第25話 そして戦いは始まる 上





 ★ ★ ★



 新しい武器を手にして、幸人の技は格段に冴えわたった。しかし、それでもひかりから一本奪うには及ばなかった。飛べば一度くらいは一泡吹かせられたかもしれない。だが、幸人が空を飛べる事に関しては、まだ、誰にも明かしていなかった。


 幸人ゆきとたちは夕方まで連携の練習を繰り返し、夕食前に解散した。


「何度も言うけど、今の内に資料を確認しておきなさい。特に、ナーロッパのスキルに関してね!」


 ひかりから念を押されたので、幸人は資料を読むために、図書室へと立ち寄った。


 ★


 夕暮れの図書室は、ガランとしていた。

 誰も居ない事を確認し、幸人は、リュックから妖精カレンを出してやった。カレンはリュックから飛び出すと、テーブルの上で大きく伸びをする。


「幸人しゃま。カレン、さっきの針が欲しいでしゅ」


 カレンが言うので、幸人は昼間に買った魔法の針を取り出して、カレンにあげた。

 カレンは針を受け取ると、上機嫌で振り回す。『昏倒こんとうの針』は、カレンの剣としては丁度良い大きさだった。


「わあ。嬉しいでしゅ。これで、カレンも幸人しゃまのお役に立てましゅ!」

「危ないから、うっかり自分を刺さないようにね」

「はいでしゅ。幸人しゃま、ありがとうでしゅぅ!」


 幸人はカレンと言い合って、資料に目を落とす。確認したのは、ナーロッパ帰還者のスキルの項目だった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 資料№2

 ナーロッパからの帰還者については、その能力の殆どが明らかになっている。ゲームのように体系化された能力だからだ。


 ナーロッパスキルについて。

 ナーロッパスキルは、地球におけるスキルとは異なり、超能力や特殊能力に近い。

 ナーロッパスキルは、魔法と同じでSからFのランクによって上限と下限が決まっている。シャングリラ能力と対峙した場合は不利になるケースが多い。ただし、ナーロッパには魔法の武器や防具が存在しており、装備品次第ではその限りではない。特に、伝説級と呼ばれる武器防具を装備したナーロッパ帰還者は、無敵に近いとされる。


 スキル一覧。


 (闘争スキル)

 剣、刀、双剣、盾使用術

 槍、棒、長刀術

 鞭、鎖、紐状武器使用術

 杖、小型杖使用術

 短刀、短剣、投擲武器使用術

 暗器術

 戦斧、大槌、大鎌術

 弓、砲、その他飛び道具使用術

 非武装闘争術 (剛)

 非武装闘争術 (柔)

 氣功術 (闘争及び回復)


 (サポートスキル)

 乗馬、乗竜術。及び異界生物知識。

 解析、鑑定

 無音歩行、水上歩行、忍術、遁走術

 暗視、望遠視界

 無視界闘争術

 聴覚、味覚、嗅覚強化

 筋力増強

 魔力増強

 防御力増強

 回避能力増強

 自然治癒力上昇

 速読及び記憶力増強

 翻訳、暗号解読

 思考力、思考速度上昇

 遠泳、水中呼吸、水中動作

 敵性生物感知

 毒、麻痺、石化耐性

 病気、寄生虫耐性

 解錠、縄抜け、潜伏、罠解除、罠設置

 医療、薬学

 工作、冶金、職工

 予知夢及び占い

 寒冷地、高地及び高温環境適応


(チート扱いのレアスキル)

 魔法連続発動

 魔法力自動回復

 詠唱短縮

 魔法耐性

 速射

 攻撃時魔力付加

 高速移動術

 反応速度上昇

 攻撃速度上昇

 邪眼 (ランクにより効果が変化)


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 スキルの項目を読み終わり、幸人ゆきとは窓の外に目をやる。

 太陽は沈みかけ、オレンジと紫色とがせめぎ合っている。彼方は海で、窓辺には妖精カレン……。


 幻想的な眺めを他所に、幸人は自分の力について考えていた。


 幸人が記憶を失ってから戦ったのは、足利だけ。足利あしかがは『非武装闘争術 (剛)』のスキルを持っていた。スキルランクはD。幸人は足利に勝ちはしたが、攻撃を食らっていたら危なかっただろう。

 対して、幸人が対抗戦を勝ち進んだ場合、チーム織田と対決する事になる。織田おだ信秋のぶあきが近接戦闘系のスキルを持っていた場合、ランクはCという事になる。織田チームには柴田しばた勝奈子かなこもいる。勝奈子の『槍、棒、長刀術』スキルのランクはB。


