第27話 そして戦いは始まる 下




「真田あああっ! 逃げてんじゃねえ!」


 叫びながら、本願寺ほんがんじが腕を横薙ぎに振り抜く。それは長大な刃物へと姿を変え、ぐんと伸びる。その刃物の長さは、十メートルを軽く超えていた。

 除け──られない!

 ガチ。と、幸人ゆきとは棒で攻撃を受けた。幸人のすぐ後ろに、徳川とくがわ家理亜いりあがいたからだ。

 だが……。

 受けた刃物がぐにゃりと曲がり、鞭状に変化する。それはしなって、幸人の背後の家理亜を打ち据えた。


「あ……」

 家理亜が悲鳴を上げ、弾き飛ばされる。


家理亜いりあ!」


 幸人ゆきとは、倒れている家理亜へと駆け寄った。

 呼吸はある……!

 だが、家理亜は気を失っていた。

 幸人にふつふつと、強烈な怒りがこみ上げる。前にも何か、似たような事があったような気がしていた。幸人の奥底に眠る怒りの記憶が、脚を前へと踏み出させる!


「うおおお! 本願寺いいいっ!」

「キレてんじゃねえぞ真田あああっ!」


 幸人と本願寺は叫び、再びぶつかり合う。

 素早く、無数の針が幸人へと延びる。幸人は棒で針を薙ぎ払い、前進する!

 グサリ、グサリと、針が幸人の太腿や腕を貫通する。幸人はそれでも突進を止めない。急所に当たりさえしなければ……良い!


「うおおおっ!」


 覚悟と共に振り抜いた幸人の一撃が、ズシン、と、本願寺の脇腹を捉える。先程よりも少し強めの浸透勁しんとうけいが本願寺の体内で炸裂し、本願寺は殴り飛ばされて街灯に叩きつけられた。


「ぐ……ばああああっ!」


 本願寺が吐血する。その喉元に、静かに棒が伸びる。


「勝負はついた。君の負けだ」


 幸人が、棒を構えて言う。


「がはっ……ふざ、けんじゃねえ……ぞ!」

「もう、喋らない方が良い。内臓にかなりダメージを受けている筈だ。無理をすれば本当に死ぬよ?」

「舐めてんのか。勝った気になって余裕かましてんじゃねえ……ぞ」


 起き上がりかけた本願寺の上体を、ぐっと、棒が押し戻す。


「動くなと言っているのに……」


 やがて、本願寺の口角がじわりと上がる。その眼は、幸人の背後に向けられていた。


「真田、それはこっちの台詞なんだよ。勝ったのは、俺、だ……」


 幸人は背後に嫌な気配を感じ、振り返る。すると、地面から金属のロープが伸びて、家理亜いりあを縛り上げていた。家理亜は気を失ったまま、宙づりにされている。

 戦っている間に金属を触手のように伸ばし、地面を潜らせて家理亜を捕らえたのか……。

 幸人は、本願寺がやった事に気がついた。


「なんだ? もっと驚けよ真田……。そこを一歩でも動けば徳川を殺す。攻撃を避けても殺す。勿論、反撃しても、な……」


 本願寺は勝利を確信して言う。それなのに、幸人は冷めた顔をしたいた。


「驚く必要がない。さっきも言ったけど、君はもう負けているよ」

「あ? 何を言って、あ……あ? あ……れ…………?」


 本願寺は突然、白目を剥いて崩れ落ちる。その背後には、小さな妖精が宙に浮かんでいた。


「ふっ。必殺、昏倒こんとう突き……でしゅ! カレンちゃんは、いつだって幸人しゃまの最後の切り札なんでしゅよ?」


 カレンが『昏倒の針』を構えて言い放つ。

 そう。カレンは本願寺の背後に忍び寄り、無防備な首筋をプスっとやったのだ。それで本願寺は一瞬で気絶。戦闘不能に陥ったのである。


「ありがとうカレン。今回は、本当に切り札だったよ」

「えへへ。必殺、昏倒突き……でしゅ!」

「どうして二回言ったのかな?」


 言いながら、幸人はカレンの頭を撫でる。そして、ガクリと膝を折る。


「ゆ、幸人しゃま! た、大変でしゅ、大変でしゅ」


 カレンは、幸人の周りをオロオロと飛び回る。


「心配いらないよ。急所は外れてる。それよりも……」


 幸人は再び立ち上がり、家理亜へと歩み寄る。家理亜は気を失ってはいるものの、大きな怪我をしている様子はなかった。


「とりあえず、怪我はないみたいだね。本願寺には聞きたい事が山ほどあるけど、その前に拘束する必要があるね。カレン、光を呼ぶから、僕のリュックから端末を取ってくれるかい?」

