、瞬間移動で姿を消した。

 本願寺はまじまじと家理亜を見据え、言葉を続ける。


「なあ、家理亜。お前、俺の情報を嗅ぎまわって、織田に流したんだってな? 良い度胸だぜ。どうなるか、覚悟は出来てるんだろうな?」


 ずい、と本願寺が踏み出すと、家理亜は恐れて後ずさる。

 鋭くドス黒い、粘り気のある殺気が、家理亜にまとわりつく。幸人は、家理亜を守るように、本願寺に立ち塞がった。


「狙う相手が違うんじゃないかな? 君が用があるのは、僕だろ?」

 幸人は言う。


「余計な奴もいやがるな。丁度、真田も目障りだと思ってたんだ。ちょっと遊んでいけよ」

「ああ。僕も知りたかったんだ。僕の事をね……」


 言い合う幸人と本願寺に、家理亜いりあが割って入る。


「だ、駄目だよ幸人君。本願寺の能力は危険なんだ! それに、どうしてキミがボクを助ける必要があるのさ」

「ん。助けるに決まってるよ。僕が家理亜を守るのに、理由が必要なのかな?」

「……え?」

 家理亜の頬に驚きが浮かぶ。


「とりあえず、家理亜は下がってて。僕は僕で、あの人に用があるんだ」

 幸人は家理亜の頭をポンポン撫でて、下がらせる。そして、本願寺へと向き直る。


「良い度胸だな。真田」

「度胸じゃない。覚悟があるんだ……」


 言い合って、幸人と本願寺ほんがんじは踏み込んだ。


「オラっ!」

 本願寺が、ぐん。と、拳を振り抜く。幸人は、素早く潜り、反撃の拳を叩き込む。

 ガツリと、金属音に似た音が響き渡る。

 本願寺は、殴り飛ばされて近くの植木に叩きつけられた。だが……。


「痛……」

 苦悶の声を上げたのは、幸人の方だった。


 幸人の拳が擦り剝けて、薄く、血が滲んでいる。

 やがて、本願寺がムクリと身を起こす。その首筋には、光沢のある筋が這い、顔面へと昇ってゆく。


「痛えなあ。お前、死ぬぜ?」


 本願寺が、怒りを滲ませる。その顔の半分が、光沢のある金属に包まれていた。


「肉体を金属化させる能力……か」

ちげえよ、バーカ」


 言いながら、再び本願寺が突進する。そしてその腕が、鋭く振り抜かれる。

 少し間合いが遠い。けど──。

 幸人は危険を直感して、身を低くして攻撃を潜る。そして飛び退いて距離を取る。

 すると、振り抜かれた本願寺の腕は、三メートル程の、長大なナイフへと変形していた。

 ナイフは更に形を変え、伸びる!