 勝てるだろうか? それ以前に、戦いが成立するのだろうか……。

 未だ、自分の実力を知らぬ幸人の胸を、不安が薄く覆っていた。


「ねえ」


 ふいに、幸人に背後から声がかかる。幸人は少し驚いて振り返る。


 そこには、異常な程に可愛らしい女子生徒がいた。

 どこかで見覚えがある……。

 幸人は記憶を辿りながら周囲に目をやる。するとカレンはもう、床に置かれたリュックサックの影に隠れていた。多分、幸人よりも先に接近者に気が付いたのだ。


「ええと……」


 言いかけて、幸人は言葉を止める。女子生徒の事を思い出したからだ。

 明るい栗色のショートカットに黄色の瞳。やけに小柄で、それでいて女の子らしい体型。そしてふわりとした優し気な顔立ち。

 確か、織田おだ信秋のぶあきと一緒にいただ。

 あの時、彼女は一言も喋らなかった。が、妙に、幸人に親し気な眼を向けていた。恐らく、その少女もチーム織田に属している筈。だとしたら、幸人が記憶を失っている事を知られるのは不味い──。


「やあ」

 幸人は念の為、当り障りのない返事を返す。


 すると少女はクスリと微笑んで、椅子を抱えて幸人の隣に腰を下ろした。


「こんな時間まで勉強?」

 少女は、幸人の資料を覗き込む。肩が触れ合う距離になっても、少女は気にしていない。


「ふふ。君のチームを負かす作戦を考えていたんだ」

「へえ。幸人君がボクたちを負かす、ね。言ってくれるじゃないか」

「できるさ。僕にはひかりもいるからね」

「そう。ボク、光さんキライだな……」


 少女は男の子みたいな口ぶりで、幸人の顔を見上げる。少し拗ねた表情に冗談交じりの微笑。そこに悪意はなかったが、幸人は何故か、そこはかとなく不気味な物を感じ取った。


「僕は、光を悪く言われるのが嫌いなんだ」

「じゃあ、もっと言っちゃおうかな。それで幸人君が、少しでもボクの事を気にしてくれるなら」


 幸人はここまでの会話で、いくつかの情報を得た。

 一つ、この少女は幸人と面識がある。

 二つ、この少女は光についてもある程度知っている。


「ところで、こんな所で僕と二人でいて良いのかな? 織田君に叱られるんじゃない?」

「どうして? 織田君は器の大きな人だから、個人的な付き合いにまでは口を出さないよ。ボクと幸人君が仲良しなのも知ってるし」

「……そっか。でも、今は敵同士だろ?」


 幸人が言うと、少女はクスクス笑い出す。


「あはは。やっぱり、ね」

「やっぱり? 僕、何か変な事を言ったかな?」

「幸人君、ここ何日か様子が変だよね。何かあったでしょ? 。とか?」


 指摘されて、幸人の胸に衝撃が走る。


「……どうしてそう思ったのかな?」

「だって、一つも否定しないなんて変じゃないか。ボクと幸人君が話すのは、これが初めてなのに」

「え? そ、そうだったのか……」

「うん。ここ何日か観察していて様子が変だったから、ちょっとカマをかけさせて貰ったんだ。でも、あはは。あまりにも、幸人君の反応が予想通りだったから」


 幸人は全て見透かされていた事を知り、少々顔を赤らめる。


「でも、幸人君のそういうところ、好きだよ。可愛いから」

「馬鹿にしてるのかな?」

「本心だよ。それよりも……これから、トーナメント表を見に行かない? 対抗戦の組み合わせが発表されたんだ」

「君と? 何故?」

「幸人君はボクの事、嫌い?」

「そういう訳じゃないけど……」

「じゃ、いいよね」


 少女は軽やかに腰を上げた。


 ★


 数分後。幸人と小柄な少女は、闘技場前で、並んでトーナメント表を見上げていた。

 幸人のチームはトーナメント表の左端。第一回戦の相手は、チーム上杉だ。対するチーム織田は、トーナメント表の右端にいる。互いに勝ち進めば、決勝戦で当たる事になる。


「幸人君達と同じブロックじゃなくて良かったよ。でも、チーム明智は大変だね。いきなり、優勝候補との対戦じゃないか」

 小柄な少女は言う。


「ところで君の名前は?」

「ボクは徳川。徳川とくがわ家理亜いりあ家理亜いりあって呼んでくれたら……嬉しいな」

「……」

「ダメ?」

「考えとくよ」


 幸人が言うと、家理亜いりあは、ぷくっと頬を膨らませ、それから暫くして、幸人の袖を引っ張った。


「ねえ。少し喉渇かない? ちょっと付き合ってよ。ボクが奢るから」

「敵の施しは受けないよ。特に、君は頭が切れすぎる。油断できない相手だ」

「へえ。でも、頭が切れるのは幸人君も同じだよね。幸人君なら解ってるでしょ。もう、戦いは始まってる。ボクから情報を引き出したくはない?」


 と、家理亜は微笑する。幸人は暫し、思案するのだった。




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