第22話 明智光の戦術論 上





 ★ ★ ★



 真田さなだ幸人ゆきと明智あけちひかり羽柴はしば秀実ひでみの三人に、池田せんりが加わった。これによって、チーム明智が結成された。

 四人は職員室へ行き、チームメンバーの登録を終えた。


「それにしてもひかり秀実ひでみちゃん、凄いコンビネーションだったね。なんの打ち合わせもしていなかったのに」


 職員室からの帰り、幸人が廊下を歩きながら言う。


「そうね。あたしも驚いちゃった。ところで、さっき秀実ちゃんが撃った衝撃波、最大出力だったのかしら?」

「そ、そうっす。自分の衝撃波は、せいぜい相手を吹っ飛ばすのが精いっぱいっす。殺傷能力はないから、決闘でも一度も勝ったことがないっす……」

「成程ね。でも、秀実ちゃんの能力、このチームにとっては魅力的だと思うわよ。特に、あの速さ。ナーロッパ能力では殆ど対処できないと思う」

「ほ、本当っすか? 光様……」

「その、光様ってやめない? 光でいいよ」

「そんな呼び捨てなんて恐れ多いっす。でも、光様……光さん、が、仰るなら……」

「光。光よ。言ってみて」

「光……。うう、恥ずかしいっす」


 光と秀実は言い合って、笑い合う。一方、池田せんりは、やや、浮かない顔をしている。


「そういえば池田さん。さっき本願寺ほんがんじがどうのって言ってたね。話を聞かせてくれるかい?」


 幸人は、せんりに話題を振る。するとせんりは足を止め、少しだけ、言葉を躊躇ためらった。


 ★


 幸人たちは中庭へ行き、ベンチに腰掛けた。


「あの人は……本願寺は、人殺しなんです」

 せんりが、悔し気に言う。


「人殺し? 何があったのか聞かせてくれるかな」

 幸人は、せんりに言葉を促す。


「三年前、本願寺ほんがんじは兄を刺し殺しました。たまに『誰でも良いから殺してみたかった』。そう言って人を殺す人がいますけど、本願寺もそれと同じです。彼はたまたま見かけた兄を、ナイフで刺したんです。でも、警察は本願寺を捕まえてくれませんでした」

「え? どうして?」

「本願寺の父親が揉み消したんです。事件の目撃者は私だけ。証拠が少なくて、検察も、私の証言だけでは公判が維持できないと、起訴してくれませんでした」

「じゃあ、もしかすると池田さんは、本願寺に近づいて直接証拠を掴もうとした。って事かな?」

「はい。私は三年前に比べたらだいぶ外見が変わっているし、偽名を使ったんですが……でも、本願寺に素性がバレて、あいつの取り巻きに捕まって……」


 そこまで聞いて、幸人にも大体の事情が見えて来た。


「成程。あの時、池田さんは殺されていたかもしれない。って事かな?」

「いいえ。あの二人は本願寺の取り巻きで、事件については知らない筈です。私を連れて来るよう言いつけられただけだと思います」

「どっちにしても、あのまま君が連れていかれたら、本願寺に殺されていたかもしれない。本願寺が危険だという事はよく分かったよ。池田さんが、これから本願寺に狙われるだろうって事も」

「はい。真田さんも気をつけて下さい。本願寺は危険です。十日前にも、彼のグループに目を付けられた人がいたんですけど、その人は本願寺に呼び出されて、次に会った時には記憶を失っていて、人格も変わってしまいました」