「は、はいでしゅ!」


 と、カレンは、リュックサックへと飛んで行き、ジッパーを開く。が、急に「あ」と、呟いて、リュックの中に隠れてしまった。

 幸人も、何かの気配を感じ取り、周囲を見回す。すると木陰から、小銃を構えた大人達が現れた。大人達は全員、特殊部隊のような恰好をしている。


「貴方達は?」

 幸人は、静かに棒を構える。


「ひっ。し、心配する必要はありませんよ。我々は、カウンセラーシティの治安維持局員。警察みたいなものです」

「はあ……」

「そこの本願寺にはね、本土の警察から逮捕依頼が来てるんですよ。依頼されても我々では太刀打ちできませんから、クエストを出していたんですが」

「クエスト?」

「知らないんですか? カウンセラーシティにはクエスト管理局があって、居酒屋や喫茶店でクエストを受けられるんです。内容は、品川ゲート付近でのモンスター討伐任務だったり、今回のように警察からの依頼だったり、大きな事故や災害時の緊急の案件だったり、色々です。チーム対抗戦目前だから、中々クエストを受けてくれる人がいなくて困っていたんですよ」


 言いながら、大人達は金属製の手錠やワイヤーで、本願寺を拘束する。更にその上から、布のような物を巻きつけて本願寺を素巻きにする。布には魔法陣が刻印されているので、マジックアイテムだと察せられた。多分、超能力対策だろう。


「あ。ちょっと待って下さい。本願寺には、僕も聞かなきゃいけない事が山ほどあるんです。連れていかれたら困るというか」

「ひいっ。ご、ご心配なく。必要なら面会できますから。後日、治安維持局の窓口に申請を出して下さい」


 言い残し、治安維持局員たちは、本願寺を運んで行った。



 ★ ★ ★



 一時間後。

 幸人ゆきとたちは、治安維持局の自動車で、病院へと送り届けられた。


「ところで、カレンには強い魔力があるみたいだけど、何か魔法を使えるのかな?」


 病院の待合室で、幸人は妖精カレンに問いかける。幸人は既に治療を受け終えて、腕や足に包帯を巻かれた状態だった。


「はいでしゅ。でも、どうして解ったんでしゅか?」

「カレンの昏倒の針が、一瞬で強力な効果を発揮していたからね」

「ああ。そういえばそうでしゅね。えっと、魔法といえば、カレンは動物とお話ができましゅ。変身したり、こうやって、幸人しゃまの傷を治す事もできましゅよ」


 と、カレンは自慢気に翅を広げ、パタパタと動かす。すると輝く妖精の粉がふわりと落ちて、幸人の腕や足にかかる。


「あ。確かに、微妙に痛みが引いたような?」

 幸人は言う。


「ナーロッパの回復魔法には負けましゅけど、擦り傷ぐらいだったら一時間で治せましゅ。幸人しゃまの怪我は重傷だから、一晩ぐらいはかかりましゅね」

「ありがとう。それでも凄い魔法だと思うよ。カレンがいてくれて良かった」

「えへへ。もっと褒めてくれてもいいでしゅよ。頭をなでなでしてくれてもいいでしゅ」


 カレンは上機嫌で、幸人に頭を寄せる。幸人は要望に答え、カレンの頭を撫でてやった。

 やがて、診察室のドアが開き、徳川家理亜が姿を現す。カレンは再び、リュックサックの中へと飛び込んだ。


「幸人君、待っててくれたんだね……」


 家理亜いりあが幸人に駆け寄って言う。


「ああ。身体の調子はどう?」

「ボクは大丈夫だよ。軽い脳震盪のうしんとうを起こしただけだから。それより……」


 家理亜は幸人の包帯に触れ、じわりと涙を浮かべる。


「こんなに怪我をして。どうして、幸人君はボクなんかの為に、こんなに」

「気にしなくても良いよ。僕は、僕の為に戦っただけだから」

「ごめん。ボクが足手まといにならなかったら、もう少し楽に勝てたに決まってる」

「買いかぶりだよ。みんな、僕を無駄に高く評価し過ぎている。それだけだよ」


 幸人が言うと、家理亜は少し困った顔をして、ついに、ポロリと涙を零した。


「ねえ、幸人君。さっき言いそびれた事なんだけど……」

「えっと、なんだっけ?」

「ボクは……幸人君が好きだ。どうしようもなく、好きで好きでたまらないんだ。ボクは君が欲しい。ボクの恋人になってよ……」


 泣きながら、家理亜の両手が幸人の頬を包む。やがて、その柔らかそうな唇が、幸人の唇へと迫って来る……。

 だが、唇が触れ合う直前で、家理亜は白目を剥いて、ドサリと、幸人の胸へと倒れ込んでしまった。


「まったく、油断も隙もないでしゅね……!」


 カレンが『昏倒の針』を構えて言い放つ。背後から家理亜に忍び寄って、プスっとやりやがったのだ。


「カレン? 誰彼構わずプスプスやるんじゃないよ」

「だってだって。この雌犬、カレンの幸人しゃまにちょっかいかけようとしたんでしゅよ。幸人しゃまはこんな雌犬が良いんでしゅか? 酷いでしゅ。浮気でしゅ。夫婦の危機でしゅ!」

「いや、僕達、結婚してないよね? 多分」


 こうして、幸人たちの危機は去った。



 ★ ★ ★



 翌朝、ひかりが幸人を迎えに来た。


「いよいよね。幸人、覚悟は出来てる?」

「ああ。光こそ」

「あたりまえでしょ。じゃあ、行くわよ!」


 幸人と光は言い合って、学校へと向かう。光は妹に光を取り戻すため。幸人は、愛すべき人の情報を得る為に。

 眩い朝日が、二人の行く先を照らしていた。




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