「くっ!」

 幸人はギリギリ攻撃をかわし、地面を転がった。そこへ間髪入れず、巨大なナイフが降り降ろされる。幸人は、その攻撃も、地面を転げて回避する。

 ナイフは伸び縮みしながら、次々と幸人に襲い掛かる。幸人は、襲い掛かる連撃を、ギリギリ回避し続けた。


「おっと。こっちもあるんだぜ?」

 本願寺がもう一方の腕を振り抜く! すると、その腕も金属の刃物へと変わり、幸人へと延びる。やがて、防戦一方の幸人に、本願寺の回転蹴ソバットりが突き刺さる。

 ドカリと蹴り飛ばされ、幸人は何メートルも地面を転がった。


「ここまで俺の能力を見たからには、生かして返す訳にはいかないぜ?」


 ゆらりと、本願寺がにじり寄る。一方、這いつくばる幸人の目の前には、水溜りがあった。水溜りの水は街灯に照らされて、鏡のように幸人の顔を映し出している。

 幸人は、水溜りに左腕の紋章を映す。すると水溜りが微かに光り、水面から、ズズズ、と、金属の棒が生えて来た。


「いつまで寝てるんだよ!」

 叫びながら、本願寺が、刃物化した腕を振り下ろす。


 ガキ。と、音が響き渡り、刃物が受け止められる。幸人が棒で受けたのだ。

 棒の名は【基幹きかん棒ボクサツ君】。決して折れる事のない、魔法の武器である。幸人は、鏡像反転の儀式により、水溜りから武器を取り出したのだ。


「攻守交代だ」


 呟きながら、幸人ゆきとは刃物を受け流す。そして体勢が崩れた本願寺の顔面を、どっと、棒で突く。


「ぐっ」

 衝撃で下がりながら、本願寺が腕の形状を変化させる。腕は鞭のように変化して、幸人へと伸びる。

 だが、遅かった。

 幸人は鞭を飛び越えながら、素早い一撃を振り下ろす!

 攻撃は命中。ぐっと手応えが伝わり、本願寺の肩がぐにゃりと凹む。幸人は間髪入れず、これでもかと攻撃を放った。


 突いて、殴り落とし、弾き、薙ぐ。止めは回転させた棒を思いきり、本願寺の脇腹へと叩き込む!


「ぐ……が……痛えだろうがあっ!」


 本願寺はそれでも倒れずに、腕を振り抜く。幸人が飛び退いてかわすと、本願寺の身体は、グニャグニャに変形していた。殴られた個所が深く凹み、歪んでいる。

 やがて、ぐぐぐ。と、金属がうねり、本願寺の肉体は元の形状を取り戻す。


 肉体の一部を金属へと変化させ、金属化した部分を自在に操る能力……。


 幸人はこの時点で、ほぼ正確に、本願寺の能力を見抜いていた。少しだけ、ひかりの、水を操る能力に似ている。違うのは、本願寺が自分自身の肉体を変化させて操っている点だ。肉体全部が金属化しない。そこが弱点と言えるかもしれない。

 戦える! 記憶はないが、身体が、戦い方を知っている──。


「その棒、何処から出しやがった? まあいい。お前の攻撃は通用しねえぜ。その棒でどれだけ殴ろうが、俺にダメージは通らねえ……。状況が解ったか? クソが」


 本願寺が吐き捨てる。そこへ、幸人が素早く踏み込む。


「そうかな?」


 呟きながら放った鋭い突きが、どしり。と、本願寺のどてっ腹に突き刺さる。本願寺は、突き飛ばされて背後の植木にぶち当たり、植木がへし折れた。


「ぐぼ……あっ!」

 本願寺が、霧状の血を吐き出してのた打ち回る。


「もしかしたらと思って浸透勁しんとうけいを打ち込んでみたんだ。やっぱり、効果があったみたいだね」


 幸人は涼し気に言い、ぐっと、本願寺へと踏み込んだ。

 すっと、棒が伸びて本願寺の喉元を捉える。

 本願寺は、怨嗟の眼差しで、幸人を見上げていた。


「殺さないように、十分の一ぐらいの出力の浸透勁しんとうけいを撃ち込んだ。君は肉体全部を金属化できる訳じゃないみたいだから、それなりに効いた筈だよ」


「浸透勁? 十分の一、だと……」

 言い返し、再び、本願寺が吐血する。


「ああ。撃てそうな気がしたから使ってみた。やっぱり出来たよ。でもね、僕は君と違って人殺しはしないのさ」


 幸人が言うと、急に、本願寺が笑い出した。


「く。くくく。ふははははっ! この俺に手加減した。だと? 舐めがってえええっ!」


 直後、本願寺の上半身が金属化して、無数の針が伸びる! 幸人は慌てて飛び退いたが、腕や太腿から、少し出血していた。

 ゆらりと、本願寺が起き上がる。


「お前、俺を本気にさせやがったな……」

 本願寺の目が血走っている。狂気を孕むドロリとした圧迫感が、周囲に充満する。


 それはまるで、強大なハリセンボンだった。上半身から生えた無数の針が、一斉に伸びる!

 幸人は棒を振り回しながら後退する。そこへ本願寺は突進する。本願寺の針は、素早く伸び縮みしながら、周囲のあらゆる物を貫いてゆく。幸人の目の前の木々も、針に貫かれてへし折れる。


 間合いが広すぎる。近寄れない……!


 幸人はたちまち、防戦一方に追い込まれた。



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