 それを聞いて、ピタリと、幸人は呼吸を止める。


「……今、なんて?」

「えっと、本願寺ほんがんじに呼び出された人が暴行を受けて、次に会った時には記憶をなくしてて……」


 幸人と光は、驚きを浮かべて顔を見合わせる。


「そうか。じゃあ、一昨日おととい僕を襲撃したのは……」

「本願寺……って事になるわね」


 幸人は光に頷いて、一人思考を巡らせる。

 本願寺が幸人を襲撃したのなら、幸人の二つの切り札も奪った筈だ。対抗戦を勝ち抜くためには、切り札が必要になる。早いうちに取り戻さなければ……。

 だが、幸人はそれについては、まだ黙っている事にした。本願寺と戦うとしたら、なるべく光たちを巻き込みたくはない。と、考えたからだ。


 ★


「じゃあ、明日の午後に、修練しゅうれんじょうに集合ね」

 光が言う。


 幸人たちは、一通りの話を終えて、それぞれの部屋へと戻る。池田せんりについては念の為、光の部屋で匿う事になった。


「じゃあ、皆さんゆっくり寝てくださいっす」

 去り際に、秀実ひでみが言う。


「うん。秀実ちゃんもね。貴女の勇気。素敵だったわよ」

「そうだね。僕も驚いたよ。君の心は真っすぐだ。声をかけて良かった」


 光と幸人は言い残し、去る。


 う。うう。光さんも幸人さんもあんなに良い人なのに。心が痛むっす。申し訳ないっす……。

 秀実は、幸人たちの背を見送りながら、胸を痛めていた。


 ★


 少々、時間を巻き戻そう。池田せんりが救出される、その直前までだ。


 ◇


 その時、幸人ゆきとひかり秀実ひでみは、植え込みの陰から池田せんりと、せんりを暴行する二人の不良少女の様子を窺がっていた。


「その人間みたいな髪型、ウザいわね。もっと可愛くしてあげる。ほんと、な子豚ちゃんね」


 金髪少女がハサミを池田せんりのツインテールに当て、髪を切り落とそうとする。その瞬間、


「うわあああっ! 許さんっす」


 羽柴はしば秀実ひでみは、我慢しきれず植え込みの陰から飛び出して、両手を前に突き出した。

 さも、衝撃波を打ち出す。そんな構えである。

 声に気付き、小柄な不良少女の顔が、こちらを向きかける。直前で、秀実は思いきり息を吸い、止める──。

 その瞬間、秀実の周囲の何もかもが、動きを止めた。それは例えではない。時間が止まり、何もかもが静止していたのである。


 唯一人、羽柴秀実だけを残して。


 秀実ひでみは時間停止を確認すると、ゆるりと構えを解き、前進し始めた。

 秀実の少し後ろでは、明智光がペットボトルを投げ出して、そのペットボトルが空中で静止している。幸人はもう既に、秀実がいた位置よりも前へと駆け出した状態で静止している。とても低く、前のめりな体勢だ。


 秀実は小走りで二人の不良少女の所まで辿り着くと、金髪の不良少女の腹部を蹴りつけた。

 この、この! この子、いつもいつも自分を馬鹿にして腹が立つっす。それにこんな悪行三昧。今日という今日は、許さないっすよ!

 内心に呟きながら、秀実はゲシゲシ蹴りを繰り返す。そして七回も蹴ったら、次は、小柄で派手な化粧の不良少女の腹も、六回程蹴りつける。

 う。そろそろ息がヤバいっす……。

 ある程度蹴ったら、秀実は小走りで元の位置へと戻り、再び衝撃波の構えを作る。そして、やっと息を吐き出す。

 ──その瞬間、時が動き出す!


 ドン。と、音をさせ、二人の不良少女が吹き飛んだ。時間停止中に秀実に何度も蹴られたので、その衝撃の蓄積ちくせきが、時間開放と共に一度に押し寄せたのだ。

 そうして、目に留まらぬ速さで水のロープが伸びて行き、それを追うように幸人が駆け、不良少女二人に襲い掛かって制圧する。

 秀実は息を切らしながら、制圧劇を眺めていた。


 そう。

 秀実の超能力は「手から衝撃波を出す」能力ではない。真の能力は「秀実が呼吸を止めている間、時間を止める」能力だったのである!

 秀実は幸人から能力を問われた時に『一回撃ったら十秒ぐらいはインターバルが必要』だと言ったが、その十秒は、息継ぎに必要な時間だった。


 ◇


 そして再び、時間は現在へと戻る。


 ★


 秀実ひでみは、幸人たちの背中を見送って、やりきれない気持ちを押し殺す。だが、シャングリラ能力者の殆どが、秀実と同じような葛藤を抱えていた。


 可能ならば超能力の情報は秘匿ひとくする。能力を明かすとしても、真の能力は明かさず、それっぽい能力に見せかけて胡麻化す。真の能力を知られる事は、対処される事を意味するからだ。それは最悪、死を意味する。これは、超能力者たちの共通認識だった。


 そして幸人も光も、とんでもない拾い物をした事に気付いていなかった……。



 ★ ★ ★



 幸人ゆきとは売店で夕食を買って、自分の部屋へと戻った。


「幸人しゃま! 幸人しゃま幸人しゃま幸人しゃま、幸人しゃまあああああっ! 遅いでしゅ。淋しかったでしゅ。不安だったでしゅよおおぉ」


 部屋に戻るなり、妖精のカレンが幸人の胸に飛び込んで頬ずりをする。

 そういえば、このがいたな……。

 幸人は買ってきた食料ををテーブルに置き、指先で、カレンの頭を撫でた。




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